「あーあ……やっちゃったよ」
校舎の屋上のフェンスに腰掛けて明音は小声で呟いた。今日は休日だからなのか、この清陵高校に人気はない。明音は肩に鎌を担いだまま、ポケットから煙草を引っ張り出した。遠く、グランドでは要が操るロボットが動いている。ちらりとそれを見てから明音はやれやれとため息をついた。
「まあ、別に断罪の対象にはならなかったみたいだけど」
「そんな真似、おれがさせると思うのか?」
唐突に声がする。明音はおや、と笑って隣に現れた水輝を見上げた。久しぶり、と笑って手を上げてみせる。すると水輝は渋面になって手にしていた鎖を持ち上げてみせた。真っ白な鎖の先には小さな少女が拘束されてぶら下がっている。
「あーあーあー。水輝ちゃんって虐待趣味持ち?」
「阿呆。抵抗するからに決まってんだろ?」
明音の笑い混じりの言葉に水輝が渋い顔で言い返す。それから水輝は無断で明音のシャツのポケットに手を伸ばし、煙草を抜いた。明音は苦笑して指を鳴らした。指先に灯った火に水輝が顔を近づける。明音もそれで煙草に火を点けた。
「ったく。変な格好してんなよな。探したぞ」
「意外に早く見つかっちゃったなあ。これでも隠れてたつもりなんだけど」
嫌そうに告げた水輝に明音は気楽に笑って答えた。すると水輝がやれやれとため息をつく。それから水輝は明音の隣に腰を下ろした。手にしていた鎖を無造作に明音に放る。鎖に縛られた少女は口もふさがれているらしい。一声も発さずにぎらりと水輝を睨み、次いで明音を睨む。
「ハイエナから鴉を辿った。……あんま、悪趣味な真似すんな」
そう言って水輝がため息をつく。どうやらこちらの事情は読まれているらしい。明音は苦笑して肩を竦め、短い髪に指を突っ込んだ。浪人生を連想させるくたびれた格好のまま、明音は背を丸めてみせた。らしいでしょ、と笑うと水輝が喉の奥でけっ、と答える。
弾かれた多輝の肉体は一気に散った。そして同時に多輝に嵌められていた枷の一つは弾け飛んだ。明音はぼんやりと考えながら眼下を見下ろした。地下には優一郎の仕切る施設が埋まっている。受け取った太い鎖を手の中でもてあそびながら明音は苦笑した。
「そんで? 新婚さんなのに何してるの? 水輝ちゃんは」
まさかオレに売りにきた訳じゃないしょ? そう言いながら明音は手にした鎖を軽く掲げてみせた。すると当り前だ、と水輝が低い声で言う。
「そもそもまだ結婚はしてないっての。立城は忙しいし、おれもこの通り、流浪の民を探してたんでな」
ろくにそれらしいことはしてないな。そう呟いて水輝が不機嫌そうに顔をしかめる。おやおや、と笑って明音は手にした鎖を引いた。それにつられて少女が宙を漂って明音の前に来る。するとそこで少女は細い足をめいっぱい蹴上げた。向こう脛を容赦なく蹴られた明音は悲鳴を上げて足を押さえた。
「ううう、痛い」
「使い魔にあるまじきじゃじゃ馬でな。下手に近付くと噛み付かれるぞ」
涙目で足を押さえていた明音に水輝が低い声で言う。もしかしたら水輝もここに来るまでに痛い目を見ているのかも知れない。明音はそんなことを思いながら横目に水輝を見た。
「それで? コレ、どーすんのさ。食っていいならありがたくもらうけど?」
そう言いながら明音は口を開けて歯を指差してみせた。あっという間に犬歯が伸び、鋭い牙になる。すると水輝が阿呆、と言って明音のわき腹を肘で小突いた。明音はふむ、と呟いて牙を納め、手の中の鎖と水輝とを見比べた。
「いや、あのねぇ。オレも慈善事業家じゃないんでね。ほいほい持ってこられても困るわけよ」
「お前、こないだ何やらかしたか考えて喋ってるか? おれだってボランティアで火藍の器壊したり、立城止めたりした訳じゃねえんだがな」
だらしなく笑いながら言った明音に水輝がどすの利いた声で告げる。明音はあはは、と力なく笑ってからがっくりとうなだれた。
「誰が絵美佳ちゃんに頼むと思ってんだよお。絵美佳ちゃんがタダでやると思う? そんなこと」
水輝の考えていることを何となく理解して明音はぼやいた。すると水輝が難しい顔をして腕組みをする。確かにただじゃやらないかもな、と呟いて水輝は低く唸った。明音はため息をついて目の前を漂う少女を見た。幼い姿をしてはいるが、それは間違いなく桜という名の立城の使い魔だろう。が、このたびの桜は使い魔としては少々、雰囲気が異なっている。
「ヒューマノイドにする訳にはいかない。使い魔は主に絶対服従を誓う存在だが、人形じゃないからな。逆に人形だと困るんだ」
「多輝ちゃんみたいなもん? アレも実はわざとあの形のままにしといたんしょ?」
水輝の言葉に続けて明音は顎をしゃくった。水輝が苦笑してさあな、と呟く。明音はため息をついて手にした鎖をたぐり寄せた。嫌がって頭を振る桜の顎を乱暴につかんで検分する。桜の思惟は使い魔としては少々、強すぎる。かと言って人のそれともまるで違う。どちらかと言えば、魔と呼ばれる者に近い。
「こりゃダメだわ。放っといたら人を食いそうなカンジ」
素直に感想を述べてから明音は桜から手を離した。軽く頭を押して鎖が伸びるぎりぎりのところまで桜を遠ざける。
「目はいいんだな」
「おかげさまで雑種なもんでね。何となく見えるんだよねえ」
感心したような水輝の声に明音はだらしない笑みを浮かべて答えた。それで、と明音は言葉を継いだ。
「どーすんのさ。いっそのこと作り変えちゃった方が早くないかなあ。手を下すのがイヤって言うんなら代わりに殺したげよっか?」
気軽に言って明音は横目に水輝を見た。水輝が困ったように笑って首を横に振る。どうやら水輝自身にも桜を殺す気はないらしい。確かに水輝にその気があれば、あっという間にこの程度の使い魔なら粉砕されるだろう。
「立城が嫌がるんでな。その案は却下だ」
「うわ、アマアマ。水輝ちゃん、ほんっとにオンナには甘いねえ」
男には無茶苦茶厳しいのに。そう言いながら明音は頭をかいた。すると当り前だ、と水輝が胸を張る。威張ることじゃないっしょ、と明音は呟くように言った。
「んで? ご希望サイズはいかほどで?」
半ばやけくそで明音は訊ねた。すると水輝が笑ってそうだな、と呟く。
「奈月くらいかな。そいつの世話は奈月に頼むつもりでな。多輝の見張りも兼ねてこの学校に来学期から通ってもらおうかとも思ってるんだ」
ふうん、と呟いてから明音はあれ、と目を見張った。
「水輝ちゃん、多輝ちゃんのこと名前で呼ばない主義じゃ……」
そこまで言ってから明音ははたと気付いた。しばし考えを巡らせてから明音はなるほど、と呟いた。水輝にとって多輝という存在は、これまでの肉の器を帯びた者ではなく、今現在の力で構成された器に対するものだったらしい。それ故に水輝は頑なに多輝の名を呼ばないままでいたようだ。
「ほんっとに水輝ちゃんってオンナにはアマアマだよね。そんなに多輝ちゃんが可愛いかね」
呆れた気分で明音は言った。すると水輝が意味ありげに笑う。
「何だ。やきもちか? 何ならお前も名前で呼んでやろうか? あか」
「うわあああ! 待った! オレが悪かったからっ」
水輝の声を遮って明音は盛大に喚いた。こんな器に入っている時に水輝に呼ばれたら、それこそどうなるものか判ったものではない。明音は肩で息をしながら短くなった煙草を手の中で握り潰した。消し炭と化した吸殻を風に流し、新しいものを咥える。水輝も同じように煙草の吸殻を消し去った。
「あーあ。もう。オレっていっつも損な役回りだよねぇ」
不服を零しながら明音は立ち上がった。フェンスの上に立ってグランドを眺める。大きなロボットがグランドの中央で手足を動かしている。
「……阿波踊り?」
「……らしいな」
疑問いっぱいに呟いた明音に水輝が平坦な声で同意する。動作チェックを兼ねているのだろうが、それにしても間抜けだ。明音は頬を引きつらせて要ちゃんらしいよ、と呟いてから水輝に目をやった。風にコートの裾をはためかせながら水輝が立ち上がる。
「じゃ、頼んだぞ。ああ、そうだ」
手を上げて言った水輝がふと気付いたように声を上げる。明音はなに、と首を傾げてみせた。
「この間はありがとな。おかげで助かった」
それだけ言って水輝が姿を消す。何のことだろう、と考えてから明音は思わず吹き出した。どうやら水輝は先の件で莢花をけしかけたのが明音だということを知っていたらしい。もしかしたら最初から水輝はその礼を言うつもりだったのだろうか。そんなことを考えながら明音はしばらく一人で笑っていた。
エピタイ通りですw