俺の名はヴォルテール。一地方をおさめる伯爵であり、そして、策略家でもある。俺は身分、地位、名誉。今まで欲しいものは策謀を巡らして獲得してきた。この爵位だって名家の相続争いの隙につけいって手に入れたものだ。決して、生まれもって高貴な出というわけではない。
俺が次にほしくなったのは嫁である。信頼できる配下のものに命じて、国中の年頃の女を集めさせた。そして、舞踏パーティーを開き、品定めをはじめたのだが、これがなかなかに興味深い。平民だったころはお高くとまって俺へ軽蔑の視線を向けていたような女どもが俺に結婚を申し込むのである。肩書きが違うだけでこうも態度が変わるものなのか。女という生き物はまったくあさましいものであるのかと呆れた。その後も、何度かパーティーを開いたが、集まるのは同類の女ばかりだったので、さすがの俺も嫌気がさして、他に目を向けることにした。
名家の女。これならば、俺の肩書ほしさに集まることはないだろう。そう踏み、社交パーティーに足を踏み入れたのだが、これはこれでまた魍魎とした世界であった。お互いがどちらが格上の家柄なのか、誰と結婚したら、より格上の世界に行けるのか。そういった計算高さが渦巻く世界。女の後ろに権力をあやつる父親の姿が見え隠れしては、これはこれでげんなりして帰るのである。
もっと、純粋な女がほしい。だが、伯爵の身分、しかも権力闘争の末に勝ち上がった以上は、それは望むべくもないのか。欲しいものなら何でも手に入る。そう期待してなった伯爵の身分であったが、手に入らないものもあるのを目の当たりにして肩を落とすのである。そんなある日だった彼女と出会ったのは。
彼女の名前はマリーといった。決して身分の高い出ではなく、メイドとして俺の身の回りを世話していた女であるのだが、話してみるとなかなかに教養があって面白い女である。どこでそのような知識を身につけたのかわからぬような歴史の知識、古今東西の昔話などを知っており、さらにはときおり未来を予知するようなことも口走った。世界を2~3日で回れる飛行機なる乗り物。映画という目の前で絵画が動く娯楽。ヨーロッパ全土を主戦場にした2度の世界大戦。新聞、テレビ、インターネットなどという進化していくメディアという名の情報の怪物。荒唐無稽でありえないことばかりだったが、彼女がいかにも真実らしく具体的な歴史的事件の数々を事細かに語るものだから、その空想物語に俺も思わず引き込まれてしまった。
しかも、よくよく見てみると、彼女はなかなか目鼻立ちが整った美人であった。空想を熱く語るその赤い蕾のような唇を見てみると思わず吸い込まれそうになり、己の唇でふさぎたくなった。だが、俺は罪悪感にかられ、それをやめた。彼女は俺の知る女たちと違い、まるで少年のように無防備で男に対する警戒心がまったくないのだ。その無防備さが新鮮だった。彼女の細い肩を力づくで押さえこみ、手籠めにするのはたやすい。だが、その愉しみは結婚した後の初夜にとっておくことにした。
俺は生まれてはじめてというくらいの熱烈なプロポーズを彼女にした。俺が知る限りの詩と文学を引用し、配下にとってこさせた世にも珍しい花を捧げ、美辞麗句で彼女の美貌をほめたたえたのだが、彼女は気もなくそれを断ったのだ。
「伯爵様の気持ちはわかりました。そういう風に思っていただいてとても光栄でうれしく思います。ですが、僕…じゃなかった私にはそれに応えられない理由があるのです。私は未来からやってきた未来人なのです。タイムスリップという科学空想物語について、いつかお話したことがあると思いますが、それと同じことが私の身に起こったのです。私はいずれ未来に帰らなければいけません。結婚したらこの時代にずっととどまっていなければならないのです」
いつもはにこにこしながら聞いていた彼女の空想話であったが、さすがにこのときばかりは少しばかり頭にきた。
「こちらが一生懸命に愛の告白をしているというのにそのような与太話でお茶を濁すとはこちらを侮辱しているのか!」
「違います!これは本当のことなのです。それに、私の体には大事な秘密があります。これを知ったらあなたも私に対して幻滅し、私をお嫁にほしいなんて思わなくなると思います」
「どのような秘密でも受け入れるさ。愛しているんだ」
「いいえ。これを知ったらあなたは私を軽蔑します」
「いったいどのような秘密なのだ」
「それは言えません」
俺には彼女が言っているのが断るための方便なのか、あるいは真実なのかはわからなかった。だが、彼女のつぶらな瞳に涙を浮かべているのをみて、言葉が詰まってしまった。
どうしても彼女のことが諦めきれない俺は徹底的に彼女を追い詰めることにした。彼女の両親を金で買収し、彼女の生まれ故郷の人々に身分を与え、彼女が俺と結婚しなければ周囲の人が彼女を追い詰めるように仕向けた。すると、彼女はしぶしぶではあったが俺の婚約を受け入れたのだった。
そう、俺の手に入らないものはないのだ。
そして、初夜の晩、彼女は俺にこう言い放った。
「僕、実は未来では男だったんです」