※この作品はR-18です。

とある神器持ちの日記IF   作:ウメ種

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タイトル変更



上代家 黒猫視点

 そろり、と。

 音を立てないようにドアを開けて部屋に入ると、微かな寝息が耳に届いた。

 そのまま静かに歩を進めてベッドの上――この部屋、この家の主の寝顔を覗き込む。

 あまり寝相は良くないのか、それとも眩しかったのか、顔は窓と反対を向くようにして、深く眠っている。

 別段整った容姿とは、お世辞にも言えない。

 ヴァーリやアーサー、言っては悪いが、美猴よりも劣る。

 平凡。普通。凡庸。

 そんな容姿の青年が、静かな寝息を立てて眠っている。

 自分の浮かべていた笑みが、深まるのを自覚する。

 もう何度、こうやって部屋に忍び込んだか判らない。

 取り敢えず、両手の指では足らないだけ、というのは判っている。

 それでもこうやって寝顔を見せてくれる。

 ――油断してるのか、気を許してくれてるのか。

 後者だと良いな、と。

 ベッドに顎を乗せながら、のんびりと寝顔を堪能する。

 私の視線を感じてるのだろう。

 少しだけ寝苦しそうに、身動ぎする。

 起きるかな?

 まぁ、起こしに来たのだから、起きてもらわないと困る。

 あまり遅くなると、レイナーレやロスヴァイセに怒られるし。

 でも、自分から起こすのもなんだか勿体無いなぁ、と。

 

「勿体無いけど、起こさないとにゃぁ」

 

 白音達が、お腹を空かせて待ってるだろうし。

 さて、と。

 そう声に出して立ち上がると、ベッドが軋まないように腰を下ろす。

 

「んふふ」

 

 無防備すぎるよ、トオル?

 そんなに無防備だと、イタズラしたくなっちゃう。

 おねーさんを試してる?

 生憎と、私はそんなに我慢強くないのだ。

 そのままトオルに覆いかぶさるようにして――

 

「あさだよー」

 

 起こす為に声を掛けて、その耳を口に含む。

 舌で耳朶を舐めると、トオルが驚きの声を上げて跳ね起きた。

 というよりも、器用にベッドの上で後退りしていた。

 面白いにゃぁ。

 

「おはよ、トオル。朝だよ?」

 

 まだ混乱してるようで、返事は無い。

 舐めた耳を手で押さえて、驚いた表情で私を見てくる。

 そんな表情を見せられると――苛めたくなっちゃう。

 私って悪い猫かな? 悪い猫だね。

 ――飼い主の困った顔が、こんなにも愛おしい。

 胸を強調するような恰好で四つん這いになると、トオルにゆっくりとにじり寄る。

 まだ頭が覚醒してないのか、顔を真っ赤にするだけで抵抗らしい抵抗は無い。

 いつもなら、慌てたり、私を怒って起きたりするのに。――と。

 背後に気配。

 でも振り返らない。

 

「ねぇ、トオル。朝からお姉さんと、イイコト、する?」

 

 演技のつもりだったけど、吐いた息は、少し熱っぽくなってしまっていた。

 あ、ちょっとスイッチが入っちゃいそうかも。

 そう驚いた所で、軽く頭を叩かれた。

 後ろを振り返ると――

 

「何をしてるんですか、黒歌さんっ」

 

 銀髪の女教師が腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「良い所だったのにぃ。ちょっとは空気を読んでよ、ロスヴァイセ」

 

「あ、朝から何をする気なんですかっ!?」

 

「何って、ナニ?」

 

「白音さんも居るんですから、そういう事を言うのはやめて下さいっ」

 

 むしろ、白音にはもっと積極的になってほしいんだけどにゃぁ。

 まぁ、今は先輩後輩の関係を楽しんでる、とも言えるのかもしれないけど。

 卒業したら、あの奥手な妹も少しは変わるのかな?

 後ロスヴァイセ、顔を真っ赤にしすぎ。

 声も大きいし。貧血とかで倒れないでよ?

 そんな事を考えながら、ベッドから飛び降りる。足音を立てるなんて無様はしない。

 いつもより肌蹴てしまった着物を直し、トオルに視線を向ける。

 

「続きはまた今夜ね、トオル?」

 

 返事は無い。

 というよりも、ようやく覚醒し始めたみたいで溜息を吐いていた。

 その反応は、ちょっと傷付くにゃぁ。

 

「とう、徹君はまだ学生なんですから、そう言うのは駄目ですっ」

 

「相変わらずお堅いにゃぁ。そんなだから、まだ処女なんだにゃ」

 

「それとこれとは関係ないですっ」

 

「絶対?」

 

「絶対っ」

 

 そうロスヴァイセをからかいながら、部屋を出る。

 あー、面白い。

 そのままキッチンに向かうと、朝食の準備をしていた。

 白音とオーフィスが皿を運んでいる。

 オーフィスも随分と、この家に馴染んでるなぁ、と。

 

「おはよ、白音、オーフィス」

 

「…………」

 

「おはよう、黒歌」

 

 あれ?

 白音から返事が無かったので視線を向けると、私不機嫌です、と言わんばかりの視線を向けられた。

 あー。

 

「トオルをからかったから、怒ってる?」

 

「……別に」

 

 ぷいっ、と顔ごと視線を逸らされる。

 でも頬だけじゃなくて、耳まで少し赤くなってて隠しきれてない。

 見られてたわけじゃないし、聞こえたのはロスヴァイセの大きな声だけのはずだ。

 いったい何を想像したんだか、ウチの妹は。

 

「なになに? ロスヴァイセの声だけしか聞こえなかったはずだけど、アレだけでナニを想像したのかな? 白音ちゃんは」

 

「なっ……何も、別に想像してなんて……」

 

「妄想?」

 

「もっと違います」

 

 白音は肌が白いから、照れて赤くなるとすぐに判っちゃう。

 可愛いなぁ。

 そうやって白音をからかっていると、皿を運び終わったオーフィスが私を見上げてきていた。

 

「料理、落しそう」

 

「おっと、そうだったにゃ」

 

 顔を赤くして固まっていた白音から、料理が載っている皿を取り上げ、テーブルに並べる。

 まったく。このくらいで照れてたら、本番はどうするのか。

 おねーちゃん、白音ちゃんの将来が心配だよ?

 ああ、でも。

 こういう恥じらいのある子って、行く時は一気に行く事もある。暴走気味に。

 それはそれで、楽しいかもしれない。

 

「あまり朝からからかわないのよ?」

 

 そう言いながら、キッチンから出てきたレイナーレに向き直る。

 両手には私達が使うのとは少し違う皿。

 スコルとハティ用の朝食が盛られた皿を持っている。

 まぁ、あの狼も家族だもんね。

 トオルに懐いてるし。トオルも気に入ってるし。

 

「姉妹のスキンシップだにゃ。白音ちゃんには、少し刺激が強すぎた?」

 

「――――ッ」

 

 耳元で囁くと、叩かれた。割と強く。

 

「いたいいたい」

 

「徹様が来たら朝食なんだから、あまり埃を立てないのよ?」

 

 そう言いながら、リビングを通って庭へ行くレイナーレ。

 そして、その後ろをついていくオーフィス。

 私は照れた白音に叩かれている。まぁ、毎日の事だ。

 叩かれながら、テーブルの上に並んだ料理に視線を向ける。

 白米にお味噌汁、魚の塩焼きに卵焼き。それとサラダ。

 今日は和風だ。嬉しいにゃぁ。

 

 

 

 

「オーフィス。ほら、口元が汚れてるわよ」

 

 隣に座ったオーフィスの口元をティッシュで拭ってあげるけど、すぐにまた汚れてしまう。

 というよりも、拭ってる途中でもご飯を口に入れていく。

 

「もう。少しは我慢してよ、オーフィス」

 

「ん」

 

 いや、ん、じゃないから。

 我慢して手を止めて、と言うが止まらない。

 本当に、レイナーレのご飯が大好きなんだから。

 ちゃんと噛んでるのか怪しく思えるくらいに、ぱくぱくとご飯を食べていく。

 『禍の団』に居た時は、食事なんて殆ど取ってなかったのに。

 というよりも、ドラゴンに一日三食の食事なんて必要ないんだろうけど。

 

「あー、もう。また……」

 

 またオーフィスの口元を拭っていたら、皆から笑われた。

 いや、トオルはこの家の家主だし、レイナーレはご飯を用意してくれたからいいよ?

 白音はまぁ、対面に座ってるからしょうがない。

 

「笑ってないで手伝ってほしいにゃぁ。特にロスヴァイセ。隣なんだからさぁ」

 

 なんで手伝いもせずに、和みながらご飯食べてるかな。

 私、全然ご飯食べれてないんだけどにゃぁ。

 

「ん、んぐ。あ、ごめんなさい」

 

 ご飯粒付けてるし。

 オーフィスと同レベルだにゃぁ、残念系戦乙女。

 気付いたけど指摘せずに、オーフィスの相手を交代する。

 

「いただきまぁす」

 

 やっぱりご飯は、あったかい内に食べるのが一番だにゃぁ。

 特に魚は。

 さあ食べよう、とした所で、着物の袖に違和感。

 視線を向けると――オーフィスが私を見上げていた。

 

「美味しそう」

 

「はいはい、おかわりね」

 

 オーフィスの茶碗をレイナーレに渡して、お代りを注いでもらう。

 いや、そこまでしなくていいよね? 私もご飯を食べたいし。

 新しいご飯が来るまで、湯呑みを両手で持ってお茶を飲んでるオーフィス。

 マイペースだにゃぁ。

 そんなマイペースな龍神様にも、随分と慣れたもんだけど。

 来たばっかりの頃は、自由すぎて振り回されたものだ。

 アレも良い思い出だにゃー。

 

「ご飯、美味しい?」

 

「美味しい。とても」

 

 偉い偉いと、頭を撫でてあげる。

 そうすると、何処か気持ち良さそうに目を伏せる姿が可愛らしい。

 最近ようやく、表情から感情が読めるようになった……気がする。

 

「誰かさんは、あんまり美味しいって言わないからにゃぁ」

 

 その誰かさんに聞こえるように言うと、聞こえた誰かさんは視線を逸らしていた。

 照れ屋だにゃぁ。

 でも、言ってあげるとレイナーレも喜ぶと思うにゃ。

 というか、絶対喜ぶ。

 隠してるつもりだろうけど、言ってほしいってオーラが出てる時があるし。

 アレ絶対、料理が上手に出来た時なんだろうにゃぁ。

 トオルはそう言う所、本当に鈍いからなぁ。

 まぁ、完璧すぎる人間よりも、よっぽど好感が持てるんだけどね。面白いし。

 

「何の話をしてたんですか?」

 

 そんな事を話していたら、お代りを注いできたレイナーレが戻ってきた。

 

「徹先輩が、鈍感だという話です」

 

 白音がオーフィスに茶碗を渡すと、ありがとう、という声。

 また、偉い偉いと撫でてあげる。

 

「レイナーレのご飯が美味しいにゃぁ、っていう話」

 

「? えっと…ありがとう?」

 

 よく判ってないレイナーレもレイナーレだ。

 トオルに甘いんだから。

 言ってって伝えないと、ずっと言ってもらえないよ?

 今のままでも、十分だと思ってるのかもしれないけど。

 トオルの隣に座ってご飯を食べてるレイナーレを観察する。

 絶対今の状況に満足してる。

 もっと貪欲になっても良いと思うんだけどなぁ。

 一番頑張ってるんだし。

 

「ま、先は長いんだし。今みたいな関係も悪くないのかもしれないにゃぁ」

 

 そもそもトオルが、これから先、何年生きるかも判らないし。

 百年くらい生きるのか、もう少し長いのか。

 もしかしたら、私達よりも長生きするかもしれない。

 まぁでも――長生きするんだろうなぁ。

 そんな事を考えていたら、また袖を引かれた。

 

「おかわり」

 

「早くない!? ちゃんと噛んで食べたの?」

 

「たぶん」

 

「多分じゃなくて、ちゃんと噛んで食べなさい」

 

 ロスヴァイセから口元を拭かれながら答えるオーフィスに苦笑してしまう。

 これじゃ本当に、外見通りの子供じゃないか。

 もう何回目かの思考に、内心で苦笑する。

 子供――か。

 私まだ、子供を産んだことないのに。子守りの技術が高くなってる気がするにゃぁ。

 

 

 

 

 

 トオル達が学校へ行っている間、レイナーレは家の掃除に精を出す。

 私はソファで横になって眠ったり、偶に手伝ったり。

 今日は邪魔にならないように、猫の姿で丸まっている。ソファの上で。

 

「毎日頑張るにゃぁ」

 

「毎日掃除しないと、すぐに汚れるから」

 

 人数も前からしたら増えたし、と。

 それもそうか。

 思い出すのは、初めてこの家に来た時の事。

 あの時は、トオルとレイナーレの二人だけだった。

 この広い家に、二人で住んでいた。

 そういえば、あの時はもっと埃とか汚れが目立っていたかもしれない。

 

「掃除が上手になったね」

 

「グレイフィア様のお蔭ね」

 

「そう?」

 

「ええ。徹様に拾っていただいたばかりの頃は、掃除の仕方も知らなかったし。

掃除なんて、周りの誰かに任せてたから。『《|神の子を見張る者グリゴリ》』に居た時は」

 

 ふぅん、と。

 でも、掃除の仕方は教えてもらっても、それを続ける努力をしているのはレイナーレだ。

 やっぱり私は、レイナーレが頑張ったから掃除が上手になったんだと思う。

 まぁ、流石にそこまでは恥ずかしくて言わないけど。

 

「貴女から教えてもらった仙術もそう。私は何も出来ない。才能も無いし、不器用だから。

こうやって毎日続けてないと不安なだけよ」

 

「そうやって続ける事ができるのも、一つの才能だにゃ。

継続は力なり。レイナーレには努力の才能があるよ」

 

 偶にこうやって真っ直ぐに褒めると、面白い。

 困ったように、照れたように。こっちを真っ直ぐ見ていた視線が落ち着かなくなり、掃除の手も止まる。

 最後には、困ったように一つ溜息を吐いて。

 

「……あまりからかわないで」

 

「はいはい」

 

 レイナーレは成長したなぁ。

 料理は上手になったし、家事は何でもできる。

 というよりも、この家で一番上手になった。

 昔は、私も負けてないと思えたけど、今じゃ偶に教えてもらう立場だ。

 でも、変わってない。

 前からずっと。

 トオルの為に一生懸命。

 この家の為に、小さな努力を毎日続けてる。

 

「これからも頑張ってね」

 

「ええ、もちろん」

 

 そう話していたら、スコルとハティと一緒に遊んでいたオーフィスがリビングに戻ってくる。

 

「おかえり」

 

「ん」

 

 そう小さく返事をして、冷蔵庫へ向かうオーフィス。

 そして、その前に立つレイナーレ。

 

「おかえりなさいませ、オーフィス様」

 

「……ただいま?」

 

「はい、おかえりなさい」

 

 なんだかなぁ。

 

「お母さん?」

 

「畏れ多いわ」

 

 そう言いながら、コップに注いだ牛乳を渡してる姿を見ると、そんな事無いと思ってしまう。

 レイナーレなら、似合うんじゃない? オーフィスの母親。

 髪の色は同じ黒だし。あ、それは私もか。

 でも、私は母親役は難しいかなぁ。

 あ、母親にはなりたいけどね。

 

「トオルが父親で、レイナーレが母親。私は長女かな? ロスヴァイセは、ちょっと抜けた所があるし。

白音が三女で、オーフィスが四女」

 

 おお、我ながら、凄い妄想が出来上がった。

 自分で驚いていると、牛乳片手のオーフィスが隣に座ってきた。

 

「口の周りが真っ白だにゃ……」

 

「わかった」

 

「だからって、服の袖で拭いちゃダメだにゃ」

 

 あー、もう。

 人型になり、口元を拭いてあげる。

 この龍神は、まったく。

 前よりもっと、子供っぽくなってない?

 

「面倒」

 

「面倒でも、我慢するにゃ。トオルに嫌われちゃうにゃん」

 

「…………」

 

 トオルの名前を出すと、見上げてくる。

 ちょっと可愛い。

 

「よくわからない」

 

「そう」

 

 でも、服の袖で拭くのはやめるんだな、と。

 それが微笑ましくて、口元を優しく拭いてあげる。

 

「なに?」

 

 そうしていると、レイナーレと視線が重なった。

 

「貴女の方が、よほど母親のように見えるわ」

 

「勘弁してほしいにゃ」

 

 私はもう少し、育児から離れて人生を楽しみたい。

 

 

 

 

 

 夕食の後、ソファに座ったトオルの膝の上で丸くなる。

 そうすると、背中をゆっくりと撫でてもらえる。

 この時間が好き。

 なんだかんだで、一番甘えられるし。

 

「黒歌。我も座りたい」

 

「後で交代だにゃー」

 

 トオルから抗議の声が上がるが気にしない。

 女の子に座ってもらえるんだから、むしろ喜ぶべきだにゃ。

 まぁ、そんなトオルの反応が可愛いから、気にしないふりをするのだが。

 本気で嫌がったら、ちゃんと退くし。

 

「…………」

 

 そして、白音からの視線は気付かないふり。

 いや、一度視線を向けてから、トオルの膝に顔を埋める。

 白音の気配が、少しだけ乱れた。

 このくらいの挑発に反応しちゃだめだにゃぁ。

 トオルが、レイナーレに手伝えなくてごめんと謝る。

 大丈夫、今日はロスヴァイセが手伝ってるから。

 

「トオルはあったかいね」

 

 このまま眠っちゃいそう。

 大きな手が、背中を撫でてくれる。

 優しく、ゆっくり。

 ああ、本当に眠くなってくる。

 

「こう?」

 

 そこに、新たな刺激。

 トオルとは違う手が、撫でてくる。

 それは本当に撫でるだけで、ゆっくりではなく、見よう見真似といった感じ。

 

「黒歌、どう?」

 

「いい感じにゃ~」

 

 あー、寝ちゃいそう。

 トオルの膝じゃなくて、太腿の方へ移動する。

 こっちが安定できるのだ。お腹を枕にして、目を閉じる。

 

「姉様、ズルいです」

 

「白音もトオルに甘えればいいにゃ」

 

「……それは、その」

 

 そう言うと白音は恥ずかしがって進んでこないし、トオルも恥ずかしがる。

 進展しないなぁ、この二人は。

 見ててもどかしい。

 もどかしいから、見てて楽しいのかもしれないけど。

 そんな事を考えていたら、小さな衝撃。

 目を開けると、オーフィスの頭が目の前にあった。

 

「狭くない?」

 

「大丈夫」

 

 いや、私は狭いんだけど。

 

「トオル、動かないで」

 

 寝辛いから。

 そんな無茶を言いながら、目を閉じる。

 トオルも変わらないなぁ、と。

 初めて会った時から、あんまり変わってない。

 少し変わったのは、この家に人が増えて、女性に少し慣れた事、かな。

 前は、こんな時はもっと緊張してたし。

 

「姉様、オーフィスさん。徹先輩が困ってます」

 

「そう見せて、実は喜んでるにゃ。こんな美少女を膝の上に乗せてるんだし」

 

 私は今は猫だけど。トオルからも、猫だと言われた。

 オーフィスは美少女だから問題ないにゃ。

 私が人型で甘えるのは……夜中、皆が寝静まってから。

 流石にそっちは、人目があるところだと私も恥ずかしい。

 これでも、おねーちゃんとしてのプライドというか、見栄というか、そういうのがあるのだ。

 でも、狭い。

 いくら私が猫で、オーフィスが少女の姿でも、さすがに狭い。

 

「しょうがないにゃ」

 

 トオルの上から降り、ソファに丸くなる。

 今日はオーフィスに譲る事にする。おねーちゃんも楽じゃないね、本当に。

 

「白音も甘えないと、オーフィスに取られちゃうにゃん」

 

「――ッ」

 

 多分、顔を真っ赤にしてるんだろうなぁ、と予想する。

 ああ、眠い。

 このまま少し寝てしまおう。

 そう考えていると、大きな手がまた撫でてくれた。

 気持ち良い。

 

「私じゃなくて、オーフィスを撫でて上げればいいのに」

 

 そう言うが、本当は凄く嬉しい。

 撫でるのをやめてほしくない。

 私も結局、我儘だよね。

 

「……ずるい」

 

 遠くから、嫉妬混じりの妹の声。

 しょうがない。甘えない白音が悪いのだ。

 恥ずかしがってちゃ、損するだけだよ?

 白音もトオルを好きなんだから、遠慮なんてする必要が無いのに。

 トオルなら、びっくりしても、受け止めてくれそうな気がするし。

 気がするだけで、まだ判らないけど。

 ――トオルは優しいから。

 その優しさは、初めて会った時から変わらない。

 特別な『神器』を持っていても、誰からも特別に見られても、変わらない。

 私が好きになった理由。

 私が惹かれた理由。

 トオルの“優しさ”は、あの時から変わってない。

 それが、撫でてくれる手から伝わってくる。

 野良猫はさ、そういうのには敏感なのだ。

 私は“元”野良猫だけど、その辺りにはまだまだ敏感なつもりだ。

 だから判る。

 

「トオルの傍は温かいから、眠りやすいよ」

 

 私は、トオルが“特別”じゃなくても、出逢う事が出来たなら、きっと惹かれた。

 優しさに飢えていたのか、温もりに飢えていたのか。

 今はもう判らない。判らないくらい、満たされてしまったから。

 だから、確かだと言える事はこれだけだ。

 ――私は、トオルの“力”ではなく“優しさ”に惹かれた。

 そして、その“優しさ”に溺れ、沈んでしまった。

 目を閉じる。

 眠る。

 ああ――。

 野良猫は、人の前では眠らない。

 他人の気配には敏感だから。

 

 

 

 私は、もう二度と野良猫には戻れない。

 妹が居て、親友が居て、家族が居る。

 トオルの傍でなら、こんなにも幸せな想いを抱いて眠れると知ってしまったから。

 

 




ベタベタと言うよりほのぼの。
これなら大丈夫。壁は壊れない。

あ、オーフィスちゃんの膝枕(される)は30分3500円から
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