「やあ。悪かったね、急に呼び出して」
「いい。そんな事より…なんのよう?」
部屋に入ると峯岸 透は、ソファに座りながら余裕の笑みを浮かべていた。
ああ、この人はもう分かってしまっているんだ。
私はこの人に逆らえない。少し前ならまだきっと逃げられたかもしれないけれど、あの日、彼に抱かれた日を境に、それは決定的になったように思う。
特徴のないのが特徴で、同じの日の日直さえなければ、顔と名前が一致しないタイプの男の子。それだけ、本当にそれだけの関係だったのに。
好きも嫌いもなかった。知らない男の子相手の苦手意識はあったけれど、表面的には誤魔化せる程度の苦手が、今はこんなにも彼の事が嫌いになっている。
「いや、忘れ物をさ。恋人から貰った大事なものなんだろう」
「あ、それっ。返してっ…」
差し出された髪飾りを奪い取るように手を伸ばした。
あの日ホテルに置き忘れた恋人との思い出。
家についてようやく気づいた所で取りに戻れる訳もなく、ましてや、この人が持ってないかだなんて聞けるわけもなかった。
「乱暴だな」
「あ、それは。ごめんなさい…」
ケンカの一つも覚えておけばよかった。そうしたら、奪い取る前にビンタの一つも出来たのに。それどころか、自分の不躾な行動を指摘されて、反射的に謝ってしまっていた。
育ちが良いって程でもない。ただ、争いごとが苦手なだけで、人に合わせることばかり覚えてた。普段ならそれで問題は無かったのに、こんな人にまで思わず下手にでてしまう自分が悔しい。
「それだけ? だったら、私はもう…」
一刻も早くこの場から逃げ出したくて、奪い返した髪飾りをポケットに仕舞いながら後ずさる。これ以上彼に何かをされる前に、すぐにでもこの場から立ち去りたかった。
「あの写真のことなんだけどさ」
「やっぱり…消してなかったんだ。嘘つき…」
写真。そう言われて、私の足は止まってしまった。
彼がスマホを操作しているだけで、こんなにも身体が動かなくなる。
そうだよ。いつだって そうだった。
彼にスマホを向けられて、私は、そうしたら…おかしくなってて。
「まってっ! 写真はもういいからっ!!」
嫌な予感がした。私は慌てて彼のスマホに手を伸ばす。
だけど、そうするのにはもう遅すぎて「あっ…♥」と、聞こえた嬌声が耳に馴染むと、私の身体は固まってしまっていた。
スマホからじゃない。
カラオケの機械に繋げられたその声は、なによりも不安定だった私の心を掻き乱してくる。
「く、あ、やめ…」
同時に、部屋に設置されていたディスプレイが切り替わった。
CMばかりを垂れ流していた画面に、突然と私達がエッチをしている映像が流れ出し、心臓が凍りついてしまう。
「え、あ、なんで、うそ…いつ、撮って…」
写真どころの騒ぎじゃない。あの部屋にカメラなんて無かったはずだ。
スマホだって構える隙きもなかったし、最後は二人で眠ったはずで…。
「あっ、ふぁぁぁっ♥ んっ、やっ、はぁ、ぁぁっ♥」
彼のモノに貫かれ、恍惚の声を上げる自分の姿が目に焼き付く。
続く嬌声が鼓膜を揺らし、混乱と羞恥心に、頭の中がグチャグチャと掻き回された。
「なずな」
「な…やだ、だめ。よばな、いで…」
名前を呼ばれる度に心臓が跳ねる。この人の事が好きだって、恋人の顔が塗り替えられていく。
「ちが、彼は…こんなんじゃ…。君なんかとは、あ、やだ」
「なずなってば」
「違う、違うの。あなたなんか、恋人なんかじゃ…」
頭を振って彼の声を追い払う。現実を否定したくって耳を塞いで後ずさる。
でも、そこは狭い個室で、すぐに逃げ場をなくした私は、壁に背中を押されながら震え上がるしか出来なかった。
なずな、なずな、なずな。
呼ばれる度に心が震える。まるでオセロの駒みたいに、嫌いと好きとがひっくり返って、彼に好意を覚えてしまう。
それは、紛れもない愛情だった。
恋人に向けていたはずの感情が、彼の方へと流れを変える。
違うのに、違うのに。それでも、名前を呼ばれただけで、どうしようもなく嬉しくなってしまう。
「なずな、スカート捲って見せて?」
「あ、やっ…。でも、だって、透…くん? ここで、するの? だって…ココ」
「なずな、お願い」
ついには、彼の事を名前で呼び返してしまっていた。
まるであの日のように。でも、あの時と違うのは、私の自意識がまだ残っていることだった。
でも、その事に一体何の意味があったのか。
躊躇いもする。戸惑いもする。だけどそれは、カラオケで肌を晒すという非常識と、慣れない性への羞恥心からでしか無かった。
抱いていた嫌悪感ですらひっくり返される。
強く、強く。意識を保とうとして、彼のことを強く嫌うほど、それが裏返った時の感情は、より大きいものへと変えられていく。
「大丈夫だよ。一番奥の部屋だし誰も来ないって」
「それは…そうかも知れないけど」
「なずな。アレをみて?」
彼が指し示したディスプレイ。そこには変わらず、あの日、彼に抱かれたていた自分の姿が映っていた。
忘れたかった。信じたくなかった。なんかの悪い夢だって。
だけど、家に帰って、自分の部屋に逃げ込んでも、下腹部に残る違和感は消えてはくれず、何よりも、この動画に自分の痴態を掘り起こされる。
「やだ…。そんなの見せないでよ…恥ずかしい」
ゾクっと、身体が震えた。
嫌悪からくるものじゃない。だって、私は、この感覚を知っている。
彼に抱かれて、喘がされて、何も考えられなくなる程の快楽を知ってしまっている。
好きな人に求められて、愛されてるのが堪らなく幸せだった。
気持ちいい、気持ちいいって、頭の中はそればっかりで、思い出しただけでも、快感と興奮で胸が張り裂けそうになる。
嫌い、嫌いな、筈なのに…。
下腹部に熱が灯った。
性的な興奮が、身体を浮かれさせているのに気づく。
気づいて、だからって、私に何が出来たのか。
震える指先が、スカートの端を掴まえていた。
ぎゅっと手の平を握りしめ、ただでさえ視線を遮るには頼り無い布地を、ゆっくりと手繰り寄せていってしまう。
「あんまり…見ないで」
薄い桜色のショーツ。ブラジャーとお揃いで、セットの下着。
普段遣いにするには ちょっと過剰な装飾も、好きな人の為と思えば選ぶのさえ楽しかった。
見せたかったわけじゃない。けど、見られた時のことは気にかかる。
普段の私なら、それこそスポーツブラだとか、飾りっ気のないものでも良かった。でも、恋人が出来てからは、そんな私にも自分の女を意識する機会も増えていた。
「どうして? 似合ってるじゃないか?」
「透くんは…こういうの好き?」
「うん。ちょっと背伸びしたみたいで可愛いと思うよ」
「…」
褒められて、嬉しかったのに、それが何より悲しくなる。
だってそうでしょう?
好きな人に、もしかしたらって、だからこれは正しい感情のはずで。
ああ、でも、私の好きな人って、あれ、だれ…この人、だったっけ?
「それじゃあ、なずな? 今度は独りでして見せてくれるかな?」
「え? 独りでって…そんなの、私」
「した事ない?」
問い返されて無いとも言い切れず、彼から視線を逸した先に映る自分の痴態に、頭をクラクラと揺らされる。
気持ちよさそうだった。
傍から見てもそう思う。
あんな風にもう一度、彼と気持ちよくなれるなら。
その誘惑を振り払うための我慢はあまりにも辛い。
スカートを握っていた指先に力が入った。
知らないはずがない。私だって、恋人が欲しくなる程度には女の子だ。
分からない振りをして、友人同士のそういう会話から逃げるようにはしていても、恋人が出来てからは、そう無関係でもいられなくなっていた。
ネットで調べて、試してみる。
それぐらい誰でもやっていることを、私もただしてみただけ。
それが本当に気持ちいいと分かれば、煮えきれない恋心と一緒に、自分を慰めるくらいは当然していた。
「んっ、ふぅ…はぁ、ゃ、ぁ。つっ…あんまり、みないで」
消え入りそうな懇願が、意味を成さないのは分かってる。
左手でスカートを捲りあげながら、右手を伸ばし、さらけ出したショーツの上へと指先を這わせていく。
恋人に見せるために用意した下着なんだから、見られる分には構わない。
恥ずかしい事は恥ずかしいけれど、それでもやっぱり、期待が勝ってしまう部分もあった。
だけど、自慰を、オナニーを、人前でするのには当然抵抗はある。
だって、そんなの、独りでするからオナニーなんだって、こんな見られながらしていたら、ただのエッチと変わるものじゃない。
ぎこちない指先の動き。頼りない刺激がもどかしい。
いつもならもう少し大胆に動かしていた指先が、見られながらだと、おっかなびっくりになってしまう。
薄いショーツの布地の上から、ただ肌をくすぐるようにして触れる。
自分の性を見せつけるみたいで、割れ目の筋に触れることさえもままならない。
緩慢な刺激が単調に繰り返されるだけ。
初めてオナニーをした時だって、興味本位でもっと大胆にもしていたのに。
なんで?
刺激に慣れてくると、頭の裏でぼんやりと考え出す。
こんな時に、こんな所で、私は一体何をさせられているんだろう?
心がチクリと痛んだ気がする…。
隣の個室から聞こえてくる友人たちの歌声。でも、楽しそうにはしゃぐ声の中に私はいない。
好きな人と、カラオケで、エッチをさせられている。
自分からスカートを捲り上げ、今も下着の上から割れ目に指を這わせていた。
そのはずで、確かにそうなんだけど、こんな所でしちゃいけない事なんだけど。
決定的に何かがズレていた。
そのズレは頭の裏側に張り付いていて、振り返って確かめることさえも難しい。
流されちゃう。このままじゃダメ。
どうにかこの違和感の正体を思い出そうとしては見ても、淡い期待に縛られた心
と身体は、高まってくる性感の前に挫けてしまう。
もっと強く心を持てたなら。
今更そう思っては見ても、逃げ出すタイミングを見失しなった私は、ただ、割れ目の周りに触れるだけの可愛いオナニーを続けるしかなかった。
そんな拙い行為でも、触れているのは性感帯だ。繰り返せば繰り返しただけ性感は高まり、次の快感に期待して身体はどんどんと熱くなっていく。
「はぁっ…ぁ、んっ、ぁっ、ゃっ…はぁ、はぁっ…」
吐息が熱い。頭の中にまで染み込んできた性感が、私の思考を鈍くさせてくる。
気持ちがいい事、気持ち良くなれる事。それ以上に大切なことがなくなっていく。
下腹部に確かな熱が灯り、指先を湿らせたのは快感の雫だった。
「なずな。指、止まってるよ? もっと可愛い所みせて?」
「んっ。ゴメン、なさい…。続けるから、だから…」
名前を呼ばれて目が覚める。
だから…? だから何だって言うんだろう?
続ける言葉は思い出せず、僅かでも芽生えていた反抗心は、その言葉に摘み取られると、指先を彩る感覚に意識が移っていった。
ただ、指で触れるだけ。オナニーと言うには可愛い愛撫。
下着の上から女性器を撫で回し、ため息混じりにクリトリスに触れては、薄い肌の上に快感を塗り拡げていく。
こんなの見ていて一体何が楽しいのか。それでも、止めろと言われないままに、私は段々と自分への愛撫に没頭していった。
「んっ、はぁ…はぁ、っ。やっ、あっ、ふぅ…っ、はぁっ…ゃっっ!」
指先に感じる湿り気は、ついに下着を越えてエッチな水音を絡ませていた。
考えないように、何も感じないようにと思い込むほどに、手近な性感に気が散ってしまい、気がつけばクリトリスに触れる頻度が増していく。
何より私を狂わせたのは、ディスプレイに映る自分の痴態と、スピーカーから響く私の嬌声。
あんな格好で淫れて、あんな声で喘いで。
身に覚えのある快感に性感を刺激されると、更に身体を熱くさせられる。
「透くん、透くんっ」
ディスプレイの向こうで私が喘ぐ。
シーツと枕を掴まえながら、おちんちんの動きに合わせて腰が浮き上がる。
もうイッちゃうんだ。体験として、それは分かっていた。
「ぁっ、んっ、っぁぁぁ、やっ、あっ、ふぅっ、ふぅっ…はぁ…!!」
それにつられるように私の息も上がっていく。
気持ちが高ぶり、快感以外なんにも分からなくなっていくと、指先はより強い刺激を求めだす。
薄いショーツの布地。桜色を滲ませた愛液。
クリトリスに吸い寄せられた食指はいつしかそのままに、離れる事も忘れて快感に没頭する。
滲んだ愛液が下着との境界を薄くすると、直接触れたような刺激に、私はゾクリと背中を震わせた。
指が止まらない、溢れ出した快感に溺れていく。
彼に見られてる事も忘れ、高まってくる快感に意識に白い靄が掛かる。
「あっ♥ つっ! んっ!! はぁ、はぁっ、ふぁ、あ、やだっ、もう…」
快感に自制心が崩された。緩んだ口元、荒くなる呼吸の隙間から嬌声が溢れ出す。我慢しようとして息を飲み込み、けど、次の瞬間にはまた、胸一杯に膨らんだ快感が声になって喉が震えてしまう。
「ね、ねぇ…もう、いいでしょ? 私…これ以上は…」
自分の情事を見せつけられながら、彼の目の前で自分を慰める。
それだけでも恥ずかしさで死んでしまいそうなのに、絶頂を晒すなんて、とてもじゃないけど耐えられなかった。
透…キス、して?
画面の向こうでキスを交わす私達。幸せそうに心と身体が重なっていく。
不思議な感覚だった。彼に抱かれた実感だけは残っているのに、その場に自分がいなかったような感覚。
愛されて、気持ち良くて、幸せで。だったらいいか、それの何が悪いのかって、深く考えることすら難しくさせられる。
情事が終わり、映像が途切れると、見慣れたカラオケのCMに切り替わっていた。
やっと終わった。息を吐きだしながら身体から力を抜いていく。
だけど、イケなかった。見られていたせいかなのか、カラオケの個室という場所のせいかなのか、緊張で強張った身体は上手く快感を受け止められず、中途半端に昂ぶったまま、宙ぶらりんとお預けをされて、もどかしさだけが身体に残る。
「ねぇ? もう、良いでしょ? 私そろそろ戻らないと…」
早く皆の所に戻って、何でも無い振りをしなきゃいけないのに。
でも、誰に、なんで誤魔化さなければいけなかったのか、引っかかった疑問の相手に思い当たらず、ますます混乱してしまっていた。