二年近くも間が空いてしまい、大変申し訳ありません。
ひょっこり更新。
気付いてもらえるかな?
「私も、カミシロトオルと一緒に眠りたい」
朝。
朝食の席で、カミシロトオルの家に住む皆が居る場所でそう言葉にすると、黒歌とロスヴァイセが口に含んでいたお米を吐き出した。
隣に座っている白音や、正面に座るカミシロトオル、そのカミシロトオルの後ろに立って控えているレイナーレも驚いた顔で私を見ている。
それが不思議で首を傾げると、お米を吐き出して咽ていた二人が慌てて水を一気飲みした。
「いきなり何を言い出すんですか、オーフィスさん!?」
何を驚いているのだろう。
ロスヴァイセの驚いた声が理解できずにその瞳を見返すと、何故かすぐに黙ってしまった。
「私、何か変な事を言った?」
「へ、変と言いますか……朝から話すような内容ではないですからね。そういうのは」
そういうの、というのが分からなくてまた首を傾げる。あと、ロスヴァイセの顔が赤い。真っ赤だ。体調は大丈夫なのだろうか。
そのまま、視線を黒歌へ向ける。
「昨日、黒歌はカミシロトオルと一緒に眠っていた」
今度は、手に持っていた箸を落とした。
「え、えーっと……にゃー」
何故か、黒歌の顔も真っ赤だ。
いつも飄々とした、余裕のある態度が今は影も形も無い。頬だけではなく顔全体を赤くして、落ち着きなく周囲を見渡し、椅子から立ち上がろうとしたかと思うと座り直して居心地が悪そうにしている。
「黒歌、変」
「オーフィスが変な事を言うからっ」
「……変な事?」
鸚鵡返しに聞き返す。
何が、変な事なのだろう。本当に分からなくて黒歌の瞳を見つめ返すと、すぐに黒歌の方から視線を逸らしてしまう。
やっぱり変だ。黒歌はいつも、私の瞳を見ながら話してくれる。
けれど、今は視線を合わせようとしない。
「どうして、目を逸らす?」
「う」
「私は、変な事を言った?」
「…………」
「変な事って、なに?」
「そうですね。気になりますね、昨日の事」
隣の白音が、とても低い声で呟いた。
表情は笑顔だ。カミシロトオルの前でしか見せないような、満面の笑みを浮かべている。
妹が好きだと公言して憚らない黒歌なら見惚れるであろう笑顔だというのに、黒歌は耳を伏せて、変な笑顔を浮かべている。
いつもの、私が好きな笑顔ではない。
けれど、面白いと思える、そんな笑顔だ。
「黒歌さん――オーフィスさんに見られながら……」
固まっていたロスヴァイセが、信じられない事を聞いたような声音で呟いた。
手に持っている箸が、物凄く震えている。ご飯が食べ辛そうだ。
「し、しら……知らなかったから!? 気付かなかったからっ!?」
必死に黒歌が弁解する横で、カミシロトオルは額に浮いた汗を手で拭っていた。
「徹様、黒歌……後でお話が」
そんな二人の後ろに立ったレイナーレが、静かに言う。
途端、普段らしくない行動をしていた二人は背筋を伸ばして頷く。やっぱり変だ。
「ほんとなの。気付いてなかったからね、レイナーレ!?」
「私も。昨日の黒歌みたいに、カミシロトオルと一緒に眠りたい」
それは、変な事なのだろうか。
私の願いは、変な事なのだろうか。
分からなくてもう一度言うと、レイナーレが柔らかく微笑んだ。
「朝食が終わったら話しましょう、オーフィス様」
「うん」
レイナーレがそう言うなら、そうしよう。
食事を再開すると、なんだか変な空気。いつもは皆が明るく話している時間だというのに、今日は誰もが黙っている。
カミシロトオルと黒歌は箸の扱いが変だし、白音とロスヴァイセはそんな二人をじっと見ている。
私はレイナーレが握ってくれたおにぎりを頬張りながら、そんな四人を眺める。
変だ。
けれど、こういうのも偶には面白い……と思う。
昨日の黒歌。昨夜の黒歌。
カミシロトオルと一緒に眠り、幸せそうに言葉を囁いていた黒歌。
私も、と。
そう思ったのだ。
その想いは、『変』なのだろうか。
・
・
・
朝食を食べ終わり、居間でいつものようにぼーっとして時間を潰す。
休日ならいつも皆が揃っている時間帯。
しかし、今日は誰も居ない。
カミシロトオルと黒歌が、他の三人に連れていかれた。
なので、私一人。
ついていこうとしたら止められたので、どうやら私は聞いてはいけない話のようだ。
「……退屈」
静かだ。
誰も居ない。
遠くを走る車の音と、居間にある時計の針が進む音だけが耳に届く。
そんな、静かな時間。
ソファに座りながら、掃除の行き届いた居間を何とはなしに見渡し、そのまま動かない。
静かな時間。静寂の時間。時の流れがゆっくりと感じられる時間。
我が望んだ、望んでいたはずの時間。
けれど、私はその時間を……退屈だと思ってしまう。
私は、変わったのだと思う。
もう、何度も思った事のはずなのに、こうやって一人になるとまた新しい事に気付く。
退屈なのは、寂しい。
一人は、寂しい。
私は、皆と一緒に居る方が良い。
そう思いながら、ただただ静かにカミシロトオル達が戻ってくるのを待つ。
そうして、長針が時計の半分を回るくらいの時間が経った頃、家の呼び鈴が押された。
甲高い音が、静寂の時間を壊す。
意識を玄関の方へ向けると、気配が二つ。
続いて、ドアの開く音がしたかと思うと廊下に足音。レイナーレだ。
「ヴァーリ」
来訪者の名前を呟く。そのまま、レイナーレが応対するのを気配で感じていると、二人が居間へ来る。
視線を庭の方へ向けると、そこには家で飼っている二匹の狼――スコルとハティとは別に、一回りほど大きい狼が一匹。二匹の親、フェンリルだ。
「なんだ。オーフィス一人なのか」
案内されてきたヴァーリは最初にそう言うと、そのまま私の正面にあるソファへ腰を下ろす。
レイナーレはお茶を入れる為だろう、一礼してキッチンへと消えていく。私の耳でも聞き逃してしまいそうなほどに静かな足音。気配が消されると、見失ってしまうかもしれない。
「トオルはどうした?」
「わからない」
「……分からない?」
「黒歌と一緒に、連れていかれた」
「……また何かやったのか」
そのまま、無言。
私もヴァーリも、あまり会話が得意ではない。
けれど、こうやって向かい合っている時間は、嫌いではない。多分、ヴァーリも。
お互いに会話をしようともせず、ただ静かに座っているとレイナーレが戻ってきた。
両手で持ったトレイの上にはサーゼクスから貰ったという高級そうな茶器を載せながら、しかし音をあまり立てずに歩いている。
「徹様を呼んでまいりますので、少々お待ちくださいませ」
「ああ、いい。そちらの用が済んでからで構わない」
紅茶の用意をするレイナーレにそう言って、ヴァーリが口元に笑みを浮かべる。
『禍の団』に居た頃とは全く違う笑顔は見慣れたものだが、ヴァーリ本人は気付いているのだろうか。
「ヴァーリ」
「ん?」
「ヴァーリは、最近よく笑うようになった」
私がそう言うと、紅茶の注がれたカップを傾けながらヴァーリは驚いたように僅かだが目を見開き、続いて紅茶を味わうように目を閉じた。
「そうか」
それだけ。
けれど、その声音はどこかいつもよりも明るく……誇らしげ、とも感じられる声に聞こえた。
「それでは、オーフィス様。ヴァーリ様のお相手を、お願いいたします」
「分かった」
それだけを言うと、レイナーレが居間を後にする。ちゃんと、一礼をしてだ。
「オーフィスも変わったな」
「……そう思う。けど、分からない」
「以前は客人扱いだったが、今は客の相手を任せてもらっている」
そう言われ、そうだったかもしれない、と思う。
そもそも、客が来るといつもレイナーレが相手をしているのだから……私がこうやって話すのは、ヴァーリか美猴くらいのものだ。
「美猴は?」
「さて、な。趣味の釣りだろう。アザゼルを誘って」
「アザゼル」
鸚鵡返しに聞き返すと、ヴァーリがソーサーの上にティーカップを静かに置いた。
「色々と苦労しているそうだ。カミシロトオルやお前の事で」
アザゼル。
その名前を聞いて、そうかと思う。
分からない事があると、いつもはレイナーレや黒歌に聞くが、偶にアザゼルにも聞いている。
そのアザゼルが苦労していると言われ、不思議に思い首を傾げてしまう。
「気にするな。アイツも、お前とカミシロトオルが幸せなら大丈夫だ」
やはり、よく分からない。
何故アザゼルの苦労と、私やカミシロトオルが関係しているのだろう。
そんな私の心情を感じたのか、ヴァーリはやはり口元を柔らかく緩めて私を見る。
「この家は、どうだ?」
「どう?」
「楽しいか、幸せか」
その言葉に、今度は首を傾げる事無くしっかりと瞳を見返す。
じっと見返すが、ヴァーリは私から視線を逸らさない。
「分からない」
それが、本心。
分からない。
私は楽しいのか。
私は幸せなのか。
この家は、賑やかだ。
静寂など、滅多にない。
けど、その賑やかな時間を悪くないと思う。
黒歌と白音が騒ぎ、スコルやハティと散歩をして、レイナーレやロスヴァイセが沢山の事を教えてくれる。
悪くない、と思う。
そして、悪くないなら――きっと。
「けど。この家は、嫌いではない」
きっと、嫌いではないなら、悪くないなら……この感情が、好きというものなのかもしれない。
だから、しっかりとヴァーリの瞳を見返しながら。
「私は、この家が好き?」
「それは、オーフィスが自分で見つけなければならない事だ」
「そう」
オーフィスが、見つけなければならない事。
その言葉が、ストン、と胸に落ちる。
いつか、見付ける事が出来るのだろうか。悪くない。嫌いではない。この胸に在る、感情の名前を。
「会う度に、変わっていくな」
「……そう」
「ああ」
どのように、変わったのだろう。
ヴァーリは、何も言わない。
けれど、満足そうに笑って紅茶を飲んでいる。
「私は、変わった」
返事はない。
静かに私の言葉を聞きながら、ヴァーリは言葉の続きを待っている。この男のこういう所は、好ましく思う。
「カミシロトオルと、一緒に居たい」
「そうか」
「もっと。ずっと」
一緒に居たい。
髪を梳いてもらいたい。
触れてほしい。
触れたい
傍に居たい。
……隣で、眠りたい
だから。
「黒歌の真似をしようとすると、何故かカミシロトオルと黒歌が怒られる」
「ふ――ふは、そうか」
そう心情を告白すると、珍しくヴァーリが声に出して笑った。
「それが、トオルが怒られている理由か」
「何故怒られる?」
何故、ヴァーリはこんなにも声に出して笑うのだろう。
カミシロトオルは私を変えたが、ヴァーリも変えてしまった。『禍の団』の時とはまるで違うヴァーリの笑い声を聞きながら、けれどそう悪くないとも思ってしまう。
笑い声は、心地良い。
聞いていると、心が落ち着いていく。……そんな感じがする。
「黒歌の真似をするからだろう」
ひとしきり笑って落ち着いたのか、ヴァーリが教えてくれた。
カミシロトオルと黒歌が怒られるのは、私が黒歌の真似をするからだと。
「けど」
「うん?」
「黒歌は、カミシロトオルと一緒だと幸せ」
「そうだろうな」
「カミシロトオルも、幸せ」
「だろうな」
「私は、幸せが分からない」
けど、カミシロトオルと黒歌は幸せ。
レイナーレも、白音も、ロスヴァイセも。カミシロトオルと一緒なら幸せで、楽しそう。
私は?
分からない。
幸せも。楽しいも。
だから。
「私は、幸せを知りたい」
「幸せな、黒歌の真似をして?」
ヴァーリの言葉に頷く。
すると、またヴァーリは口元に薄い笑みを浮かべた。
「大丈夫だ」
紅茶を飲み終わったのだろう。
ヴァーリはティーカップから手を離し、しっかりと私を見てそう言った。
「トオルが、お前を幸せにしてくれる」
ああ……。
「そう」
その言葉が、胸の奥に沈んでいく。
波紋を広げ、その波紋は動悸となる。
何故だろう。
分からない。
ヴァーリの言葉の何に、私の心は反応しているのだろう。
僅かに鼓動が早くなる。
高鳴る心音が耳に届く。
何故。
分からない。
どうして。
私は。
幸せが分からないはずの私は、カミシロトオルに幸せにしてもらえると言われて、喜んで――。
「私は、喜んでいる?」
「ああ」
喜び。嬉しい。
喜の感情を刻む胸に、右手を添える。
心臓は、高鳴っている。力強く脈打っている。
錯覚ではない。幻ではない。
私は確かに、喜んでいる。
……これが、嬉しい。
「嬉しい」
「そうか」
「私は、カミシロトオルに……幸せにしてほしい」
言う。
言葉にする。
また、胸が高鳴った。
不思議。
「幸せになりたい」
「幸せになれるさ」
私の言葉に、ヴァーリが返事をしてくれる。
言葉にすると、それだけで胸が高鳴る。熱くなる。
変。不思議。
……けど、心地が良い。
「あ」
ヴァーリが何かを言おうとしたが、そんなヴァーリを居間に置き去りにしてカミシロトオルが居る部屋へ向かう。
足が勝手に動く。
それは、今までにない感覚だった。
変だ。私は、変だ。
足が勝手に動く。身体が勝手に動く。
けれど踏み出した足は心許無く、感覚は曖昧。気を抜いたら、転んでしまいそう。
私が。我が。『無限の龍神』が、自身の身体を制御しきれない。
けれど――不安はない。
不思議。
カミシロトオルの顔を、見たい。すぐに。今すぐ。見たい。――声を、聴きたい。
「私、か」
その呟きだけが、耳に届く。
ヴァーリは、どんな表情でそう呟いたのだろう。少しだけ、気になった。
「カミシロトオル」
今の向かいにある部屋へと入る。
ドアを開けると、その部屋に居た全員の視線が私に向く。
レイナーレも、白音も、ロスヴァイセも。
黒歌も――カミシロトオルも。
また、心臓が高鳴った。
ヴァーリと話していた時よりも、強く、高く。高鳴った心音が聞かれていないか……何故か気になった。
胸に、手を添える。
心音は、落ち着かない。
「――――」
口を開く。
私は、何を言おうとしているのだろう。
身体が、私のモノではない。
手も、足も、心臓も……口も。
ただ、“私”の願いの為だけに動いていた。
本編も更新したいけど、ちょっと難しそうなのでIFの更新を続けていくかと思います。
時間が出来たら、本編も更新しますけど。
基本的に毎日というか、連続して更新したいのでまとまった時間が出来るまで難しいかもしれません。
IFの更新報告はツイッターの方でやると思います。