奈月は胸の前に手を組み合わせ、目を閉じた。銀色の輝く宝珠の姿を思い描く。すると奈月の器から銀色の宝珠が手の中に引き寄せられた。奈月は銀宝珠を両手に包み、学に向かって掲げた。
「天と地と冥界を繋ぐ使者よ。生命の礎、命の源を我が宝珠に満たさん」
奈月が言葉を紡ぐと手の中の銀宝珠が光を帯びる。吸い寄せられるように学がそれを凝視し、自慰をしていた文も息を飲んで手を止め、宝珠を見上げた。
「我、金の娘として、この者の魂と器を選びし記録を調べん」
金色の光が奈月の体から溢れ、揺らいで学の体に纏わりつく。学は焦ったように身を捩りかけて、慌ててその場に静止した。リボンのような帯状になった金色の光がしばし学に纏わりつき、唐突に天と地に向かって分かれる。その後、光は天井の向こうと地面の下から奈月に戻ってきた。
「えっと、あの、うそっ!」
驚愕に素っ頓狂な声を上げて奈月は目を見張った。目の前に立っていた学がその声に驚いたのか、びくりと身を竦めて困惑した面持ちになる。床に座した文は唖然として奈月を見つめていた。
「あっ、あの! 大丈夫です! 失敗はしないと思いますけど、あのちょっとびっくりしただけで」
アレンジしないと、と涙目になって奈月が呟く。
「ちょ、ちょっと! どーゆーこと!? なになに、ナニがあったのよぅっ!」
動揺した顔で学が言う。だが奈月は懸命に心の中で水輝に教わった呪文を繰り返してみた。が、どう考えても水輝の教えてくれたままでは呪文は使えない。
「我、見出したり。十三番目の柱」
「……へ?」
学が間の抜けた声を上げる。奈月は涙目のままで呪文を詠唱した。
「性愛を司る者。淫魔の王にして女王。我見出したり。我、目覚めを促さん」
そう奈月が詠唱した瞬間、銀宝珠が強く輝きを帯びた。銀色の光が一気に学の体に注がれる。学が情けない悲鳴を上げてソファにへたり込む。だがそれでも奈月の掲げる銀宝珠の光の流れは止まらなかった。
硝子の砕ける音がする。直後、学が目を見張って頭を両手に抱えた。
「いやあああああああぁん! 身体中を気持ち悪いムシっぽいのが通ってるぅぅぅぅ!」
悲鳴を上げて学が身体を捩る。ああん、大群よぉぉぉ、と叫んで学がぶんぶんと頭を振る。奈月は涙目のままで懸命に銀宝珠を支えていた。下手をすると持っていかれそうな勢いなのだ。
「あと、十分くらい我慢してください。力、まだまだ来ますから」
泣きそうな顔で奈月は言った。すると学が悲鳴を上げる。
「十分! ウジの大群が十分! ひぃぃぃぃぃぃぃい!」
いやいや、と頭を振りながら学が叫ぶ。奈月は泣きたくなりながら手の中の銀宝珠を見た。だが銀色の光は止まる気配がない。それどころかまるで嫌がらせのように勢いが増す。
「今纏っている身体を放棄してください。再構成されますから!」
「そんなこと言われても、アタシには判んないわよぉ!」
泣きじゃくりながら学が喚く。確かに学には全く事態が把握できていないだろう。だが奈月も宝珠を支えるのが精一杯で、とても学の器を破壊することまでは出来そうにない。それに何より、奈月は何がしかを破壊するために力を使ったことがないのだ。
不意に空間が歪む。唐突に学の背後に現れた影に奈月はぱっと顔を輝かせた。悲鳴を上げている学の背後で水輝が鋭い息を吐いて真紅の刀を揮う。その瞬間、座っていたソファごと刀は学の器を破壊した。続いて元居た場所に学の体が再構成される。
現れたのは青年の姿をとった学だった。気絶してしまったのか、宙に浮かんだ学の身体に銀色の光が注がれ続ける。
「水輝さん、聞いていたのとかなり違うんですけど」
大丈夫ですよね。奈月は涙目でそう呟いた。鍔鳴りの音を立てて刀をしまった水輝が苦笑して頷く。呆然と目を見張っていた文がぐらりと揺れ、床に倒れる。どうやらショックのあまり、こちらも気絶してしまったらしい。
「どうも当たりだったらしいな。さすがにあちこち手を入れまくってておれもはっきりとは判らなかったんだが」
言いながら水輝がのんびりと刀を肩に担ぐ。
「当たりって」
泣きそうになりながら奈月は問い掛けた。すると水輝が手を伸ばして奈月の頭をなぜる。すると途端に奈月を引っ張ろうとしていた力が軽くなった。どうやら水輝が銀宝珠の力を上手く調整してくれたらしい。
「だからおれもはっきりとは判らなかったんだって。もしかしたら人間かも知れない。でも学は学じゃなくなるかも知れない。賭けだっつったろ」
呑気に言いながら水輝が煙草に火を点ける。これって当たりどころじゃなくて、大当たり特賞ハワイ旅行くらいなのでは。そう思いながら奈月は学を見た。宙に浮かんだ学の身体に銀色の光は吸い込まれていく。
「学が淫魔の王か。……人間の身体でやりすぎだ、阿呆が」
んな真似するから身体壊すんだ。衒いもなく言って水輝が宙に浮かんだ学の頭を刀の鞘でどつく。だが気絶したままの学は何の反応もしない。
「あの、王にして女王です」
「……あ、そか。おかまだしな」
真顔で言って水輝が頷く。だが今現在の学の身体は紛れもなく男性体だ。もしかしたら直前に文の自慰を見ていたためかも知れない。多分、本来の学は先ほどまでの学と同じように見た目は女性体なのではないだろうか。そして恐らく両性を有しているのだ。
やがて銀色の光が納まる。それと同時にゆっくりと学の身体が降り始める。水輝が刀を床に置き、学を両腕に抱きとめる。床に静かに学を横たえ、水輝は指を一度鳴らした。すると学があっという間に服をまとう。奈月は銀宝珠をいそいそと納めてから学の顔を恐る恐る覗き込んだ。
「無事ですね……」
学が穏やかな寝息を立てていることを確認して奈月はほっと息をついた。すると水輝が小さく笑う。
「おつかれさん」
そう言って水輝が奈月の頭にぽん、と手を乗せる。次いで水輝は当り前のように奈月を片腕で引き寄せた。素直に目を閉じて奈月は水輝の口づけを受けた。
「水輝さん……」
うっとりと呟いてから奈月ははっと目を見張った。
「水輝さん! 文さんが!」
慌てて言って奈月は床に倒れた文の傍に膝をついた。文は腰をぎこちなく動かし、股間から煙を吹いている。文は泣きながら股間に手をあてがっていた。
「お願いします。見ないで……ください。私は、学さんのものですから」
文が涙ながらに訴える。その間に水輝は床に横たわる学を蹴り始めていた。
「おら! 起きろ! そしてさっさとあの女を抱け!」
「んもー! 痛いじゃないのぉ!」
何度目かに水輝が蹴った時、学が低い声で喚いて身を起こした。そしてはっと息を飲んで慌てたように文に取りすがる。
「大変! こうしちゃいられないわ!」
声高に叫んで学は文を抱え、脱兎の如く部屋を駆け出して行った。階段を駆け上がった学がドアを開いた音がする。小さな文の悲鳴が聞こえ、その後、奈月と水輝のいるリビングの真上の天井が軋む音を伝えてきた。やっほう、という学の歓声と文の喘ぎ声も聞こえて来る。
「……まー、説明とかは後でいいだろ。どうせあいつはあらかたおれ達のことは知ってるんだしな」
やれやれと頭をかいて水輝が床から刀を拾い上げる。奈月は真っ赤になりながら曖昧に頷いてみせた。水輝が苦笑して奈月の肩を抱き寄せる。その後、奈月は水輝と共に学の家から姿を消した。
エピソードが長いので切ってあります。
途中で奈月と水輝が場所を移動しちゃうので……(汗)