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手の中に握った携帯端末の液晶ディスプレイと目の前の家とを見比べて奈月はよし、と気合をいれた。教えてもらった住所はここで間違いはない。奈月は立ち並ぶ家の中で一際、メルヘンチックな雰囲気を放つ小さな家のベルを鳴らした。パステルカラーの家に相応しい軽やかな呼び鈴の音が響く。次いでインターフォンから女の子の声が答える。
「こんにちは。笹原さんのお宅でしょうか? わたし、吉良瀬奈月と申します」
ケーキ良し、手紙良し、身だしなみも良し。奈月は心の底でチェックしつつそう告げた。すると女の子の声が肯定して少し待つように言う。奈月はそわそわしながら玄関が開くのを待った。
ほどなく足音が聞こえてきて玄関が開く。現れたのは先日、優一郎の研究施設で見た少女だった。
「吉良瀬奈月様、いらっしゃいませ。学さんがお待ちです」
笑顔で言われて奈月は会釈をして玄関に入った。
「お邪魔します」
そう告げた奈月に少女が嬉しそうに頷く。少女は柔らかな萌黄色のワンピースを身につけている。フリルがたっぷりとあしらわれたその服は優しい少女の面立ちにとてもよく似合っていた。
少女に案内されたリビングにいた学が笑顔で奈月を出迎える。
「まああ! 今日も一段と可愛いわっ、奈月ちゃん! いらっしゃい!」
嬉しそうに言って学が奈月にソファを勧める。奈月は笑顔で頷いて手にしていたケーキの箱を学に差し出した。
「んまあ! これ、奈月ちゃんが作ったの!?」
驚いた顔でケーキの箱を受け取り、学が少女を呼ぶ。どうやら少女の名は文というらしい。文ちゃん文ちゃんと呼ばれた少女が慌てたように学に駆け寄る。学にケーキを見せられた文もうわあ、と歓声を上げた。
「早速、みんなで頂きましょっ! 文ちゃん、お紅茶お願いね」
嬉しそうに言って学が文にケーキを手渡す。文は笑顔で頷いてケーキの箱を手にリビングから去っていった。続いて奈月はショルダーバッグから一通の手紙を取り上げた。水輝に頼まれていた手紙を学に差し出す。
「水輝さんからの伝言です」
「あらぁ。水輝くんからなの? まーた厄介事かしら」
そう言って笑いながら学が奈月から手紙を受け取る。どうぞ、と奈月にソファを勧めてから学はその正面に腰を下ろした。腰掛けた奈月にごめんなさいね、と断って学が手紙の封を切る。折り畳まれた便箋を開いた学の顔からすっと笑みが消える。しばし黙して手紙を読んでから学は便箋を畳んで封筒に戻した。その時にはもう、学の表情はいつものそれに戻っていた。
「いやぁねえ、もう。水輝くんったら、メールで送ればいいのにねぇ」
笑いながら学が封筒をスーツのポケットに入れる。奈月は黙ってそんな学を見つめていた。
「それより! 昨日の奈月ちゃんのドレス、素敵だったわぁ! お仕立てしてもらったのよね?」
にこにこと人好きのする笑みを浮かべて学が言う。
「はい。紫さんのドレスのついでに作っていただいたんです」
にっこりと笑って奈月は答えた。するとほう、と学がうっとりした顔でため息をつく。
「やっぱり女の子は可愛い服が似合って素敵よねぇ。文ちゃんも可愛いドレスが似合うから、着せ甲斐があるのよぉ」
嬉しそうに言いながら学が首を傾げてみせる。相変わらずの学の様子に奈月は微笑を浮かべた。が、そうしていても学の様子がかつてと違っているのは判る。学は出来るだけ人に判らないように隠しているらしいが、奈月の目にははっきりと学の身体が病んでいることが見えてしまうのだ。
しばらくして文が三人分の紅茶とケーキを運んでくる。奈月の作ったケーキはちょうどいい大きさにカットされ、それぞれの皿に乗せられていた。アタシはおっきい苺ね、と笑って告げて学が真っ先にケーキの皿を取り上げる。
「あら、ちょっとごめんなさいね。電話みたい」
三人で談笑しつつケーキをつついていると、学がそう言ってスーツのポケットに手を入れる。携帯電話を取り出して学は事務的な会話を始めた。その間に奈月は手にしていたカップを傾けた。紅茶もケーキもとても美味しい。水輝に託された手紙もちゃんと渡せたし、こうして学たちと楽しくおやつも食べられた。後はもう、することはない。その筈なのに奈月は妙に落ち着かなかった。
「んもぉ。休日狙ってかけてくることないのにぃ」
ぼやきながら学がポケットに電話を戻す。いやあねぇ、と笑って学がケーキの皿を取り上げる。文が紅茶のおかわりを持ってきます、と立ち上がった。空っぽになったポットを持って文がリビングから消える。
「あの、学さん!」
奈月は伏せていた目を上げて真剣な表情で学に呼びかけた。
「あら、なあに?」
いつものようににこやかに学が返答する。だが学は奈月の真剣な様を見て取ったのか、不思議そうに首を傾げてみせた。
「お身体のことです。あの、わたし……」
途中で戸惑いに言葉を切ってから奈月は唇を引き結んだ。学の顔からすっと笑みが消える。奈月は思い切って頷き、学を真っ直ぐに見つめた。
一応、学は男です。