そろり、と。
音を立てないようにドアを開けて部屋に入ると、微かな寝息が耳に届いた。
そのまま静かに歩を進めてベッドの上――この部屋、この家の主の寝顔を覗き込む。
あまり寝相は良くないのか、それとも眩しかったのか、顔は窓と反対を向くようにして、深く眠っている。
別段整った容姿とは、お世辞にも言えない。
ヴァーリやアーサー、言っては悪いが、美猴よりも劣る。
平凡。普通。凡庸。
そんな容姿の青年が、静かな寝息を立てて眠っている。
自分の浮かべていた笑みが、深まるのを自覚する。
もう何度、こうやって部屋に忍び込んだか判らない。
取り敢えず、両手の指では足らないだけ、というのは判っている。
それでもこうやって寝顔を見せてくれる。
――油断してるのか、気を許してくれてるのか。
後者だと良いな、と。
ベッドに顎を乗せながら、のんびりと寝顔を堪能する。
私の視線を感じてるのだろう。
少しだけ寝苦しそうに、身動ぎする。
起きるかな?
まぁ、起こしに来たのだから、起きてもらわないと困る。
あまり遅くなると、レイナーレやロスヴァイセに怒られるし。
でも、自分から起こすのもなんだか勿体無いなぁ、と。
「勿体無いけど、起こさないとにゃぁ」
白音達が、お腹を空かせて待ってるだろうし。
さて、と。
そう声に出して立ち上がると、ベッドが軋まないように腰を下ろす。
「んふふ」
無防備すぎるよ、トオル?
そんなに無防備だと、イタズラしたくなっちゃう。
おねーさんを試してる?
生憎と、私はそんなに我慢強くないのだ。
そのままトオルに覆いかぶさるようにして――
「あさだよー」
起こす為に声を掛けて、その耳を口に含む。
舌で耳朶を舐めると、トオルが驚きの声を上げて跳ね起きた。
というよりも、器用にベッドの上で後退りしていた。
面白いにゃぁ。
「おはよ、トオル。朝だよ?」
まだ混乱してるようで、返事は無い。
舐めた耳を手で押さえて、驚いた表情で私を見てくる。
そんな表情を見せられると――苛めたくなっちゃう。
私って悪い猫かな? 悪い猫だね。
――飼い主の困った顔が、こんなにも愛おしい。
胸を強調するような恰好で四つん這いになると、トオルにゆっくりとにじり寄る。
まだ頭が覚醒してないのか、顔を真っ赤にするだけで抵抗らしい抵抗は無い。
いつもなら、慌てたり、私を怒って起きたりするのに。――と。
背後に気配。
でも振り返らない。
「ねぇ、トオル。朝からお姉さんと、イイコト、する?」
演技のつもりだったけど、吐いた息は、少し熱っぽくなってしまっていた。
あ、ちょっとスイッチが入っちゃいそうかも。
そう驚いた所で、軽く頭を叩かれた。
後ろを振り返ると――
「何をしてるんですか、黒歌さんっ」
銀髪の女教師が腕を組んで仁王立ちしていた。
「良い所だったのにぃ。ちょっとは空気を読んでよ、ロスヴァイセ」
「あ、朝から何をする気なんですかっ!?」
「何って、ナニ?」
「白音さんも居るんですから、そういう事を言うのはやめて下さいっ」
むしろ、白音にはもっと積極的になってほしいんだけどにゃぁ。
まぁ、今は先輩後輩の関係を楽しんでる、とも言えるのかもしれないけど。
卒業したら、あの奥手な妹も少しは変わるのかな?
後ロスヴァイセ、顔を真っ赤にしすぎ。
声も大きいし。貧血とかで倒れないでよ?
そんな事を考えながら、ベッドから飛び降りる。足音を立てるなんて無様はしない。
いつもより肌蹴てしまった着物を直し、トオルに視線を向ける。
「続きはまた今夜ね、トオル?」
返事は無い。
というよりも、ようやく覚醒し始めたみたいで溜息を吐いていた。
その反応は、ちょっと傷付くにゃぁ。
「とう、徹君はまだ学生なんですから、そう言うのは駄目ですっ」
「相変わらずお堅いにゃぁ。そんなだから、まだ処女なんだにゃ」
「それとこれとは関係ないですっ」
「絶対?」
「絶対っ」
そうロスヴァイセをからかいながら、部屋を出る。
あー、面白い。
そのままキッチンに向かうと、朝食の準備をしていた。
白音とオーフィスが皿を運んでいる。
オーフィスも随分と、この家に馴染んでるなぁ、と。
「おはよ、白音、オーフィス」
「…………」
「おはよう、黒歌」
あれ?
白音から返事が無かったので視線を向けると、私不機嫌です、と言わんばかりの視線を向けられた。
あー。
「トオルをからかったから、怒ってる?」
「……別に」
ぷいっ、と顔ごと視線を逸らされる。
でも頬だけじゃなくて、耳まで少し赤くなってて隠しきれてない。
見られてたわけじゃないし、聞こえたのはロスヴァイセの大きな声だけのはずだ。
いったい何を想像したんだか、ウチの妹は。
「なになに? ロスヴァイセの声だけしか聞こえなかったはずだけど、アレだけでナニを想像したのかな? 白音ちゃんは」
「なっ……何も、別に想像してなんて……」
「妄想?」
「もっと違います」
白音は肌が白いから、照れて赤くなるとすぐに判っちゃう。
可愛いなぁ。
そうやって白音をからかっていると、皿を運び終わったオーフィスが私を見上げてきていた。
「料理、落しそう」
「おっと、そうだったにゃ」
顔を赤くして固まっていた白音から、料理が載っている皿を取り上げ、テーブルに並べる。
まったく。このくらいで照れてたら、本番はどうするのか。
おねーちゃん、白音ちゃんの将来が心配だよ?
ああ、でも。
こういう恥じらいのある子って、行く時は一気に行く事もある。暴走気味に。
それはそれで、楽しいかもしれない。
「あまり朝からからかわないのよ?」
そう言いながら、キッチンから出てきたレイナーレに向き直る。
両手には私達が使うのとは少し違う皿。
スコルとハティ用の朝食が盛られた皿を持っている。
まぁ、あの狼も家族だもんね。
トオルに懐いてるし。トオルも気に入ってるし。
「姉妹のスキンシップだにゃ。白音ちゃんには、少し刺激が強すぎた?」
「――――ッ」
耳元で囁くと、叩かれた。割と強く。
「いたいいたい」
「徹様が来たら朝食なんだから、あまり埃を立てないのよ?」
そう言いながら、リビングを通って庭へ行くレイナーレ。
そして、その後ろをついていくオーフィス。
私は照れた白音に叩かれている。まぁ、毎日の事だ。
叩かれながら、テーブルの上に並んだ料理に視線を向ける。
白米にお味噌汁、魚の塩焼きに卵焼き。それとサラダ。
今日は和風だ。嬉しいにゃぁ。
「オーフィス。ほら、口元が汚れてるわよ」
隣に座ったオーフィスの口元をティッシュで拭ってあげるけど、すぐにまた汚れてしまう。
というよりも、拭ってる途中でもご飯を口に入れていく。
「もう。少しは我慢してよ、オーフィス」
「ん」
いや、ん、じゃないから。
我慢して手を止めて、と言うが止まらない。
本当に、レイナーレのご飯が大好きなんだから。
ちゃんと噛んでるのか怪しく思えるくらいに、ぱくぱくとご飯を食べていく。
『禍の団』に居た時は、食事なんて殆ど取ってなかったのに。
というよりも、ドラゴンに一日三食の食事なんて必要ないんだろうけど。
「あー、もう。また……」
またオーフィスの口元を拭っていたら、皆から笑われた。
いや、トオルはこの家の家主だし、レイナーレはご飯を用意してくれたからいいよ?
白音はまぁ、対面に座ってるからしょうがない。
「笑ってないで手伝ってほしいにゃぁ。特にロスヴァイセ。隣なんだからさぁ」
なんで手伝いもせずに、和みながらご飯食べてるかな。
私、全然ご飯食べれてないんだけどにゃぁ。
「ん、んぐ。あ、ごめんなさい」
ご飯粒付けてるし。
オーフィスと同レベルだにゃぁ、残念系戦乙女。
気付いたけど指摘せずに、オーフィスの相手を交代する。
「いただきまぁす」
やっぱりご飯は、あったかい内に食べるのが一番だにゃぁ。
特に魚は。
さあ食べよう、とした所で、着物の袖に違和感。
視線を向けると――オーフィスが私を見上げていた。
「美味しそう」
「はいはい、おかわりね」
オーフィスの茶碗をレイナーレに渡して、お代りを注いでもらう。
いや、そこまでしなくていいよね? 私もご飯を食べたいし。
新しいご飯が来るまで、湯呑みを両手で持ってお茶を飲んでるオーフィス。
マイペースだにゃぁ。
そんなマイペースな龍神様にも、随分と慣れたもんだけど。
来たばっかりの頃は、自由すぎて振り回されたものだ。
アレも良い思い出だにゃー。
「ご飯、美味しい?」
「美味しい。とても」
偉い偉いと、頭を撫でてあげる。
そうすると、何処か気持ち良さそうに目を伏せる姿が可愛らしい。
最近ようやく、表情から感情が読めるようになった……気がする。
「誰かさんは、あんまり美味しいって言わないからにゃぁ」
その誰かさんに聞こえるように言うと、聞こえた誰かさんは視線を逸らしていた。
照れ屋だにゃぁ。
でも、言ってあげるとレイナーレも喜ぶと思うにゃ。
というか、絶対喜ぶ。
隠してるつもりだろうけど、言ってほしいってオーラが出てる時があるし。
アレ絶対、料理が上手に出来た時なんだろうにゃぁ。
トオルはそう言う所、本当に鈍いからなぁ。
まぁ、完璧すぎる人間よりも、よっぽど好感が持てるんだけどね。面白いし。
「何の話をしてたんですか?」
そんな事を話していたら、お代りを注いできたレイナーレが戻ってきた。
「徹先輩が、鈍感だという話です」
白音がオーフィスに茶碗を渡すと、ありがとう、という声。
また、偉い偉いと撫でてあげる。
「レイナーレのご飯が美味しいにゃぁ、っていう話」
「? えっと…ありがとう?」
よく判ってないレイナーレもレイナーレだ。
トオルに甘いんだから。
言ってって伝えないと、ずっと言ってもらえないよ?
今のままでも、十分だと思ってるのかもしれないけど。
トオルの隣に座ってご飯を食べてるレイナーレを観察する。
絶対今の状況に満足してる。
もっと貪欲になっても良いと思うんだけどなぁ。
一番頑張ってるんだし。
「ま、先は長いんだし。今みたいな関係も悪くないのかもしれないにゃぁ」
そもそもトオルが、これから先、何年生きるかも判らないし。
百年くらい生きるのか、もう少し長いのか。
もしかしたら、私達よりも長生きするかもしれない。
まぁでも――長生きするんだろうなぁ。
そんな事を考えていたら、また袖を引かれた。
「おかわり」
「早くない!? ちゃんと噛んで食べたの?」
「たぶん」
「多分じゃなくて、ちゃんと噛んで食べなさい」
ロスヴァイセから口元を拭かれながら答えるオーフィスに苦笑してしまう。
これじゃ本当に、外見通りの子供じゃないか。
もう何回目かの思考に、内心で苦笑する。
子供――か。
私まだ、子供を産んだことないのに。子守りの技術が高くなってる気がするにゃぁ。
トオル達が学校へ行っている間、レイナーレは家の掃除に精を出す。
私はソファで横になって眠ったり、偶に手伝ったり。
今日は邪魔にならないように、猫の姿で丸まっている。ソファの上で。
「毎日頑張るにゃぁ」
「毎日掃除しないと、すぐに汚れるから」
人数も前からしたら増えたし、と。
それもそうか。
思い出すのは、初めてこの家に来た時の事。
あの時は、トオルとレイナーレの二人だけだった。
この広い家に、二人で住んでいた。
そういえば、あの時はもっと埃とか汚れが目立っていたかもしれない。
「掃除が上手になったね」
「グレイフィア様のお蔭ね」
「そう?」
「ええ。徹様に拾っていただいたばかりの頃は、掃除の仕方も知らなかったし。
掃除なんて、周りの誰かに任せてたから。『《|神の子を見張る者グリゴリ》』に居た時は」
ふぅん、と。
でも、掃除の仕方は教えてもらっても、それを続ける努力をしているのはレイナーレだ。
やっぱり私は、レイナーレが頑張ったから掃除が上手になったんだと思う。
まぁ、流石にそこまでは恥ずかしくて言わないけど。
「貴女から教えてもらった仙術もそう。私は何も出来ない。才能も無いし、不器用だから。
こうやって毎日続けてないと不安なだけよ」
「そうやって続ける事ができるのも、一つの才能だにゃ。
継続は力なり。レイナーレには努力の才能があるよ」
偶にこうやって真っ直ぐに褒めると、面白い。
困ったように、照れたように。こっちを真っ直ぐ見ていた視線が落ち着かなくなり、掃除の手も止まる。
最後には、困ったように一つ溜息を吐いて。
「……あまりからかわないで」
「はいはい」
レイナーレは成長したなぁ。
料理は上手になったし、家事は何でもできる。
というよりも、この家で一番上手になった。
昔は、私も負けてないと思えたけど、今じゃ偶に教えてもらう立場だ。
でも、変わってない。
前からずっと。
トオルの為に一生懸命。
この家の為に、小さな努力を毎日続けてる。
「これからも頑張ってね」
「ええ、もちろん」
そう話していたら、スコルとハティと一緒に遊んでいたオーフィスがリビングに戻ってくる。
「おかえり」
「ん」
そう小さく返事をして、冷蔵庫へ向かうオーフィス。
そして、その前に立つレイナーレ。
「おかえりなさいませ、オーフィス様」
「……ただいま?」
「はい、おかえりなさい」
なんだかなぁ。
「お母さん?」
「畏れ多いわ」
そう言いながら、コップに注いだ牛乳を渡してる姿を見ると、そんな事無いと思ってしまう。
レイナーレなら、似合うんじゃない? オーフィスの母親。
髪の色は同じ黒だし。あ、それは私もか。
でも、私は母親役は難しいかなぁ。
あ、母親にはなりたいけどね。
「トオルが父親で、レイナーレが母親。私は長女かな? ロスヴァイセは、ちょっと抜けた所があるし。
白音が三女で、オーフィスが四女」
おお、我ながら、凄い妄想が出来上がった。
自分で驚いていると、牛乳片手のオーフィスが隣に座ってきた。
「口の周りが真っ白だにゃ……」
「わかった」
「だからって、服の袖で拭いちゃダメだにゃ」
あー、もう。
人型になり、口元を拭いてあげる。
この龍神は、まったく。
前よりもっと、子供っぽくなってない?
「面倒」
「面倒でも、我慢するにゃ。トオルに嫌われちゃうにゃん」
「…………」
トオルの名前を出すと、見上げてくる。
ちょっと可愛い。
「よくわからない」
「そう」
でも、服の袖で拭くのはやめるんだな、と。
それが微笑ましくて、口元を優しく拭いてあげる。
「なに?」
そうしていると、レイナーレと視線が重なった。
「貴女の方が、よほど母親のように見えるわ」
「勘弁してほしいにゃ」
私はもう少し、育児から離れて人生を楽しみたい。
夕食の後、ソファに座ったトオルの膝の上で丸くなる。
そうすると、背中をゆっくりと撫でてもらえる。
この時間が好き。
なんだかんだで、一番甘えられるし。
「黒歌。我も座りたい」
「後で交代だにゃー」
トオルから抗議の声が上がるが気にしない。
女の子に座ってもらえるんだから、むしろ喜ぶべきだにゃ。
まぁ、そんなトオルの反応が可愛いから、気にしないふりをするのだが。
本気で嫌がったら、ちゃんと退くし。
「…………」
そして、白音からの視線は気付かないふり。
いや、一度視線を向けてから、トオルの膝に顔を埋める。
白音の気配が、少しだけ乱れた。
このくらいの挑発に反応しちゃだめだにゃぁ。
トオルが、レイナーレに手伝えなくてごめんと謝る。
大丈夫、今日はロスヴァイセが手伝ってるから。
「トオルはあったかいね」
このまま眠っちゃいそう。
大きな手が、背中を撫でてくれる。
優しく、ゆっくり。
ああ、本当に眠くなってくる。
「こう?」
そこに、新たな刺激。
トオルとは違う手が、撫でてくる。
それは本当に撫でるだけで、ゆっくりではなく、見よう見真似といった感じ。
「黒歌、どう?」
「いい感じにゃ~」
あー、寝ちゃいそう。
トオルの膝じゃなくて、太腿の方へ移動する。
こっちが安定できるのだ。お腹を枕にして、目を閉じる。
「姉様、ズルいです」
「白音もトオルに甘えればいいにゃ」
「……それは、その」
そう言うと白音は恥ずかしがって進んでこないし、トオルも恥ずかしがる。
進展しないなぁ、この二人は。
見ててもどかしい。
もどかしいから、見てて楽しいのかもしれないけど。
そんな事を考えていたら、小さな衝撃。
目を開けると、オーフィスの頭が目の前にあった。
「狭くない?」
「大丈夫」
いや、私は狭いんだけど。
「トオル、動かないで」
寝辛いから。
そんな無茶を言いながら、目を閉じる。
トオルも変わらないなぁ、と。
初めて会った時から、あんまり変わってない。
少し変わったのは、この家に人が増えて、女性に少し慣れた事、かな。
前は、こんな時はもっと緊張してたし。
「姉様、オーフィスさん。徹先輩が困ってます」
「そう見せて、実は喜んでるにゃ。こんな美少女を膝の上に乗せてるんだし」
私は今は猫だけど。トオルからも、猫だと言われた。
オーフィスは美少女だから問題ないにゃ。
私が人型で甘えるのは……夜中、皆が寝静まってから。
流石にそっちは、人目があるところだと私も恥ずかしい。
これでも、おねーちゃんとしてのプライドというか、見栄というか、そういうのがあるのだ。
でも、狭い。
いくら私が猫で、オーフィスが少女の姿でも、さすがに狭い。
「しょうがないにゃ」
トオルの上から降り、ソファに丸くなる。
今日はオーフィスに譲る事にする。おねーちゃんも楽じゃないね、本当に。
「白音も甘えないと、オーフィスに取られちゃうにゃん」
「――ッ」
多分、顔を真っ赤にしてるんだろうなぁ、と予想する。
ああ、眠い。
このまま少し寝てしまおう。
そう考えていると、大きな手がまた撫でてくれた。
気持ち良い。
「私じゃなくて、オーフィスを撫でて上げればいいのに」
そう言うが、本当は凄く嬉しい。
撫でるのをやめてほしくない。
私も結局、我儘だよね。
「……ずるい」
遠くから、嫉妬混じりの妹の声。
しょうがない。甘えない白音が悪いのだ。
恥ずかしがってちゃ、損するだけだよ?
白音もトオルを好きなんだから、遠慮なんてする必要が無いのに。
トオルなら、びっくりしても、受け止めてくれそうな気がするし。
気がするだけで、まだ判らないけど。
――トオルは優しいから。
その優しさは、初めて会った時から変わらない。
特別な『神器』を持っていても、誰からも特別に見られても、変わらない。
私が好きになった理由。
私が惹かれた理由。
トオルの“優しさ”は、あの時から変わってない。
それが、撫でてくれる手から伝わってくる。
野良猫はさ、そういうのには敏感なのだ。
私は“元”野良猫だけど、その辺りにはまだまだ敏感なつもりだ。
だから判る。
「トオルの傍は温かいから、眠りやすいよ」
私は、トオルが“特別”じゃなくても、出逢う事が出来たなら、きっと惹かれた。
優しさに飢えていたのか、温もりに飢えていたのか。
今はもう判らない。判らないくらい、満たされてしまったから。
だから、確かだと言える事はこれだけだ。
――私は、トオルの“力”ではなく“優しさ”に惹かれた。
そして、その“優しさ”に溺れ、沈んでしまった。
目を閉じる。
眠る。
ああ――。
野良猫は、人の前では眠らない。
他人の気配には敏感だから。
私は、もう二度と野良猫には戻れない。
妹が居て、親友が居て、家族が居る。
トオルの傍でなら、こんなにも幸せな想いを抱いて眠れると知ってしまったから。
ベタベタと言うよりほのぼの。
これなら大丈夫。壁は壊れない。
あ、オーフィスちゃんの膝枕(される)は30分3500円から