もっとべたべたしたいです。
貴方が笑っていてくれれば。
貴方が笑顔でいてくれれば。
貴方が楽しければ。
貴方が幸せなら。
――それで良いと思っていた。
「白音ー、お醤油とってぇ」
そう言って、手渡されたお醤油を目玉焼きに掛ける。
綺麗な半熟の目玉焼き。
程よく焼けた白身と、綺麗な真円の黄身。
白と黄色の中に、黒が混じる。
ただそれを、ぼんやりと眺めていたら――。
「……掛け過ぎじゃないですか、黒歌さん?」
「あ」
ロスヴァイセから声を掛けられて、ようやっと自分が何をしていたのか思い出した。
ひどく間の抜けた声を上げて、醤油浸しになった目玉焼きを見てどうするかにゃぁ、と。
一瞬迷って、そのまま食べる事にした。
勿体無いし。せっかく作ってもらった朝食だし。
「大丈夫ですか、姉様? まだ寝てます?」
「何気に酷くにゃい、白音……」
いやまぁ、言われても仕方がないのだけれど。
うーん、と。
醤油の味しかしない目玉焼きを口に入れ、伸びをする。
寝惚けていたわけではない。
ただ、少しぼんやりとしていた。ただそれだけ。
だからほら、白音もロスヴァイセも、皆が何時も通りの朝食を再開する。
ただ――。
「大丈夫大丈夫。黒歌さんは元気だにゃー」
トオルが心配そうに、私を見てる。
そんな表情をされると、どうしてか私はとても悪い事をしてしまったのでは、という気持ちになってしまう。
だから、必要以上に明るい声で、笑いながらトオルの声に返事をする。
「あー、目玉焼きが辛い……」
でも、白ご飯と合うかも。
ちょっとだけ目玉焼きを食べて、沢山の白米と一緒に食べる。
まぁ、悪くない。たぶん。
身体には良くないだろうけど。塩分の取りすぎとか。
そうやって苦笑しながら、朝食を再開。
今度はぼんやりとする事無く、のんびりと食べ始める。
「なんか親子みたいだよねぇ」
醤油味の目玉焼きを食べながら、そう呟く。
トオルとレイナーレに挟まれて朝食を食べるオーフィスを見ながら。
黒髪の三人が並ぶと、本当に親子のよう。
お父さんとお母さん。そして娘。
トオルとレイナーレ。そしてオーフィス。
そう言うと、トオルは困ったように苦笑して視線を逸らした。
照れてるのだろう。ちょっと可愛いと思ってしまった。
レイナーレははにかんだように微笑んで、オーフィスの口元をティッシュで拭う。
その仕草もやっぱり母親みたいで、板についてる。
オーフィスはあんまり気にしてないようで、パクパクご飯を食べてる。
でも、少し嬉しそうな表情をしてるような気がしないでもない。
何だかんだで、お似合いの三人だ。
ちょっとだけ、羨ましいと思ってしまうほどに。
人間と元堕天使とドラゴンの親子。
多分、他の誰かが聞いたら何を言ってるんだ、と言われそうな光景だ。
でも、私達は見慣れてるから――微笑ましい気持ちで見る事が出来る。
オーフィスの周りが白音やロスヴァイセに代わっても。
まぁ、あの二人の場合は親子と言うより姉妹に見えるのだけど。髪の色は違うけど。
「親子……我、子供?」
「そうだにゃー……小さいし」
「……」
そう言うと、その視線はどうしてか胸元に。
そして、次いで私の胸元に向けられる。
「小さい」
「どこ見て言ってるんだかにゃぁ」
そんなオーフィスに苦笑して、目玉焼きを一齧り。
やっぱり醤油の味しかしない。
折角の綺麗な目玉焼きが台無しだ。
その醤油辛い目玉焼きを口内で咀嚼しながら、視線を白音の胸元へ向ける。
「子供」
「ひっぱたきますよ、姉様」
本気だった。
本気で冷たい声だった。
……姉になんて事を言うのか、この小さい妹は。
そんな私達の遣り取りを聞きながら、ロスヴァイセは小さく肩を震わせて笑っている。
声に出さないあたり、食事のマナーはちゃんと教育されているようだ。
箸の扱いも、とても綺麗だ。
私達なんて、喋って笑ってご飯を食べるのに。
こういう所は素直に凄いと思う。見習いたい。
「その内大きくなるから大丈夫よ、白音」
「………むぅ」
その視線は、少し恨みが籠ってそうな感じの半眼で、レイナーレの胸元に向いている。
そんなに良いものかにゃぁ、おっぱいって。
重いし、肩は凝るし、激しく動くと痛い。
もう一度、白音の胸元を見る。
「……姉妹なのに、にゃぁ」
「姉妹」
何故か、その単語にオーフィスが反応した。
そしてまた、その視線は胸元に。
「そ、姉妹なのに胸は似てな――」
「怒りますよ?」
笑顔だった。
笑顔だったけどなんか凄く怖いよ、白音ちゃん。
ちょっとからかい過ぎたかにゃー、と頬を掻きながら謝る。
そんな私に顔を向けないで、ご飯を食べる白音ちゃん。
その仕草が可愛くて、声に出さないで笑ってしまう。
でも、雰囲気で気付いたらしくて、視線だけをこっちに向けてくる。
「姉様なんか嫌いです」
「にゃー……ごめんごめん」
可愛いなぁ、白音は。
思わず撫で回したくなりながら、謝る。
我慢我慢。ここで撫で回したら、多分もっと怒るから。
可愛い妹の事だから、何でも判るよ。おねーちゃんは。
「羨ましい? トオルにだったら、白音をあげても良いよ?」
「ねえさまっ」
冗談なのに、本気で焦った声を上げる白音は、やっぱりからかい甲斐がある。
トオルは私と白音の仲が良いという。
そう言ってもらえる事が、どれだけ嬉しい事か判ってる?
判らないよねぇ。
鈍いから。鈍感だから。
でも、私が一番言ってほしい事をいつも言ってくれる。
欲しい言葉を、当たり前のように紡いでくれる。
ほら。それだけで、こんなにも胸が暖かい。
その感情のままに笑顔を浮かべると、ロスヴァイセの視線が私に向いた。
「嬉しそうですね」
「もちろん」
妹との仲を褒められて喜ばない姉が居ますか、って話だにゃぁ。
猫の姿になって、部屋で勉強してるトオルの膝の上に乗りながら、欠伸を一つ。
空腹が満たされて、暖かな場所に居て、次にする事は目を閉じる事。
右手にペンを、左手は私の顎の下に。
こしょこしょとくすぐられる感触が、私を微睡みに誘う。
ああ、眠い。
「姉様、邪魔です」
「……最近、はっきり言うようになってきたにゃぁ、白音」
おねーちゃん、ちょっと傷付いちゃいそう。
ロスヴァイセは、そんな私達の遣り取りを見て楽しそうに笑っている。
学生も大変だにゃぁ。休みの日も勉強しないといけないなんて。
まぁ、受験生のトオルはともかく、白音はまだ大丈夫だと思うけど。
それに、白音は……将来どうするんだろう?
トオルは普通の大学を受けるって言ってたような気がするけど。
「白音はまだ一年生なんだから、勉強する必要なんてないのに」
「そんな事はありませんよ、黒歌さん。勉強は、日々の積み重ねです」
「……あー、耳に痛い」
私は、強くなる事ばかりを考えて、勉強なんてしてないからにゃぁ。
生きる事に必要な事、神話や世界情勢にはそれなりに詳しいとは思うけど。
数学とか、足し算引き算掛け算割り算。
基本的な事が出来れば十分だし。
そんな事を考えながら、欠伸を一つ。
トオルの膝の上で丸くなる。
そうすると、トオルの暖かな手が私の頭を撫でてくれる。
ゆっくりと、ゆっくりと。
それが、とても気持ち良い。
「…………」
白音からの視線を感じながら、微睡むままに頭を徹の膝に乗せる。
判りやすい。
白音の好意も、ロスヴァイセの優しさも。
レイナーレとオーフィスは何をしてるかなぁ、と。
一緒に家の掃除か、買い出しか。
気配を感じないから、買い出しかなぁ。
何か、美味しいお菓子を買ってくれたら、と思う。
大きな手に撫でられるままに頭を揺らしながら、うつら、うつらと。
トオルが、楽しそうに喋ってる。
勉強をしながら、話してる。
後輩である白音と。
教師であるロスヴァイセと。
私は学園に通ってないから。無関係だから。
邪魔をしないように、黙って目を閉じてる。
でも――ちょっと寂しい。
撫でてくれる手は暖かいけど、私も一緒にお話しをしたい。
トオルの邪魔はしたくないから、喋らない。
勉強の邪魔はしない。
それに……トオルが、白音やロスヴァイセと仲良くしてるの……私は嫌いじゃない。
二人とも、家族だから。
大切な人だから。そして、トオルも。
そんな三人が仲良く勉強してるから、邪魔は出来ない。
……こんな事なら、私も勉強してればよかったにゃぁ。
まぁ、そもそもそんな余裕なんかなかったんだけど。
ふと目が覚めると、周りに誰も居なかった。
……ちょっと訂正。
白音とロスヴァイセが居なくなってた。
壁に掛けられた時計に視線を向けると、アレからもう二時間も経っていた。
ああ、勉強会は終わったのか。
頭を上げると、私が起きた事に気付いたトオルが、また優しく頭を撫でてくれた。
それが嬉しくて、私はその大きな手にもっと撫でてもらえるよう、頭を押し付ける。
「おはよ、トオル」
膝の上で器用に転がると、微笑んでるトオルが私を見下ろしていた。
私が寝てる間、ずっとここに居てくれた。起こさないで、一緒に居てくれた。
――また、胸の奥が暖かくなってくる。
「ん」
人の姿に戻り、トオルの膝に頭を乗せる。
少し困ったような顔。
でも、そのまま私の頭を撫でてくれる。
髪を梳いてくれる。
耳を擽ってくれる。
そして……私はまた、目を閉じる。
もうすぐ、白音とロスヴァイセが戻ってくる。
今は、休憩中なんだそうだ。
「勉強の邪魔はしないから、もう少しだけ……ね?」
勉強が始まったら、またトオルは私以外の女の子と話す事になる。
それが悪いとは言わない。
しょうがない。
学生の仕事は勉強だ。
トオルと白音。教師のロスヴァイセ。
でも、羨ましいとも思ってしまう。
それも、しょうがない。
そう言い訳する。
だって、好きな男の子が私以外の女の子と話をするのを、黙って見てるしかないのだ。
それが勉強の事だとしても、やっぱり羨ましい。
レイナーレに白音、ロスヴァイセにオーフィス。
トオルの周りには女の子ばかり。
私も、その一人。
それが悪いとは言わない。思いもしない。
トオルの周りにたくさんの人が居る。
沢山の人が私が好きなトオルを好きでいてくれる。
それはとても喜ばしい事で、私も嬉しくなる。
でも――ちょっと寂しい。
嫉妬、なのかな?
「撫でて。たくさん。……トオルが勉強してる間、私は――」
だから、お願いをする。
少し恥ずかしいけど。
トオルの目を見上げて、髪を撫でていた手を取って。
握って、指を絡ませて。
その手を頬に添えて。
唇に寄せて。
指に口付けて。
「寂しいから」
だから撫でて、と。
白音とロスヴァイセが飲み物を持って戻ってくるまでの僅かな時間。
私は確かに、トオルに愛してもらった。愛された。
貴方が笑っていてくれれば。
貴方が笑顔でいてくれれば。
貴方が楽しければ。
貴方が幸せなら。
――それで良いと思っていたのだ。
でも今は、それに寂しさを覚えてしまう。
私は、貴方と一緒に笑いたい。一緒に幸せになりたい。
さっきと同じように、猫の姿でトオルの膝の上で微睡みながら――そう思った。
IF連続。