あ、エロシーンはありません。
朝から元気いっぱいで朝食を平らげた透は目の前に座ってうなだれていた明音に指を突きつけた。とある幼い少女を鎖でぐるぐる巻きにして引っ張ってきた青年の正体が順であることは判っている。
「いやー……そんな気軽に元の身体に戻れとか言われても、ねえ?」
間延びした口調で言いながら明音がちらりとベッドの方を見る。そこには顔中に落書きされた順が眠っている。ちなみに今の明音は浪人生か売れない漫画家かといった風貌だ。
「むさ苦しいんだよ。見てて」
それでなくとも今日は順は主賓として清陵高校に招かれているのだ。まさかこの姿のままで引っ張り出す訳にもいかない。かといって、透が代理で出る訳にもいかない。何しろ透は主賓ではなく、競技をする当事者に近いのだ。
ロボットに搭乗するのは巴だ。が、巴一人であのロボットは動かせない。ロボットの状態を最高に維持するにはどうしても透や他の部員の力が必要だ。
「うーん。じゃあ、例の桜ちゃん、何とかしてくれる?」
不気味なしなを作って上目遣いに透を伺いながら明音が言う。それを見た透は気持ちの悪さに舌を出した。
「何とかってどーすればいいんだよ?」
仏頂面でそっぽを向きながら透は言った。木村の屋敷の中では使用人に混ざって巴とちなりが慌ただしく駆け回っている。
「だーから、言ったじゃん。桜ちゃん、ホントは使い魔なんだけどさ。あれじゃ使い物にならないから、高校生くらいの容姿にしてって」
オレも頼まれたクチだからなあ。そう言って明音がだらしなく笑う。透はやれやれとため息をついて明音を見た。どの角度で見てもむさ苦しく見える容姿というのも、ある意味で凄いのかも知れない。
「どこのヘタレ素人が作ったのか知らねーけど。そんなの一から作り直したほうがまだ早いって」
使い魔は作り手の意志そのものとなる。桜と呼ばれるあの少女を作ったのが誰かは知らないが、あれでは確かに使い魔としては半端すぎる。透は正直な感想を述べてコーヒーを啜った。すると明音が困ったように笑う。
「いやあ、オレもそう言ったんだけどねぇ。どうも愛着があるだかで、殺すのヤなんだってさ」
あはは、とだらしなく笑いつつ明音が言う。透はそれを横目に見て眉を寄せた。
「ほとんど作り直しになっちまっても文句言わないってことなら受けてもいいぞ」
っていうかこんな出来そこないに桜名乗らせとくのはちょっとなあ……。そう続けて透は頭をかいた。すると明音がうーん、と唸って腕組みをする。その肩に乗っかっているのは大きな鎌の柄だ。器用にバランスを取りつつ明音が肩を竦める。
「魂さえそのままなら文句ないっしょ。ていうか、とーるちゃん、先代桜ちゃんのこと知ってるの?」
気軽に問われて透はため息をついた。
「同居人の一の使い魔だったんだよ」
「あー……そっか。そうだったねぇ」
感慨深そうな息をついて明音が沈んだ声で言う。だがすぐに明音はまただらしない笑みを浮かべた。軽く手を広げて意味ありげな目で透を見る。
「アレ作ったの真也クンのおにーちゃんよ?」
そう言って明音がテーブルのコーヒーカップに手を伸ばす。透はそれを聞いてぴたりと手を止めた。口許に寄せ掛けていたカップを戻す。
「まじかよ? あいつも報われねーなあ……」
情けない気分で零してから透は深々とため息をついた。真也が命がけで立城を護ったことは透もよく知っている。今はもう、同じ器には存在していないが、あの時は確かに真也の魂は透の中に同居していたのだ。結局、火藍に断罪されて散ってしまったが、その時も真也の魂は後悔の念は一欠けらも抱いていなかった。
「んー。まあねぇ。急に座が変わっちゃった訳だし、すぐに対応するってのもムリな話でさあ……。つーか、あそこまでになっちゃったら、本体殺して次席滑り込みってのが速いんだけどねえ……」
ぶつぶつと言って明音が眉間を指で押さえる。要するに明音は立城を消して新しい木龍神を探した方が速いと言っているのだ。
「あいつはまだ滅びてねー。今でもあの兄貴だか姉貴だかを護ってる」
「そりゃ、判ってるんだけどねぇ。こう、見ててまどろっこしいというか……いや、オレだって断罪の印が出てないものをやたら滅多と殺せない訳でね」
幾ら遠回りに見えても仕方ないしょ。嫌そうに顔をしかめて言ってから明音がコーヒーをずず、と啜る。透はやれやれと肩を竦めてカップを再び口許に引き寄せた。
「とりあえず、その件は引き受けた。連れて来い」
「おんや? 今すぐ? だって桜ちゃん、成長促進剤で入浴中よ?」
にやにやと笑いながら明音が言う。それから明音はよいしょ、と立ち上がってベッドに近づいた。透は半ば呆れた気分で腰を上げ、明音の後に続いた。明音が顔中に落書きされた順の傍に佇む。
「あんな器、成長させたところで使い物にならねーよ。魂だけ寄越したら俺がきちんと桜にしてやる。空いた器はそのむさくるしいのの代わりにお前が使え」
うんざりした気分で透は明音に顎をしゃくった。すると困ったなあ、と明音が笑う。だがちっとも困った様子はない。
「魂のない器を維持できるはず、ないじゃん。ただ単純に皮被ってるだけなら、水輝ちゃんもあんなにオレを探さなかった訳でね」
くすくすと笑いながら明音がぱちん、と指を鳴らす。すると順の顔に書かれていたたくさんの落書きが一瞬で消えた。次いで、明音がよいしょ、と鎌の柄を両手につかむ。
「ようやく戻る気になったか? 戻らないなら今度は恥ずかしい写真を撮ってゲイ雑誌にでも投稿してやるぞ」
コーヒーを啜りながら仏頂面で透は告げた。するとあはは、と乾いた声で笑って明音が肩越しに振り返る。
「相変わらずオトコには厳しいねぇ、とーるちゃんは」
そう言ってから明音が短く持った鎌を一気に自分の身へと突き立てた。大きな鎌が身体に吸い込まれた瞬間、明音の器が散る。次いで、漆黒の鎌は黒宝珠に戻って床に落ちた。
ベッドに横たわっていた順が大きく伸びをして欠伸をする。
「あー、よく寝た」
そう言いながら身を起こした順がひらひらと透に手を振る。先ほど、明音が散った際に衝撃を受けて顔面にめいっぱいコーヒーを被っていた透は不機嫌な顔で順を睨みつけた。
「そんなに落書きしたのがいやだったのか?」
ハンカチで顔を拭いながら透は言った。するとあはは、とだらしない顔で笑いながら順がベッドを身軽に飛び降りる。床に転がっていた黒宝珠をつかみ、順は透を横目に見た。
透は相変わらずサバサバしていて良いですね!w