女の子が目の前で足を滑らせて、階段から落下した。
「きゃあッ!」
「うわッ!」
僕――レオンはとっさに支えようとして、そのまま彼女と共に転げ落ちた。
その際、僕は思いっきり頭を強打した。その瞬間――。
「思い……出したッ!」
僕は、前世の記憶を思い出した。
前世の僕は、社畜童貞だった。
灰色の高校生活とブラックな社会人生活の末、ついぞ女の子とイチャラブするという夢叶わず、童貞のまま死んだ男だ。
そして、現世の僕は、冒険者である。
この世界は、剣と魔法で戦うTHE・ファンタジー異世界。エルフとかドワーフとか、魔獣とかもいる世界である。
ただし、特殊な点がひとつ――この世界は、
「……すっ、すみませんでしたっ! 怪我はありませんかレオンさん!」
じっとしたまま頭を抑える僕を見て、青ざめた女の子が近付く。
彼女は僕の頭に手をかざし、
僕は痛みが引くと、ゆっくりと立ち上がった。
僕は何をしていたのだ。
こんな夢の世界に生まれて、なぜまだ童貞なのだ。
レオンとして生まれて、もう16歳。女の子と遊ぶこともなく生きてきた。
そんな人生は今日まで。いや、この瞬間までだ。
「ねえ」
「は、はいっ」
女の子はビクッとして、上擦った声をあげる。
美少女だった。
朝焼けのような、まばゆい金髪。切れ長の、どこか鋭さを帯びた翡翠色の瞳。
白磁の肌。背はこの世界の女性にしては低く、160センチ程だった。
女性らしい丸みのない、氷細工のような線の細さ。ある種芸術的なくらい――ぺったんこだ。
ただ、その氷像のような美しさと、強者女性に特有の威圧感が混じり合って――めちゃ怖い。
男子や教師を「は?」「キモっ」「ウザいんだけど」の一言で黙らせるスクールカーストトップの女子の覇気だ。
「えっと、ハクアさん、だったよね?」
「えっ……。覚えられているとは、思っていませんでした。はい。ハクアです」
「覚えてるに決まってるよ。このギルドで5人しかいないAランク冒険者なんだから」
冒険者は強さと功績に応じて、A~Eの階級にランク付けされる。ハクアは弊ギルド最強格のAランク冒険者だ。
ちなみに僕は――。
「僕はレオン。Bランク冒険者だよ」
「もちろん知っています。数少ない男性冒険者ですから」
ちなみに、このギルドには200人近い冒険者が所属しているが、男性は50人だけである。
世界全体の男女比は50:50だが、冒険者という危険な職業故に、このギルドでは男性の方が少なかった。
「あれ? どうしたの?」
その時、ハクアの知り合いが通りかかって声を掛けてきた。
2人組の女性だ。2人とも派手な髪で、耳にピアスを開けていて、何より纏う雰囲気が、圧倒的な陽ッ!という感じだ。
正直、怖い。
ハクアひとりでもおっかないのに、陽キャ2人が加わって、もっとおっかない。
ギャル軍団だ……カツアゲとかされそう……。いくら女の子とお近づきになりたくても、こういう人たちは怖いからやだな……。
「なになに、師匠ナンパ中? うちら邪魔だった感じ?」
「違います。私の不注意で、レオンさんを巻き込む形で転んでしまっただけです」
……師匠?
「ハクアさん、師匠って呼ばれてるの?」
「え、はい。私が呼ばせている訳ではないのですが……」
2人組は、ハクアの腕を両側から掴んで、横ピースを決めながら――。
「そうそう! ハクアはうちらの師匠なの! まだうちらがEランクだった頃からうちらのこと鍛えて面倒見てくれるの!」
「こんなに優しいし強いし偉いし、もうさいきょーに尊敬! マジ自慢の師匠だし!」
「……だ、そうです」
ハクアはまんざらでもなさそうに、そういった。
うん、怖い。
めちゃ美少女だしワンチャンかけてナンパしてみよう――みたいな気持ちが1ミリも湧かない。完全につよつよギャルズだ。焼きそばパンとか買いに行かされそう。
「あ、そうなんだ……。じゃあ僕はこれで……」
僕はすっかり怯えながら、3人から逃げる。
は~、怖かった。
どうせ仲良くなるなら、僕でも気後れなく話せるような、陰キャ女子の方がいい。
あーあ、どこかに、美少女なのに芋っぽくて優しくて、でも話しやすくてノリがよくておっぱい大きい女性冒険者いないかな~。
*
数日後、僕はギルド会館の大会議部屋に呼び出された。
そこには、男女合わせて30人の冒険者がいる。いずれも、A~Bランクの冒険者だ。
もちろん、ハクアさんたちギャルズもいる。なんか男女計5人で固まって、大声でしゃべってる。
一軍陽キャグループじゃん……こわっ……。
「さて、では時間だ。早速本題から入るが、緊急レイドが発令された」
ギルド長がそういった。
途端に、雰囲気が変わる。『緊急レイド』とは、文字通り緊急の事態にのみ発令される、危険性の高い討伐任務だ。
「今回の討伐対象は、王狼。しかも、3体だ」
動揺が広がる。A・Bランクの猛者たちでも、流石に驚きを隠せなかった。
王狼――狼系魔獣の中でも、群を抜く強さを誇る怪物。たった1体で村が滅ぼされたこともある、危険な魔獣である。
「事態は一刻を争う。今日の午後出発し、明日の朝には任務地に着く。各自準備をしておくように」
*
そして、翌日。
任務地の街で、僕たちは戦っていた。街中だが、住民の姿はない。全員避難済みだ。
目の前には、王狼。
3メートルを超す体長。漆黒の体毛に覆われる巨体。
瞳は燃えるように赤く、口端からは炎が漏れている。体長より長い尻尾は鞭のように硬く、住宅の石材すら容易に砕く。
前衛の剣士たちが斬撃を放つ。
「炎魔法――
「ヤナギ流奥義――
炎を纏った剣が王狼の右脚を切り裂き、鮮やかな一刀が尻尾を両断した。
「ォオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
王狼が吼える。赤い瞳が怒りに燃える。
王狼はぐわっと、凶暴な
炎が駆ける。王狼の火炎放射が、剣士たちに襲い掛かり――。
「三重防壁――
僕は魔法壁を構築する。放たれた火炎は阻まれ、剣士たちに届くことなく消えた。
僕は魔法職だ。今回は、剣士や槍兵のような前衛職のサポートに徹している。
剣士たちが、更に攻撃を重ねる。もう間もなく、王狼は倒れるだろう。
その時――。
「まずい!
遠くから、そう叫ぶ声が聞こえた。
僕は振り向く。こちらに向かって猛然と突進してくる、もう一体の王狼。
3体の王狼に対し、こちらも3班に分かれていたが、どうやら別の班がしくじったらしい。
「これ、ヤバいんじゃないの!」
「ど、どうすればいいの!」
「こっちも手離せないわよッ!」
僕たちのグループは、ちょうど2体の王狼に挟まれる形だ。
前方では、剣士たちが王狼と戦闘中。後方からは迫り来る王狼。
間に挟まれる、僕ら魔法職たち。このままでは、死ぬ。
「みんな! 前の王狼はお願い!」
僕はそういって、迫る王狼の方へと走った。
「え? レオン君、危ないわよ! 戻って!」
そう叫ぶ魔法職たちを置いていく。そして、自分と彼女たちの間に土魔法で土壁を作った。
これで、分断はできた。
「来い! 王狼!」
僕は十字路を左折する。すると、突進してきていた王狼は僕にターゲットを定めて、追いかけてくる。
よし、上手くいった。あの場の魔法職で一番強いのは僕だ。僕が引き受けた方が良い。大丈夫、戦闘で叶わなくても、逃げ足には自信がある。
「
強化魔法で、スピードを上げる。全力で疾駆する。
ただ逃げ回っていても、いずれ追いつかれて死ぬ。
だから、どこかで3回左折しよう。そうすれば、元の所に戻る。時間さえ稼げば僕らの班が担当の王狼を倒してくれるはずなので、そこに合流して2回戦を始めればいい。
だから、ちょっと時間を稼ごうと思ったのだが――。
「全然左折できないッ!!!!!!!!!!」
ずっと一本道だ。前進しかできない。気付けばどんどん、元の戦闘場所から離れていく。
「ヤバい死ぬ死ぬ死ぬうッ⁉ 童貞のまま死にたくないぃいいいいいいッ!」
僕はひたすら駆け回る。が、徐々に距離が狭まってきている。
そして、王狼の牙が届くその寸前――。
「リリヘルム流・一の太刀――
真横の路地から、ひとりの女剣士が現れ――王狼の体側を斬り裂いた。
まばゆい金髪。湖面から掬い上げたような翡翠の瞳。――ハクアだった。
「ハクアさん⁉」
「レオンさん、無事ですか⁉」
「なんとか!」
王狼は深手を負いながらも立ち上がる。口端からは火の粉が漏れ、猛禽のごとく鋭い赤目が、ハクアを睨む。
王狼が仕掛ける。迫る爪牙を、ハクアは両手剣で受けて凌ぐ。だが、それに加えて――鞭のような尻尾が閃く。
ハクアは咄嗟に躱すが、わずかに掠った。
「ぐっ……!」
僕はハクアに
無理だ。Aランク冒険者でも、流石に1人では捌ききれない。
「ふぅッ……! やるしかないか……!」
僕は腰から剣を抜く。左手に杖を、右手に剣を持ち、王狼へと突っ込む。
「炎魔法――
炎を纏う剣で、尻尾を受ける。
「レオンさんッ⁉」
「尻尾は僕が受けます! ハクアさんがとどめさして!」
「は、はいっ!」
炎魔法で剣を覆って攻撃して、強化魔法をハクアに掛け続けて、王狼の火炎放射を防御魔法で防ぐ。
限界を超えた魔法行使。
魔力腺*1が焼き切れそうなくらい熱い。
だんだん視界が白くなっていく。意識がぼーっとしてくる。
「ぇッ……」
目から血がこぼれた。
限界だった。――だが、それと同時に。
「リリヘルム流・一の太刀――
ハクアの剣が、王狼を両断した。真っ二つになった屍が、それぞれ左右に倒れる。
ハクアは僕の方を振り向き、駆け寄ってくる。
ハクアがなにか言っているが、凄まじい耳鳴りで聴こえない。
意識が遠のく。短時間で大量に魔力を使い過ぎると、こうなる。
僕の意識は、そこで途切れた。
*
目が覚めた。
寝台に寝かされている。うっすらと開いたまぶたから、白い天井が見えた。どうやら病室のようだ。
隣から声が聞こえる。
どこかで聞いた声だ。どこだったかな……。ああ、そうだ。ハクアさんと一緒にいた一軍陽キャグループの声だ。
「ハクア、大丈夫か?」
「平気です。私はレオンさんのおかげで軽傷でした。治癒魔法も受けましたし、明日には退院できます」
「うぁあああああああん! 師匠がぶじでよかったぁああああ!」
「あ、ありがとうございます……」
鼻に付くイケメン陽キャ男子×2と、ハクアの弟子×2と、ハクアが話しているようだった。
「ですが、無理をしたせいで、レオンさんが……」
僕は狸寝入りを決め込む。こんなおっかない陽キャグループに絡まれたくなかった。
「……魔力切れなら、しばらく目覚まさないかもな」
ごめんね黒髪俺様系イケメン君、もう起きてるんだ。でも早く出てってくれないかな。怖いから。
「でも、大きい傷は受けてないし、命に別状はないと思うよ」
そうだね金髪王子様系イケメン君、もうゴリゴリに元気だよ。でもリア充の陽気が息苦しいからもう少し寝てるね。
「明日も来るよ。またね、ハクア」
「「ばいば~い! 師匠!」」
ようやくリア充軍団が去っていく。僕はうっすら目を開けてその背中を見ていた。
うわ距離感近っ。なにあれ、絶対付き合ってるじゃん。カップル×2じゃん。
病室の扉が閉められる。そして、残された病室には、僕とハクアのふたりきり。
「あぁ……つらっ……もうしんど……」
……うん?
なにいまの。ハクアさんの声……だよね? 聞き間違い?
「なにあのリア充ども……どうせ宿取ってるじゃん……この後やることやる流れじゃん……」
え、なんか、ハクアさん、キャラ違くない?
なんだろう、この
いや、まさか、超ド級陽キャグループ所属Aランク冒険者のハクアさんに限って、そんなことは……。
「つらい……。ふたりとも慕ってくれるのは嬉しいけど、かれピいる女に師匠とか呼ばれるの苦しい……。私ゴリゴリの処女なのに……。バレたら絶対幻滅される……」
……。
「別に私だって一言も彼氏いるとか非処女とか言ってないのに! なんで恋愛方面でも強者女性だと思われてるの……! 恋愛相談とかされても困るの! かれピできたありがと!とか言われても羨ましすぎて憤死しそうだったし! 年齢=カレシいない歴の喪女にそんな自慢すんなぶっ殺すぞ!」
「いや、殺すのはダメでしょ」
「…………………………え?」
ハクアがびしっ!と石のように固まる。ギギギギ……と、錆びた機械のように、ゆっくりと首を回し、僕の方を見る。
「あ、の、あ、あっ、あのっ、レオンさん、ど、どこから聞いてました……?」
「『なにあのリア充ども……この後やることやる流れじゃん……』のところから」
「全部じゃないですかッ!!!!!」
ハクアの顔に焦燥が満ちる。
「すごいAランク冒険者さんだと思ってたんだけど……そっか、処女なんだね、ハクアさん」
「ぃッ……!」
ハクアの顔が屈辱に歪む。
それはそうだろう。同級生・同僚に『童貞なんだね』って言われるのは、めっっっちゃキツい。余裕で死ねるレベルだ。
「あんな格好よく颯爽と駆け付けて助けてくれて、すっごいカッコイイなって思ってたんだけどね。年齢=カレシいない歴の喪女なんだ」
「うっ、ぐッ……!」
「頑張って陽キャ演じてたんだ?(笑) 弟子に慕われてる手前、処女だなんてバレたくなくて必死だったんだ?(笑)」
「ぃいいいいいいいいいいいいいいッ!」
ハクアは歯を食いしばる。うつむき、プルプルと震えている。しばらく黙っていると――。
「……じゃないです」
「え?」
「私、処女じゃないです!」
「え、でもさっき……」
「さっきのは全部嘘です! ドッキリでした! どうですかレオンさん! ビックリしましたか⁉」
「いや、無理でしょ」
「いや~遊び心でしたが、こんなに騙されてくれるとは思いませんでしたよ!」
ハクアは必死だった。白皙の肌は、青ざめて真っ青だった。
「ねえ、ハクアさん」
「なんですか!」
「僕、『心眼』スキル持ってるんだよね」
心眼とは、嘘を見抜くスキルだ。ちなみに、本当は持っていない。
逆にハクアが心眼スキルを持っていたら嘘だとバレてしまうが――。
「え、なっ、なっ……⁉」
ハクアは面白いように狼狽えていた。
うん、どうやらハクアさんは心眼を持っていないらしい。
「ねえ、ハクアさん(笑)♡」
猫なで声で、ハクアの名前を呼ぶ。
「なんで一回否定したの?(笑)♡ そんな無理ある嘘ついてまでさ(笑)♡」
「い、い、いやっ、それはっ……」
「処女だってバレるの恥ずかしかったんだ?(笑)♡ 自分より年下の弟子はとっくに初体験済ませて、かれピとえっちしてるのに、自分はできてないのバレたくなかったんだ?(笑)♡」
「ぐ、ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃッ!」
ハクアはさっきまでの真っ青な顔が嘘のように、羞恥のあまり血がのぼって赤面していた。
目にはみるみるうちに涙がたまっていき、今にもこぼれおちそうだ。
「うるさいですっ!!!!!」
ハクアは病院とは思えないほどの大声を出した。
「女には女の矜持があるんですっ! 男性に相手にされたことない劣等感は、貴方みたいな強者男性には分からないでしょうねっ!」
……いや、めっちゃ分かるよ、ハクアさん。前世の僕も、同じだから。
でも、うん、ごめんね。
今めっちゃ楽しいから、もうちょっと遊ばせて。
「ハクアさん、僕のこと美少年って思ってたの?」
「美少年でしょうどう見ても! カマトトぶらないでください! どうせ自覚あるんですよね⁉ よく告白されてるの知ってますよ! 私たちのギルドで一番の高嶺の花じゃないですか!」
「え、ま、まあ……」
前世の記憶が戻ったのはつい最近だが、その前までのレオン君の記憶を遡ると、確かにその通りだった。
なのに彼女がいないのは、まあ、レオン君が恋愛に興味ないですよ系男子だったからだ。なんだそれムカつくな、自分だけど。
「あぁ……終わった……男子の噂って早いですからね……。明日にはギルドの男子にバラされて、すぐ全員の知る所となるんでしょうね……。死ぬしかない……」
「言わないよ」
「えっ?」
「誰にも言わないよ、ハクアさん」
「え、だ、黙っててくれるんですか……? 本当に……?」
「もちろんだよ。というか、ハクアさんは、僕の命の恩人なんだよ。ハクアさんが来てくれなかったら、僕死んでたし。ありがとう、ハクアさん」
「あ、いえ、恐縮です……」
「だからさ、そんな人に恩を仇で返すようなことはしないよ」
「さっき『処女だってバレるの恥ずかしかったんだ?(笑)♡』とか煽られたんですが」
「それは……マウント取るのが楽しすぎてつい……」
「こっのッ……性悪男ッ……!」
ハクアは悔し気にうめく。まなじりに薄っすら浮かぶ涙に、屈辱と憤怒が滲んでいた。
「とにかく、さ」
僕は寝台を下りて病室の鍵を閉めた。そして、ハクアの寝台に近寄る。
「え、な、なんですかレオンさん」
僕はハクアの寝台に乗り、そのまま彼女に覆いかぶさるようにして、彼女に顔を近づける。
翡翠の瞳が揺れる。鼻先が触れ合いそうなくらい、整った綺麗な顔が、すぐ間近にある。
「ねえ、ハクア」
「……っ!」
初めて、彼女のことを呼び捨てにした。
ハクアは驚いて、目を見開く。
「お礼にさ、処女、卒業させてあげよっか?」
ハクアの瞳孔が開く。あまりの衝撃に、彼女の体が震えているのが分かる。
「あ、あっ、い、いいんですか……?」
翡翠色の瞳が僕を見つめる。期待と、熱がじっとりと籠もった眼差しだ。
僕はハクアの耳もとに唇を寄せ――。
「うそだよ、ざぁ~こ(笑)♡」
「コイツッッッ!!!!!!!!!!!!!」
ハクアはブチギれ、僕の肩を掴もうとするが、僕はすぐに距離を取って寝台を下りた。
「す~ぐ本気にするんだから(笑)♡ でも仕方ないか(笑)♡ 処女だもんね(笑)♡」
「このオスガキほんとにっ……!」
「ごめんね(笑)♡ ハクアの反応が面白くて、ついからかっちゃった(笑)♡」
「ぶっとばす……!」
「まあまあ、落ち着いてハクア」
さりげなく呼び捨てにすると、ハクアはぴくっと固まる。うわ、ちょろいな~……。
僕は自分の寝台に座り直し、彼女に握手を求める。
「でも、仲良くなりたいのは本当だよ。友達になろう?」
「嫌です」
「あ~、うっかり処女なのバラしちゃうかもな~」
「ぜひよろしくお願いしますッ!!!」
ハクアは僕の手を取った。
こうして、僕の方針は定まった。
――あべこべ異世界で、
***
時は少し遡り――。
私――ハクアは、考え事をしながら歩いていて、階段を踏み外してしまった。
「きゃあッ!」
「うわッ!」
たまたまそこにいたレオンと共に、階段を転げ落ちる。私を庇ったせいで、レオンはゴンッと頭を打ち付けた。
「思い……出したッ!」
レオンは何かハッとした様子で、目を見開いていた。……何をだろう。何を思い出したんだろう。
いや、そんなことより。
「……すっ、すみませんでしたっ! 怪我はありませんかレオンさん!」
私は彼の頭に手をかざし、
レオンは痛みが引いたのか、ゆっくりと立ち上がった。
「ねえ」
「は、はいっ」
改めて、レオンと相対する。
美少年だった。
陽光を紡いで糸にしたような、眩しいブロンドヘア。ぱっちりとした円かな、スカイブルーの瞳。
白皙の肌。背は低く、150センチもない。
戦闘服越しにも隆々とした筋肉が膨らんでいるのが見えて――めちゃくちゃえっちだ。
ただ、その神さまのような美しさと、強者男性に特有の圧が交じり合って――めちゃ怖い。
普段も一軍男子グループに混じってクエストとか行ってるし、まごうことなきカーストトップの男子だ。
最悪だ。よりによってこんな陽キャ男子にぶつかっちゃうとか。こ、こわい……。
「えっと、ハクアさん、だったよね?」
「えっ……。覚えられているとは、思っていませんでした。はい。ハクアです」
「覚えてるに決まってるよ。このギルドで5人しかいないAランク冒険者なんだから」
レオンはそういって笑った。
ゆ、友好的だ……よかった……。
「僕はレオン。Bランク冒険者だよ」
「もちろん知っています。数少ない男性冒険者ですから」
このギルドに男性冒険者は50人いるが、Bランクはレオン含め5人しかいない。覚えていて当然だ。
いや、仮に彼がEランクだったとしても、今と変わらないくらい有名だっただろう。
100年にひとりの美貌と――圧倒的に膨らんだ胸板。女ならば誰もが「触れたい」「撫でまわしたい」「思う存分まさぐりたい」と思う魔性の
まさに、1000年にひとりのえちちち男子だ。
女冒険者の猥談に、何度彼の話題が上がったことか分からない。それどころか、このギルドの女冒険者はみな、レオンで卑猥な妄想をしたことがあるに違いない。私はある。
「あれ? どうしたの?」
その時、私の弟子たち*2が通りかかって声を掛けてきた。
2人組の女の子。2人とも派手な髪で、耳にピアスを開けている。私とは違う、純正の陽キャだ。ちなみに2人ともかれピがいる。
「なになに、師匠ナンパ中? うちら邪魔だった感じ?」
「違います。私の不注意で、レオンさんを巻き込む形で転んでしまっただけです」
いや、ナンパとか(笑) ムリムリ(笑) 他の男性ならともかくレオンさん相手とか、流石に身の程知らずすぎる。
「ハクアさん、師匠って呼ばれてるの?」
「え、はい。私が呼ばせている訳ではないのですが……」
2人組は、私の腕を両側から掴んで、横ピースを決めながら――。
「そうそう! ハクアはうちらの師匠なの! まだうちらがEランクだった頃からうちらのこと鍛えて面倒見てくれるの!」
「こんなに優しいし強いし偉いし、もうさいきょーに尊敬! マジ自慢の師匠だし!」
「……だ、そうです」
いや、慕ってくれるのは嬉しいんですが……そういってもらえて鼻が高いんですが……私、バキバキの処女なんだよなあ……。
「あ、そうなんだ……。じゃあ僕はこれで……」
レオンは去っていく。
ふぅ、怖かった。舌打ちされたり、罵倒されたりしなくてよかった。
どうせ仲良くなるなら、私でも気後れなく話せるような、陰キャ男子の方がいい。
あーあ、どこかに、美少年なのに陰キャにも優しいギャルで、でも童貞で、
*
緊急レイド――王狼討伐の最中、事件は起こった。
「報告! B班が王狼を取り逃がしました! 現在C班のレオンが単独でターゲットを取って、北上中!」
私は直ぐに駆け出す。
「皆さん! ここは任せます!」
「了解!」
強化魔法で加速し――レオンに追いつく。
「リリヘルム流・一の太刀――
路地から飛び出し――王狼の体側を斬り裂いた。
間に合った!
「ハクアさん⁉」
「レオンさん、無事ですか⁉」
「なんとか!」
王狼は深手を負いながらも立ち上がる。口端からは火の粉が漏れ、猛禽のごとく鋭い赤目が私を睨む。
王狼が仕掛ける。迫る爪牙を、私は両手剣で受けて凌ぐ。だが、それに加えて――鞭のような尻尾が閃く。
私は咄嗟に躱すが、わずかに掠った。
「ぐっ……!」
レオンは私に
流石に1人では捌ききれない。
「ふぅッ……! やるしかないか……!」
背後から、そう聞こえた。直後、レオンが王狼へと突っ込む。
「炎魔法――
レオンが炎を纏う剣で、尻尾を受ける。
「レオンさんッ⁉」
う、嘘ッ……⁉ レオンさん、魔法職じゃ……⁉ というか、男性なのにこの重撃を受け止めるって、どんな筋肉してるの⁉
「尻尾は僕が受けます! ハクアさんがとどめさして!」
「は、はいっ!」
魔力を剣に注ぎ込む。剣術と魔法、その二つを融合させた、最強の一撃を放つ。
「リリヘルム流・一の太刀――
私の剣が、王狼を両断した。真っ二つになった屍が、それぞれ左右に倒れる。
私はレオンの方を振り向き、駆け寄る。
直後、レオンは倒れた。
*
「ハクア、大丈夫か?」
「平気です。私はレオンさんのおかげで軽傷でした。治癒魔法も受けましたし、明日には退院できます」
「うぁあああああああん! 師匠がぶじでよかったぁああああ!」
「あ、ありがとうございます……」
弟子×2と、そのかれピ×2が、私のお見舞いに来てくれた。
煽りですか?????
陰キャ処女の私に対する嫌がらせですか?????
カレシ同伴で来るとか私のことバカにしにきてませんか?????
いや、そんなことはない。4人ともちゃんと心配してきてくれてるだけだ。彼らは心まで陽の者だ。
「ですが、無理をしたせいで、レオンさんが……」
レオンさんは、いまだに目を覚まさない。
「……魔力切れなら、しばらく目覚まさないかもな」
「でも、大きい傷は受けてないし、命に別状はないと思うよ」
……目を覚ましたら、お礼言わないと。レオンの助力が無ければ、私も危なかった。
「明日も来るよ。またね、ハクア」
「「ばいば~い! 師匠!」」
リア充軍団が去っていく。
距離感近くない???
なんか……なんか、あれじゃない? この後取っておいた宿でヤる流れじゃない?
病室の扉が閉められる。そして、残された病室には、私とレオンのふたりきり。
「あぁ……つらっ……もうしんど……」
本音が漏れる。
「なにあのリア充ども……どうせ宿取ってるじゃん……この後やることやる流れじゃん……」
悔しい。ホントに悔しい。私もS○Xしたい。
「つらい……。ふたりとも慕ってくれるのは嬉しいけど、かれピいる女に師匠とか呼ばれるの苦しい……。私ゴリゴリの処女なのに……。バレたら絶対幻滅される……」
でももう、実は処女なんですとか言えない。尊敬されすぎている。というか、このポジションを手放すと、本格的に五軍陰キャに落ちる。
「別に私だって一言も彼氏いるとか非処女とか言ってないのに! なんで恋愛方面でも強者女性だと思われてるの……! 恋愛相談とかされても困るの! かれピできたありがと!とか言われても羨ましすぎて憤死しそうだったし! 年齢=カレシいない歴の喪女にそんな自慢すんなぶっ殺すぞ!」
「いや、殺すのはダメでしょ」
「…………………………え?」
私はびしっ!と石のように固まる。ギギギギ……と、錆びた機械のように、ゆっくりと首を回し、レオンの方を見る。
「あ、の、あ、あっ、あのっ、レオンさん、ど、どこから聞いてました……?」
「『なにあのリア充ども……この後やることやる流れじゃん……』のところから」
「全部じゃないですかッ!!!!!」
え、あれ? これ、詰み?
「すごいAランク冒険者さんだと思ってたんだけど……そっか、処女なんだね、ハクアさん」
「ぃッ……!」
レオンは、愉しそうだった。口角も上がっている。
完全に、私を下に見る目だ。五軍陰キャを見下す、一軍陽キャの眼差しだ。
「あんな格好よく颯爽と駆け付けて助けてくれて、すっごいカッコイイなって思ってたんだけどね。年齢=カレシいない歴の喪女なんだ」
「うっ、ぐッ……!」
私なんかでは相手にしてもらえない美少年から、『処女』をバカにされている。熱した火掻き棒で、ぐちゃぐちゃに心の中の劣等感をかき混ぜられているような感覚だ。
身体が熱い。羞恥と屈辱で、脳が沸騰しそう。
痛い。熱い。ホントに、本当に悔しい。
「頑張って陽キャ演じてたんだ?(笑) 弟子に慕われてる手前、処女だなんてバレたくなくて必死だったんだ?(笑)」
「ぃいいいいいいいいいいいいいいッ!」
私は歯を食いしばる。うつむき、プルプルと震える。
「……じゃないです」
「え?」
「私、処女じゃないです!」
「え、でもさっき……」
「さっきのは全部嘘です! ドッキリでした! どうですかレオンさん! ビックリしましたか⁉」
もう、これに賭けるしかない。私の立場を守るためには、これしかない。
しかし、レオンは私に冷ややかな眼差しを向ける。
「いや、無理でしょ」
「いや~遊び心でしたが、こんなに騙されてくれるとは思いませんでしたよ!」
私は必死だった。だって、処女だってバレるわけにはいかない。それだけは、絶対に――!
「ねえ、ハクアさん」
「なんですか!」
「僕、『心眼』スキル持ってるんだよね」
心眼とは、嘘を見抜くスキルだ。
うん。
だから、つまり――。
この必死の演技は、すべてバレている。私は、滑稽な道化だ。
「え、なっ、なっ……⁉」
私は狼狽える。
さ、最悪過ぎる。なんでよりによって心眼なんてレアスキル持ってるの。お、終わった……。
私の憐れな痴態は、ますますレオンの嗜虐心を刺激してしまったようで、彼は愉しそうに追撃を始める。
「ねえ、ハクアさん(笑)♡ なんで、一回否定したの?(笑)♡ そんな無理ある嘘ついてまでさ(笑)♡」
「い、い、いやっ、それはっ……」
レオンの細められた瞳は、妖艶で――嗜虐に満ちている。
バカにされてる。下に見られてる。
悔しい。全身の血管という血管がブチギレそうなくらい悔しい。
「処女だってバレるの恥ずかしかったんだ?(笑)♡ 自分より年下の弟子はとっくに初体験済ませて、かれピとえっちしてるのに、自分はできてないのバレたくなかったんだ?(笑)♡」
「ぐ、ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃッ!」
恥ずかしさで、身体が熱くなる。
涙が込み上げてきて、今にもこぼれおちそうになる。
「うるさいですっ!!!!!」
私は、私の人生で一番大きな声を出した。
「女には女の矜持があるんですっ! 男性に相手にされたことない劣等感は、貴方みたいな強者男性には分からないでしょうねっ!」
私は、キレた。
「ハクアさん、僕のこと美少年って思ってたの?」
「美少年でしょうどう見ても! カマトトぶらないでください! どうせ自覚あるんですよね⁉ よく告白されてるの知ってますよ! 私たちのギルドで一番の高嶺の花じゃないですか!」
「え、ま、まあ……」
レオンはなんとも言えない表情をしていた。
レオンは、モテる。
これだけのイケメンで、これだけの巨乳だ。そりゃあ、モテるに決まってる。うちのギルドの女冒険者は、みんな大なり小なりレオンに好意を持っている。
でも、誰に告白されても断ってるから、ずっとフリーのままだ。
なのに、なんでそんな「そういえばそうだった」みたいな顔してるんだ! ぶりっ子か⁉ あざといにも程がある!!!
「あぁ……終わった……男子の噂って早いですからね……。明日にはギルドの男子にバラされて、すぐ全員の知る所となるんでしょうね……。死ぬしかない……」
「言わないよ」
「えっ?」
「誰にも言わないよ、ハクアさん」
レオンは真剣な面持ちでそう言った。
「え、だ、黙っててくれるんですか……? 本当に……?」
「もちろんだよ。というか、ハクアさんは、僕の命の恩人なんだよ。ハクアさんが来てくれなかったら、僕死んでたし。ありがとう、ハクアさん」
「あ、いえ、恐縮です……」
「だからさ、そんな人に恩を仇で返すようなことはしないよ」
「さっき『処女だってバレるの恥ずかしかったんだ?(笑)♡』とか煽られたんですが」
「それは……マウント取るのが楽しすぎてつい……」
「こっのッ……性悪男ッ……!」
レオンはニヤニヤしている。
というか、レオンさんってこんな人だったんだ。
フレンドリーで、真面目で、優しい人だと思っていた。でも、本性はめちゃめちゃ性悪だ。これ、他の人は知ってるんだろうか。
「とにかく、さ」
レオンは寝台を下りて病室の鍵を閉めた。そして、私の寝台に近寄る。
「え、な、なんですかレオンさん」
彼は私の寝台に乗り、そのまま私に覆いかぶさるようにして、顔を近づけてくる。
ふわり、と男性らしい、いい香りがする。一瞬で、その芳香に脳が埋め尽くされて、思考が働かなくなる。
スカイブルーの、きれいな瞳。長いまつ毛。整った綺麗な顔が、鼻先が触れ合いそうなくらい、すぐ間近にある。
ドキン、と心臓が痛いくらい、強く跳ねる。
「ねえ、ハクア」
「……っ!」
初めて、呼び捨てにされた。
「お礼にさ、処女、卒業させてあげよっか?」
あまりの衝撃に、体が震え出す。
夢にまで見た――男性とのS○X。男性に相手にされてこなかった人生で、望んでも望んでも手に入らなかったもの。
レオンと、体を重ねる権利。異性との性交渉。そんな千載一遇の好機が、目の前に降ってきた。
「あ、あっ、い、いいんですか……?」
スカイブルーの円かな瞳が、私を見つめる。そして、彼は私の耳もとに唇を寄せる。
私は、ごくりと生唾を飲んだ。
「うそだよ、ざぁ~こ(笑)♡」
「コイツッッッ!!!!!!!!!!!!!」
私はブチギれ、レオンの肩を掴もうとした。が、彼はすぐに距離を取って寝台を下りた。
「す~ぐ本気にするんだから(笑)♡ でも仕方ないか(笑)♡ 処女だもんね(笑)♡」
「このオスガキほんとにっ……!」
「ごめんね(笑)♡ ハクアの反応が面白くて、ついからかっちゃった(笑)♡」
「ぶっとばす……!」
「まあまあ、落ち着いてハクア」
あ、また呼び捨てにされた……。
レオンは自分の寝台に座り直し、私に握手を求めてくる。
「でも、仲良くなりたいのは本当だよ。友達になろう?」
「嫌です」
「あ~、うっかり処女なのバラしちゃうかもな~」
「ぜひよろしくお願いしますッ!!!」
即、レオンの手を取った。
こうして、私はレオンと友達になった。
でも、それは対等な関係ではない。処女をからかって遊ばれる、一方的なオモチャ扱いだ。
レオンは微笑んでいる。
だが、この屈辱は、必ず晴らす。
――
『レオン』
性別:男性
種族:ヒューマン
容姿:ブロンドヘア、スカイブルーの瞳。1000年に1人の巨乳(胸筋が膨らんでいるという意味)
職業:Bランク冒険者
備考:ハクアへの処女煽りにハマる。
『ハクア』
性別:女性
種族:ヒューマン
容姿:金髪、翡翠色の瞳。ぺったんこ。
職業:Aランク冒険者
備考:いつか絶対にレオンを分からせるという志を立てた。