恋人、というモノはどういうモノか。
よく判らない。
それが答えである。
それしかない。
よく判らない。
何故なら――恋人という関係を望んだわけではなかった。
今まで通りの関係で満足していた。
仲の良い友人だと思っていたし、彼もそう思っていたはずだ。
それ以上を望んだことは一度も無く、仲の良い友人として高校生活を終えるはずだった。
「人生とは、本当にどうなるか判らないモノですね」
そう呟く。
誰かに言ったつもりではなかったが、同じ部屋に居た彼には聞こえてしまったようだ。
生徒会室。
最近は良く二人きりでいる場所。
他意は無い。
私はまだ生徒会長で、彼はこの学園の生徒。
何の問題も無い。
――生徒会室に生徒会長とただの生徒が二人きり。
……何の問題も無い。
「なんでもありませんよ」
彼が淹れてくれたお茶を飲みながら、そう応える。
お茶は熱い方が美味いと聞いた事があるが、熱すぎるのは苦手だ。
丁度良い暑さのお茶は、不思議ととても美味しく思える。
「さて」
そのお茶を飲み終えて、湯呑みを生徒会長用の机に置く。
二人しか居ない部屋に、コト、と乾いた音が響く。
そして、息を一つ吐く。
恋人とはどういうモノだろうか。
判らない。
彼――徹君と恋人関係になって少し経つが、あまり進展していない。
……と言うよりも、あれから特に変わった事は無い。
強いて言うなら、呼び名が変わった。
支取から蒼那へ。上代君から徹君へ。
私としてはそれで満足しているし、多分彼も満足している。
呼び名が変わっただけだが、仲良くなれた気がするから。
それで十分だと思っている自分達。
そして、それで満足しない周囲。というか、私の身内。
もっと簡単な言葉にするなら、進展しない私達に不満を感じている。
それはもう、横から口出ししてくるくらいに。
もう一度言う。私は今の関係に満足している。
徹君の身内は……どうだろう。どう思っているのだろう?
「徹君は、レイナーレさん達から何か言われますか?」
そう聞くと、なにが? と聞き返された。
そしてまた、読んでいた雑誌に視線を落とす。
普通ならここで「恋人の私が話し掛けてるのだから、こっちを向きなさい」と言う所だろう。
多分。
でも、そうは思わない。
彼のそんな自然体の姿が、多分私は好きなんだろう。
最近、そう思うようになってきた。
私も変に気を使わなくて済む。
それよりも、さっきの言葉には主語が無かったなぁ、と。そう思い直す。
「私達が付き合っている事で、何か言われますか?」
そう聞くと、とくには、と言う答え。
羨ましい。本当に。
溜息を吐くと、苦笑された。
「仕事やレーティングゲームの事とか、そう言うのは簡単に思い付くのに、恋人の事になると、私の頭は途端に駄目になるそうです」
先日、椿姫に言われた事だ。
駄目になるとは何だ、駄目になるとは。
これでも色々と考えているのだ。
ただ単に経験が無いだけで、もう少ししたら私だって人並みに恋人の思考が出来るようになるはずだ。……たぶん。
と言うよりも、世の恋人たちは、普段どんな事を考えているのかが判らない。
椿姫に聞いたが、睨まれただけだった。
……彼氏が居ないですもんね。ごめんなさい。
そう謝った時の笑顔は、私でも少し怖かった。ワザとだが。
「椿姫達にお姉様。どうして私の周りは、恋人と言う関係を難しく考える人たちばかりなのか……」
私としては、友達の延長で良いのでは、と思う。
別に結婚を前提としたお付き合いではない。
こうやって一緒に喋って、一緒にお弁当を食べて、一緒に出掛けて、一緒に遊ぶ。
ほら、友達と一緒だ。
何も変わらない。
それでいいのでは、と。
……そう言ったら、私は恵まれているからそう言えるのだ、と言われた。眷属の皆に。
そんな事は無いと思うが。
「私としては、変に意識するよりも今までと同じ距離感が簡単なのですが」
そこには徹君も同意してくれた。
判ってもらえて私も嬉しいです。
やはり、恋人だ何だと変に考えるより――と。
そう考えながら、椅子から立ち上がり、ソファに座っていた徹君の隣に腰を下ろす。
ほら。
恋人だと意識するよりも、友達と考えた方がすんなりと傍に寄れる。
今まで通り。普通に。自然に。
隣に腰を下ろして、彼が見ているモノと同じものを見る事が出来る。
それでいいのだ、私は。
少なくとも、それで十分満足できる。
……こういうのも、恋人がする事なのだろうか?
「ああ、そうだ」
先日、椿姫から貸してもらった雑誌の事を思いだした。
貸してもらったというか、無理矢理渡されたというか。
あまり読む事の無い女性誌には、彼氏が彼女にしてもらって喜ぶ事等が書かれていた。
まぁ、そう言う雑誌だったのだろう。
だから――。
「徹君は、こういうのは嬉しいですか?」
その肩に、頭を乗せる。
男性は、女性からのスキンシップが嬉しいのだとか。
だが、別のページには女性からの過度のスキンシップは駄目だという事も書かれていた。
一体どっちだ、と心中で呟いたのは私だけではないはずだ。
ふと思い出したので、その答えを徹君に聞く事にした。
他意は無い。
ただ、私の知識欲を満たすためだ。
「そうですか」
少し驚かれたが、概ね好意的な答えに満足している自分が居る。
微かな胸の高鳴りと、それ以上の安心感。
ああ、と。
こういうスキンシップは男性からは喜ばれるのだろうが、女性も安心できるのか。
友人同士ではできない事だろう。
恋人同士の特権。その安心感。
――悪くない、と。
「私も、悪くないと思います」
そう、口にする。
徹君の肩に頭を預けながら身体から力を抜くと、不思議なほどにリラックスしてしまう。
……そして、される側の徹君は、こちらが驚くほどに固くなっていた。
いや、混乱しているだけなのだろうけど。
私だって、いきなり徹君からこんな事をされたら混乱する自信がある。
何故なら――絶対にされないと思っているから。
これは、友達という関係ではしない事だから。
恋人たちがする事だから。
「不思議ですね」
友達で満足している自分が居る。
でも、恋人と言う特別な関係がする行為を受け入れている自分も居る。
いつの間にか、徹君の雑誌を読む手は止まっていて、ページを捲ろうとしていた指は、そのままの状態で固まっている。
その事が可笑しくて、気付かれないように、小さく笑う。
ああ、これは恋人らしい事だ。
そう思う。
悪くない。
と言うよりも、とても良い。
だから――。
「させてほしい事があります」
膝の上に感じる重さには、どうにも慣れない。
膝枕。
男性が、女性にしてほしい事。
徹君に聞いたら、曖昧な答えしか返って来なかった。
頬が赤くなっているが、それは羞恥からか、それとも好意からか。
私には心を読む異能は無いし、徹君は何も言ってくれない。
ただ黙って、固まって、私の膝に頭を乗せている。
その髪を撫でると、ピクリ、と肩が震えた。
緊張して、神経が過敏になっているのだろう。
面白い。
――気付かれないように口元を緩ませながら、また髪を撫でる。
「…………」
徹君は――多分、そんなに人にベタベタするのは得意じゃない。
嫌いではないのだろうけど、好きかと聞かれたら首を傾げる。そんな感じだと思う。
壁があるとか、距離を置いているとか、そんな事はないけど……私と同じで、つかず離れずの距離感が好きなんだと思う。
だから私達は気が合うし、恋人同士になっても、そこまで気にしてない。
二人とも、友人同士であっても、恋人同士であっても、ある程度の距離感で接する事が出来るから。
でもこうやって……受け入れてもくれる。
動物に例えると何だろう?
そんな事を考えながら、髪を梳く。
……男の子の髪を梳くのも、悪くない。結構好きかもしれない。
私の髪とは違う、硬いし、短いからチクチクする。
少しだけ気持ち良い。
「男性は――」
静かな部屋に、私の声だけが響く。
今、何時だろうか。
そろそろ帰らないといけないかもしれないし、もう少し余裕があるかもしれない。
……時間を見るのが、少し怖い。
この時間が終わるのが、少し嫌だ。
だから、時間を見る事無く、私は徹君の髪を梳く。
「女性から、こうやって膝枕をされるのが好きだと本に書いてありました」
何を言っているのか。
――ただ、話が途切れるのが嫌。
途切れたら、きっと帰ろうと言うから。
私か、徹君か。どちらかが絶対、帰ろうと言う。
そうならないように、喋りつづける。
私の声だけが、生徒会室に響く。
「徹君も、好きですか?」
好き。
膝枕が、好きですか。
そう聞いた。
答えには、膝枕が――という言葉が付く。
でも……。
――好きだよ。
少しだけ、心臓が高鳴った。
その『好き』は膝枕で、私ではない。
でも――心臓が高鳴った私が居る。
確かに、その一言に喜んだ……私が居る。
「私もです」
だから。
「私も好きです」
膝枕が、とは言わない。
なんとなく。言いたくなかった。
どうせ――言わなくても伝わるから。
私と徹君は、そういう関係だ。
自分でもそう思っているし、徹君は私の意図を受け取ってくれる。
けど、好きだという言葉。ただの一言。
その一言が、胸を温かくしてくれた。
「膝枕は、恋人らしい事ですね」
さらさらと、髪を梳く。
チクチクと、手の平が刺激される。
ドキドキと、胸が高鳴る。
チクタクと、時計が鳴る。
「帰りましょうか」
そして、その言葉を口にする。
それは、膝枕の終わり。
恋人らしいことをしている時間の終わり。
――それを名残惜しいと思ったのは、私か、徹君か。両方か。
多分……答えは、
「…………」
私。
身体を傾けると、髪が頬を撫でた。
その髪が邪魔にならないように手で押さえ、更に体を傾ける。
膝枕をされ、廊下の方を向いている徹君は気付いていない。
それか――気付いていて、動かないのか。
少しずつ、少しずつ、視界に写った徹君の顔が近付いてくる。
恥ずかしい。
どうしてか、そう思った。
これからする事が恥ずかしいのか、徹君の顔を間近で見る事が恥ずかしいのか。
どっちだろうな、と。
他人事のように考えながら、瞳を閉じる。
触れたのは一瞬。
感触も、一瞬。
でもそれが夢ではないと、視界を介して映像として残っていないが、それでも確かな事実だと――唇の感触が教えてくれた。
「帰りましょうか」
もう一度、変わらない調子で言う。
……多分、いつもの調子で言えたはずだ。
心臓は少し高鳴っていて、多分、頬も赤くなっている。顔が熱い。
でも、いつもと同じ調子のはずだ。
ポーカーフェイスには自信があるし、言葉尻も上擦っていないと思う。
ただ――
「う……男の子なら、そういうのは気付かないようにしてください」
目の前の男の子は、私の表情を読むのが上手い。
どうしてか――不思議なほどに。
けど、気付いてもらえて嬉しいと思っている自分も居たりする。
嬉しい。
でも。
ニヤニヤなんかしてないです。
偶に書きたくなる会長と徹君。
この二人ほどベタベタが似合う組み合わせは……まぁ、他にもいるか(ぇ