そんな話(ぇ
部屋の掃除をしていたら、懐かしい日記帳を見つけた。
△月A日
上代徹が学園へ行っている間に、掃除を済ませる
その後は、ただぼんやりと家で過ごす。
あまり良い時間の使い方ではないと思うので、今日は外へ出てみた。
しかし、人間とは賑やかなものだな、と思う。
人ごみを歩いていると、まるで私という存在が人間に紛れてしまったように感じてしまった。
なんとなく気が向いたので、渡されていたお金でいくつかの食材を買ってみた。
昨日は悪魔の世話になってしまったが、今晩の夕食は私が作ろうと思う。
……やはり、料理は難しい。
しかし笑顔で食べてくれる辺り、この男は相当な善人なのだろう。私なんかを家に置いているし。
結局、私の無様な料理を完食してくれた。
懐かしいな、と口元が緩んだ。
△月Z日
私は、上代徹の庇護下にある。
この人間が居なければ、後ろ盾が何も無い私などリアス・グレモリーの指先一つで生死が決まってしまう立場だ。
そして私は、彼女の配下を二人も傷つけてしまっている。
彼女が私を許さないことは明白だ。
そろそろ、私は私の立ち位置を決めなければならない。
このまま上代徹の厄介になり続けるか、この家を出てどこぞの人目に付かない所で野垂れ死ぬか殺されるか。
運が良ければまた這い上がれるだろうが、そんな確立など万分の一以下だろう。
しかし、どうして上代徹は私を助けたのだろうか?
言っては悪いが、私達が彼にした事は決して許される事ではないはずだ。
だというのに、こうやって私を助け、手元に置いている。
……本当に、よく判らない人間だ。
しかし、私の料理を「美味い」と言ってくれるのは悪い気分ではない。
自分自身でも決して上手ではないと思っているレベルの料理の腕だから、なおさらだ。
嬉しい、という気持ちが溢れる。
△月%日
今日は、私が徹様に救われて10日目なのだと。
徹様がケーキを買ってきて、祝ってくださった。
まだ、たったそれだけの日数しか経っていない事に驚いてしまった。
たったの10日で、私は随分と変わってしまったような気がする。
だが、そう悪くないように思えるのは、以前の私よりも余裕があるからだろう。
晩御飯は私が作った。
やはり、あまり良い出来栄えとは言えない料理だったが、徹様は美味しいと食べてくれた。
嬉しい、と感じたのは何年振りだろうか?
そんな事を感じる余裕などなかったのだと、今なら思える。
逢えて良かった、と心から思う。
△月;日
今日は『女王』グレイフィアは来なかったが、手を抜いていると思われるのは癪なので、ちゃんと掃除など教えられた事をこなした。
……本当に、こうする事で徹様に相応しいメイドになれるのだろうか?
いや、相応しくなくてもいい。ただ、徹様の傍に居るに足る堕天使になれるのだろうか?
今までと違い、運動量の増えた家事をこなし終わると、ふとそう考えてしまった。
疲れてソファへ座ってしまうと、どうしてもそんな自分に良くない事を考えてしまう。
しばらくそうやっていると、今晩は徹様が夕食の準備をしてくれるとの事。
――心配させてしまった。
やはり、私はダメだ。
作ってくださった肉野菜炒めは、野菜の大きさもバラバラで、味付けも濃かった。
けど、どうしてか、とても美味しかった。
……頑張ろう。
私は、この人に救われたのだから。この人の役に立ちたい。
ペラリ、と日記帳を捲る。
△月*日
今日も、『女王』は来なかった。
……見放されたのだろうか? いや、きっと仕事が忙しいのだろう。
今日も教えられた通りに家事をこなした。
これでいい。今はまだ、私に出来る事はこのくらいしかないのだと思う。
昨日の徹様を真似して、肉野菜炒めを作ってみた。
……昨日の徹様以上に野菜の形も大きさもバラバラで、私のは味が薄すぎた。
でも、徹様は美味しいと、笑顔で食べて下さった。
少しだけ、料理が楽しいと思えた。
ペラリ、と想い出を捲る。
□月O日
気分次第で料理の腕が上達したら、世の中練習なんてしなくなるとは思う。
……やはり、もう少し料理が上手になりたい。
できれば、普通の見た目、普通の味程度に。
何が悪いのだろうか? 教えてもらった通りにしているつもりなのだが…。
もっと大雑把に、ざっくりと作れる料理だと楽なのに。
包丁を持って、全部を同じ大きさに切るのは神経を使う。
私の性格的に、その辺りが合っていないんだと思う。
……言い訳か。頑張ろう。
そんな事は無い。気分は――気持ちは、大切だ。
□月U日
いつぞやの黒猫が、薬を持ってきた。人型で。
なんでも、妹を助けてくれたお礼だとか。
……よく判らないが、お礼を言ってその薬を徹様に飲んでもらった。怪しくもあったが、藁にも縋りたい気持ち……不安だったのだ。私一人では、何もできなかったのだから。
自力で飲む事が出来なかったので、口移しで飲んでもらう事になった。心苦しい。私などが口付けをして良かっただろうか?
数時間もすると落ち着かれ、夕食時には、随分と呼吸も和らいでいた。
黒猫――黒歌が言うには、貴重な薬草を何種類も使ったのだとか。頭が上がらない。ちなみに、夕食は私が食べさせることになった。熱の所為もあるのだろうが、顔が少し赤かった。実は、結構初心なのかもしれない。すごい方なのに、そういう所は可愛いな、と思う。
食事の後は、また眠られた。薬は飲んだが、まだ体調は万全には程遠いのだ。まぁ、食事を食べれる程度には回復したので、あとは大丈夫だと黒歌は言っていた。今は、その言葉を信じるしかない。
その黒歌は、徹様に死なないで、と言ってキスして帰っていった。
いったい、どういう関係なのだろうか? 気になる。凄く。
この時は、黒歌とこんなにも長い付き合いになるだなんて思ってなかった。
□月W日
縁側で、徹様が黒歌と遊んでおられた。というか、マタタビを……。
いいのだろうか……?
まぁ、黒歌が拒絶しないなら…いいのだろう。
そういう事だ。そういう事にしておく。
……私がどうこう言えるような立場でもないのだし。
微笑ましい光景なのだろうが、あまり面白くない。
人型の黒歌は美人だったし、猫耳と尻尾もあった。……やはり、ああいうのが良いのだろうか?
そういえばこの時私は、嫉妬していたのだろうか?
黒歌は、私が嫉妬していると言っていたのだったか。
でも私は、否定したはずだ。
――この時から、私はトオル様が好きだったのかな?
昔の日記が、昔の自分が面白い。
日記帳を捲ろうとして、ドアのノックの音が部屋に響いた。
私物があまりない、質素な部屋。
テーブルとクッション、ベッドにクローゼットと箪笥。化粧棚。
徹様はもっと欲しいモノを言ってほしいと言われるが、どうにもあまり欲しいモノが無い。
――それは、今の生活に満足しているからだろう。
そこまで考えて、再度ドアをノックされる。
「あ、はいっ」
ドア越しに聞こえたのは、大切な主人の声。
昼食の用意が出来た事を教えに来てくれたようだ。
「すぐに行きます」
床から立ち上がり、テーブルの上に日記帳を置く。
ドアを開けると、見慣れた顔があった。
上代徹。私を救ってくれた人。私に居場所をくれた人。――私の大切な人。
「昔の日記を読んでいました」
もっと他の事をすればいいのに、と言われても、いざ休みを貰ってもどうにもやりたい事が思い浮かばない。
強いて上げるなら、部屋の掃除をした事か。
だがそれだといつもと変わらない、と言われそうなので内緒にしておく。
それに――掃除は好きだ。
私が一番最初に、人並みに出来るようになった事だから。
「――ええ、本当に。懐かしいですね」
この家に来た頃、最初の頃は料理も何も出来なかった。
掃除も、洗濯も、何もかもが人並み以下だった。
今ではこの家の家事を一手に任されている事を、以前の私はどう思うだろう?
『神の子を見張る者』に居た頃の私は、今の私を見てどう思うだろう?
そう思うと、自然と笑みが零れる。
「そんな私を見捨てないで下さり、本当に感謝しております」
こういう堅苦しい言い方は相変わらず苦手のようで、困ったような笑顔で否定される。
私と同じ理由。
一人が寂しくて、独りでは静かで。
気付いたら、この家では狭くなっていた。
寂しくなくなっていた。
賑やかになっていた。
――誰かが、いつも傍に居るようになった。
傍に居てほしい時。
辛い時。
悲しい時。
嬉しい時。
幸せな時。
――誰かが傍で、一緒に泣き、悲しみ、笑い、喜んでくれるようになった。
「そのような事はありません。私など……まだまだです」
炊事洗濯家事――あの頃より上達はしたと思うが、まだまだだ。
『女王』としても、女としても、遠く及ばない。魔王の『女王』。
目指すべき人は、まだずっと先。
背中を追うのが精一杯で、並んで立つなど……。
それは敬愛する主人であり、様々な事を教えてくれた師であり、いつも支えてくれる親友。
徹様や黒歌からよく、私は難しく考え過ぎだと言われる。
でも、私はこれくらいで丁度いいのでは、と思うのだ
以前の――堕天使だったころの私は、怠け癖があったから。だから今くらいが丁度いい。
そんな、昔の事に縛られているから堅苦しいのだ、ともよく言われるが。
難しい。
家事に集中していれば気にならないのに、家事から離れると、肩の力の抜き方が判らない
今となっては、私にとって家事は仕事であり趣味となっている。
「ふふ――やはり、仕事から離れると落ち着きません」
ワーカーホリックとか言わないで下さい。
自覚は……少しありますから。
そう思いながら、窓の桟を指でなぞる。
――埃が残っていた。
「あとで黒歌達はお仕置きですね」
別にこれだけで、と言われるが、そこで甘やかすのもいけない。
特に黒歌は、私以上の怠け者なのだから。
一度甘やかすと、その味を覚えてしまう。
ふと視線を感じると、隣で徹様が苦笑していた。
私は厳しいのだろうか?
……グレイフィア様なら、もっと厳しいのに。
難しいな――『女王』は。
貴方は今、幸せですか?
白音と並んで食器を片付けている徹様の後姿を見ながら、そう心中で呟く。
隣に立つ白音の視線に気付いていますか?
手際があまり良くない徹様に少し呆れながら、一緒に食器を洗っている。
身体が固い。いつもの白音なら、もっと手際よく片づけを終わらせる。でも、今日はゆっくりしている。
緊張しているのか……徹様と一緒の時間を、もっと長く感じていたいのか。
多分後者だろうな、と。
折角の休みだというのに、のんびりとリビングで過ごしながら、そんな二人の後姿を見ている。
勿体無い時間の使い方だと思う。
思うが――何かしたいのか、と聞かれると困ってしまう。
趣味のようなものを見付けるべきか。
思い付くのが、槍や魔術の修業なあたり、頭が固い。どうしようもないな、と。自分でも思う。
あとは散歩くらいなものだが、それは趣味なのだろうか?
料理は何時もしているし、掃除洗濯も同じだ。
本を読む――のもいいかもしれないな。
雑誌とかではなく、小説のようなものを。
「…………」
徹様――今、幸せですか?
この毎日は、楽しいですか?
誰かが傍に居て、一緒に笑っていてくれる。
この日常は、幸せですか?
外を見ると良い天気で、庭には洗濯物が干してある。
それを取り込んでいる黒歌とオーフィス様。
その二人の周りを――というか、黒歌の邪魔をしているスコルとハティ。
スコルとハティを怒る黒歌。
家の中の掃除は、ロスヴァイセ様がしてくれている。
今日のような一日は、楽しいですか? 嬉しいですか?
貴方が笑っている。
黒歌達も、楽しそうで嬉しそう。
食器洗いに苦戦している愛しい人の後姿を見ながら、肩を震わせて笑う。
ああ、編み物もいいかもしれない。
手作りの贈り物――というのも。
した事はないけど、練習すれば、努力すれば。
……喜んでくれるだろうか?
ねぇ、徹様。今――幸せですか?
私は今――凄く幸せです。
ヒロイン! ヒロイン!!