エロシーンはありません。
握っていたローターを再度、ごみ箱に放り込んで立城はため息をついた。何度見てもどうせ同じだ。ローターを介して水輝の記憶を読んだ立城は疲れた息を吐いて額を覆った。
今日の分の仕事はとっくの昔に終わっている。正確に言えばそれを片付けたのは立城ではなく、奈月だ。立城が留守にしている間に奈月は仕事を片付け、その上さらに長期休暇を取れる算段をつけてしまっている。立城が処理しているのはどうでもいいような書類と、幾つかの面談についての連絡のみだ。それ以外については特に急ぐこともない。
立城は執務机に寄りかかってぼんやりと画面を眺めた。ローターから読み取った記憶を反芻してみる。それから立城は肘杖をついて深々とため息を吐いた。左手の指に嵌った指輪をじっと見つめてみる。指輪に嵌った美しいアレクサンドライトは光の加減により紫から翠色へと変化する。しばしそれを見つめてから立城はおもむろに指輪を外した。
首にかけていた銀のチェーンを服の中から引っ張り出す。取り出した銀色のシンプルな指輪を右手に、指から外した指輪を左手の指に挟んで並べてみる。それから立城はネックレスに水輝から貰った指輪も通した。
所詮、夢物語だな。立城はそう呟いて席を立った。内線で道代に帰宅の旨を告げ、立城は執務室を出た。地下に直通のエレベーターを使って一気に下る。地下鉄の駅に到着したところで立城はふと、奈月からの預かり物と優一郎が置いていったパンフレットを忘れていたことに気がついた。
「まあ、いいか」
そう呟いて立城は滑り込んできた電車に乗り込んだ。屋敷の真下に作られた専用の駅で下車する。立城は無人の改札を抜けて屋敷の庭に出た。
外はいつの間にか雪が降り始めている。立城は寒さに身震いしながら屋敷の玄関に入った。誰もいないがらんとした玄関を抜けて私室に急ぐ。どうやら今日は屋敷には誰もいないらしい。水輝が死にかけたと優一郎が言っていたから、恐らく奈月はそちらについているのだろう。渚はもちろん優一郎の研究施設にいる筈だ。
立城は冷え切った部屋の電気を点け、暖炉に火を入れた。薪にしっかりと火が燃え移るまでじっと暖炉の前に佇む。しばしの後、薪に燃え移った火が勢いよく舌を伸ばした。
快楽の果てに水輝は無意識か意識してかは判らないが、どうやら渚の許に跳んだらしい。そのことは優一郎の言葉からはっきりと判っているし、ローターに残っていた記憶からも間違いない。そして水輝は渚と共に死のうとしたようだ。立城はぼんやりと思い返しながら暖炉の前に座り込んだ。手近にあった大きなクッションを引き寄せて身を持たせかける。履いていたハイヒールをばらばらに放り出してから、立城は身体を大きく伸ばした。
火の動きをしばしじっと見つめてから立城はスーツのポケットから携帯電話を取り出した。メモリーを呼び出して道代の番号を表示させる。コール三回ほどで道代が電話に出た。
「あ、吉良瀬です。この時間から申し訳ないんだけれど、明日のスケジュールは変更可能かな」
立城がそう問い掛けると道代が穏やかな声で答える。
『問題ありませんが、どのように変更されますか?』
「明日の清陵高校で行われるロボット競技の観戦はキャンセルできる? 代わりにかねてから誘いを受けていた、例の市議会議員との会食を入れたいんだけれど」
流れる口調で言いながら立城はポケットに手を入れた。しまっていたネックレスを取り出して目の高さにかざしてみる。二つのリングが暖炉の火を照り返して鈍く煌く。
『その件でしたら、その市議の方も明日、来賓として招待されていらっしゃいますので、スケジュール変更の必要は無いと思われますが?』
「あれ? そうなの?」
小さく笑って立城は僅かの間、考えを巡らせた。
「それじゃあ、一応は顔だけ見せないとまずいね……。判った」
出来れば優一郎くんと顔を合わせたくないんだけどな。そう胸中で呟いてから立城はため息混じりにそう答えた。それから改めて言う。
「それと、車を一台回してくれる? ちょっと今から行きたいところがあるんだ」
肩と頬の間に携帯電話を挟み、立城はネックレスから宝石の付いた指輪を取り外した。腰を上げて裸足のまま歩き出す。
『了解しました』
「明日の午後から予定に入っていた宝物庫の件はキャンセルだ。今から行く」
そう告げながら立城は私室を出た。まだ寒い廊下を進んで水輝の部屋に入る。立城は真っ直ぐに窓際の机を目指した。立城の執務室にあるものとはまるでサイズの違う、小さな机に指輪を乗せる。
『それではいってらっしゃいませ』
立城は道代の声に応えてから電話を切った。暗い水輝の部屋から出て自分の部屋に戻る。立城は暖炉の前に転がしておいたハイヒールを履いた。手にぶら下げていたネックレスをつけて服の中に戻す。
車が回ってきたのはそれから数分後だった。呼び鈴に応えて屋敷を出た立城はハイヤーに乗り込んだ。既に行き先は告げてあったのだろう。男性の運転手は立城が何か言う前に車を走らせ始める。硝子に仕切られた運転席をちらりと見てから立城は窓の外の景色に目を向けた。
賑やかだった街並みが次第に寂しい景色に変わり始める。車の通りも途絶た頃、立城の乗ったハイヤーはとあるアパートの前で静かに停車した。立城は運転手の開けてくれたドアから降り、その場で待っているようにと告げた。一礼した運転手が運転席に戻る。それを確認してから立城はアパートに向かった。