あ、エロシーンはありません。
「あの、水輝さん、誓約を果たしていただきたいのですけど」
にっこりと笑って優一郎は告げた。が、床に沈んだ水輝はぴくりとも反応しない。不思議に思って優一郎は水輝に歩み寄った。そっと水輝の額に指を当てる。気配を読んだ優一郎は僅かに目を細めた。
どうやら紫翠は厄介なものを残していったらしい。水輝は辛うじて戻ったようだが、二人に施された術は進行中だ。
「奈月さん。水輝さんがピンチです」
優一郎は天井を仰いで思惟を飛ばした。その直後、その場に奈月が現れる。手に何故か海外旅行のパンフレットを握りしめていた奈月は床に崩れた水輝に駆け寄り、悲鳴を上げた。
「時空関係の魔法だと思われるんですけど。解けます?」
優一郎は水輝に取りすがる奈月に慎重に告げた。すると奈月がじっと水輝を見つめ、あたふたと周囲を見回す。
「あの、えっと、その。翠さん! お願いします、逢坂さんでもいいです! 来て下さい!!」
泣きながら奈月がそう叫ぶ。するとその場の空気が揺れ、今度は見知らぬ青年が現れた。優一郎は静かに長髪のその青年を見つめた。翠色の美しい髪と瞳を持つ青年が奈月を見つめる。
「……相変わらず乱暴な呼び出しだ」
感情のない声で告げた青年が水輝の傍に屈みこむ。
「あのっ、突然のお願いでもうしわけありませんけど、水輝さんとお姉ちゃんにかかってる過去へ向かう術の発動を止めてください。お願いします!」
懸命な面持ちで奈月が叫ぶ。それを聞いた青年が静かに水輝を見つめ、次いでベッドに横たわる渚を見る。その後、青年は立っていた優一郎を見た。翠色の眼差しは冷ややかで、感情は読み取れない。
「一つ、お前に問いたい。構わないか?」
そう告げた青年の言葉は奈月ではなく優一郎に向けられていた。
「あっ、はい。なんでしょう」
何事だろうと不安に思いながら優一郎はそう答えた。すると青年が立ち上がり、じっと優一郎を見つめる。
「あらゆるまやかしに溢れたこの世界をどう思う?」
抑揚のない声で青年が訊ねる。しばし考えを巡らせた後、優一郎はおもむろに口を開いた。
「何がまやかしなのか、僕には判断できませんが、世界については知るべき時が来たら、もっと知りたいと思います」
確かめるようにゆっくりと答えた優一郎に青年がごく僅かに笑みかける。その笑みはだが、すぐに消えた。再び冷ややかに青年が優一郎を見つめる。
「お前もこの者たちを助けたいと願うか?」
もし放置すればまやかしごと世界は消える。青年がそう付け足す。優一郎は床に倒れた水輝と渚とを見比べた。渚は目は開いてはいるがぴくりとも動いていない。対する水輝も呼吸はしているらしいが奈月の呼びかけにすら無反応だ。優一郎はその二人を見つめてからそっと手を開いた。
右手の中で青いサファイアの粒が蛍光灯の光を反射する。
「はい。そもそもそのために僕は奈月さんを呼びましたから」
笑顔で答えた優一郎に青年が頷く。
「どうやら愚問だったようだ」
呟くように言ってから青年が口の中で何事かを呟く。だがその言葉は優一郎には理解出来なかった。しばし呟いた後、青年がまず水輝に手のひらをかざす。するとその手のひらから淡い翠色の光が水輝に注がれた。その後、青年が今度は渚にも同じように手のひらをかざす。
翠色の光を受けた二人の器がじわじわと再構成される。
「金色の娘よ。じきにわたしはこの場に出ることが出来なくなる。先のような呼び出しにも応じられなくなるだろう」
二人に術を施した青年が静かな口調で奈月に言う。
「それってもう会えないという意味ではないですよね!?」
慌てたように言って奈月が真っ直ぐに青年を見つめる。すると青年は僅かに口許を緩めて奈月の頭を優しく撫でた。
「いや、予定ではわたしはもうじき生まれることになっている。だが、お前の要望に応えられるほどの力量は最初はない。あまり無茶なことをさせてくれるな」
苦笑のようなものを浮かべて青年が奈月に言う。その言葉にはどことなく慈しむ響きがあった。
「そうなんですか! あの、産まれられたら抱いてみてもいいですか?」
好奇心いっぱいの顔で奈月が問う。すると青年はそうだな、と呟いて奈月の頭から手を離した。
「……この親ではいささか不安が残るからな」
そう呟いた直後、その場から青年の姿がかき消えた。それまで息を詰めてその場の様子を見守っていた優一郎は安堵の息を吐いた。どうやらこれで水輝も渚も消えずに済みそうだ。現に二人の消失していた器は戻りつつある。
「あっ!」
そうか! 水輝さんと紫さんの! そう言って奈月が嬉しそうに目を潤ませる。優一郎は苦笑して自分の右手にそっと目を落とした。手の上に乗っていた筈の青いサファイアの粒はもうない。渚の機体に戻っているのだ。
やがて渚が虚ろに開いていた目を閉じる。それを確認してから優一郎は失神している水輝を自分の部屋に運んだ。同じ場所に寝かせて置いてもいいが、渚のいる部屋はいささか狭すぎる。
ベッドに横たえた水輝の手足には何故か革製の枷がつけられている。優一郎は苦笑してそれを見やってから水輝にそっと毛布をかけた。奈月がパンフレットを握ったまま、優一郎に頭を下げる。
「奈月さん、水輝さんを看ていていただけますか?」
そう言ってから優一郎は携帯端末を取り上げた。避難している多輝に連絡を入れ、皆を施設に戻すように伝える。どうやら斎姫も皆と一緒に居たらしい。多輝からの報告を受けた後、優一郎は渚のいる部屋に戻った。
このエピタイだとどのシーンか判らないかも知れないので、後で改題するかもです(汗)