私に種を蒔いて。 性暴力で孕まなくなったJKと慰めえっちする話 作:黒宮魚
「おせーよばか」
冬の寒さが少しずつ遠くに離れていき、街が浮足立つ四月。都内の小洒落たカフェは客たちの話し声が満ちている。
その角の席で頬杖をついていた彼女は、じろりと不機嫌そうな目を俺に向けた。
「ごめんごめん。サークル勧誘に捕まっちゃっててさ」
顔の前で手を合わせて謝りながら、彼女の向かいの席に腰を下ろす。
美しい木目のテーブルにはほとんど飲み終えたコーヒーカップと食べかけのパフェ。どうやらそこそこの時間を待たせてしまったようだ。
「久しぶりに会うんだからそんくらい蹴ってさっさと来いよ、ばか」
「ごめんて。俺はお前みたいにそういうのあしらうの得意じゃないんだよ」
ふん、と鼻を鳴らしながら、彼女はイチゴのパフェを一口食べた。
それと同じタイミングで店員が注文を聞きにやってくる。俺は彼女の方を指しながら同じものを頼んだ。
「ほんとに久しぶりだな。──沙織」
そう口にすると、不機嫌そうにパフェを見ていた目が俺に向いた。
久しぶりに会った彼女──霜月沙織は、以前と少し変わっていた。
落ち感のあるフリルがついた白のブラウスに、ふんわりとした薄いイエローのロングスカート。高校の頃からお洒落な彼女ではあったが、そこからさらに大人びた印象がプラスされてより魅力的になっていた。
一番目を引くのは、短くまとめていた髪を胸元あたりまで伸ばしていることだ。だが、何より印象的な左の泣き黒子だけは変わっていなかった。
「……久しぶり。まぁ元気そうでよかったよ、優一」
拗ねたような顔をしながらも、親しみのある口調で沙織は口にした。
「あと」
さらに彼女はそう付け加えて続けた。
「入学おめでと」
目線を隣の席へ向けながら、ぽそりと祝福の言葉を口にする。
こういう素直になり切れない部分も変わっていない。思わず頬を緩ませてしまい、ちょっと睨まれた。
「ありがとう。まぁ、一年遅れだけど」
今日は俺の大学の入学式だった。慣れないスーツに袖を通してキャンパスライフの第一歩を踏み出したばかりのところだ。
「あたしのが一年先輩なんだかんな? 敬いなよー?」
「自分から敬えなんて言ってくるやつは尊敬に値しないな」
「ああん? あんたが最低の浮気野郎だって言いふらしてやろうか」
「ごめんなさい」
謝った俺に、沙織は「よろしい」とふんぞり返った。
そう。沙織は大学生としては一年先輩なのだ。俺が例の事件関係で色々あって一浪したためだ。
ちなみに俺は沙織とは違う大学に進学した。都内ではあるがそこそこ離れているので、あまり会う機会はなかったのだ。
「……んで、あの子は?」
「ああ、今日は面談の日だから来れないんだよ」
あーね、と沙織は納得した様子で頬杖をついた。
「あんたはもう終わったんだっけ」
「ああ。半年くらい前に」
俺が答えると、沙織はカップに僅かに残ったコーヒーを飲み干した。
「ま、あんたのは大した事なかったからね」
こと、と白いカップをテーブルに戻してそう口にした。彼女は頬杖をついたまま何かを考えているように左のほうを見ていた。
「沙織」
俺の声に、沙織の瞳がこちらを向いた。
「あの時さ、俺たちをちゃんと止めてくれて、その、ありがとう」
その目を正面から見据えながら言う。すると、彼女は一瞬目を丸くした後に、気まずそうに目をそらした。
「……なに、急に」
「ちゃんと言えてなかったからさ」
そう返すと、沙織は所在なさげにおしぼりで手をふきながら続けた。
「……別に感謝されることじゃねーだろ。あたしはやりたいようにしただけだよ」
どことなく、負い目を感じているような口ぶりだった。
高校二年生の三月。俺が三枝美咲を匿っていることを沙織に見つけられた日。俺たちは直前に来ていた刑事に連絡をして自首した。
その後、逮捕、取り調べを受け、最終的に家庭裁判所で法の下に判決を下された。無罪、なんて都合のいいことなどなく、俺は犯人隠匿、美咲には過剰防衛の罪が言い渡された。
「それでもだよ。あのままいけばもっと取り返しのつかないことになってたと思う。沙織がいなかったら、呑気にお前とこんな風に話せてないよ」
そ、と素っ気なく沙織は返事を返す。相変わらず目は合わせてくれない。
「……でもさ、正直あんたはあのままでいたかったんでしょ。あの子と二人でさ」
「それは……わかんないな。そう思う気持ちもあったと思うけど、でもこのままじゃだめだってどこかでは考えてたんだと思う」
「ニュースにもなって、あんたたちのこと色んな奴らに好き勝手言われてたのに、それでもホントによかったの?」
パフェをスプーンでつつきながら沙織はそう問うた。
当然のことながら俺たちの件はそれほど小さくないニュースになった。家族や高校の人間含め、多くの人に俺たちのやったことが晒された。結果、俺と三枝美咲は退学処分となったのだ。
「良かったんだよ。それに、悪いことばかりじゃない。あいつに酷いことしてた奴のことももちゃんと公になったんだから」
美咲の兄と父。それに刺された店長。夏休みの夜に彼女を慰み者にした男たち。それらはすべて美咲の証言で法の執行を受けることになった。幸か不幸か、彼女が凌辱されている場面を収めた動画ファイルなども父のパソコンから見つかり、決定的な証拠となった。
彼らは強姦の罪で、父を始めとして多くが塀の中にいる。兄に関しては少年院送りとなった。
俺たちの件が小さくないニュースとなったのは、美咲が刺したことより、父の所業によるものが大きかった。父親が数年間にわたって実の娘をレイプしていたなど、メディアとしてもインパクトがあるものだからだ。
「……ま、割と早くに自首したからあんたたちの処分はそんな重くなんなかったし、良かったといえばそうかもね」
俺と美咲は罪に問われたものの、保護観察処分となった。定期的に保護司と面会する必要があるが、基本的に普通に生活ができる。美咲はまだ続いているが、俺は半年前に終わった。
「うん。──だから、ありがとう。沙織」
改めて感謝の意を口にする。幸せだが、常に不安が顔を出すあの生活。そこから救い出してくれたのは紛れもなく沙織なのだから。
「どういたしまして。……あんた、律儀だよね。ホント」
沙織がやっとこっちを向いてくれた。彼女はむずがゆそうにしながらも、そう答えた。伸ばした黒髪をくるくるといじっている姿が可愛らしい。
「それで、そっちは最近どうなんだよ」
「ん、あたし?」
ちょうど俺が頼んだものを店員が運んできた。話も一区切りついたので話題を変える。
「別に普通。ふつーに講義受けてバイトしてそこそこ遊んでるよ」
「サークルとかは?」
「特に」
「ふーん。あ、そういえば彼氏とかはできたのか?」
「いないよ。しばらく恋愛とかいーかなって。前付き合ってた誰かさんに浮気されたし」
沙織がジトっとした目を向ける。
「う……その件はごめんなさい」
これに関しては俺は何も言えないので謝るしかない。今でも彼女には酷いことをしたと思っている。
肩身が狭くなった俺を見て、沙織がくつくつと愉快そうに笑う。
「あんたこの話になるとなんも言えないよね。一生これでいじってやるよ」
「勘弁してくれ」
本気なのか冗談なのかわからない口ぶりに俺は苦笑するしかなかった。
彼女のパフェに盛り付けられたアイスが溶けかかっている。それを急いで口に入れる沙織。
「……んで、あの子とはどうなの」
バニラアイスを嚥下したあと、歯切れの悪い口ぶりで沙織はそう尋ねてきた。
「うまくいってるよ。あいつも最近はあんまり考えすぎることもなくなってさ、普通に生活できてる」
俺も運ばれてきたスイーツを一口食べてから答えた。
「そ。何もないならそれでいいよ」
「心配してくれてありがとな」
「してねーし。ちょっと気になっただけ」
むすっとまた目をそらす沙織。こういう素直じゃないところは変わっていない。
しばらく無言で甘味を味わう。舌が肥えている沙織が選んだ店だから、味は抜群だ。控えめなBGMも落ち着く。
そんな中、「あのさ」と沙織が切り出した。
「……これ、あげる」
沙織は傍らに置いていたバッグから封筒を取り出し、俺に差し出してきた。
「えっと、これは?」
「あの子がこの前行きたいって言ってた映画の舞台挨拶のチケット」
えっ、と驚きながら、薄緑の封筒を開けると、確かにチケットが入っていた。
「えっ、沙織、これどうしたんだよ」
「あの子の入学祝い」
「二枚入ってるんだけど」
「あんたとあの子が二人で行く用」
沙織はまだそっぽを向いたまま。橙色の店内照明に照らされた彼女の顔は僅かに朱がさしていた。
「ありがとう、沙織。あいつも喜ぶよ」
封筒を両手で大事に持って彼女に礼を言う。沙織は俺を一瞥して、「別に」とこぼした。
「……その代わり、さ」
チケットを自分のバッグにしまっていると、沙織が口を開いた。見ると、髪を梳きながら俺を見ている彼女と目が合った。
「あたしにも今度また付き合えよな」
ぼそ、と一言。
「ああ、もちろん」
ここまでしてもらって断る理由なんかない。大切な友人である沙織の頼みを。
沙織は俺の答えに満足そうに微笑んだ。
その後はしばらくお互いの近況を話したりして、夕方ごろに解散になった。別れ際、地下鉄の入り口で俺に手を振る沙織の意地悪そうな笑顔。夕焼けに照らされたそれを見て、やっぱりきれいだな、と思った。
二つほど電車を乗り継ぎ、自分の住む街に帰ってくる。日は沈みかけで薄暗い。住宅街に人影は少なく、家々の窓から明かりが漏れていた。
大学進学に伴って、以前住んでいた場所から大学に近いアパートに引っ越してきた。前のところよりグレードは下がったが、静かな場所だから俺は満足している。
アパートの階段を上り、自分の部屋の前に着く。鍵を取り出しながら、ドア横の窓に目をやるとほんのりと明かりがついていた。どうやら彼女はもう帰ってきているらしい。
「ただいまー」
ドアを開けて我が家に足を踏み入れる。香ばしい匂いと、ぱたぱたと足音がやってきた。
「──おかえり、優一くん」
そして、エプロン姿の彼女が出迎えてくれる。長い黒髪を後ろで結って、穏やかな微笑みを浮かべた、三枝美咲が。
高校の頃から大人びた彼女は今でも変わらず魅力的だ。背も少し伸びて、女の子から一人の女性に成長した。
当たり前のことなのに何故かうれしくて、自然と頬が緩んだ。
「うん、ただいま。美咲」
今一度帰宅の挨拶を返しながら靴を脱ぐ。鍵を閉めてから家に上がった。
「ごはんもうすぐできるよ」
「お、ちょうどよかった。いい匂いだけど今日はなに?」
「ビーフシチューだよ。私達の入学祝いにちょっとお高いお肉も買ってきたから期待してね」
「それは楽しみだなぁ。めっちゃお腹空いてきた」
何気ない会話を交わしながら居間に向かう、いつも通りの一幕。
大学入学が決まってから、俺と美咲は同棲を始めた。俺も引っ越したかったし、美咲も家族があの有様だからちょうどよかったのだ。
──それに、今は恋人同士だから。あの冬のような歪な関係ではなく、胸を張って言える関係になれた。
「いただきます」
テーブルについて二人で手を合わせる。互いの目の前にはサラダと白米、そしてごろごろと具が入った美味しそうなビーフシチュー。
「ん、おいしい」
スプーンで一口掬って味わう。熱々のビーフシチューは、ソースのコクと柔らかい牛肉が合わさってとても美味だった。
「ほんと? よかったぁ」
「俺はもう美咲には敵わないかな」
「そんなことないでしょ。こんなこと言ったらアレだけど、スーパーで買ったルー使ってるから誰でも上手に作れるよ」
「そうかもだけど、具とかいい感じに煮込まれてめっちゃうまい」
美咲はくすぐったそうにしながら、それを隠すようにご飯を口に入れた。
「今日は沙織ちゃんと会ってきたんだよね」
「うん」
「元気だった?」
「ああ、元気だったよ。いつも通りいろいろからかわれた」
そうなんだね、と口にして美咲はけらけらと笑った。
「そうだ、入学祝いに、って舞台挨拶のチケットもらったよ」
「え、ほんと? なんの映画?」
「『あじさい通りの殺人犯』って映画」
「わー、それこの前沙織ちゃんと会ったときにちょっと話した映画! わざわざチケットとってくれたんだ、嬉しい」
心底嬉しそうに顔を綻ばせる美咲。
三人で会うことはあまりないが、美咲と沙織は割と二人で会って遊びに行っているらしい。
あの事件があった直後は二人はあまり仲がいいとは言えなかった。特に沙織から美咲への矢印が。
だが、一度ちゃんとした謝罪をしてからは徐々に打ち解けていった。波長が合うのか、今では友人同士になっている。
「なんか、いいなぁ」
「ん?」
半分ほど食べたところで、ふと美咲の手が止まった。
「色々あったけど、友達もいて、ちゃんと大学にも入れてさ、君とも一緒に居れて。いいな、って」
伏せた目で、食べかけのビーフシチューに視線を落としながら美咲が口にする。
「──うん、いいよな。俺もそう思うよ」
一時期の美咲は酷く沈んでいた。相手が自分を汚していたとはいえ、人を傷つけてしまったこと。事件が明るみになったことで多くの人の目に晒されたこと。
そこから今のように明るい彼女に戻れて本当に良かったと思う。
夕食が終わり、風呂も済ませてお互いの時間が空く。そんな時、風呂上りでパジャマ姿の美咲が「ちょっといい?」と話しかけてきた。
五畳の寝室で、ベッドに並んで腰掛ける。
「今日の面談なんだけど」
そう切り出して美咲が話し始める。
「何もなければ来月あたりで終わりだって言われた」
「え、ほんとか?」
うん、と美咲が頷く。
保護観察の期間が終われば、あとは本当に普通の生活に戻れる。前科という決して軽くない枷はつくが、それは自分がやったことだからと受け止めるだけの覚悟はお互いにできている。
「それでね、前から保護司の人に勧められてたんだけどさ、今日面談のあとに産婦人科に行ってきたんだ」
そこまで言われて、少し身構える。だが、寝巻をぎゅっと握っている美咲を見て、少しでも安心させようと普段通りに相槌を返した。
「私の体、ちゃんと治療すれば治るかもしれないって言われた」
美咲の体。汚い男たちに好きにされて、子を孕まなくなってしまっていた。
「だから、ね……その、もし君がよければ、なんだけど──わっ!」
気づけば、俺は美咲を抱きしめていた。ふわりとした香りと華奢な体。それは緊張のせいかこわばっていた。
「しよう。ちゃんと治そう」
「え、あの……でもね、お金もかかるし、ほら、するとしてもまだ先の話で──」
「わかってる。大学卒業して、ちゃんとしたところに就職して、そしたら美咲の体をちゃんと治そう」
あまり冷静じゃなかった。自分の中の思いをそのまま言葉にしているだけ。
案の定、美咲はちょっと困ってしまっていた。
「……えっと、あの、さ」
耳元で美咲が囁く。自信なさそうに呼吸が震えていた。
「君は、私との子、欲しいの?」
「欲しいよ。だから、ずっと言おうと思ってた。でもビビってて言えなかった。ごめん」
美咲の体のことは、ずっと前から何とかしたいと思っていた。でも、とても繊細な部分のことだからと逃げていた。
そんなことをしていたら美咲から言われてしまったのだから情けない。
だが、美咲はくすりと笑った。
「優一くん、それプロポーズみたいだよ?」
言われて、確かにそうだと気づく。
「うん、俺はそのつもりだよ。美咲とこの先もずっと一緒にいたい。美咲との子供も欲しい」
でも、そのまま自分の気持ちを伝えた。ここで逃げたくなかったから。
耳元で彼女の息を吞む音が聞こえる。
「いいの? 私で」
「美咲だからいいんだよ」
ものすごくクサイことを言っている自覚はある。顔も多分真っ赤だ。抱き合って顔が見えなくてよかった。
「美咲以外は考えられない。だから、ずっと一緒にいてほしい」
腕を緩めて彼女と向き合う。こんな時はちゃんと美咲の目を見て言いたかった。
「結婚してください。──美咲」
流れるままに口にしてしまったプロポーズ。結婚指輪もない、場所は家の狭い寝室のベッドの上。
ロマンチックさなんてないけど、彼女は笑ってくれた。頬を染めて、瞳に小さな雫を浮かべながら。
「うん、私も優一くんと一緒にいたいです」
静かな声で、でも一音ずつ噛みしめるように美咲はそう答えてくれた。
その言葉に、胸の内から何かがこみあげてくる。嬉しさとか感動とか、そういったものを追い越した感情が。思わず涙腺が緩んでしまいそうになるが、それは何とかこらえた。
「──大好きだ。美咲」
愛してる、の言葉がふさわしいのかもしれない。だけど、何だか俺たちには違う気がした。
「私も、優一くんのことが大好き」
美咲も同じように答えてくれる。穏やかな、彼女らしい微笑みのままで。
その瞳がゆっくりと落とされる。それが何を意味するか、この世界の仕組みのように決まり切っている。
抱きしめる力をほんの少し強める。柔らかくて安心する感触が体に伝わる。
そのままそっと口づけた。初めてしたあの夜から変わらない感触。
この先の未来を誓いあうその触れ合いは、雪解けの春のような暖かなキスだった。
この作品はこのお話で完結となります。最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。