……あ、でもキスシーンはありますね。
「ちょっとした仕返しよん。……さーて。ちょっくら吉良瀬当主の顔でも拝みにいくかなぁ」
あの身体、嫌いじゃないんだよね。そんなことを言いながら順がパジャマを脱ぎ捨てる。やれやれとため息をついて透はメイドを呼びつけた。部屋に入ってきたメイドがけたたましい悲鳴を上げる。やっほー、と呑気に手を振る順を凝視し、メイドは慌ただしく部屋を駆け出していった。ほどなく執事を始めとする使用人たちが束になって部屋に駆け込んでくる。はいはい、と取り囲む使用人達をあしらって順は透に笑みかけた。
「そんで、キミはオレの息子ってことになってるけど、苗字とかどーする?」
「木村でいいじゃん」
あっさりと言って透は肩を竦めた。順を取り巻いていた使用人たちはようやく正気に戻ったのか、恭しく礼をして部屋を出て行った。
「キミのこだわりのなさを誰かに学習させたいね。……んじゃ、ほい」
そう言って順が透に向かって指を鳴らす。その瞬間、透の身体はかつての絵美佳のそれに転じた。着ていた制服も女のそれに変化している。順はパジャマに続いて下着を脱ぎ捨ててクローゼットに近付いた。
「うわ、女の身体って、こんなんだったっけ」
久しぶりの感覚に戸惑いながら透は自身の身体を見下ろした。着替え始めた順が肩越しに振り返って苦笑する。
「いろいろ勝手が違うかもだけど、今日は我慢してねん。要ちゃんとオンナ同士の戦いなんしょ?」
そう言って順が呑気に鼻歌を歌い始める。透はぺたぺたと自分の身体を触り、最後に景気よくスカートをめくってみた。しっかりと下着まで女物に変わっている。
「要かー。あの娘ってアホだけど、あたしのほうは別に嫌いじゃないんだけどなあ」
呟きながら頭をかく透を順が苦笑して見る。要ちゃんもそうだと思うけどね、と言って順はクローゼットの扉を閉めた。手早く着たシャツのボタンを留めながら順がソファに寄る。明音の身体で残していた煙草を取り上げ、順は箱から一本咥えて小さく笑った。
「アレじゃない? 意地?」
引っ掛けただけのネクタイを適当に結わえながら順がくすくすと笑う。透は眉を寄せてソファの肘掛に行儀悪く腰掛けた。
「あたしのほうは、別に含むところは無いんだけどね。どうしてか向こうから突っかかってきて」
腕組みをして思案しつつ透は告げた。すると順がなるほど、と笑って髪を指ですく。だらしなく開いた襟元のボタンを見つめ、透は顔をしかめた。どうも順はまともにスーツを着るという習性がないらしい。
「キミは要ちゃんの欲しいものを手に入れてたしねえ。ほら。多輝ちゃんだっけか。あと、優一郎くんも実は好きだったみたいだしねー」
のんびり言いながら順が煙草をふかす。
「今はあの娘。優一郎の人形になってるんでしょ?」
徐々に慣れてくるにつれて透の口調も絵美佳だった時のそれに自然と戻って行った。絵美佳が告げた言葉に順がおやおやと笑う。次いで順は透に近付き、間近にその顔を覗き込んだ。
「よく知ってるねぇ」
にやにやと笑って順が身を折ろうとする。唇が触れる前に透はさりげなく膝を蹴上げた。狙い違わず、透の膝が順の鳩尾に食い込む。おおう、と情けない声を上げて順がその場に沈む。
「あたし、使い魔作るの得意だから」
「要ちゃんは使い魔ってのとはビミョーに違うような……まあ、切り札だからなあ……」
床にしゃがみ込んで腹を押さえたまま、順が呟くように言う。透は目を細めて順を見下ろした。腕組みをしてつま先で順の肩をつつく。何だか勝手に誤解してくれたらしい。透は自分の発言を順が取り違えていることをあえて訂正しなかった。使い魔を使って情報を収集するのは基本中の基本だ。だがどうも順はそうしたことをしたことがないらしい。よく考えれば順は使い魔は持っていないのではないだろうか。
「もー。あんま、足蹴にしないでよお」
苦笑して言いながら順が立ち上がる。
「絶対、負けないわよ」
そう言って透はにやりと口許を歪めた。すると順が肩を竦めて苦笑する。
「ゼヒ、頑張って欲しいね。結局、大型の人型ロボットの開発はウチが主流だからさ。どっちが勝っても技術向上には役に立つってね」
ひらひらと手を振りながら順が歩き出す。ロボット技術にも発展できるしねー。呑気に言う順の後を透はしかめ面で追った。
「シェアだけ追って安物ブランドの代名詞になってて、台数だけ出ても赤字出まくりなのに良く言うわよ」
あたしが来なかったらあと二年もしないうちに潰れてたわよ。執務室を出た順の後に続きながら透はしかめ面のままで言った。すると順がぴたりと足を止めて振り返る。その顔には以前によく見せていただらしない笑みが浮かんでいた。
「んでも、需要があるってのは判ったっしょ? 人間の手に負えない仕事だけじゃなく、他の意味でもロボットは役に立つってさ」
さらりと言って順が素早く身を屈める。唐突に唇を奪われた透は真っ赤になって順を張り倒そうとした。が、振った右腕が空しく宙を薙ぐ。順はひらりと身をかわしてあはは、と笑いながら廊下を進んで行った。
「ヘンタイ! スケベ! ろくでなし!」
「近親相姦はヘンタイの基本よ」
とんでもないことを言いながら順が広々とした階段を降りていく。廊下の手すりにつかまって身を乗り出しながら透はぎらりと順を睨みつけた。
「あんたのこと、これから、オヤジ、って呼ぶ事にするわね」
階段をゆっくりと降りていく順に透はにっこりと笑って告げた。すると順が足を止めて透を見上げる。その顔には不思議なことに柔らかな笑みが浮かんでいた。初めて見る表情に戸惑っていた透に順が告げる。
「子供なんて絶対にムリだと思ってたからねえ。ちょっと嬉しいかも知れないな」
そう言ってから順はでもダメー、と笑い混じりに言って階段をまた降り始める。透はふん、と鼻で笑ってから手すりから離れた。準備に追われていた巴とちなりを呼び、共に玄関に向かう。順の姿を見止めた巴が絶句し、ちなりがはしゃいだ声を上げる。執事にかわって玄関の扉を開いた順を透は横目に見た。
「そんじゃ、オヤジ。お袋のぶんも、きっちり生きろよ」
「あ、ちょっと傷ついたかも」
相変わらずへらへらと笑いながら順がいってらっしゃい、と手を振る。玄関を出た透はちらりと振り返って片手を上げてみせた。
変態の基本を伝授された透でした。