「はあ……はあ……」
皆が寝静まった深夜すぎ、マリーは自らの下腹部をまさぐり慰めていた。かつて男子高校生だった頃、好きだった女の子のことを思い浮かべて。
(ぼ、僕は、楢山祐輔なんだ。あくまでエッチをする相手は同じクラスの三田楓ちゃんなんだ。現代に戻って、好きだと告白して、恋人として付き合っていって、そして、デートを何度も重ねたころに、僕の部屋に二人きりになって、楓ちゃんの服を脱がせて……)
それは、伯爵から女として、性のはけ口してみられているマリーのせめてもの抵抗だった。空想の世界でだけは、男として振舞うことができ、伯爵の魔の手から逃れることができるのだった。
(楓ちゃん……)
その腕に抱く女の子の顔を思い出そうとしたときに、なんと彼女の顔は伯爵の顔に変化したのだ。
(げげっ…)
しかも、空想の世界の伯爵は祐輔、いやマリーの耳元でささやいた。
(空想の世界ならば、わしから逃げられるとでも思ったのか。)
マリーの背筋にぞわっと冷たいものが走った。
(お前はわしの女じゃと言うたじゃろう。わしの赤子を、後継ぎを生み育てるのじゃ。未来の世界で少年だったことは忘れ、わし好みの女に染まるのじゃ)
おそろしいことに頭の中の伯爵はマリーを絶望の底に叩き落とした。頭の中の伯爵はマリーが自分自身で作りだした幻影。そう。伯爵との濃厚な夜を何夜もすごしているうちにマリーの心に伯爵が住みついてしまっていたのだ。
他のことを考えようにも頭から湧き出てくるのはすべて伯爵。マリーはすっかり伯爵の虜になってしまったのだ。
(や、やめ…)
頭の中の伯爵はマリーの胸をまさぐり、耳を甘噛みし、髪の臭いをかいだ。それは、まるで、本物に触られているかのような心地であった。なにより、おそろしいことにそれが心地良いのだ。
このまま、男子高校生だった過去を捨て、過去の世界の女として、名家の妃として幸せに暮らしてしまってもいいのかもしれない。祐樹は、マリーはすっかり流されかけていた。
(ダメだ!僕は男なんだ。そういう趣味はないんだ!)
(本当か?さえない少年でいるより高貴な女性の方として生きたほうが幸せかもしれないぞ。このまま快楽に飲まれるんだ)
二つの声がマリーの体の主導権を争っていた。
(いや…あ…ああ……ぼ、ぼく…わ、わたし……)
掌で己の蕾をこすりながら、内なる男と女が壮絶な葛藤をしていた。
三年後、祐輔の魂を呼び戻す方法が分かった父が彼の魂を呼び戻そうとしたが、それは祐輔本人によって拒否された。彼は彼女として生きる道を選んだのだ。父は息子を永遠に失ったことを知って泣いた。
伯爵は歴史上、重要な人物ではないため、後世に生きる者は家系図から、わずかな情報を読み取るしかない。
家系図から読み取れる伯爵の情報は、身分の低い出自なのにも関わらず、身分の低い一人のメイドに固執し、多数の子孫を産ませ、国内各地に血筋を残したというお盛んな事実だけである。