私の中でロスヴァイセさんのキャラが固まってない。
……むしろ、これだけ悩むキャラも珍しい。と思う。
フワリと香ったコーヒーの匂いに、顔を上げた。
「ああ……ありがとうございます」
リビングで本を読んでいたら、すぐ傍にはコーヒーカップを二つ持った徹君が立っていた。
一つは私、もう一つは自分用に。
その脇には一冊の文庫本。
一言断られて、隣に座られる。
人一人分の間を開けて座り、熱いコーヒーを手渡される。
ミルクは多め、砂糖は少な目。コーヒーと言うよりも色合い的にはカフェオレに近い。
「……良い香り」
ふーふーと冷まして一口飲むと、心地良い暖かさが喉を下っていく。
そんな私を見てから、徹君も自分のコーヒーを一口飲む。
私のとは違い、ミルクは無し。でも、砂糖は大目。ミルクも入れた方が苦味は少ないのに。
以前言ったら、ブラックの方が大人っぽいとかなんとか。
私にはよく判らないけど、男の子はそういうのを気にするのかなぁ、と。
そんな事を思い出しながら、もう一口コーヒーを啜る。
うん、美味しい。
「勉強の調子はどうですか?」
何気ない世間話のつもりでそう言うと、少し困ったような上擦った笑い声。
ああ、あんまり上手く行ってないんだな、と。
そう苦笑してしまう。
「また、お教えしましょうか?」
そういうと、よろしく、と言ってもらえた。
ちょっと嬉しい。
これでも駒王学園で教鞭を振るっているのだ。
生徒に勉強を教えるのも教師の仕事だ。
……以前そうしたら、なぜか黒歌さんから怒られたが。
いや、確かに部屋で二人っきり。
勉強を教える為に少し密着したかもしれない。
でも、何も無かったのだ。……何も無かったから怒られた。
――言いたい事は判るけど。
勉強は大事なんだから、真面目に教えないと駄目だと思うのだ。徹君も、真面目に質問して来るし。
駒王学園の生徒の皆は不真面目という訳ではないが、いつも私をからかってくるし。
確かに年齢は近いけど。
ロスヴァイセちゃんとか、なんとか。
……親しく感じてもらえるのは悪くないけど、もっと教師として接してほしい。
その点、徹君は真面目に聞いて来るから、私も真面目に応えたいのだ。
――物凄く呆れられたけど。
「……はぁ」
その事を思い出すと、溜息しか出ない。
まぁ……うん。
私ももっと仲良くなりたい。
黒歌さんやオーフィスさんみたいに、徹君とベタベタしたい。
レイナーレさんのように頼られたい。
それも本当だ。
だいたい、今の距離も距離だ。
コーヒーカップを両手で持って、口元を隠しながらちらりと隣を見る。
人一人分の間が空いた距離。
それが、私と徹君の距離。
この家で、多分……私が一番徹君から遠い。
レイナーレさんはすぐ傍で控えるし、黒歌さんとオーフィスさんはベタベタとくっつく。
白音さんは何時も離れているけど、なんだかんだで気付いたらくっついている。
私はいつも、この距離。
人一人分の間が空いた、何とも言えない距離。
「――近づきたい、なぁ」
口にして、恥ずかしくてまたコーヒーを飲む。
甘くて暖かい。少し、気分が落ち着く。
視線は、徹君とさっきまで読んでいた雑誌を行ったり来たり。
チラチラと、文庫本を読んでいる徹君の横顔を盗み見る。
はぁ。
「ああ、いえ。なんでもないですよ。……なんでも」
溜息を吐いていたら、徹君から心配された。
なんだかなぁ。
私の方が年上なのに、心配されたり助けられたり。
これではどっちが年上か判らなくなる。
もう本当に、なんだかなぁ、と
苦笑するしかない。
「そう言えば、何の本を読んでるんですか?」
そう聞くと、どこかで聞いた事がある題名を教えてもらった。
確か、よく女子の話題になっている、有名な文庫本のはずだ。
でも――。
「それって、恋愛小説じゃないんですか?」
しかも……言ってはなんだが、少しエッチな。
女子たちは「リアルだ」とか言っていたが、私には判らない。
学生時代なんて、勉強ばかりだったから。恋愛なんてした事も無いし。
その事で、からかわれたのは……嫌な思い出だ。うん。
いいじゃないか。恋愛未経験で。まだ十九だし。まだ十代だし。
そう心中で言い訳をしながら、徹君が見せてくれている文庫本の表紙に視線を向ける。
「可愛い絵ですね」
だから、不思議に思ってしまう。
徹君に恋愛小説……似合うというか、似合わないというか。
その感情が表情に出てしまったのか、徹君が苦笑する。
なんでも、椿姫さんから勧められたのだそうだ。蒼那さんの『女王』。
……徹君に一体何をさせたいのか。
「どんな内容なんですか?」
内容は、普通の恋愛小説なんだとか。
男の子と女の子の。
聞く限りだと、確かに普通なのだろう。
……まぁ、私に普通の恋愛経験があるのか、と聞かれると無いのだが。
一般常識内での恋愛だ。
告白して付き合って、手を握ったりデートしたり……キスしたり。
そんな、恋愛小説。
「へぇ」
興味が湧いて、徹君に近寄って小説を覗き込む。
ページは122。
丁度、半分ほど読んだところのようだ。
場面は主人公とヒロインがデートをして……いるのか?
やはり、最初から読まないと話の内容が判らない。
恋愛小説など読んだことは無いが、少しだけ面白そうだと思う。
学園の女子に人気なのも理由の一つ。
あと――。
「徹君は、この小説は面白いですか?」
徹君が、この本を読んでいるのがもう一つの理由。
その表情は――どこか困ったような、苦笑い。
勧められたが、多分合ってないのだろう。
それでも律儀に読む辺り、真面目だなぁ、と。
「後で、私にも貸してもらえますか?」
そう聞くと、同意の声。
というよりも、読みかけなのに今から貸そうか、とまで言ってくれる。
流石にそこまでは。
「椿姫さんの事ですから、最後まで読んでないと……後で内容を聞かれるかもしれませんよ?」
困ったような表情で、そうか、と。
その表情が面白くて、徹君には悪いが肩を震わせて笑ってしまう。
恋愛小説。苦手なんだな、と。
……徹君の事がまた少し判って、ちょっと嬉しい。
「まぁ、恋愛小説を読むよりも、参考書を読んでもらう方が先生としては嬉しいですが」
徹君の困ったような声。
それがまた可笑しくて、笑ってしまう。
「今度、一緒に勉強しましょうか」
また、教えてあげますから、と。
教師と生徒。
今はまだ、それだけの関係で満足している。
こうやって話しながら、勉強の事で釘をさす。
歳が近いからか、あまり教師と生徒という雰囲気になれないのが辛い所だが。
それは、白音さんにも言える事だが。
私って、威厳が無いのかなぁ。
そう考えて、また溜息。
大丈夫か、という徹君の声に顔を上げ――。
「――――」
思いのほか近くにあった徹君の顔に、一瞬身を引きそうになる。
近い。
どうして――と考えたのは一瞬。
近づいたのは、私だ。
小説を読む為に、徹君に近づいた。
その事で固まり、また徹君から心配される。
……この人は、相変わらず無防備だ。無防備で、鈍感だ。
私が近寄っても表情一つ変えないし、こうやって話を続けてくれる。
良い事なのかもしれないけど、意識されていないと判るというのも結構辛いモノがある。
すぐ近くにある徹君の顔を、私はこんなにも意識しているのに。
徹君は私がこんなに近付いても、いつも通りに話しかけてくる。
――ズルいな、と。
でも。
「迷惑なんかじゃないですよ。私は先生ですから」
そう胸を張って言う。
こうやって、徹君の傍に居られるなら。
先生として。
それでいい。
戦乙女として、眷属として、『御使い』として。
そして――教師として。
傍に居る。
今は、それだけで十分だ。それだけで、満足している。
……今は。
「沢山課題を用意しますから、楽しみにしていて下さい」
困ったような表情は、すぐ傍。
先ほどまで感じていた徹君との間は、今は無い。
肩が触れ合いそうな距離に少しだけ緊張しながら、それでもいつも通りに話しをする。
徹君は、近くにいる私の事を気にもせず、自然な調子で話し掛けてくる
本当、なんだかなぁ。
「…………はぁ」
徹君に表情を見られないよう、顔を逸らして溜息を一つ。
私って、魅力が無いのかなぁ。
*月*日
真羅から小説を勧められた。恋愛小説。女子に人気なんだとか。
……何の罰ゲームなんだろうか。
読んだら感想を聞くそうだ。勘弁してほしい。
学校で読めないので、家で読んでいたらロスヴァイセさんから食いつかれた。
興味あったんだ…まぁ、歳も近いからなぁ。
しかし、相変わらずロスヴァイセさんは無防備だ。
ぴったりくっついてくるし。薄着だし。柔らかかった。
勘弁してほしい……俺も一応、男なんだがなぁ。
こんな感じ。