翔太郎はテスト前にあまり勉強をしない。それは不真面目だからではなく、授業と課題をこなす中できちんと理解しているので、今更詰め込む必要がないからだ。
歴史などの覚えていないと解けない科目は、前日から当日にかけてテスト範囲をみっちりと覚え直すことで毎回それなりの点数を取っている。
対照的に小春はそういった要領の良さを持ち合わせていないので、テスト週間中にしっかりと対策をする。
そんな全く違うアプローチをする二人だが、今回は二人とも今までになく勉強に身が入っていた。
恋人ができたという事実は二人の心境に良い影響を与えて、前向きにさせていた。
好きだった人に認められたという自信か、あるいは恋人にいいところを見せたいという見栄か、とにかくそういったもののお陰で、二人は今回のテストに手応えを感じていた。
そしてたった今、期末テストは全日程を終えたところだった。
「そこまで。回収するぞ」
監督していた教員の言葉で、教室はテストから解放された安堵の声であふれた。
「どうだった? 一番最後の問題、あれ何?」
「俺最後まで解き終わってねぇわ」
翔太郎はそんな周りの会話を聞きつつ、出席番号順になっていつもと位置関係が違う小春を振り返って見た。
小春は周りの友人達と話をしていたが、その間にこちらをチラッと窺って視線に気づくと小さく笑みを浮かべたので、翔太郎も控えめに手で返事をした。
そのままホームルームを終えて、友人達と雑談をしていると、徐々にスラスメイトの姿は
「じゃあな翔太郎」
「うん、ばいばい」
翔太郎は友人を見送って小春の方を見ると、翔太郎と同じようにタイミングを窺っていた小春もちょうど一人になったところのようだった。
翔太郎は小春の方へ歩み寄って声をかける。
「おつかれ」
「お疲れさま。翔ちゃんはどうだった?」
「今回は結構良くできた気がするかな」
「本当? 私も今回は自信あるよ」
「そっか、じゃあテスト返しも楽しみだね」
「うん」
「「…………」」
沈黙。
照れが混じったぎこちない空気の理由は一つ。もう二人の頭の中はテストのことでなく、テスト前にした約束のことでいっぱいになっているからだ。
「……じゃあ行こうか?」
「う、うん」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
翔太郎は小春の家を数年ぶりに訪れていた。
小学生の頃に来たことはあったが、小春が翔太郎の家に来ることの方が圧倒的に多かったので、数える程度で記憶もあまり残っていなかった。
小春が鍵を開けて中に招いてくれる。本当に小春の両親は留守で誰もいないようだった。
「どうぞ」
「お邪魔します」
小春の家は、足を踏み入れるとすぐにふわっと良い匂いが香った。いつも小春に感じる、柔らかな甘い匂いで満ちていた。
そんなことを考えながら家に上がって、小春が玄関を閉めると、家の中は静寂に包まれていた。小春と二人きりなのだという実感が湧いて、少し鼓動を速くさせた。
「翔ちゃんこっち」
案内されるまま小春についていくと、なんとなく見覚えのある部屋の前で止まる。
「ここが私の部屋。覚えてる?」
小春が扉を開けて中に入ると、翔太郎がなんとなく思っていたイメージ通りの部屋で思わず感嘆が漏れた。
「おお、なんかすごい女子の部屋って感じだ」
小春が几帳面なのもあるだろうが、優衣の部屋と比べても整理整頓されていた。ぬいぐるみや少女漫画があるのが女の子っぽい。本棚には文芸部員らしく小説も並んでいた。
「女子の部屋って、優衣ちゃんの部屋もそんなに変わらないでしょ?」
「いや、優衣の部屋が汚いとかではないんだけど、もっと淡白な感じで少し雰囲気違うかな」
「あー、確かに優衣ちゃんはそんなイメージあるかも。……ちょっと飲み物持ってくるから、座って待っててね」
「うん」
翔太郎はテーブルの前のクッションに腰を下ろして、小春は部屋を出ていった。
一人残された翔太郎が落ち着かない心地で部屋の中を見回すと、一枚の写真が飾られているのが目に留まった。
近づいて見てみると、それはまだ小学生の頃の翔太郎と小春の写真だった。二人は体操服を着て、翔太郎が無邪気な笑顔でピースをする隣で、小春は翔太郎の服の裾を掴んでいる。恐らくは運動会の時の写真だろう。
この頃の小春はまだ自信の無さそうな表情をしていることが多かった記憶がある。
それを懐かしく思っていると、二つのコップを手に小春が戻ってきた。
「あれ? 翔ちゃんどうかした?」
「この写真、俺と小春だよね?」
「あぁ、うん。小学校の頃の」
「この頃から俺のこと好きだったんだよね」
「そうだよ。だからこの写真もずっと飾ってたんだ」
小春は翔太郎の隣に並んで、目を細めて手に取った写真を見ていた。色褪せなかった恋心がようやく実を結んだ今から過去へ、馳せた想いがその表情に滲んでいた。
「なんか、俺のことずっと好きでいてくれたんだと思うと嬉しいな」
「私の方こそ、そのずっと好きだった人と今は恋人なのが嬉しい」
そう言ってはにかむ小春が無性に愛おしかった。
「小春……」
翔太郎は吸い寄せられるように小春の唇を奪って、小春もそれを自然と受け入れた。
「今日ってさ、その、そういうつもりでいいの?」
「うん……私も期待してたよ」
熱に浮かされて、もう二人の瞳にはお互いの事以外映っていなかった。
小春を抱きしめた。小春の小さな体は翔太郎の腕の中にすっぽりと収まる。
小春の顔はちょうど胸のあたりで、もしかしたら早鐘を打つ心臓の音に気づかれていたかもしれない。
翔太郎はそのまま小春をベッドに押し倒した。押し倒して、手を握って、指を絡めて、キスをして、舌を絡めた。
「ん……はぁ……」
小春から漏れる吐息は扇情的で、翔太郎の肉欲を掻き立てた。
「もう、いい?」
翔太郎は小春のシャツのボタンに手をかけながら尋ねた。
「うん……」
小春が頷いたのを見て上からボタンを外すと、はだけさせた小春の胸は色香を漂わせる黒い下着を身につけていた。
「黒なのすごい色っぽい」
「えへへ……ありがと。ちょっとでも大人っぽく見せたくて」
照れ笑いを浮かべる小春が可愛くて思わずキスをした。
そして翔太郎は、小春の胸を隠している黒の下着に手をかけると、上にズラして控えめな膨らみを露わにした。
小ぶりな双丘の頂上にある愛らしい乳首に自然と視線が吸い寄せられた。大きく開いた手で掴むと、指が柔らかい乳房に沈んだ。
「ぁん……ん……」
翔太郎は小春の胸の感触をひとしきり満喫すると、下半身に手を伸ばす。
「脱がすよ」
「……うん」
スカートの留め具を外して脱がせ、ブラジャーと揃ったデザインのパンツにも手をかける。緊張の滲む手つきでそれを脱がせると、小春の秘部が目の前に露わになった。
翔太郎がゴクリと喉を鳴らして凝視していると、小春はその視線を感じて脚を閉じてしまう。
「あんまり見たら恥ずかしいよ……」
「ご、ごめん。俺もあんまり余裕がなくて」
「もう……翔ちゃんのえっち……。は、はい……もうちょっとだけね……?」
小春は顔を赤くしながらも、脚を開いて再び大事なところを翔太郎の視線に晒した。
「ありがとう」
翔太郎は小春の温情に甘えて、顔を近づけてもっとよく局部を観察した。
初めて間近で女性器を見た興奮もあって、出来心から舌を伸ばして一舐めすると、
「ひゃっ……!」
目線を上げて、小さく声を上げた小春の顔を見た。熱っぽい表情でこちらを見る小春に嫌がっている気配が無いことを確認してから、小春の大事なところをしつこく舐った。
「んん……あんっ……」
舌で小さな突起を転がすたびに小春から嬌声が漏れる。次第に蜜壺からは蜜がこぼれ、もう湿り気は十分のようだった。
翔太郎は小春の股間から顔を離して、もうすっかり準備の整った性器を取り出した。用意してきたコンドームを装着して、小春に向ける。
二人は情欲と緊張の狭間にいた。
「小春、そろそろ……」
「……うん」
興奮と期待の入り交じる手つきで、ペニスの先端を小春の秘部にあてがった。
これから小春と一つになる。真の意味で小春と結ばれるのだ。
翔太郎は生半可な気持ちでなく、生涯を共にする覚悟を決めて行為に臨んでいた。きっと小春となら幸せな未来を築けるという確信があった。これはその未来に至る第一歩だ。
彼女との愛しき未来に思いを馳せて――――
――――しかし、不意にその未来に噪音が混じった。
何かが足りない。何かが欠けているのだ。
必死に思考を巡らせて――――瞬間、よぎったのは優衣の顔だった。
今小春を選べば、恐らく生涯を小春と添い遂げるだろう。
だが、その時隣に優衣はいない。
優衣は妹だ。いずれは別々に生活するようになり、知らない男と家庭を持って、そして――――いつか他人になる。
――――それじゃダメだ。
翔太郎の心の奥で叫ぶ声が聞こえた。理屈でなく、感情が訴えてきた。
次の瞬間にはもう、翔太郎は萎えていた。
「……? 翔ちゃん?」
小春は明らかに雰囲気が変わった翔太郎に首を傾げた。
「ごめん、小春…………」
「あっ……」
小春の視線の先には萎んだペニスがあった。
「……ご、ごめんね……やっぱり私の体じゃ物足りないよね……?」
「っ、ち、違う! そうじゃないんだ……俺が、俺が悪いんだ……」
「でも……」
「……ごめん、本当にごめん。全部正直に話すよ。俺のこと嫌いになっちゃうかもしれないけど、でも、聞いて欲しい。……実は――――」
全部話した。優衣のパンツでオナニーをしていたこと。優衣に抜いてもらうようになったこと。それを小春に相談しようとしたこと。優衣に怒られて小春に告白する決意をしたこと。でも本当に小春が大切で好きなこと。そして、多分優衣のことも好きなこと。
翔太郎が話す間、小春はずっと黙って話を聞いていた。初めは驚いた顔をしていたけれど、それでもしっかり耳を傾けて、噛み砕いて、受け止めていた。
「――――ということなんだ。本当に身勝手な話だと思う、ごめん。でもこれが今の俺の本心なんだ」
「…………うん、うん。わかった。……優衣ちゃんって今家にいるのかな?」
小春は一人で納得したように頷くと、そんなことを言い出した。
「え? あ、うん、多分」
「じゃあ今から翔ちゃんの家行ってもいい?」
「…………わかった」
手を冷たくしながら、土下座で謝る覚悟だけはしておこうと思った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
優衣に小春が来るとだけ一報入れて、翔太郎は小春を連れて帰宅した。
何やら剣呑な雰囲気を漂わせて帰ってきた兄と小春に優衣は困惑したが、今三人は正座で向き合っていた。
その中で小春が口火を切った。
「えっと……翔ちゃんと優衣ちゃんの事情は聞きました。翔ちゃんが優衣ちゃんのことを好きだというのも分かりました」
優衣はバッと翔太郎に振り向いて、信じられないものを見るような目を向けた。
「そこで、私からお願いがあります」
そう宣言した小春に二人の注目が集まる。
「翔ちゃんは私に告白してくれたけど、その告白……保留にしてくれませんか?」
「……保留……?」
小春の意図が分からなくて
「翔ちゃんのその気持ちを否定する気はありません。……でも私は、こんなことで翔ちゃんを嫌いになったり諦めたりするつもりも無いです。だから翔ちゃんが私を選んでくれるまで、私は精一杯頑張って翔ちゃんを振り向かせようと思います」
「小春…………」
つまり、翔太郎の二人が好きだという気持ちは尊重するが、優衣への恋愛感情を自認した以上告白は一旦先送りにして、今後は翔太郎に選ばれるために努力をすると小春は言っているのだ。
いつもは気弱な小春がこれほどハッキリと意思表示をするというのは、翔太郎にも覚えがなかった。それだけ固い意志なのだということは十分二人に伝わっていた。
それを聞いた優衣は顔を伏せて、泣き出しそうな声で漏らした。
「……はぁ……なんでこんな訳分からないことになっちゃうのかなぁ……。私だってお兄ちゃんのことが好きだったのに……でも、小春ちゃんにならお兄ちゃんを取られてもいいって、お兄ちゃんだって妹とずっと一緒にいるよりちゃんと彼女を作った方が絶対幸せになれるって、そうやって無理矢理納得したのに……なんで……?」
翔太郎の胸中では、優衣が自分を好きでいてくれた嬉しさと、同時に辛い思いをさせていたという苦々しさが半々で渦巻いていた。
しかしそれよりも、翔太郎には今の優衣の言葉で一つだけ納得できないことがあった。
「妹といるより彼女を作った方が幸せになれる……? 優衣、それは違うよ。俺は優衣が隣にいてくれないと幸せになれないんだ。周りにどう見られたとしても、俺は優衣とずっと一緒にいたい」
「…………じゃあ小春ちゃんはどうするのさ」
「それは……ごめん、本当に申し訳ないと思ってるけど分からない。でも今一つだけ言えるのは、俺は二人とも大切で、二人とも好きだ」
「……なにそれ、勝手すぎない? ……小春ちゃんもこんな勝手なこと言われていいの?」
「いいとは言わないけど……でも、少なくとも私は翔ちゃんを諦めるつもりはないから」
諦めるつもりはないと、そこだけは淀みなくハッキリと言い切る小春に優衣はため息をついた。
二人を好きだという翔太郎、それを理解しながら自分の気持ちも譲らない小春、どちらも自分勝手で、優衣は一人だけ身を引こうとしていた自分が滑稽に思えた。
「……二人とも、ほんとに……。じゃあ私もお兄ちゃんのこと好きな気持ち……諦めなくていいの……?」
無い物ねだりをして叱られるんじゃないかと怯えた子供のように、縋るような目をしていた妹を、翔太郎は優しく抱きしめた。
「少なくともまだ諦めなくていい。俺も優衣のことが好きだから」
「…………じゃあ、嘘つくのやめる」
優衣は隠していた本音と一緒に、ぽろぽろと涙をこぼした。
「……私も好き。お兄ちゃんが好き。大好き」
こうやって涙を拭ってあげるのはいつぶりだろうか。その時と比べたら優衣も自分も大きくなった。しかし、それでも優衣は妹で自分は兄だというのは何も変わっていないのだと思った。
変わったのは、兄妹としてだけでなく、異性としてお互いを好きになったことだ。
その二つは矛盾するようで、その実同時に成立するらしかった。
「うん、ありがとう。俺も優衣のことが好きだ」
「……二股クズ男…………」
「うっ……それは、本当にスミマセン……」
優衣がボソッと呟いた罵倒が深々と刺さる。
しかし、涙を拭う手は引っ込めなかった。なぜなら、他でもない優衣が嬉しそうな顔をしていたからだ。
小春はようやく落ち着いた優衣を正面に見据えると、柔らかい表情で、しかしはっきりと言い切った。
「優衣ちゃん、私負けないからね」
小春の宣戦布告を、
「うん、私ももう諦めないから」
優衣は真っ向から受け止めた。
修羅場は一旦の収束を見せ、しかし宙ぶらりんな関係のままで三人は再スタートを切ることになった。
状況が落ち着いてきた頃、不意に優衣が問題提起した。
「ところでさ、お兄ちゃんのオナニー問題はどうするの? また私のパンツ使われると困るんだけど」
「あー……」
翔太郎が申し開きのしようもなくて言葉に詰まっていると、小春が口を開いた。
「その……翔ちゃんはえっちだから、そういうことの相性も含めて選んでもらった方が良いと思うの。だから私は……え、えっちなことも、するつもりだよ……」
わずかに羞恥を滲ませて尻すぼみ言う小春に、優衣が頷く。
「まぁ、そうだよね。そもそもそうじゃないと私のパンツまた使われそうだし」
「翔ちゃんそういうところはほんとに…………」
小春が残念なものを見る目を向けてくる。
「恐縮です……」
「なにが恐縮じゃい」
久しぶりの妹のツッコミが小気味良い。
「そうだ、優衣ちゃん連絡先も交換しておかない?」
「そうだね、何かと連絡する必要もありそうだし」
そんな二人の意外にも良好な関係のままのやり取りを眺めていたら、気が緩んだのかポロッと切実な思いがこぼれた。
「ところで俺、童貞卒業し損ねたんですけど本番はお預けですか……?」
優衣と小春は顔を見合わせた。
「えーっと……審議します」
二人は翔太郎を余所に相談を始めて、しかし結論が出るのにそれほど時間はかからなかった。