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施設内に突如として現れた異様な気配に優一郎は驚いて顔を上げた。同じく優一郎の部屋で魔法の練習をしていた多輝が同時に顔を上げる。
「……何だ? これ」
そう言いながら多輝が身震いして自身の身体を抱きしめる。優一郎は訝りに眉を寄せて気配を辿った。施設内に張り巡らせていた結界の一部が完全に消滅している。そこに気配ははびこっているのだ。
「あの部屋は!」
はっと気づいて優一郎は慌ててキーボードを操作した。設えられたディスプレイに渚のいる部屋の様子を映し出そうとする。が、何らかの力が働いているからだろう。映し出されたのは砂嵐だけだ。
「なんか……気持ち、悪い」
そう呟いて多輝が苦しそうに身を折る。優一郎も気分の悪さに顔をしかめた。どうやら唐突に現れた者が放つ力が桁違いに強いらしい。その気配にあてられながら優一郎は椅子から立ち上がった。
警報が鳴り響く。優一郎は慌てて壁のスイッチを押した。すると壁が大きな音を立てて沈み、たくさんの並んだモニタが現れる。優一郎は急いでモニタの電源を入れた。施設内のあちこちに仕掛けられたカメラから送られた映像が表示される。それを見た優一郎は息を飲んだ。廊下や部屋、施設内の至るところでヒューマノイドたちが倒れている。その中には要の姿もあった。脱力した要を抱えた白銀が険しい表情でどこかを見つめている。どうやら白銀も力は十全でないにしろ、この異変に気づいたようだ。
「多輝、蒼と一緒に皆がこの施設から退避するように誘導を頼む」
「判った」
苦しそうに顔を歪めつつも多輝が頷く。その後、多輝の姿はその場からかき消えた。蒼はまだ優一郎の施した術に捕まっている。それを迎えに行ったのだ。優一郎はしばし多輝の消えた場所を見つめてから電話を取り上げた。が、番号を押しかけて中断する。いま、この現象を立城に伝えたところで、恐らくどうにも出来ないだろう。何しろ現れた気配は桁違いの力を持っているのだ。
不気味な気配には間違いなく水輝の波動が含まれている。が、その思惟は全く読めない。優一郎は部屋を駆け出して真っ先に要の部屋に飛び込んだ。ノックなしで扉を開けた優一郎を白銀が鋭い目で睨む。
「白銀さん、要さんを始め、ヒューマノイドの避難誘導をお願いできますか?」
「避難って、どこにだ? この辺り一帯は使い物にならないぞ」
そう言いつつも白銀が要を両腕に抱えて立ち上がる。
「範囲が読めるなら、範囲外へお願いします」
「判った。やってみる」
早口で告げた優一郎に頷いて白銀は慌ただしく部屋を出て行った。優一郎も続いて要の部屋を出て研究室の一つに向かった。先を走っていた白銀がキッチンに飛び込み、中に倒れていた梨恵を片腕に抱え上げる。肩に要を、腕に梨恵を抱えた白銀の姿を確認してから優一郎は研究室に飛び込んだ。
むっとするような濃さの気配に顔を歪め、優一郎は急いでドアを閉めた。渚の使っていたメンテナンス室はこの奥だ。優一郎は身の回りに結界を敷いて別の部屋にいる斎姫を傍に呼び寄せた。一瞬で優一郎の傍らに斎姫が現れる。
「優……くん。何? これ?」
呆然とした面持ちで斎姫が呟く。優一郎は腕を伸ばして目の前にある見えない壁に触れた。途端に腕そのものが痺れ、壁に弾き返される。どうやら気配の主はこの場に何重にも結界を張っているらしい。
「だが、ここは僕の城だっ!」
力を込めて叫んだ優一郎の言葉に一瞬、壁が揺らぐ。優一郎は鋭い目で見えない壁を睨みつけた。陽炎のように揺らいだ壁がまた元の形に戻ってしまう。
「この力は……そうか」
優一郎はそう呟いて目を細めた。結界が音を吸収しているのか、自分の声がいつもと違って聞こえる。隣で不安そうな顔をしている斎姫にちらりと目配せして優一郎は結界を力を使って読んだ。
細かく編まれた結界には術者の癖がどうしても出る。間違いない。中に居るのは水輝なのだ。だが水輝はこんな異様な気配など持ってはいなかった。それに渚の許を訪ねるだけなのに、わざわざ結界を張る理由がない。
「なるほどね。あの時の多輝と同じか」
にっこりと笑って優一郎は呟いた。冥界を共に訪れたあの時、多輝の身体には間違いなく別の誰かが入っていた。
「誓約の管理者として明らかにせん。誓約の監査のためこの場の中へと立ち入りを行う」
静かに告げて優一郎はおもむろに歩み出した。慌てた声を上げた斎姫を置いてゆっくりと歩を進める。するとそれまで優一郎を頑なに拒んでいた結界の一部が溶けた。何の抵抗もなく優一郎は一枚の結界を越えた。そこで振り返る。斎姫はドアの傍に佇んで固唾を飲んで優一郎を見守っている。
あっ、9月は30日までですね!
予約に気をつけないと(汗)