私に種を蒔いて。 性暴力で孕まなくなったJKと慰めえっちする話 作:黒宮魚
「いやいや、急にお邪魔してしまってすいませんね」
三月七日。すっかり日の落ちた午後六時過ぎ。
テーブルを挟んで優一と相対した中年の男は人の好さそうな笑顔を覗かせた。しかしそれはとは裏腹に、部屋にはどこかひりついた空気が流れていた。
「いえ、別に」
優一は軽い会釈をしながら警戒の目線を男に向けている。
そんな視線を気にも留めず、よれたコートを羽織った彼は部屋を見回しながら続けた。
「それにしても高校生なのに一人暮らしとはすごいね。しっかりしてらっしゃる」
「今時珍しくもないですよ」
普段は優一と彼女以外は入ることもない部屋に、今は成人男性が二人追加でいる。優一が学校から帰ってくると部屋の前で待っていた彼らは警察だと名乗った。
一人は優一と話しているベテランの風格の男。神沢と名乗っていた。
もう一人の男は二十代後半といったところで、座っている相方の隣に立っている。名前は特に聞いていない。
「それで、刑事さんが何の用事ですか」
「おっと、そうだね。そろそろそれについて話さないとだね」
軽く咳払いをして、神沢は口を開いた。
「三枝美咲さん、のことなんだけどね」
そう口にした瞬間、明らかに部屋の空気が変わった。
優一の眉が一瞬ぴくりと動く。
「同じ高校の同級生だから知ってると思うけど、彼女は今行方不明でね。我々は彼女を探しているというわけなんだが──」
神沢の目が優一を捉える。
「何か知ってることはないかな?」
にこやかな表情ながら、重い圧を感じる視線だった。たったそれだけで、彼が長い間警察の経験を積み重ねてきたとわかるほど。
「いや、特には。俺、三枝とはクラス違いますし」
「今はそうだね。一年生の頃は同じだったみたいだけど」
「一年の時はほとんど話したことないんですよ」
なるほどね、と相槌を打つ神沢。隣にいる若い刑事はいつの間にか持っていた手帳に何かを書き記していた。
「一年生の頃『は』って言ったね。二年生になってからはある感じかな」
「……まあ」
優一が渋い顔で頷く。刑事はコートの内側から手帳を取り出すとパラパラとめくりながら口を開いた。
「二年の夏休み明けから、君は彼女に──言い方は悪いけどストーカーじみたことをしていたって聞いているんだけど……それのことかな?」
やっぱり知っていたか、と身構えた。
「……まあ、はい。それです」
手帳に向けていた目を優一に向けて、彼は尋ねてくる。
「ストーカー行為をしてた理由は?」
「好きだったんで」
優一はわざと刑事から目をそらしながら、ぼそりとこぼした。
「ちなみに、夏休みに一緒に映画を見た、のようなことを言っていたそうだけどそれも本当かな?」
優一は「はい」と頷いた。
「実際に夏休みにそのようなことがあったということかな?」
「いや、それは……なんていうか、妄想っていうか。そう言って気を引きたかっただけです」
「つまり、実際には一緒に映画を観たりはしていないと」
「そうです」
肯定した優一に、神沢は興味深そうな目を向けた。
「正直だね。普通、こういうことは隠したがるものだと思うがね」
「あの時はちょっとおかしかったんです。今はちょっとは冷静になったから言えるんですよ」
大人だね、と感心したような声で言いながら彼はコップのお茶を一口飲んだ。
「つきまとうのをやめたのは何か理由が?」
「三枝のお兄さんに止められて。それでやめました」
無意識に優一は頬をさすっていた。あの時に殴られたことは未だに記憶に強く残っている。
「そのあとは彼女に関わったりは?」
「してないです。俺も反省したので」
ペンで手帳をとんとんとつつきながら、彼は「そうかぁ」と息を漏らした。
一応は納得しただろうか、と優一は少しだけ体の力を抜いた。
前から警察が自分に事情を聞きに来ることは予想していた。ストーカーの件は学年中で噂になっていたから。
だからこの時に備えて、それらしいシナリオを作っていた。
「芹田」
ふと、神沢は傍に立っていたもう一人の刑事に声をかけた。芹田と呼ばれた若い刑事は、懐から一枚の紙を取り出して口を開いた。
「十二月二十四日に新宿駅の防犯カメラに君と三枝美咲さんが映っている映像が残っていました」
テーブルにその紙──防犯カメラ映像の一場面らしき写真が置かれる。
荒い画質ながら、そこには人ごみの中を優一と美咲が隣同士で歩く姿が収められていた。
「ここと近くの映画館とホテルでも君たちの姿が確認されています」
さらに二枚の写真が優一の前に差し出された。どちらも、クリスマスに久方ぶりに再会したあの日の二人が映っていた。
さっと血の気が引いた。シャツの中を冷たい汗が伝っていく感覚。その動揺を顔に出さないように必死にこらえた。
「つきまといをやめて以来は関わっていない、と言ったね」
再び神沢が口を開く。
「これはどういうことだろうか」
穏やかな口調を崩さないのが恐ろしかった。
正直、高を括っていた。クリスマスの件を知っているのは優一と美咲だけ。だから、いくら警察とはいえ知ることはないだろうと。
「……すみません、嘘ついてました」
優一は俯きながらもそう呟いた。
「この日は確かに、俺会ってました。三枝と」
「ふむ。なるほど。それはなぜだい?」
慎重に言葉を選ぶ。
ここで「忘れてました」ととぼけるのは却って怪しまれると思い、嘘を認めることを選んだ。
「偶然会ったんです。お互い予定も空いてたんで、そのまま」
「そのまま一緒に映画観てホテルまで、ねぇ。傍目からは付き合っているようにも見えるが」
神沢は笑っているが、明らかに疑いの目を向けていた。
「本当に偶然だったんですよ。俺は別の人との予定で来てたけどキャンセルされちゃったところで、三枝は映画を観に来てたんです」
「んー、そうかぁ。まあそうだね、そういうこともあるかもね。だが、彼女は君につきまとわれていたわけだが、煙たがられなかったのかい?」
「そこはまぁ、素直に謝りました。そしたら許してくれたんで、あとはそのまま流れで、その」
「はぁ、なるほどねぇ……」
しばし優一を見たまま、彼は口元に手を当てて思案する素振りを見せた。時間にしては数秒の間だったが、優一には恐ろしく長く感じた。
「とりあえず経緯はわかりました。だけど、なぜ嘘をついたのかな」
納得したのかはわからないが、一旦彼はそこで引いた。
「そりゃ、疑われると思ったからです」
「疑われる。それはどんな?」
「三枝を匿ってるんじゃないかとか」
実際、優一の高校では噂になっていた。三枝美咲は誰か男の家にでも匿われているんじゃないかと。
「うん、確かにそういう噂が出ているのは聞いているね。でも嘘はよくないよ」
穏やかに諭した刑事に、優一はすみませんと頭を下げた。
「ちなみにそれ以降は会ったりはしたのかな」
「会ってないです」
それは否定した。あれ以降に二人が会ったのはお互いサボった時と、彼女が事件を起こした直後だけ。両方とも決定的な証拠は残っていないはずだ。
優一のその読みは当たっていたのか、神沢は「わかりました」と引き下がった。
「じゃあ、ここからは少し違う話をしたいんだけどね」
彼は手帳をめくりながらそう切り出した。
「三枝美咲さんの家庭環境についてなんだが──」
どく、と心臓が鳴った。
「例えば彼女が虐待を受けていた、のような話は聞いているかな」
「いや、そんな話は……。虐待されてたんですか?」
「いえいえ、あくまで可能性の一つとして考えているだけです。彼女の父親やお兄さんからそういった話も聞いていないですしね。ただ、彼女の友人だったりに話を聞いたりしているうちに少し怪しく思えてきましてね」
と、隣にいた芹田が「神沢さん、それは」と止めに入った。しかし、神沢は「いいから」と手で制した。
「君は何か心当たりはあるかな? 殴る蹴るみたいなもの以外でもだ。例えば教育を放棄してるとか、心理的な虐待、あるいは──性的暴力、とかもね」
テーブルに肘をついて口元を隠した神沢の目が優一をじっと見つめる。思わず優一は言葉を詰まらせた。
この刑事は多分美咲の境遇に何となく感付いている。なら、正直に証言すればあの最低な父と兄の所業を公的に裁けるのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
「いや……知らないです」
しかし、迷いを捨ててそう口にした。
すべて話すということは、美咲の罪を曝け出すのと同義。それだけは絶対にしたくなかった。
「そうかぁ」
ふう、とため息をついて神沢は呟いた。
「わかりました。聞きたかったことは以上です。忙しいところ悪かったね」
軽く何かを書き留めてそう言った。
「ああ、これはただの雑談なんだがね」
しかし、そう前置きをして話を続ける。
「もし、一部報道にあるように、彼女が傷害事件を起こしたとして。普通ならそれなりの処罰が下ると思う。だが、もし彼女に何かやむにやまれぬ事情があったとすれば話は別だ。それこそ虐待による精神的負荷、などね」
刑事、というよりは教師のような口調だった。
「ただ、彼女がこのまま行方をくらまし続ければ罪も重くなっていく一方だ」
しかしその声色とは裏腹に、重い現実を突きつけてくる。優一がずっと考えないようにしていた事実を。
「そうならないためにも、我々はできるだけ早く彼女を保護したいと思っている。──だから、君も何か思い出したことがあれば教えてほしい」
ぽん、と肩を叩かれる。
「これは私の連絡先だ。いつでも連絡していいからね」
手帳の一ページをびり、と破り、神沢はメモの切れ端を優一に差し出した。
優一はそれを受け取って、「はい」と頷くのが精一杯だった。
「それではお暇するよ」
神沢はコップに残っていた茶を一気に飲み干して立ち上がった。そして隣にいた刑事を連れて玄関に歩いて行く。優一もそれに続いた。
「じゃあお邪魔したね。おやすみ」
「はい。刑事さんもお気をつけて」
玄関先で人の好い笑みをで会釈をして、神沢は帰っていった。
優一はその背中が見えなくなるまで見送った後、玄関のドアを閉めた。がちゃりと鍵をかけて、一人だけになった部屋に戻る。
そして、クローゼットの前で立ち止まって扉を開いた。
「ごめん、不安だったよな」
その中には、体を小さく丸めた三枝美咲が入っていた。
「ううん、大丈夫」
美咲は制服のしわを直しながら立ち上がって笑った。
刑事が家の前で待っていた時。少し部屋の整理をすると言って、三十秒ほどの間で彼女に隠れるように言っていたのだ。
「内田くん」
「ん?」
優一が目を合わせると、美咲は睫毛を伏せて視線を隠した。左手で右腕をぎゅっと握りしめているその姿は、ひどく脆く映った。
「大丈夫だ。ちゃんと誤魔化したからばれてないよ」
優一は美咲の両肩に手をかけてそう口にした。だが、彼の表情には貼り付けたような不自然な笑顔が浮かんでいた。
顔を上げた美咲の顔が痛ましそうな色を見せる。
「あの人は多分なんとなくわかってる。君が私を匿ってること」
内心思っていたことを口に出され、優一は言葉に詰まった。だが、湧いた不安を無理やり打ち消すように口を開いた。
「大丈夫。大丈夫だって。三枝は何にも心配することなんかないんだ」
「私のことじゃない」
美咲の強い口調が部屋に響いた。
「内田くんだよ。私なんかより君のことが心配なの……。このままいけば君の罪だってどんどん重くなってく。それがわからない内田くんじゃないでしょ……?」
美咲がひとつ歩み寄る。悲痛の色を浮かべながらも強い決意を感じさせる目をしながら、彼女の手が優一の腕にそっと触れた。
「ねぇ、もうさ──」
決定的な言葉を口にされるその瞬間だった。
ぴんぽーん、と間延びした音が部屋に響いた。
二人の音が玄関に向けられる。そのまましばし固まっていたが、二度目のインターホンが押されて我に帰った。
「見てくる。三枝は隠れててくれ」
そう残して玄関に向かう。覗き窓から外を見ると、人影が一つ見えた。
肩口で切りそろえた茶髪の女性。優一の高校と同じ制服を着たその女は、霜月沙織だった。
彼女らしからないにこやかな表情で、気さくに手を振っていた。
張りつめていた気がふっと緩む。少しの迷いがありつつも、開錠してドアを開けた。
「霜月、どうし──」
ドアを開けた瞬間、沙織の笑顔がふっと消えた。それを優一が認識した瞬間だった。
「どいて」
沙織の手が優一の体を押しのける。同時に彼女は土足のままずいずいと部屋の中に入り込んできた。
突然のことに驚いた優一は、ろくに受け身も取れずに玄関に倒れこむ。沙織はそんな彼に見向きもせずに部屋の奥へと早歩きで向かっていった。
優一もすぐに立ち上がり、走って彼女を追ったが遅かった。
「驚いた」
恐ろしいほど冷たく落ち着いた声だった。
優一に背を向けて立っている沙織。その目の前には、クローゼットに隠れていると思っていた美咲が立っていた。
「まさかとは思ったけどほんとにいたんだ」
ゆっくりと沙織が振り向く。凍り付いたような無感情な瞳が優一を捉えた。
「このウソツキ」
心底軽蔑したような声。
優一は何も言えなかった。ただ頭の中にあったのは困惑と焦燥。
バレた、どうする、なんでわかった──。ぐちゃぐちゃの思考が脳みそをかき混ぜていく。
「警察に連絡するから」
しかし、その一言で我に返る。蕪雑な思考がただ一つに集約される。それだけはあってはならない、と。
「っ……なにすんの! 離せ!」
優一はスマホを取り出した沙織に掴みかかった。
「それだけはやめてくれ、霜月!」
二人の怒声と争いあう足音が狭い部屋を満たす。
沙織は今まで優一が見たことないほど決死の表情で手に持ったスマホを守っている。が、男である優一には敵わなかった。
優一は片手で沙織の肩をおさえて、もう片方の手で無理矢理に奪い取った。
「やめてくれ、霜月」
荒くなった互いの息。
沙織は歯をぎりぎりと食いしばって優一を睨んだ。だが、優一が美咲をかばうように間に立つのを見ると、一瞬目を見開いてうつむいた。
「……なんで」
ぽつりと静かな声が漏れる。彼女の体はわなわなと震えている。
「なんでそんな奴かばうの!? そいつ犯罪者なのにどうして! あんたそんな最低なことする奴じゃなかったでしょ!?」
沙織の感情が爆発する。顔を上げ、射殺すような目をして美咲を指さしながら。
「お前だって何も知らないくせに!」
しかし、それに触発されるように優一も声を荒らげた。
「三枝はずっとクソみたいな家族からレイプされてたんだぞ! あの店長からもだ! だったらあれぐらいしたっていいだろ!」
そんな奴、という言葉が何より許せなかった。美咲がやったことが裁かれるべきことであることはわかっている。だが、それ以上に彼女を弄んできた男達のほうが何倍も最低なことをしているのだ。
沙織は一瞬、優一の言葉にたじろいだ。怒りに満ちた目が動揺に揺れる。
「だったらなに……? 可哀そうな奴だからあんたはこいつを選んだの? 人刺したんだよ?」
しかし、それでも沙織は優一を糾弾する。優一に詰め寄り、瞳に涙を浮かべながら。
「なんでこんな犯罪者選んで一緒にいるの!? なんで、どうして……あたしじゃだめだったの? どうして──あたしのことだけ見てくれなかったの……? 優一……っ」
崩れ落ちるように優一の胸に顔を埋める沙織。掠れる声で感情を溢れさせながら、どん、どん、と優一を何度も叩く。
彼女の嗚咽の音を聞きながら、優一は呆然と立ち尽くすことしかできない。泣き崩れる沙織の姿を見て、自分が言ったことは身勝手な言い訳に過ぎないと頭のどこかで理解してしまう。
「霜月さん」
ふと、優一の背後で黙っていた美咲が口を開いた。
「ごめんなさい」
美咲は謝罪の言葉を口にし、深々と頭を下げた。
「全部、私のせい。内田くんに甘えて、一緒に悪者にまでして、あなたと内田くんの仲も邪魔して。……本当に、ごめんなさい」
頭を下げたまま、告解するように言葉を紡いでいく。その様を優一はただ見ていた。
「っ……あんた、そんなことで──!」
「だから、もう終わりにするから」
感情のまま腕を振り上げた沙織の動きが止まる。
そして美咲は顔を上げ、優一を見た。
「内田くん。もう終わりにしよう? 一緒に警察に行って、ちゃんと罰を受けるの」
美咲は笑っていた。狂気にかられてしまいそうな優一にそっと手を差し伸べるように。
「なに、言ってるんだ。そんなことしたら碌に知りもしない奴らに犯罪者扱いされるんだぞ!?」
「私は犯罪者だよ」
それでも声を荒らげる優一を、美咲は冷静に諭した。
「どんな理由があっても私は人を刺したんだから。霜月さんの言ってることは正しい」
達観した目だった。自分の罪をすべて受け入れて、処刑台に向かう罪人のような。
「だから、ほら。もう終わり。私はもう十分だから」
優一は何も言えなかった。
美咲の言っていることが正しいことはわかる。いや、ずっと前──美咲をかくまうと決めた日からとっくにわかっていたことだった。
だが彼女の言葉を受け入れたら本当に終わってしまう。この壊れそうでも幸せな日常が。
「あんたが何しようとあたしは警察に言う。どうしても嫌ならあたしのこと殺すなりなんなりあんたの好きにすればいい」
俯いて黙ったままの優一に、沙織が吐き捨てるように言う。それを聞いて、優一は息を吞んだ。
沙織の覚悟に、ではない。自分の中のエゴにだ。
この日々を続けていきたい、美咲を罪人にしたくない。それはすべて優一の我儘でしかない。
美咲のためだとずっと自分に言い聞かせていただけ。でも実際は違った。
だから。
「……わか、った」
奥歯を嚙みしめながら絞り出す。そして、女々しく幻想に縋りつく自分を振り切るように、美咲と沙織へ顔を向けた。
「──もう、終わりにするよ」