(笑)の精神を忘れずに。(ぉぃ
しかし、あれですね。
ハーメルンは、毎日更新をしたくなる魔力のようなものがあると思う。
「すみません、徹君。荷物を持っていただいて」
いつも家に居る時のジャージとは違う、華やかなお洋服を着て歩きながら、私の少し後ろを歩いている徹君の方へ振り返る。
初夏の気候に合わせたラフな格好の青年は、両手が塞がっていても柔らかな笑みを浮かべて頷き、荷物を抱え直す。その両手には、少し大きなビニール袋が二つ。
その荷物の所為で額に光る汗を拭えないのが気になるのか、荷物を持ち直す感覚が少しずつ狭まっているのは、気のせいではないだろう。
「大丈夫ですか?」
言って、歩くスピードを落としてその隣に並ぶ。柔らかなスカートのポケットからハンカチを取り出してその額を濡らす汗を拭い、そのまま手は頬、そして首筋へ。
くすぐったかったのか、大きく身動いだトオル君の反応が可笑しくて声に出さないようにして肩を震わせると、徹君も口元を柔らかく緩めて笑ってくれる。
……なんだか、良い雰囲気だなあ、と。
自分のことながら、どこか遠くの事のように感じてまた笑う。
そんな私の名前を呼んで、徹君が歩き出した。いつの間にか、足を止めてしまっていたようだ。
混雑しているとはとても言えない駅前だけれど、人がまったく居ないわけではない。こちらを見ていた複数のカップルの視線が、少し恥ずかしい。
私達は、周囲からはどのように見られたのだろう。
ふとそう考えて、けれど誰にも聞けない疑問の内容に少しだけ肩を落とす。
聞きたい。とても聞きたい。
けれど、聞くのは恥ずかしい。なにより、そんな事を気にするような女だと、浅ましい女だと思われてしまいそうで。
「あ、いえ。何でもありません」
どうやら考え込んでしまっていたのか、また足が止まっていた。
徹君に名前を呼ばれて、慌ててその隣に並ぶ。
車が出す排気ガスと、陽光に焼かれるアスファルトの臭い。香水や、お店から薫る食事の香り。
そんな様々な匂いに混じって、僅かに馨った徹君の体臭。汗の匂い。
「ぁ」
そこで、隣に並ぶというよりも肩が触れ合いそうなほど近くまで寄ってしまっていた事に気付く。
無意識だった。
その事が恥ずかしくて、何も無かった風を装って半歩距離を外す。
すると、徹君がこっちを見た。
いつもより近くに居た事を、気付かれたのだろうか。
心音が高くなり、まるで耳元に心臓があるかのよう。その音がトオル君に聞こえないようにと内心で祈っていると、徹君が口を開く。
お腹が空いたから、どこかで昼食を食べよう、という事だった。
安心したような、ちょっと悲しいような。
複雑な気持ちになりながら同意すると、分かっていても肩を落としてしまう。
やっぱり、家での生活が悪いのだろうか。
いつもジャージ姿で色気の無い女教師。黒歌さんからは心の底から呆れられ、レイナーレさんやお隣に住むグリゼルダさんからは口酸っぱく服装に気を付けるようにと言われる日々。
だって、ジャージは安いし、替えが利くし、何より動きやすい。
寝る時だって、パジャマよりも丈夫なのだ。寝心地だって悪くない。
……それを言った時は、我が家の胃袋を握るメイド様と黒い飼い猫様から本気で怒られたが。笑顔だったし、言葉数も少なかったが、あの雰囲気は本当に恐ろしかった。
「色気、か」
何とはなしに呟く。
視線を下へ向けると、豊かに実った胸。
生地の薄い上着は心許無く、襟元は大きく開いて胸の谷間を覗かせている。最近は外出する時に履くようになったスカートは丈は短くないが生地が薄く、少し風が吹いたら簡単に舞い上がってしまいそう。
女にしては高い身長なので徹君と並ぶと身長はあまり変わらない。少し、徹君の方が高いくらいの違いだ。自意識過剰と思われるかもしれないが、スタイルだけなら徹君の周囲に居る女性達にも負けていない、と思う。
けれど、そんな私と並んで歩いても徹君は、家に居る時の反応と特に変わらないように見える。
……やっぱり、色香か。家では、ジャージを止めた方が良いのだろうか。着心地が良いのだが。
頭の中で恋とジャージを天秤に乗せて、溜息を一つ。まあ、家に帰ってから考えよう。
そんな事を考えながら、徹君の横顔を盗み見る。顔は前を向きながら、視線だけでその横顔を見る。
見慣れたというか、日本で生活するようになってからは毎日見ている顔だ。多分、私の人生で一番よく見た男性の顔かもしれない。
「…………」
じぃ、とその横顔を盗み見る。
ちゃんと周囲を警戒して人とぶつからないようにして、けれど不自然に思われないようにいつも通りを装って。
家とは違う、外の徹君。
いつもと同じはずの横顔だけれど、荷物を持つ手を休ませるように握り直したり、汗を気にして身動ぎしたり。
見慣れた横顔でも、外で見るとまた違った感想を抱いてしまう。
「重くないですか?」
聞くと、大丈夫という言葉と共に笑顔が私に向けられる。
家ではレイナーレさんや黒歌さん、白音さんやオーフィスさんに向けられる……みんなの笑顔。それが、今この時は私だけに向けられる。
それが嬉しくて、何度も「大丈夫ですか?」「重くないですか?」と聞いてしまう。
変に思われなかっただろうかと数度目にしてやっと気になって、聞く頻度を少し減らす。
「今日は良いお天気ですね」
しばらくして、また何気ない事を口にする。
日差しが強い。
私の銀髪にも熱が籠っているのだから、徹君の黒髪はもっと熱が籠っているかもしれない。
帽子とか――似合うだろうか。
徹君が、帽子を被っている所を想像して、そう悪くないように思う。
聞くと、徹君はあまり帽子を被らないらしい。
そういう気分というか、性格なのだそうだ。性格というのは、なんだか違うような気もするけど。
でも、帽子が嫌いという訳でもないようだし、と。
お昼を食べるお店を探すついでに、帽子を売っているお店も探してみる。もちろん、徹君には内緒で。
「あ、これとか似合いそう」
そうして見付けた洋服屋さんで、徹君の帽子を選んでみる。
昼食よりも帽子を優先してしまったのは、私の悪い癖だ。一つの事を考えると、別の事を後に回してしまう。
そうして見繕った帽子を徹君に見せると、浮かんだのは苦笑。
「あまり気に入りませんでしたか?」
その言葉には笑顔で首を横へ振り、私が選んだ帽子を被ってくれる。
どこにでも売っている帽子。特別ではない、普通の、安い帽子。けれど、徹君の黒い髪と、柔らかな雰囲気にはよく合っていると……自分では思う。
徹君は文句を言わずに被って、また笑顔。
ありがとうと言う感謝の言葉が、少し恥ずかしい。
「荷物を持ってくれたので、プレゼントです」
そう言うと、ああ、と短い言葉と共に納得してくれた。
そして次は、徹君が私の為に帽子を選んでくれる。
姿見の前に立つと、綺麗なお洋服を見に纏った私の姿が鏡に映る。
普段の服装を知っているだけに、お洋服を着た自分を見るだけでなんだか気恥ずかしい。
初夏の熱気とは別の理由で頬を赤くしていると、徹君が選んでくれた帽子を持ってきてくれる。
大きな、麦わら帽子。
夏の風物詩。ありきたりといえばそれまでの、本当にありきたりな帽子。
けれど、姿見に映った私はその大きな帽子を被って、子供の様な満面の笑みを浮かべていた。
嬉しい?
……嬉しいに決まっている。
好きな人からの、プレゼントなのだから。
そのまま、今度は二人でお互いのお洋服を選んでみる。
こうやっていると、なんだか普通のデートのよう。
以前、黒歌さんから「ロスヴァイセのデートは、デートじゃなくてお散歩だにゃー」と言われたが、これは誰がどう見てもデートだろう。
ふんすと鼻息を荒くすると、徹君が可笑しそうに私を見ていた。
――恥ずかしい。
「それじゃあ、次こそ昼食に……」
結局、お互いに帽子とお洋服を買って、お店から出る。
少し時間が経ってしまったけれど、まだ昼食時と言っていい時間帯だ。また荷物が増えてしまい、けれどそれも徹君が持ってくれる。
男の子っぽいなあ、と。
さっきは気になったけれど、今度はあまり気にしないようにして隣に並んで歩く。
肩が触れてしまいそう。
……そんな事を気にするあたり、気にし過ぎだと黒歌さんからまた笑われてしまうかもしれない。
「帽子、喜んでもらえてよかったです」
私が言うと、同じ事を言われてしまう。
きっと、徹君は特別な感情など無い、社交辞令とか、そんな感じなんだろうなあ、と。
だって、口調はいつも通り。表情は笑顔だけれど、その優しい笑顔は皆に向けられるもの。
それがちょっとだけ……胸の奥がもやもやしてしまう。拗ねたわけではないけれど、けれど麦わら帽子のつばを指で撫でながら、心の底から――嬉しくて、口元を緩める。
「はい」
徹君が私をどう思っていようと……嬉しいに決まっている。
この気持ちは、黒歌さんにも、白音さんにも。レイナーレさんにだって負けてない。
だって、好きな人からのプレゼントなのだから。
嬉しくて、幸せだ。
両手の指で麦わら帽子のつばを摘まみながら、今日一番の笑顔を徹君に向けた。
ロスヴァイセさんも、ちゃんとヒロインの一人なんですよ。
それを忘れちゃ、駄目です。
……え、ちゃんと覚えていた?
………またまたあ。