※この作品はR-18です。

あべこべ異世界で処女をからかって遊びたい   作:耳野笑

6 / 10
 前回のあらすじ!

 レオンとハクアは、ペアを組んでギルドの肝試し大会に参加する! が、レオンが恐怖のあまり泣き出した! そんな彼を見かねて、ハクアは彼に手を差し伸べて――ついに、初めて手を繋いだのだった!

 レオンとハクアは、ギルメンたちと海水浴に行く! レオンは「日焼け止め塗って」とハクアを誘惑! ハクアは日焼け止めを理由にレオンの乳首をいじりまくる! そのえっちな喘ぎ声に理性がプッツンしたハクアはそのまま襲おうとするが、未遂に終わる!

 ハクアは、レオンがギルメンの女子に告白されているシーンを目撃してしまい、そのことにモヤモヤを感じる!
 その後、夜の海辺で、ハクアはレオンと二人きりで線香花火をする! そして、レオンという男にのめり込んでいっている自分に、危機感を覚えたのだった!



第6話 距離感が近くてボディタッチとかしてくる思わせぶり男子のせいで疑心暗鬼になってしまう犠牲者のお話

 

 休日。

 

 僕とハクアは、ハクアの家でトランプゲームをしていた。今始めたのは神経衰弱だ。

 

 僕たちはラグマットの上へ直に座り、裏向きのカードを挟んで向かい合っている。

 

「負けた方が、勝った方の命令をなんでも1つ聞くってルールにしない?」

 

「うわぁ……」

 

 ハクアは露骨に嫌そうな顔をしながらカードをめくる。

 

「絶対ろくでもない命令されるに決まってます。謹んでお断りします」

 

「え~? ろくでもない命令ってなに?」

 

「1日奴隷扱いとか」

 

「え、そういうプレイしたいの?(笑) しょうがないなあ……(笑)」

 

「違いますが!?!?!?」

 

 まあ、ハクアがMじゃないのは知っている。どちらかといえば、プライドが高く見栄っ張り。相手よりちょっとでも下に見られることが耐えられないタイプだ。

 

 僕はカードをめくる。なんのペアにもならなかった。

 

 ハクアは、下を向くと髪が垂れ下がるので、髪を耳に掛けた。露わになった耳に、目が行く。

 今の、なんか女の子っぽくて、えっちだったな……。

 

 そして次のターン、ハクアは運が味方し、4連取した。これで、スコアは8―0だ。

 

「え、運良すぎない?」

 

「では、レオンさんの言う通り、負けた方が勝った方のお願いをなんでも1つ聞くというルールにしましょう」

 

「自分が優勢になった途端マウント取ってくるのやめてよ!!!」

 

「レオンさんから言い出したことですよ! も、文句ないですよね!?」

 

「いいけど、ずっる……」

 

 ハクアはそしらぬ顔でゲームを続ける。

 

 ……まあいい。僕には秘策がある。

 

 僕は、大げさに前傾姿勢で、カードをめくる。

 

「……!?!?!?」

 

 ハクアが何かに気付いたように、息を飲んだ。

 そう、僕はわざと前かがみになっている。そして、今の僕の格好は、胸元の緩いダボダボTシャツだ。

 

 ――つまり、胸がチラ見えする。前世で言うなら、巨乳女子のおっぱいの谷間が、かなり際どく見えている状態だ。

 

「う~ん、5かぁ……どこかで出たような……」

 

 僕はわざわざ前のめりになって、カードを探す。じっとりと熱を帯びた視線が、僕の胸元に注がれる。

 

「あれ、こっちじゃなかったか~」

 

 僕は姿勢を戻す。ハクアはガッカリしたような表情を浮かべていた。

 そしてカードをめくるが、ペアは作れない。

 

 再び僕のターンがやってくる。僕は前かがみになる。ハクアから見ると、垂れ下がったTシャツの隙間から、胸が覗き見える状態だ。

 

 じっとりとした、粘っこい視線が向けられているのが分かる。表情までは見えないが、鼻の下を伸ばしているだろうことが、手に取るように分かった。

 まるで、女のパンチラを前にした童貞のように、スケベ心丸出しの視線だ。

 

 この辺りから、ハクアのプレーは崩れ始めた。僕の胸を覗くのに必死で、記憶が疎かになっている。明らかに集中を欠いていた。

 

くぅっ……もうちょっと……

 

 中盤になると、ハクアは姿勢を直すフリをして、背伸びをして僕の胸を覗き込んでくる。気付かれていないと思っているのか、ガン見だった。

 

 そんな状態で神経衰弱は上手く行く筈もなく、終盤になるとスコアは逆転した。

 流石にマズいと思ったのか、ハクアは真剣にカードを見ながら、記憶を辿っている。

 

「ねえ、ハクア」

 

「…………」

 

「ハクア~?」

 

「集中しているので話し掛けないでください」

 

「……えいっ」

 

 僕はTシャツをめくり、へそチラした。

 

「なっ……!?!?!?」

 

 ハクアは翡翠色の瞳をギンッ!と目を見開いて、僕のお腹をガン見する。

 

 僕は更に、Tシャツを、徐々に徐々に、ゆっくりと上へまくり上げていく。

 

 それを追うように、ハクアの視線も上へ上がっていく。

 

 ゆっくり、ゆっくりと、焦らすように、まくり上げていく。ハクアは鼻の穴を広げて、それを追っていく。

 

 そして、もう少しで下着が見えそうなところで――手を離し、パサっと服を落とした。ハクアは一瞬、落胆の表情を浮かべたが、慌てて――。

 

「ああもう! 数字飛んだじゃないですか!」

 

「直接妨害してるわけじゃないもん(笑) 別に見なきゃよかったじゃん(笑)」

 

「ぐぬぬぬぅッ!!!!!!!!」

 

 ハクアは顔を下ろし、再びカードに相対する。金色の髪がまた垂れ下がってしまったので、再び耳に掛けた。

 僕は更に――追撃する。

 

「ていうか胸見てるのバレてるからね?(笑)」

 

「なっ……!?!?!?」

 

 ハクアは顔を上げた。本気でバレていないつもりだったらしく、驚愕している。

 

「み、見てませんが!?!?!?」

 

「いやいや、頑張って背伸びしてまで覗き込んでたの、バレてるよ?」

 

「んなッ……!?!?!!?!?」

 

 ハクアの顔が、一瞬で紅潮する。耳まで真っ赤だ。

 

「スケベ心隠せてないぞ~(笑)♡ 処女丸出し~(笑)♡」

 

「くぅッ……!!!」

 

「こ~んなに鼻の穴広げちゃってさ~(笑)♡」

 

 僕はハクアの鼻をツンツンと、人差し指でつっついた。

 

「こんっのッ……!!!!!!!」

 

 ハクアは、完全に怒り心頭だった。羞恥心も相まって、顔を真っ赤にして僕を睨む。

 

「勝った方がなんでも命令できるんですよね!? 今日1日貴方のこと奴隷にしますから! 絶対服従ですからね!?」

 

「うわ~こわ~い(笑)♡ スケベな命令する気満々じゃん(笑)♡ 下心丸出し(笑)♡ ほんっと処女だね(笑)♡」

 

「本当に負けた時覚悟してくださいね! 本気でめちゃくちゃにしますからね!」

 

 ハクアはブチギレながらカードをめくる。

 

「あ、あれっ……!?」

 

 が、冷静さを失っているせいで、外してしまった。僕は残りのカードを順にめくっていき――。

 

「はい、僕の勝ち~!」

 

 結果、僕は勝った。ハクアはガックリと項垂れている。

 

「ほら、ひらひら~(笑)♡ ひらひら~(笑)♡」

 

 僕は服をまくり上げて、ヘソがチラ見えするように扇ぐ。ハクアは僕のお腹を凝視しながら、檻越しで肉を目の前にぶら下げられた飢獣のように、悔しそうに顔を歪ませている。

 

「ぐぅぅぅうううううッ……!!!!!!」

 

「もうちょっとで、僕の体、1日好きにできたのにね~(笑)♡」

 

「ち゛っ゛く゛し゛ょ゛ぉ゛ッ……!!!」

 

 ハクアは血涙を流しそうな程悔しそうな顔で呻く。

 

「さて、じゃあ命令だけど」

 

 ハクアがビクッとなる。その表情には怯えの色があった。

 

「ほ、程々でお願いします……」

 

「え~? 僕のこと絶対めちゃくちゃにするとか言ってたのに~? 過激な命令しようとしてたんだから、過激な命令されても文句言えないよね~?」

 

「ぐぅッ……!」

 

 ハクアは何も言い返せず呻くだけだ。ぶるぶると震えながら命令を待っている。

 

「じゃあ命令ね。来週さ、ハクアのパーティーに僕のこと入れてよ」

 

「…………え?」

 

 ハクアは、鳩が豆鉄砲を食ったように、ポカンとしている。

 

「6人でクエスト行こうよ」

 

「……な、なに企んでるんですか」

 

「何も企んでないよ。将来のいろんな事考えてるだけ」

 

 ハクアと仲良くなって恋人になったら、彼女のパーティーに加入する可能性もある。だから、他のメンバーとも今の内に仲良くなっておきたかった。

 あと、単純に、外堀を埋めておきたいという意図もある。

 

 ただ、ハクアは疑わしげな眼差しだった。

 

「もし嫌なら、僕の実家に行って、お父さんとお母さんの前で『息子さんのことを襲おうとして申し訳ありませんでした』って謝りに行くって命令にしようかな」

 

「ぜひ一緒にクエスト行きましょう!!!!!」

 

 *

 

 ……マズい、かもしれない。

 

 最近の私は、ちょっとおかしい。レオンの本性が性悪(アレ)だと知っていながら、彼にのめり込んでいる自分がいる。

 

 ――肝試しで、初めて手を繋いだ時の喜び。

 

 ――レオンが女の子から告白されていた時の、胸の苦しさ。

 

 ――夜の海辺で、2人きりで線香花火をした時の昂揚。

 

 1人でいる時も、他の人といる時も、レオンのことを考えてしまう。

 夜レオンをオ○ズにする時はまあ……いいとして。それ以外の時でも、レオンのことを考えてしまっている。

 

 レオンを、否定できない。レオンを、拒めない。

 レオンという存在が、私の心に侵蝕してきて、どんどんと飲み込まれていく。

 

 好き、なのかな。

 

 絶対、ろくな未来なんてないのに。破滅する未来しか見えないのに。

 ズブズブと沼に落ちていくような感覚がある。

 

「怖い、なあ……」

 

 *

 

 私は食堂で、朝食を取っている。今日はソロクエストなので、1人の食事だ。

 私は、仕切りを挟んで反対側のパーティーをチラ見してしまう。

 

 クロードという男の子が1人、女の子が3人のパーティーだ。全員Eランクである。

 

 女の子たちは3人とも、垢抜けていない外見だ。目にかかりそうな前髪、地味で真っ黒な服。とても陰キャ感(シンパシー)を感じる。

 

 クロードは童顔で、整った外見をしている。メイクは薄く、色白の美少年だ。

 服装は、可愛らしいフリルの付いたブラウスだ。胸元にはハート形に結ばれたリボンが付いている。シンプルな黒ズボンは、ギリギリ膝が見えるくらいだ。白い脚がまぶしい。

 

 やや地雷系寄りの清楚系男子、くらいのファッションだ。

 

 私は個人的な関心から、あのパーティーをつい目で追ってしまっていた。

 

 だって、どう見ても――。

 

「いつもご馳走してもらってありがとう、みんな」

 

「べ、別に、こんなの大したことじゃないけど」

 

「まあ、クロードのためなら、これくらいは当然っていうか」

 

「私ら、クロードにはいつも助けられてるし? そのお礼だから気にしないでって感じ?」

 

 ――どう見ても、オタサーの王子じゃん!

 

 いや、分かるよ。女の子たち。

 

 あんなに綺麗な男の子だ。イケメン女子に奢ってもらうのが当たり前、みたいな人生だろう。フツメン女子が「割り勘で」なんて言おうものなら、即恋愛対象外として切られる。

 ――奢るしかない、のだ。

 

 私も、以前レオンとのデートで夕食を全額奢ったことを思い出した。……恐怖を感じる。

 もしかして、私も同じ道をたどってる……?

 

 クロードは食べ終わった後、ハンドクリームを付けている。

 

「あっ、ハンドクリーム出しすぎちゃった。ちょっともらってくれる?」

 

「え、あ、ああ、いいよ?」

 

 クロードは隣に座っていた女子の手を取って、手を重ね合わせながら、彼女の手に塗り込んでいく。

 

 うわ~~~~~~~~!

 

 うわ~~~~~~~~!!!

 

 やば~~~~~~~あの男子!!!!!

 

 隣の女子の顔は、耳まで真っ赤だ。

 一方――それを見ている向かいの2人は、もの凄い顔をしていた。懸命に無表情を取り繕っているが、唇を真一文字に結び、その眼差しにはじめっとした妬みが籠もっている。

 

「はい、ありがと~」

 

「う、うん……どういたしまして」

 

 クロードたちは立ち上がり、お会計をしてからクエストへ向かった。

 

 あのパーティー、大丈夫なのかな……? クロードが女の子の中の誰かと付き合い出した瞬間、パーティーぶっ壊れない?

 

 *

 

 別の日、私はレオンと2人でクエストに行って、ギルド会館へ戻ってきた。トラブルが発生してしまったため、帰るのが深夜になってしまった。

 

 私服に着替えて、外に出る。

 

「今日もハクアの家泊まっていっていい?」

 

「どうぞ」

 

 すっかり、レオンが泊まりに来るのも当たり前になってしまった。

 いや、よくよく考えると、凄いことだ。男の子が家に泊まりに来るって。めっちゃ陽キャリア充のイベントじゃん。

 

「ところでレオンさん、クロードさんのことはご存じですか?」

 

「クロード君? うん、知ってるよ。友達ってほどではないけど」

 

「今日、クロードさんが、パーティーの中の女性1人に、『ハンドクリーム出しすぎちゃったからもらって』って言いながら、手を握って塗り込んでいたんです」

 

「へ~、それがどうかしたの?」

 

「きょ、距離感おかしいと思いませんか? 女性の方は顔を赤くしていました。しかも、それを見ていた残りの2人は、こう……面白くなさそうな顔をしていました」

 

「う~ん……なんか、クラッシュしそうなパーティーだね」

 

「クロードさんは、分かってやっているのでしょうか?」

 

 無自覚に女を勘違いさせるムーブをやってるなら、たちが悪い。

 自覚があってそのムーブをしているなら、輪をかけてたちが悪い。

 

「一応、僕も男だし、クロード君とある程度の面識はあるから言えるけど……分かってると思うよ」

 

「や、やっぱりそうなんですか!? 分かっててあんなことしてるんですか!?」

 

 私は衝撃を受ける。自分が好かれているという自覚があって、自分の行為で女がドギマギしていることが分かった上で、あんなムーブをしているというのか。

 

「でも、どうしてそれを僕に聞いてきたの?」

 

「女を弄ぶ同族の見解をお聞きしたくて」

 

「同族ってなに!? 僕そんなたち悪いことしてないよ!?」

 

「してるじゃないですか! 処女勘違いさせるムーブを! 距離感近いボディタッチを!」

 

「え~こういうの?」

 

 レオンは手を伸ばし、腕を組んで、私の手をぎゅっ♡と恋人握りにする。

 

「あっ、あっ、あっ」

 

 指と指が組み合う。

 

 男の子の手――ただ手が、素肌が密着しているだけで、私の脳は幸福ホルモンを情けなくドバドバ放出してしまう。

 

 嬉しいッ……!!!!!! 

 

 クソっ!!!!! やめろ!!!! 喜ぶな私!!!!!

 

「あははっ(笑)♡ ホントに顔真っ赤~(笑)♡」

 

「やめてッ……!!!!!」

 

 ああああああッ!!! クソっ!!!

 

 だめだ。男に触れられるだけで、嬉しくて、勝手に心臓がドキドキする。勝手に脳が喜びを感じてしまう。

 

 完全に、クロードにハンドクリームを塗られて顔真っ赤になっていた女の子と同じだ。

 魔性の男にやられている。掌の上で、コロコロと転がされている。

 

「処女ってなんで手繋いだだけで顔真っ赤になっちゃうのかな?(笑)♡ 教えてほしいな~(笑)♡」

 

「うるさいッ…………!!!!!」

 

 レオンと目が合う。スカイブルーの瞳は、愉しそうに細められていて――嗜虐的な微笑だった。

 

 ちっくしょおッ……! 私、今、完全に遊ばれてる……!

 

 そう分かっているのに、私の脳は「男の手♡ 男の体温♡ 男の人肌♡」と、幸福ホルモンをドバドバ分泌してしまう。

 

「でも、安心して?」

 

 レオンは私を見つめて――。

 

「僕がこんなことするの、ハクアだけだよ♡」

 

 そういって、レオンは微笑んだ。夜闇の中に妖しく光る、碧色の瞳。

 無邪気な妖精のように、人を堕落させる堕天使のように、淫らに女を破滅へと導く淫魔のように――狂おしい程美しい微笑だった。

 

 どんどん、落ちてはいけない深みに嵌まっていくような感覚。

 まるで、蜘蛛の巣に搦め取られて、少しずつ飲み込まれていくような――。

 

「うぅッ……もうやだ怖いっ……」

 

 魔性の男。女を惑わす男(オム・ファタール)

 

 私は、とんでもない化物に、目を付けられてしまったのかもしれない。

 

「……あれっ、そういえばハクア、上着は?」

 

「え、あっ、ロッカーに忘れてきまし……あっ! 家の鍵、上着に入れっぱなしでした!」

 

「あれ、じゃあ戻ろっか」

 

 私たちはギルドへと戻る。家へ帰ってから気付いたら面倒だった。助かった。

 

「えっと……手、このままで行くんですか?」

 

「だいじょうぶだよ、どうせこの時間誰もいないから」

 

「受付員はいるじゃないですか」

 

「別に見られてもいいじゃん」

 

 レオンは手を離そうとしない。私も、正直離したくない。

 

 そして、ギルド会館へと入る。当然ガラガラだ。でも、受付員はびっくりしながら私たちの方を見ていた。

 

 は、恥ずかしい……!

 

 ドキドキしながら、女性用の更衣室へ向かう。150人分のロッカーがある大きい部屋だ。

 

「流石にこのまま女性用更衣室へ入るつもりではないですよね……?」

 

「えぇ……そういうプレイしたいの? 変態……」

 

「違います!」

 

 私は、更衣室の扉を開ける。――その時、暗闇の中から、微かな物音が聞こえた。

 

 レオンも聞こえたらしく、顔を見合わせる。

 

 更衣室には、魔法鉱石が吊るされている。入口でケーブルに魔力を流すと、更衣室全体が照らされるはずだ。

 わざわざ、暗いままで入るとは思えない――。

 

「窃盗犯……でしょうか」

 

 男子更衣室なら、下着泥棒とかもありえる。でも、女子更衣室は金品狙いの泥棒しか考えられない。

 

「僕も行くよ」

 

 私たちは更衣室へ入り、慎重に暗闇の中を進む。レオンは女子更衣室の内部を知らないので、私が手を握って先導するように進む。

 

 徐々に、物音は大きくなっていく。ギシギシッと、長椅子の軋む音だ。

 それに、パンパンっという肉同士がぶつかるような、水気の混じった音が聞こえてくる。さらに――男のくぐもった喘ぎ声と、興奮した女の呼吸音。

 

 長椅子の上で、男女がS○Xをしていた。

 

「「…………」」

 

 私たちは絶句する。深夜のギルドで、更衣室で、性行為をしている。

 

 …………マジか。

 

 男は長椅子へ仰向けになり、その上に女が跨って、腰を振っている。

 

 私たちは、ロッカーに隠れて、まぐわう男女たちを眺める。

 しかも、ちょうどあいつらの真横が、私のロッカーだ。どいてくれないと、鍵を取りに行けない。

 

 ……あれ?

 

 2人の声、聞き覚えがある。女性の方はこのギルドに5人しかいない、Aランク冒険者の1人だ。

 そして、男性の方は――。

 

「んっ♡ あっ♡ ああっ♡」

 

「へへっ、最高だよっ、クロードっ」

 

 ――クロードだ。

 

 2人は濃厚なキスをして、「ぷはっ」と口を離した。

 

「好きっ♡ 大好きっ♡」

 

「私も好きだよっ、クロードっ」

 

 クロードは快感に身悶えしながら。

 女はパンパンと腰を振りながら。

 互いに愛を伝え合う。

 

 恋人、だろうか。

 確かにクロードはEランクで、彼女はAランクだ。実力差があり過ぎて、共にクエストを受けるのは無理だろう。

 別のパーティーに所属しているというのも頷ける。

 

 でも、クロードのパーティーは――。

 

「そういえば、前言ってた陰キャ女子3人とはどうなの?」

 

「んっ……この前ハンドクリーム手に塗ってあげたら、顔真っ赤にしてた……んっ……」

 

「はははっ! ソイツ、絶対その時の感触思い出してクチュクチュしてると思うよっ」

 

「んっ……そ、そんなこと言わないであげてっ……あっ♡」

 

「それ、残りの2人にはやってあげなかったの?」

 

「し、してないっ……。あんっ♡……2人とも、ジトっとした目で、すごい顔してたっ」

 

「ぶははっ!(笑) 手握ったくらいで嫉妬してるとか(笑) 私がクロードとヤってるとも知らずにな(笑)」

 

 女とクロードの言葉が、全て私の心の奥深くに突き刺さる。

 

 手握られたくらいでドキドキしてる。当の本人が、彼女とえっちしていることも知らず。

 

 グロい。グロい。グロい。

 

 私たち陰キャはオ○ニーしかできないのに、好きな男は本命かのピとS○Xしてるなんて。

 

「私たちがS○Xしてる回数の方が、アイツらがオ○ニーしてる回数より多いっての、ばーか」

 

 女の嘲笑に、私の心が抉られる。

 

 ……だって、私もあの3人と同じだから。男の子に手を握られたくらいで顔真っ赤になってしまうクソザコ処女だから。

 

 ガタン、と音を立ててしまった。私の脚が、ロッカーに当たってしまったのだ。

 

「……ん? 今音しなかった?」

 

「んっ……わ、わかんない。したかもっ……」

 

 女が行為を中断し、こちらに近付いてくる。

 

 ま、まずい――!

 

 私たちは慌てて、空いていたロッカーに入り、ゆっくりと扉を閉めた。

 

「……ん~気のせいか」

 

 女は戻っていく。危ない、助かった。

 

「ていうか、こんなとこでするの、趣味悪すぎるよっ」

 

「でもノリノリじゃん、クロード」

 

「そんなことないもんっ……あんっ♡」

 

 ――そして、行為を再開する。

 

 だが、マズい。私たちは、狭いロッカーに2人で入っている訳で――。

 

 目の前にレオンがいる。身体のあちこちが触れ合っている。男の子の硬さを、直に感じてしまう。

 

 ちっか!!!!!!!!!!!!!

 

 ドキドキするんですけど!!!!!!!

 

 レオンは小声で、私に話し掛けてくる。

 

「いや~すごいね、こんなところでしてるなんて」

 

「……そうですね。迷惑極まりないです」

 

「なんか元気なくない?」

 

「……」

 

「……悔しい?(笑)♡ 自分はオ○ニーしかできないのに、カップルがえっちしてるの(笑)♡」

 

「……ッ!」

 

「ハクアもしたいのにね?(笑)♡ かわいそ~(笑)♡」

 

 うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ……!

 

 なんで男は、あんな女に股開くんだっ! 私の方が絶対誠実なのに! 私の方が、ちゃんと立派に真面目に生きてるのにっ!

 

「むりだよ~(笑)♡ 勝ち組陽キャ女子と勝ち組陽キャ男子がえっちしてる間、ハクアはオ○ニーしかできないよ~(笑)♡」

 

 劣等感と羞恥心で、心がぐちゃぐちゃになる。恥ずかしくて、マグマのような恥辱で熱くて、苦しくて、それでもレオンは嬉々として私の心を火掻き棒のようにかき混ぜる。

 

「よかったね~(笑)♡ 僕とくっつけて(笑)♡ ホントは処女には経験できないもんね?(笑)♡」

 

「やめてっ……! 処女って言わないでっ……!」

 

「え~(笑)♡ もっと言ってあげるね?(笑)♡ 処女(笑)♡ 処女(笑)♡ しょ~じょ(笑)♡」

 

 『処女』を馬鹿にされている。

 

 クソっ……! クソっ……!! クソっ……!!!

 

 密着しながら、間近で感じる囁き声。外から聞こえてくる、オス堕ちした男の喘ぎ声。

 

 悔しいのに……あまりに淫靡な状況に、興奮してしまう。息が上がって、ショーツの中も湿り気を帯びている。

 

 結局、彼女たちの行為が終わるまで、私はえっちな囁き声に煽られて、煽られて、煽り倒された。

 

 私たちは、ロッカーを出る。

 

「えへへ、興奮した?」

 

「……す、する訳ないでしょう!」

 

 していた。

 

 ……なんで。こんなので、興奮する訳ないのに。怒りの方が大きいはずなのに。

 

 私たちは鍵を取って、再び帰路についた。

 

 正直、めっちゃ落ち込んでいた。

 

 クロードに恋をしているであろう女子たちに自分を重ねて、更に辛くなる。彼女たちは、勝ち組女子の一挙手一投足に惑わされて――結局、S○Xはできない。

 

 私はあまりの惨めさに、拳を震わせる。

 

 レオン。クロード。2人の魔性の男が、ひどく重なる。

 もしかして、私も――騙されているのだろうか。

 

 ちらり、と隣を窺う。月明かりに照らされて、レオンのブロンドヘアがきらきらと輝いている。

 

 今は――隣を歩くレオンが、恐ろしい怪物のように思えた。

 

 *

 

「今日はよろしくね! みんな!」

 

 レオンがそう挨拶した。

 そう、今日は私のパーティーにレオンを加えた6人でのクエストである。

 女×3、男×3という、ある意味バランスのよいグループだ。

 

 以前の神経衰弱で、私はレオンの卑怯なハニートラップにより惜しくも敗北した。その時の約束通り、一緒にクエストへ行く日がやってきたのだ。

 

「すごくない? 3カップルじゃん!」

 

「なんかポーカーの役みたいだね」

 

「それだと女性4人のパーティーの方がフォーカードで強いのでは」

 

「確かに! さすが師匠!」

 

 後輩とレオンの冗談に、私も乗っかる。

 

 ちなみに、レオンとカップルだと言われたことは、否定せずに黙っている。そう思われていた方が好都合だ。

 

「いや~でもマジ楽しいんだけど。いっつもうちらってツーペアじゃん? だから師匠寂しそうでさ~!」

 

「さ、寂しくなんてありませんが!?!?!?」

 

 後輩からの思わぬ不意打ちに、私は焦る。誰がツーペアの余りだ。

 見ると、レオンも面白そうに笑っている。

 

「確かに! 僕こっちのパーティー来てあげようか?」

 

「余計なお世話です!!!」

 

 ヤバい、これ疲れる。なんかもうソロで活動したくなってきた。

 

「でも実際、うちらのパーティー来ない? 恋人で、ランクも近いのに別パなの、変っしょ? 一緒にいたいっしょ?」

 

 私とレオンは沈黙する。ちらっと、レオンの方を見ると、目が合った。

 

「……僕の今いるパーティーが快く送り出してくれれば、そうしたいかな。ハクアは?」

 

「えっ…………わ、私は、もちろん歓迎します」

 

 な、なんでレオンさんは否定しないのだろう。恋人だと思われてるのに。このままじゃ、周囲に公認カップルとして認知されてしまうのに。

 

 こ、困らないの? 私と恋人だと思われて。

 

 ……意味が分からない。なにを考えてるんだろう、この人は。

 

「よーし、じゃあそろそろクエスト行こ~!」

 

 *

 

 本日のクエストは、廃墟となった旧教会に棲みついてしまった蛇型魔獣ナーガの討伐である。

 

 僕たちは教会に入る。

 色褪せたレッドカーペット。埃をかぶった長椅子が並んでいた。ステンドガラスから射した光が、ほの暗く講堂内を照らしている。

 

 そして、祭壇の辺りに、ナーガ――蛇の下半身に、人の女の上半身を持ったモンスターがいる。

 

 僕たちは手はず通り、ナーガを攻撃する。前衛が4人、後衛が2人だ。

 

「リリヘルム流・一の太刀――月光太刀(ルナヴィリエ)!」

 

「炎魔法――炎天(イグナイト)閃刃(ブレイズ)!」

 

 魔法と斬撃で、ナーガを攻撃する。蛇の下半身は、鱗が割れ、尻尾の先端を断たれた。上半身も傷だらけで、もう間もなく息絶えるだろうという、その時――。

 

「――RaAAAAAAAAAA!」

 

 ナーガが、突如歌い始めた。瞬間――思考が散り散りに、ぐちゃぐちゃに乱される。

 

「……!?!?」

 

 こいつ、巨蛇(ナーガ)じゃない! 妖蛇(ラミア)だ!

 

「――RaAAAAAAAAAA!」

 

 ラミアの声が響く。

 

 ……まずい! ラミアの歌には、洗脳の効果がある!

 

 思考が歪む。自傷衝動と破壊衝動に襲われる。僕を含む6人全員が動きを止め、頭を抑えている。――混乱(マッド)だ。

 

 僕は咄嗟に、ラミアを上回る大音声で、解呪聖言を詠った。更に、5人全員に耐狂気度を上げる魔術(バフ)を掛ける。

 

 僕は剣を抜き、ラミアへと投擲した。剣が顔面を貫き、歌は止む。ラミアは完全に息絶えた。

 

 僕と4人はすぐに意識を取り戻す。だが、最も近くで呪いを受けたハクアは――。

 

 うつろな目で、僕らを振り向いた。

 

 ハクアは両手剣を振り回し、祭壇と長椅子を吹き飛ばした。更に暴れながら、僕らに近付いてくる。さながら、1個の台風のようだった。

 

「ハクアッ!」

 

「…………うぅ、ああああああああッ!」

 

 ハクアは絶叫し、両手剣を振り回す。

 

 混乱(マッド)より一段深い狂気状態――狂乱(ナイトメア)だった。

 

「ハクアッ!」

 

 僕はラミアに突き刺さった剣を抜き――ハクアの斬撃を防ぎ、激しく斬り結ぶ。

 

「ハクアッ! 目を覚ましてッ!」

 

 *

 

「……あれ?」

 

 私は、白い空間にいた。見渡す限り、真っ白だ。

 

 おかしい。私はナーガを倒すクエストに来ていて、さっきまで戦っていた筈だ。

 

「ハクア」

 

「お姉ちゃん」

 

 私を呼ぶ声が、ふたつ聞こえた。

 

 振り向くと、いきなり世界が変わった。ここは……前ギルドだ。ギルドメンバーたちが輪になって騒いでいる。その中心にいるのは――好きだった男の子と、妹のルーシーだ。

 

 ああ、この光景は、あれだ。男の子とルーシーが交際を発表して、皆に祝福されているシーンだ。

 

 私は、好きだった男を妹に取られたことを、ギルメンに馬鹿にされて――逃げ出した。

 

 たとえ幻覚でも、私はこれ以上見ているのが嫌で逃げ出そうとした。あの時と同じように。でも、なぜか足が動かない。

 

「……なんで、いやっ、こんなのっ、見たくないっ」

 

 男の子が私の前まで歩いてくる。

 

「ごめんね、ハクア。僕、ハクアが僕のこと好きだって気づいてたんだ」

 

「なっ……!?」

 

 やめろ、こんなの、幻だ。幻覚だ。

 

「でも、ルーシーの方が好きなんだ。ごめんね。だから……ハクアには、何もさせないよ。ルーシーとは、ハグも、キスも、えっちもしたけど、ハクアは何もできないよ。僕とルーシーが愛し合ってる時、1人でオ○ニーしててね」

 

 ビキッと、私の心に、ヒビが入った。誇りが、自尊心が、傷付けられた。

 

 私は、血涙を流した。

 

「あ、ああっ、ああっ……」

 

 世界が暗転し――再び、別の景色になる。

 そこは、植物園だった。私とレオンがデートで行ったあの植物園だ。

 

 でも、今の私は1人で、ポツンと立っている。

 

 私の後輩×2と、そのかれピ×2が、それぞれデートをしている。

 

「ていうか、ハクアって陰キャだよな」

 

「そうそう、てか頑張って陽キャのフリしてるのキツすぎなんですけど(笑)」

 

「無理あるよな、絶対処女だろアイツ」

 

「かわいそ~プライド守るのに必死で見栄張ってるけど、かれピできたことないのバレバレだから(笑)」

 

 4人が、私の陰口を叩いている。

 

 嘘だ。あの人たちは、そんなこと言わない。やめて、もう、聞きたくない。

 

 更に世界が歪み――三度(みたび)、別の景色になる。

 

 ピンクの内装、キングサイズのベッド、ガラス張りの浴室。――連れ込み宿(ラブホテル)だ。残念ながら、一度も行ったことはないけれど。

 

 なぜか部屋の端にロッカーがあって、私はその中に閉じ込められている。開かない。出れない。

 わずかな隙間から、室内を覗き見ることしかできない。

 

 ベッドの上にいるのは――レオンと、見知らぬ女性だった。

 

 2人は裸のまま、情熱的なキスを交わし、まぐわっている。――その光景に、吐き気と激怒と絶望が同時に込み上げる。

 

「そういえば、前言ってたハクアとかいう陰キャ女とはどうなの?」

 

「んっ……この前手握ってあげたら、顔真っ赤にしてた……んっ……♡」

 

「はははっ! ソイツ、絶対その時の感触思い出してクチュクチュしてると思うよっ!」

 

「あと、おっぱい見せただけで、すっごい興奮してたっ……。ほんと処女って感じで面白かった……んっ♡」

 

「ははっ! 一生の思い出じゃん! よかったな~一生もののオ○ズできて!(笑)」

 

「んっ……そ、そんなこと言わないであげてっ……あっ♡」

 

 死ぬっ! 脳味噌苦しいっ! 脳が壊れるっ……! やめてっ、お願いっ、もうやめてっ……!

 

「ハクアは、一度も男の子と繋がれないザコマ○コ(笑)♡ 一度も精子と出会えない劣等ザコ卵子(笑)♡」

 

 あ、ああああああああああああッ!!!

 

 *

 

「誰が劣等ザコ卵子だぁああああああああッ!」

 

「そこまで言ってないよ!?!?!?」

 

 ハクアは錯乱しながら、両手剣を振り回す。僕はその斬撃をひとつずつ、丁寧に捌いていく。

 だが、めちゃくちゃに力が強く、一撃ごとに腕が軋む。

 

 後衛から、仲間がハクアに対し、解呪とデバフを掛けてくれている。だが――それでも強い。

 

 ……嘘だろ、こんな強いのか、ハクア。

 

 これが――Aランク冒険者の実力なのか。

 

「このッ! 処女だからって見下しやがってこのクソ男ォオオオオオオオオッ!」

 

「落ち着いてハクアッ! もう喋らないでッ!」

 

 ヤバい! このままだとハクアが陰キャ処女だって後輩たちにバレる!

 

「ハクアに解呪とデバフかけて! 早く!」

 

「や、やってるけど……!」

 

 ハクアの攻撃を受ける。重い連撃に、腕が悲鳴を上げる。

 

「このッ!!! クソ男がッ!!! 処女の純情を弄びやがって!!! 私にはヤらせてくれない癖に、本命かのピとだけ生えっちして優越感浸りやがって!!!!!!!」

 

「してないッ!!!!! 僕はハクア一筋だよッ!!!!!」

 

「騙されるかクソ男があああああああああああッ!」

 

 ハクアが渾身の力で、両手剣を振り抜く。僕は吹き飛ばされ、長椅子に叩き付けられた。

 

「あがッ……!」

 

「レオンッ!」

 

 後輩ギャルたちが、ハクアを止める。2人掛かりでなんとか動きを封じてくれる。僕は立ち上がり――ハクアの両手剣目掛けて斬り上げる。ハクアの剣は弾かれ、宙を舞った。

 

「私のことかのピとのえっちのダシにしやがってぇええええええええええええええええッ!」

 

「してるかそんなこと!!!!!!!!!」

 

 5人がかりで、どうにかハクアを抑える。そして、僕はハクアの頬を両手で覆い――キスをした。

 

「……えっ?」

 

 ハクアが目を白黒させる。状況を理解できていないようだ。

 

 そのまま、口吻けし続けること十数秒。僕は唇を離した。

 

「え、あの、レオンさん、何を……」

 

 翡翠色の瞳が揺れる。理性を取り戻したことが分かった。僕はハクアを抱きしめる。

 

「よかった……! 戻った……!」

 

「あ、私……ご、ごめんなさいっ!」

 

 ハクアは僕から離れ、僕たちに頭を下げた。

 

「皆さんを傷付けたこと、申し訳ありませんでしたっ!」

 

「い、いいんだよハクア! ラミアのせいで錯乱してただけって分かってるから!」

 

「そうだよ! 師匠のおかげでラミアも倒せたんだし! うちらは全然平気だから!」

 

「それだけではありませんっ。レオンさんにあんな、酷いことを言って……!」

 

 ハクアは平謝りし続けた。後輩たちが「狂乱状態(ナイトメア)なら誰でもそうなるって! レオンっちも本気にしてないから大丈夫だよ!」と慰めていたが、あまり響いていなかった。

 

 結局、ギルドに帰るまで、ハクアはずっとそんな感じだった。

 

 *

 

 ギルドへ戻ってきた。後輩たち4人は、それぞれの家へ帰宅した。

 だが、僕はハクアから「話があります」と言われたので、ハクアと一緒に彼女の家へ向かっている。

 

 まあ、なんとなく内容は分かる。あのギルドでは、人目があるので話せないことだろう。

 

 家へ着いた。リビングに上がり、テーブルを挟んで向かい合う。

 

「幻覚に惑わされていたとはいえ……度の過ぎた暴言でした。大変申し訳ありません」

 

「いいよ、その……僕だって普段から『処女』って煽りまくってるんだし」

 

 そこはお互い様だ。いやむしろ、回数を考えると僕の方が言い過ぎている。

 

「……そう言われるとそんな気もしてきました。もう謝りません」

 

 ハクアは急に申し訳なさそうな顔をやめて、むしろ攻撃的な目で睨んでくる。

 

「あ、うん、いいけど……あの悪口って、どこまでが本音なの?」

 

 ハクアは、難しい顔をして考え込む。

 

「申し訳ありませんが……ほぼ本音です」

 

「びっちだと思ってるの? 僕がハクア以外の女の子と、そういうことしてるって思ってるの?」

 

「はい、くそびっちだと思ってます」

 

「失礼だね!?!?!? 僕、童貞だよ!」

 

「もう信じられないです! そんなの貴方が自分でそう言ってるだけで、なんの証拠もないじゃないですか!」

 

 ハクアの瞳には、疑心があった。嘘吐きと詰ってくるような、強い眼差しだった。

 

「僕はハクアのこと好きだよ!!!!!!!」

 

「そんな男性は存在しませんっ!!!!!!!」

 

「いるよここにっ!!!!!!!!!!!!」

 

「嘘ですっ!!!!!!!!!!!!!!!! 私がこんなイタキモ処女だって知ってるのに好きになってくれる男の人なんていませんよ! はい論破~~~~~~~!!!!!! 私の勝ち~~~~~~~!!!!!!!!」

 

 ハクアはヤケになって叫ぶ。翡翠色の瞳には涙が滲んでいる。愛を知らない悲しい女性の姿が、そこにはあった。

 

「……わかったよ」

 

 僕は、静かに決意を固めた。

 

「なら、証明するから、明日空けておいてね。ギルドにも来ないで、ここで待ってて」

 

「え? は、はい……」

 

 ハクアは不思議そうな顔でうなずいた。僕が何をするつもりかなんて、全く想像もできていないだろう。

 

「じゃあ、また明日」

 

「あ、はい、さようなら……」

 

 ハクアはポカンとしたまま僕を見送る。こうして、僕はハクアの家を後にした。

 

 *

 

 翌日。

 

 僕はハクアと共に、都市部を離れて平原へと向かっていた。

 

「あ、あの……なぜ平原に? ここで何をするんですか?」

 

「もうすぐ分かるよ」

 

 僕はハクアを連れて目的地へと歩き続ける。そして、平原に出た。

 背の低い草が辺り一面に広がっている。その中に1本だけポツンと生えた木があり、その木陰で1人の冒険者が休んでいた。

 僕は手を振りながら、彼に声をかける。

 

「おはよ~! おまたせ~!」

 

「おはようございます、レオン先輩! 準備できてますよ~!」

 

 彼は僕の後輩だ。うちのギルドに所属する、Cランク冒険者の召喚術士(サモナー)である。

 

 彼は木の近くに、既に魔法陣を用意して待っていた。

 僕とハクアはその魔法陣の近くに立つ。

 

「あの、レオンさん、いったい何を……?」

 

「じゃあ、お願い」

 

「了解です、レオン先輩! 召喚術(コール)――聖白馬(ユニコーン)!」

 

 魔法陣が強く発光する。その眩しさに、思わず目をつぶった。そして光が止んで目を開くと――。

 

 そこには、1頭の白馬がいた。

 全身が白い毛に覆われた、美しい毛並みの馬だ。額には、1本の細長い角が生えている。

 

 ――ユニコーンだ。

 

 唯一事情を知らないハクアは、目を丸くしてユニコーンを見上げている。

 

「え、ゆ、ユニコーン……? 一体どうし――ま、まさか!?」

 

 ハクアは意図を理解したのか、僕を見ながら驚愕する。

 

「ねえ、ハクア。僕がびっちだって疑ってるんだよね? 僕がハクアのことからかって遊んでる裏で、本命かのピとえっちしてるって思ってるんだよね?」

 

「っ……!」

 

「なら、証明するよ。僕が――童貞だって」

 

 ユニコーンは、童貞しか乗せない。だから、ユニコーンに乗ることができれば、僕の純潔は証明される。

 

 僕が本気であることをようやく理解したのだろう。ハクアの表情には、驚愕が満ちていた。

 

 僕はユニコーンに近付き、たてがみを撫でる。

 

「ちょっとだけ、乗せてね?」

 

 ユニコーンは上機嫌そうに頷いた。そして僕は――ユニコーンの背中に跨った。

 ユニコーンは機嫌良さそうに、パカラッパカラッと闊歩する。

 

 ハクアと後輩男子はその様子を、信じられないものを見るような目で見ていた。

 

 ――とんでもない羞恥に襲われる。今、『僕は未経験の童貞です』と書かれたプラカードを首から提げて歩かされているようなものだ。

 恥ずかしくて涙が込み上げてくる。顔から火が出そうなほど熱い。身体が熱くて、沸騰しそうだ。

 

 こ、公開処刑すぎる……!!!!!

 

 そして、上機嫌なユニコーンの闊歩にしばらく付き合わされた後、僕は背から降りた。

 

 ハクアは、気まずそうな顔をしていた。

 チラリと後輩男子を見ると、目を逸らされた。彼はいたたまれなさそうな顔をしながら、ユニコーンの背に跨った。

 

「じゃあ、お先に帰ります……さ、さようなら……!」

 

「う、うん、ありがとね!」

 

 僕は逃げ去る彼を見送った。

 

 あとに残されたのは、僕とハクアだけだ。

 

「……」

 

「ハクア、なにか言うことは?」

 

「申し訳ありませんでしたッ!!!!!!」

 

 ハクアは土下座した。なんかハクアの土下座、頻繁に見る気がするな……。

 

「顔上げて、ハクア」

 

 ハクアは顔を上げる。心底申し訳なさそうな表情だった。

 僕はしゃがんでハクアと目線を同じにして、彼女へと怒りをぶつける。

 

「分かる? ユニコーンに乗れるくらい若い後輩男子に、『僕まだ童貞なんだけどユニコーン乗せてください』って頭下げて頼む屈辱。死ぬほど恥ずかしかったんだよ?」

 

「本当に、本当にごめんなさい。まさか、本当に童貞だなんて思ってなくて……!」

 

 ハクアは申し訳なさそうに顔を歪める。翡翠色の瞳は、うるうると潤んでいた。泣きたいのはこっちだこのやろう。

 

「……いいよ、それは許すよ。でも、これで信じてもらえたよね? 僕が童貞だって」

 

「は、はい……! もちろんです!」

 

「僕はまだ誰にも体を許したことなんてない。ハクアにあげたのがファーストキス。初めてハグしたのもハクア。初めて恋をしたのも――ハクアだよ」

 

 僕は真っすぐハクアの目を見つめながら、そういった。

 

 ハクアの翡翠色の瞳が、大きく見開かれる。

 

「……ほんとうに、私のことを? 私のことを好きになってくれる男の人が、本当に……?」

 

「うん、ここにいるよ」

 

 僕はハクアに近付き、彼女を抱きしめた。体温ごと愛情を伝えるように、強くハクアを抱擁する。

 

 ハクアはようやく僕の気持ちが本当だと実感したのか――肩が震え始める。洟をすするような音が聞こえてくる。顔は見えないが、きっと泣いているのだろう。

 

「……どう? 僕がハクアのこと好きだって、分かってもらえた?」

 

「……はい、それは、分かりました」

 

 ハクアは涙声で、そう答えた。

 

 僕は一度ハグをやめて、ハクアと向き合う。ハクアは涙を流しながらも、ニヤニヤを抑えきれずめちゃくちゃ嬉しそうな顔をしていた。

 

「うれしそ~(笑)♡」

 

「う、嬉しいに決まってるじゃないですか! こんなの嬉しすぎて信じられません!」

 

 ハクアは喜色満面だった。喜びが顔に満ち満ちている。『男に好意を寄せられている』という事実を、実感しているようだった。

 つまり――僕の気持ちが伝わったということだ。こんな恥ずかしい思いをした甲斐があった。

 

「ね、仲直りのちゅーしない?」

 

「えっ!?!?!?!?!?」

 

 急にハクアの瞳が輝き始める。嬉しそうに口角がぴくぴくっと上がっている。

 

「ファーストキスはもうあげちゃったけど、セカンドキスもあげるよ」

 

 ハクアがごくり、と喉を鳴らした。

 

「い、いいんですか……?」

 

「うん。ハクアと、キスしたい」

 

 改めて、ハクアと向き合う。さらさらの金髪。喜びと戸惑いの混じる、翡翠色の瞳。

 凛とした、目力の強い眼差し。すっと通った、綺麗な鼻梁。白皙の肌。――女神のようにきれいな女性だ。

 

 僕は、ハクアの頬に両手で触れて、彼女に顔を近づける。

 

 まつげ長っ……。肌白っ……。

 

 2度目のキスまで、もうわずか。――そして、唇が触れる。

 

 うわ、ちっっっか!!!!

 

 本当に、本当に、目の前じゃん!!!!

 

 唇に触れる、柔らかい感触。熱さと体温すら、直に伝わってしまう近さ。

 

 永遠に思えるような長い瞬間だった。

 

 僕は唇を離す。陶然としたような表情のハクアと見つめ合う。

 

「………………」

 

 な、何も言えない。は、恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!!!!!!

 

「あ、……え、と……ありがとう、ございました」

 

「……こ、こちらこそ…………」

 

 僕は人差し指で自分の唇に触れる。まだ、熱が残っている。

 

「ハクアも、昨日のと今のが、初めてだよね?」

 

「は、はい。もちろんです」

 

「そっか……よかった……」

 

 僕はにへへ、と笑った。ハクアも感慨深そうに微笑んでいる。

 

「……ハクア、ほんとに嬉しそう」

 

「えっ……いや、それはっ……嬉しい、です……。自分が、男性とキスをしたことのある人間になるなんて、思ってもいませんでした」

 

 ハクアは、今起きたことを噛み締めるように、ゆっくりと話す。

 

「良かったね、ハクア」

 

「……感動で、胸がいっぱいです」

 

 ハクアはしみじみとそういった。こんなに喜んでもらえると、僕の方も嬉しかった。

 

 僕はハクアの頬に両手を当てて、間近で囁く――。

 

「ハクアの初めては、全部僕のものだよ」

 

「……えッ、あっ、えっ………………」

 

 ハクアは声も上げられない程、静かに驚愕していた。呼吸が荒い。

 

 僕は立ち上がる。いまだ呆然としたままのハクアの頭をぽんぽんと撫でる。

 

「……帰ろう、ハクア」

 

 そして、僕らは都市部へ向けて歩き出した。

 

 *

 

 私は、家に帰るなりすぐにソファへ倒れ込んだ。

 

 キス、した。

 

 キス、しちゃった……。

 

 私が、男の人(レオン)と、キスをした。

 

 ま、マジか~~~~~~~!!!!!!!!!

 

「~~~~~~ッ!!!!!!!」

 

 ソファのクッションに顔を埋め、くぐもった絶叫を漏らす。

 

 え、すごっ!!!!!!!!!

 

 私、キスしたんだ!!! 本当に!!!

 

「ひゃ~~~~!!!!!」

 

 感慨深い溜め息がもれる。これまで、ずっと手に入らなかった幸せを与えられて、絶大な歓喜の中にいる。

 

 キスしてから、レオンと見つめ合ったあの瞬間、幸せを感じた。

 

 幸せだった。めちゃくちゃ幸せだった。

 

「むふ~~~~~~~~!!!!!!!!!」

 

 鼻が高い。誰に対してか分からないけど、鼻が高い。なんかもう……とにかく嬉しい。

 

 うん、そうか。私、レオンさんとキスしたんだ……。

 

 実感が湧き上がってくる。同時に――。

 

 目の前にいたレオンの姿が、はっきり眼裏(まなうら)に焼き付いている。

 小動物ようなあどけない顔立ち。天使のような、神々しいブロンドヘア。清澄なスカイブルーの瞳。

 

 キスした瞬間は、初心な少年のように真っ赤だった。なのに――。

 

 ――ハクアの初めては、全部僕のものだよ。

 

 妖艶な堕天使のごとく、私を支配しようとするかのような、暴力的な美しさのある笑顔だった。

 

 身体がぶるりと震える。今も、理性と本能が警鐘を鳴らしている。自分が何を相手に、恋に落ちようとしているのか。その危険性を訴えている。

 

 ――傾国の美男。魔性の男。そんな、神話とか伝承レベルでしか見ないような、本物の女を狂わせる男(オム・ファタール)に、私は出会ってしまったのかもしれない。

 

 そうだ。私は、レオンの本性を知っている。処女を下に見ている、悪辣な男だと知っている。

 

 落ち着こう。落ち着かないと。あんな男を好きになったら、人生をめちゃくちゃにされる。好きになっちゃ、だめだ……!

 

 だめなのに……!

 

 でも、心臓がバクバクと早鐘を打っている。

 

 痛い。

 

 苦しい。

 

 熱い。

 

 もう、この気持ちを止められない。

 

 ――私の心臓は、魔性の男に握られている。

 





 『レオン』

 性別:男性
 種族:ヒューマン
 容姿:ブロンドヘア、スカイブルーの瞳。1000年に1人の巨乳(胸筋が膨らんでいるという意味)
 職業:Bランク冒険者
 備考:大恥をかいた。

 『ハクア』

 性別:女性
 種族:ヒューマン
 容姿:金髪、翡翠色の瞳。ぺったんこ。
 職業:Aランク冒険者
 備考:遂にレオンのことを好きになってしまった。

 『ルーシー』

 性別:女性
 種族:ヒューマン
 容姿:金髪、翡翠色の瞳。巨乳。
 職業:Aランク冒険者(別ギルド所属)
 備考:ハクアの妹。かつてハクアの好きだった男の子と恋人になった。
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