ヘルムート王国の王太孫と、イーナの娘のアンナは婚約しているのだ。そしてアンナの嫁入りは間近なのである。ヴァルド王太子の長男とヴェンデリンの長女との結婚は、ヘルムート王国の安定に寄与すると期待されていた。アンナはイーナが産んだ娘だが、対外的にはエリーゼが母親役となる。貴族の正室とはそういうものだ。それでも内々には、ヴェンデリンもエリーゼも、イーナの意向を汲んだ形で結婚の準備を進めてくれた。こうしてイーナが直接呼び出しを受けるのは、何か王家との結婚に問題が生じたのだ。それも、かなり難しい状況に違いない。
「イーナ、こちらは王太孫殿下の教育係を務めるテレンソワ子爵夫人だ。」
ヴェンデリンがイーナに使者を紹介する。イーナとテレンソワ子爵夫人は初対面である。しかし、その人となりは娘のアンナから聞かされていた。アンナとテレンソワ子爵夫人は既に何度も対面した仲なのだ。子爵夫人の見た目は、銀髪で謹直な老女教師といった雰囲気である。
「この方が。アンナ様と瓜二つでございますね。」
イーナを見たテレンソワ子爵夫人は驚いていた。娘が結婚を間近に控えていると言っても、イーナはかなり若々しい。未だ三十代であり、それもアラフォーではなくアラサーである。
ヘルムート王国の成人と婚姻の時期が16歳と早い事が主たる原因だ。イーナは堂々たる美少女であったし、そのまま順調に絶世の美女となった。鍛錬も欠かさずプロポーションも維持している。同性から見ても、娘のアンナの姉と称しても違和感はない。
イーナの母のエストも比較的長く容姿を保っていたが、今のイーナほどではない。陪臣の嫁と堂々たるバウマイスター伯爵家の側室では、生活の質はまるで異なる。それにイーナの兄弟姉妹の数は多かった。イーナの母親のエストは、それだけ苦労してイーナ達を育ててくれたのだ。
「これならば、上手くいくかもしれませんね。」
「ええ。私もそう思います。」
テレンソワ子爵夫人とエリーゼは頷き合う。イーナは物問いたげに視線をヴェンデリンに向けるが、反応は捗々しくなかった。ヴェルは視線を合わせようとしない。王室の絡む貴族的な問題は、ヴェンデリンよりもむしろエリーゼに決定権がある。王室の絡むような話では、ヴェルはエリーゼの言いなりで任せきりなのだ。
貴族の出と言っても元々のバウマイスター家は騎士爵家で、それも辺境伯家を寄親とする寄子に過ぎなかった。しかもヴェンデリンはその八男である。彼個人の魔法の才能とそれに期待した引き立てにより、一代で成り上がったと言っても過言ではない。王都育ちの子爵家令嬢であるエリーゼとは、貴族としての基本の積み重ねが異なるのである。自然、王宮を相手にする時はエリーゼの判断に従うことになる。
「ここからは女同士の話です。ヴェンデリン様は席を外してください。」
エリーゼにそう切り出されて、ヴェンデリンは頷いた。
「分かったよ、エリーゼ。それではごきげんよう、テレンソワ子爵夫人。」
元々、この場に居合わせたくなかったのだろう。ほっとした様子で、ヴェンデリンが場を逃げ出しにかかる。話の内容がまだ見えないが、イーナにとっては娘アンナの幸福がかかっている場だ。先ほどから嫌な予感がしているが、イーナはまだこの場からは逃げ出す事は出来なかった。
イーナはドミニクに促され、ヴェルと入れ替わりで着席した。ヴェンデリンの立った後の主人の席にはエリーゼがスライドし、イーナが座るのは直前までエリーゼのいた位置である。
「さて、それでどんなお話なのでしょうか。」
着席するとイーナは問うた。まさかアンナの嫁入りが中止という訳ではないだろう。それならばヴェンデリンがそのまま対応していた筈である。何か、女同士の話題に留めないと対応できない事態のようだった。イーナには、会話の行方がまるで見当がつかない。どうやらアンナでなくイーナが関係する以上は、花嫁のドレスの色選びのような簡単な内容ではないのだろう。
「何から、お話ししていいものか。」
テレンソワ子爵夫人はオロオロとしている。王太孫だけが大事という人なのである。手塩にかけて育てた王太孫の事を溺愛しているのだった。
「これは殿下の教育のお話です。」
エリーゼがそう切り出す。語られるのは王家の秘事だろう。イーナが殿下に嫁ぐアンナの母親でなければ、本来は教えられないのが当然の事柄のようだった。
エリーゼの口を借りるのは避けるべきだと考えたのだろうか。テレンソワ子爵夫人が重い口を開いた。
「・・・実は、殿下の性教育の事でございまして。」
「はあ。」
イーナは驚いた。確かにヴェンデリンですら父親のアルトゥルがあてがい女を用意したのだ。王家の嫁取りともなれば、それはもう入念に手配されるのだろう。
しかしながら、バウマイスター家は娘を嫁がせる側である。ヴェルがあてがい女を用意する必要はない。むしろ、王家が用意した娘を承認する立場だ。というか、『その辺りの準備は滞りなく進んでいる』とエリーゼからは聞かされていた。手配は万全。その筈ではなかったのか。
「それで何か、よくない事が?」
「ええ。はい、そのあの。」
苛立ちを見せるイーナに対して、テレンソワ子爵夫人はしどろもどろである。ため息をついて、エリーゼが残りの話を引き取った。
「まず、王家の用意された“あてがい女”がダメになったそうです。」
イーナが眉を動かす。テレンソワ子爵夫人がため息をついてから話し始めた。
「・・・殿下が相手をお気に召さなかったのです。殿下は少々活発で有らせられて。激しい取っ組み合いで、その者は骨折しました。しかも、肝心の手解きは何も出来ずじまいで。」
「はあ。」
イーナは嫌な予感しかしない。しかし続きを聞かざるをえない。アンナが王太孫に怪我をさせられては堪らないし、そもそも王太孫の乱暴さが表沙汰になれば廃嫡もあり得る。
アンナの結婚相手が無事に国王になる、そこまでいって初めてバウマイスター家と王家との関係は安定するのだ。その点が未解決では、ヘルムート王国の安定にすら影響する。何より娘のアンナが不幸になる。
「私や同僚がお教えできれば、何でもお教えしたいと申し出たのですが。殿下も『嫌だ嫌だ』の一点張りで。」
イーナは呆れた。テレンソワ子爵夫人は親子どころか、この世界では孫と祖母くらいの年齢差がある。どう若く見積もっても50代と見える。60代でも違和感はない。10代で成人前の王太孫には許容出来ない差であろう。流石にそれはちょっとない。
「そこで、伝手を辿りまして。貴族家の子弟のその手の教育に定評のある、さる高位貴族のご婦人をお呼びしたのですが。その、お持ち物が。」
「お持ち物が?」
イーナは鸚鵡返しに問い返した。貴族女性なら金はあるだろうし、何なら王家がドレスでも下着でも支給すればいいだろう。
「事前の確認で、女性として大事な箇所が酷く汚れていたとの事です。きっと何か、厄介なご病気なのでしょう。」
エリーゼがそう言って切り捨てた。その相手は性病持ちであったらしい。貴族向けと言っても、求められれば当主の相手もする。不特定多数の相手をすると、娼館などで流行る病気を貰いやすい。むしろきちんとした教育を受けて早期発見に務める娼館よりも、セミプロの方が性病を保持する可能性が高いのが世の常である。
教会に仕えていたエリーゼは、初心な貴族令嬢に見えてその手の問題には敏感である。公表を秘す必要のある性病は社会的な問題であり、娼婦が媒介する事も多い。幸い治癒魔法である程度は対処可能だが、だからこそ娼婦が教会に駆け込む事は珍しくない。既婚女性であり回復魔法が使えるエリーゼは、教会のその手の治療にも懇願されて引っ張り出されるに違いなかった。
「幸い殿下には被害はなく。しかしこの件を境に女性に興味をなくされていて。先日、鍛錬の相手を務める少年の小姓を組み敷いておられたのです。取り押さえた武官は、その、殿下が興奮されて股間を大きくされていたと。」
それは男色の傾向である。年少の頃、特に武道の世界ではそういう事は起こり得る。武術師範の家の娘だから、イーナはその事を知悉していた。
それは身近に女性がいない代償行為であったり、本物の雌を相手にする前の雄としての訓練のようなものでもある。それだけで、実際に男色家になる事を意味する訳ではない。ただし、女性よりも男性の方が容姿が整った環境にいるなら、そのまま男性を愛するようになる可能性は大いにある。
初体験を前にして、身近な女性が問題ばかり。老女や容姿が好みでない女や性病持ちの女では差し障りがある。それこそ、容姿の優れた少年の方がマシだと王太孫が考えかねない状況だった。初体験が歪むと,大なり小なり性生活は歪むものなのである。
最初は女性に関心を示していたのだ。生まれついての男色家でないなら、まずここは女の良さを教え込むところだろう。悩むのはその先でいい。ただし、男色家かは慎重に見極める必要がある。貴族社会では子孫を残せぬ者は廃嫡される。王家でもそれは例外ではない。何よりそんな相手に愛する娘を嫁がせる訳にはいかない。男色を貫きたいのなら、結婚せずに修道院にでも行けば良いのだ。
「恥を忍んでご相談させて頂きまして、エリーゼ様より秘密の漏れない相手なら適任者がおられると。」
そう言ってテレンソワ子爵夫人は、真っ直ぐにイーナを見た。
「その方は美しい上に強く、その手の行いにも慣れておられると。」
今まで娘アンナの運命に気を取られていたイーナは、彼女達が何を考えているかそれをようやく理解した。慌て、身を退け反らせる。
「駄目よ!、そんなの。」
「妹を嫁がせる時に、経験者の姉が手解きはするのは間々ある事なのです。」
エリーゼがそう解説する。貴族家には庶子も多い。特にあてがい女が産んだ子を、そのような際に侍女として付き添わせるのはよくあることである。他でもないエリーゼ自身が、侍女のドミニクとはそのような関係である。
「しかし、私は姉ではなく母親よ。それに流石に無理に命じられる事ではない筈よ。」
イーナとて、今回のような扱われ方には問題があると言いたい。貴族社会では正室こそが全てといえども、イーナはアンナの生母なのだ。それを期間限定とはいえ娘婿に差し出そうとは、通常ではあり得ない。イーナという存在の安売りが過ぎる。
そうは言っても、地位や金や権力の横車によってありえない事などないのが貴族の社会ではあるのだが。そしてこう言った貴族特有の問題になると、男性優位な貴族の伝統というものにエリーゼはとても従順である。
「あら。イーナさんには、このお話を受けなくてはならない負い目があるでしょう?」
お茶を飲みながらさらりとエリーゼから言い放たれた言葉に、イーナは凍りつく。
「先日、カイエンの事でイーナさんが勝手された事がありましたわね。」
そう言ってカップを戻して微笑むエリーゼから放たれる圧が、ゆらり、と増した。確かにカイエンに対する手解きにおいて、魔力増強に気を取られてイーナとルイーゼは抜け駆けをした。なんとなくペナルティ無しの流れになっていたのだが、エリーゼはしっかり記憶していたらしい。
「あれは、その。」
イーナは言い訳を考えようとするが、エリーゼを納得させる言葉が出てこない。そもそもカイエンの話の詳細など、娘が嫁入りする王宮の使者の前で一番避けるべき話題なのだ。この話題を持ち出された時点で、完全なるイーナの敗北であった。
「全ては、アンナさんの幸せな結婚の為です。イーナさんにはこのお話を受けていただきます。勿論、ヴェンデリン様もご承知済みです。」
王家が絡むこの件では、エリーゼに対してヴェンデリンが動く事はないだろう。
(ヴェルが、私を連れてどこか外国に逃げてくれないかしら?)
イーナは現実を逃避して、暫し夢想する。しかしフリードリヒやカイエンの手解きをした今、そこまでヴェンデリンがイーナの貞操にこだわる筈もない。良くも悪くもヴェルの愛は公平である。イーナだけを連れて逃げるはずかない。
そして正妻であるエリーゼがこう判断した以上、イーナは逆らえない。正妻の地位はそれ程には重い。だが結婚が上手くいけば、アンナは未来の国王の正妻として王妃となる筈なのだ。アンナは今のエリーゼの地位を簡単に上回る。しかもイーナには、カイエンの件でエリーゼには借りがある。
「・・・分かりました。」
漸く導き出されたイーナのその返答に、テレンソワ子爵夫人がホッとした様子であった。
「容姿に優れた貴方なら、殿下も必ず了解される筈です。」
「光栄なお役目なのですよ。頑張ってくださいね。」
にこやかに笑いながらそう語りかけるエリーゼ。アンナの幸福が本件にかかっている以上、もうイーナとしては同意する他なかった。王家への貸しは、エリーゼが責任を持って取り立てるという事でもある。
アンナはヴェンデリンとイーナの娘である。どちらに似ているかといえば、ヴェンデリンにより近しい。バウマイスターの一族は性に奔放である。イーナの目から見ても、自分やヴェンデリンは好色な方である。この2人の血を受け継ぐ以上、アンナが例外とは考えられなかった。つまりこの場合、アンナは間違いなく立派に性教育を施した王太孫を好むだろう。そしてイーナに感謝するに違いない。
「下着を脱いだあの女は、真に激臭であったな。」
王太孫殿下はそう言ってハンカチで鼻を拭いた。今でもあの匂いが、鼻の奥底にこびりついて取れない気がする。
「だからと言って、相手の骨を折るのはやり過ぎです。女性は大事に扱わねば殿下の評判を損ないます。」
テレンソワ子爵夫人はそっと嗜める。王室の意向と金子で揉み消したものの、この手の醜聞は王太孫の評判の致命傷になり得る。
「余の反応を誤解して、さらに悪臭の元を余の顔に押し付けようとしたのだぞ。逃れる為にはああするしかなかったのだ。」
下着を脱ぐまで匂いはせず、ドレスの上からでは香水で誤魔化されていた。殿下に対面させる前に食い止められなかったのは王室には仕える者として失態だった。
「今度の者は、大丈夫で御座います。」
「本当か?」
王太孫殿下は訝しんだ。
「余も贅沢は言わぬ。経験豊富となると、年上で子持ちとなる点までは許そう。見目麗しく、何より清潔感がなくてはならぬ。」
そう言いながら王太孫は、傍の小姓の尻を撫でた。王太孫殿下に仕える小姓は無論男性である。男同士の軽いスキンシップかも知れなかったが、テレンソワ子爵夫人はその仕草にゾッとした。殿下の性教育には慎重を期し、若い侍女をこれまで王太孫には近づけなかったのは失策だったかもしれなかった。
王太孫の性の指導役イーナ
その日、イーナはヴェルの手で王宮に送り届けられた。彼女は赤いドレスを身につけている。2人は変装用の魔法がかかった指輪を装着していた。この指輪を装着していれば、2人の顔を記憶したり特定したり出来ない。流石にこの任務内容では、不用意にヴェルやイーナの素顔を晒せなかった。
王太孫やテレンソワ子爵夫人には顔を晒しても問題ないという話になっている。狼藉者が入り込まないための本人証明としては必要な事だからだ。しかし他の使用人などには、顔や身元を隠す必要がある。この手の醜聞の広まる速さたるや、一夜にして王都の全貴族の知るところになりかねない。
「さあ、こちらへ。」
王室の侍従が、イーナのみを中に導き入れる。赤髪で赤いドレスを着用した女性が、テレンソワ子爵夫人宛の紹介状を持参した場合は奥に通すように王宮の担当者は言い含められていた。その訪問目的までも知らされてはいないが、時期と訪問先を考え合わせれば答えは分かる。つまりは、公然の秘密ではある。
顔を隠しきれない以上、魔法による変装という自衛は必要だった。どうしても、事が事だけにその外見が噂を呼ぶ事になってしまう。赤髪や身長などは誤魔化せないのだ。
救いがあるとすれば、王都でイーナの容姿を知るのは身内のごく少数に限られる点である。正室ではないので貴族社会での露出は少ない。更に未来の花嫁のアンナと似た容姿というのも、「わざわざ探し出した花嫁と容姿の似た練習相手です」という建前を押し通せばそれで説明がつくのだ。
「では、こちらの部屋でお待ちください。」
イーナが通されたのは、当然ながら奥まった一室である。風呂も含めた全て用意されていた。
「よくお越しくださいました。」
イーナを出迎えるテレンソワ子爵夫人は嬉しそうだった。内容が内容だけに、今日の訪問の約束が果たされるか危惧していたようである。既に拗れているこの問題は、単なる醜聞では済まない。
テレンソワ子爵夫人が育て上げた皇太孫が、廃嫡されるリスクはそれなりにあるのだ。周囲の大人は強烈なタッグを組んで事に当たる必要がある。イーナが選ばれたのは美しさや手解きの経験もあるが、娘の嫁入りの為に王太孫の醜聞を漏らさないという動機を共有しているからである。
その上で手解きにおいても全力を尽くしてくれると、王室関係者から期待されていた。テレンソワ子爵夫人に、バウマイスター伯爵を頼る事を指示したのは他ならぬ国王その人である。今回の一件には、王室全体の期待が寄せられていた。
「それでは下着を脱いだら、スカートを捲り上げてこちらの長椅子の上に横になってください。」
「え?」
「そこで、女官がお持ち物の検査を行いますので。」
イーナとて当然ながら生娘ではないのだし、子を産んだ際も似たような経緯で出産を手伝う女性達に囲まれた。だが王太孫の相手を務めるからと言って、女性器の事前チェックを複数の女性達から受けるのは屈辱である。足を広げて観察されるのみならず、器具を女性器に突っ込まれて広げられる。そうやって念入りに観察された上に匂いまで嗅がれるのだ。
(これ以上の屈辱は、そうはないわ)
「大丈夫、匂いはありません。」
「中も異常はないようです。」
テレンソワ子爵夫人が腹心と頼む、複数の侍女や女官達が問題ないと太鼓判を押す。侍女達の手で、イーナの下着がそっと戻された。
(自分で履けるのに)
自分でやらされても手伝われても、どちらにせよなんとも屈辱的でやきもきするものである。
「流石はイーナ様、検査を問題なく通過されて私安堵しました。」
「・・・それはどうも。」
イーナは不機嫌にそう返した。色恋はムードが全てである。今回の件を年若い本物の王子様とのロマンスと捉えると、イーナの愛読する恋愛小説のそれと展開が似ていない事もない。
年齢差や娘の結婚相手という点から、本気になるなどという展開などはあり得ない。あり得ないのだが、『協力するからには、せめて王宮内で本物の王子様の相手をするという雰囲気で酔わせて欲しい』というのがイーナの偽らざる本音だった。
場の空気に酔ってさえいれば、こんな厄介な任務でも務められそうである。それなのにイーナは出鼻をくじかれた格好である。お相手の王子は暴力的だというし、こんな調子でこのお役目が務まるのだろうか。もはやイーナの気分はただ下りであった。
王子様とのロマンスという少女時代のイーナの夢は叶ってしまった。しかし夢が叶っても、それがこんな悪夢のような展開になり得るとは予想さえ出来なかった。
(不安だわ、凄く。嫁入り前のアンナも、きっとこんな気持ちよね。)
自分が全て経験して、その上で改善点は王室に申し入れよう。早くも今回の行為の趣旨が変わりつつあったが、娘のアンナが苦労しない為にも母親であるイーナはそう腹を括った。
「殿下、手ほどきを担当するのはこの者でございます。アンナ様と容姿の近い者です。いかがでしょうか?」
テレンソワ子爵夫人は、イーナを室内に導き入れると王太孫に披露した。イーナは変装の指輪を外すと、王族の顔を直視しないよう目を伏せて靴のつま先を見つめていた。王太孫の目が、イーナの爪先から赤い髪の毛先までを値踏みする。そして嘆声を漏らした。
「ほう。これで子持ちとは信じられぬ。」
「では、お気に召しましたので?」
「無論だ。それに前回や前々回のような事はないのだろう?」
王太孫はその言い方で、テレンソワ子爵夫人に悪臭や性病の有無を確認した。
「ええ。今回は複数の女官で入念に確認をしてございます。」
テレンソワ子爵夫人は自信を込めてそう答える。
「ならば、ぜひお願いしたい。」
テレンソワ子爵夫人は舌舐めりする王太孫の股間の反応を見定めた。服の上では分かりづらいが、ちゃんと反応しているようだ。これならば、期待ができる。女性を愛して子を為す能力が証明されれば、王太孫の継承順位は揺らがない。
「未来の花嫁のアンナ様と似た容姿の方を選んでおりますが、ご協力頂くこの方もさる高位の貴族家に連なるお方です。無理を言ってご協力頂いております。金で雇った使用人ではございません。殿下は教えを受ける立場を守られ、ご無体な事はされませんよう。そんな事をされれば、結婚が水に流れる事も覚悟なされませ。」
「む、無論だ。バウマイスター伯爵には大きな借りを作る事になるな。その上で、未来の舅殿に言いつけられては堪らん。」
王太孫は、テレンソワ子爵夫人が泣きついた先がバウマイスター伯爵家と知っているようである。同行者が漏らしたのかも知れないし、飛行船の使用など行き先の検討もつくのだろう。だが、肝心の相手の人選までは気がついていないようである。イーナの正体は、知られていないのだ。
「それでは、私はこれで。」
テレンソワ子爵夫人はそう暇乞いすると、イーナに縋るような視線を向けた。後はイーナに全て託されている。性愛の事はこの老女教師の本来の担当分野からすると、範疇外も良いところなのだろう。イーナは『大丈夫』と頷いて見せた。正直言ってこんなところで役に立つとは思わなかったが、幸か不幸かこの手の経験は積んできた。
(まさかフリードリヒやカイエンの相手を務めた事を、感謝する日が来るとは思わなかったな。)
イーナはそう考えると、王太孫殿下に向き直った。少年に歩み寄り、そっと手を差し出す。その手を、王太孫が握り返した。今度はイーナは、王太孫の手を自身の胸に導き握らせた。少年の手は、イーナの胸の膨らみを夢中で揉み始める。
仰々しい挨拶というのは、互いを隔てる礼儀の壁である。これから生身の付き合いをするのに、最初から壁を作ってはならない。むしろこの関係性は体当たりだと、そう示すのがいい。言葉を持って教えるのではなく、ただ実践する。
(始めちゃおうか。)
そう考えると、イーナは王太孫の顎を持ち上げて彼の唇にキスをした。道場で武術を教えるにしても、身体の動かし方からである。理論的な事を学ぶのは、ある程度身体が出来てきたからなのだ。
イーナの大人のキスは、王太孫の口の中に慎重に侵入する。乱暴な相手なら、舌を噛み切られるかもしれない。しかしイーナの胸は、王太孫の警戒を解く役割を果たしたらしい。舌を吸い合う事で、互いの官能は高められていた。
王太孫の気持ちがイーナに伝わる。もう屹立した自らの股間を解放したいのだろう。イーナは王太孫から離れると、自ら赤いドレスを捲し上げた。
「ご確認されますか?」
王太孫の目に、スラリとしたイーナの脚が飛び込む。その付け根の下着まで露わにされていた。スラリとした肢体のラインの美しさはイーナの自慢である。きめの細かな肌と相まって、見た物を魅了する。
(こんな綺麗な容姿の者が、酷い匂いをさせているはずがない。テレンソワ子爵夫人が確認したと太鼓判を押していたしな。)
きっとこれまでは不幸が続いていただけなのだ。今回はきっと、王太孫が手解きを受けるのに相応しい人材に巡り合えたのだろう。
「こうか?」
王太孫が、イーナの赤いドレスの下の黒い下着を引き下ろす。
「臭くない。それより何やらいい匂いまでする気がする。」
「もう、おやめください。」
イーナが持ち上げた足首から下着を取り上げた王太孫が、イーナの下着を嗅ぐふりをしたのでイーナは恥じらった。美女の恥じらう姿に、王太孫の興が募る。
「いいではないか。直接嗅がせてくれ。」
「・・・それでは、存分に検分なさってください。」
男とは女の女性器を観察したがるものだ。自分の大事な逸物をそこに出し入れするのだし、普段隠されているからこそ見たくなる。見せてもらえなければ、本当にそこに挿入される許可がえられているのか分からないではないか。
「ほう。こうなっているのか。確かにこれは男にはないな。」
立っているイーナの下に、王太孫が潜り込む。スカートを捲り上げさせてはいるが、息づくイーナの秘所は立っていては足を広げていても確認しづらい。それでも、男との違いは掴めた。
「殿下、それでは続きはベッドで。」
「そうしよう。」
イーナの誘いに、王太孫が頷く。イーナは扉の外で監視しているテレンソワ子爵夫人に頷いて見せた。見られている事は知っていた。王太孫と完全に2人きりにする方が貴族としてはあり得ない。
赤いドレスを脱いで素裸になったイーナを、同じく素早く全ての服を脱いだ王太孫が検分する。
「裸に剥くとまるで生娘のようではないか。子持ちとは信じられん。」
「これでも子がおりますし、若い頃からは容姿も変わりました。」
「余とて美女を目にする機会は多い。其方は類い稀なる美女だぞ。」
王太孫が出席する舞踏会では、少し年上から年下まで適齢期の貴族の子女に囲まれる。そのような若々しい肌と比較しても、イーナに遜色はない。敢えて言えば、10代の少女にはない人格の成熟がイーナの表情に華を添えている。
何も知らない者より、経験豊富な者が恥じらう方が興奮させられるものである。初体験にして、王太孫はそんな男女の営みの機微に触れた。
「すまんが、もう興奮して我慢が出来そうにない。」
王太孫は素直に告白した。
「ええ。殿下、ではご存分になさってください。」
「子が、産まれたりしないのだろうか?」
いざとなって、王太孫は慎重である。
「大丈夫。こちらで処置いたします。」
「どうするのだ?」
「一度で身籠る事はまずありませんが、もしそう慣れば我が主人の子として育てる事になりましょうか。」
イーナのその返答に、王太孫は安堵したようだった。
「其方さえ良ければ、我が愛人として迎え入れるのも良いかも知れぬ。其方の貢献次第だ。」
「まあ。」
褒美をちらつかせる王太孫を、イーナは微笑ましく思う。彼女との関係性を知ったら、この王子様はどんな反応をするのだろうか。
「ええ、そのまま腰を落とすのです。」
王太孫に組み伏せられたイーナが、自らの口と手と足を駆使して相手の動きを誘導する。
「ああっ」
王太孫の男性器は、ニュルンとイーナの女性器に入り込んだ。
(これならアンナも大丈夫そう)
王太孫がイーナの膣に与える感触は、悪くない。イーナの動きについてこようと励む腰つきも及第点である。先程教えられた通り、イーナの唇を懸命に吸いながら王太孫は腰を動かす。
初めてで、そうそう長く続く筈がない。敏感な王太孫は、イーナの唇を貪りながら濃厚な子種をイーナという畑に蒔いた。誰に教えられた訳でもないのに、腰を打ちつけてより多く、最後の一滴までイーナの膣内に子種を放とうとする。
ドクドクと脈打つ皇太孫の男性器は、そうやってイーナの体内を汚した。王太孫は放心状態である。イーナの女性器に擦れて、皮の部分が痛い気がする。それでも、男としての征服感が上回った。イーナから、男性器を引き抜いてベッドの上に腰を下ろした。いや腰が抜けたのかもしれない。
「殿下、おめでとうございます。」
ガバッとドアを開いて姿を見せたのは、テレンソワ子爵夫人である。彼女は身体を拭われていない王太孫にそのまま抱きついた。性を放ったばかりの男性器がテレンソワ子爵夫人に押し当てられる。それで子爵夫人のドレスも汚れるが、彼女は気にならないようである。イーナとしてはちょっと引くが、悩みの深さから解放された反動としては妥当なのかもしれない。
「立派でございました。これでアンナ様との結婚に支障はございませんわね。」
事を済ませてそそくさと身支度を開始するイーナを尻目に、テレンソワ子爵夫人が王太孫の股間を拭い始めた。
「子爵夫人のドレスが、余の放ったもので汚れたのではないか?」
王太孫の当然のツッコミも、子爵夫人は意に介さない。
「殿下がご幼少のみぎりは、こうしてよくお世話して差し上げたものです。ドレスの一枚や2枚汚れたところで勲章というものでございます。」
テレンソワ子爵夫人が自ら手解きしようと考えたというのも、子爵夫人側は本気だったのかもしれない。王太孫は、バウマイスター伯爵の計らいに感謝した。地獄の淵がすぐそこに口を開いていたのを回避して天国に導かれた気分である。
「結婚まで間がある。また、その者を召し出したいのだが。」
王太孫はテレンソワ子爵夫人にねだった。テレンソワ子爵夫人は困惑して、イーナを振り返った。
「はて。ご主人のおられる立場ですので。」
「あと数回という事であれば、我が主人も織り込み済みです。」
そう返答したイーナはしおらしく頭を下げた。フリードリヒやカイエンの手解きは7日間が相場だった。1日で済まない可能性は元々考慮されていた。数日間、そう2日間や3日間とすれば問題ないだろう。
イーナの返答に、『どうだ』とばかりに王太孫はテレンソワ子爵夫人を見た。
「それでは、明日の同じ時間でいかがでしょうか。表向きは、ダンスのレッスンという事で。」
「うむ。」
満足そうな王太孫の寝室から、テレンソワ子爵夫人が再び変装の指輪をはめたイーナを連れて退室する。王太孫の寝室では打ち合わせできるが、一歩外に出れば誰が聞いているか分からない。
「明日も、大丈夫なのですよね?」
不安げにイーナに尋ねるテレンソワ子爵夫人に、イーナは答えた。
「ええ、問題ありませんわ。」
「あと何回くらい?〉
「殿下のご上達まで、あと2回か3回あれば。」
「分かりました。それくらいであれば。」
どうやら一度で終わらないとは、テレンソワ子爵夫人は考えもしなかったらしい。性を知った年頃の性欲は怪物である。イーナが常駐して躾る訳にはいかない以上、王太孫の性教育は中々大変そうである。
(私が出張って良かったのかもしれないな)
男女のマナーを王太孫は学ぶ必要があるが、テレンソワ子爵夫人に任せていては学び損なうだろう。イーナとしては野心もある。イーナの身体に釘付けにして、よく似た娘のアンナに王太孫の関心を惹きつけるのだ。そうすれば、王太孫に惚れられるアンナの未来は輝かしいものになるのだろうから。
お約束のイーナスピンオフです。いかがでしょうか。
前置きに力を使って実際の行為はあっさり目なのは、続きの為の引きとなる筈です。
続きをどうするかはアンケートで回答お願いします。出来れば肯定的な感想もよろしくお願いします。
「王太孫の性の指導役イーナ」はいかがでしたか? 次回以降の展開についてご回答ください。
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単発で良いので、ここで終わり
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1話追加して、前半と後半にしよう
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3話がいいと思うよ
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4話がいいと思うよ
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可能な限り書く。頑張れば7話を目指せる!