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「その能力面で、今の母上と、以前の、立城さん、では封じられているという意味では変化は無いと?」
険しい顔で優一郎が告げる。水輝はぼんやりと部屋の中を見ながら呟くように答えた。
「真也の能力が欠落した以上、今の立城の方が能力的にははるかに劣ってるだろうな。……このままなら」
だが立城の能力を下手に開封することは出来ない。それは今の立城には扱い難い力だからだ。
「正直、思うのですが、変化は、能力だけでは無いのではありませんか?」
それを聞いた水輝はゆっくりと振り返った。優一郎は険しい面持ちで腕組みをしている。水輝はため息をついてちらりとベッドを見た。奈月は二人の会話に気づく様子もなく、眠ったままだ。それを確かめてから水輝は咥えた煙草を指につまんで引き剥がした。
「ありていに言おう。あれは立城の座に無理にしがみついていることで、弊害が出てるんだ。立城と紫の魂の座は別物だ」
そう言って水輝はため息をついた。厄介事の匂いがしたからこそ黙っていたのだが、逆にそのことで問題は大きくなってしまっている。そう自省しながら水輝は続けた。
「木龍神の次代として紫は候補には上がってる。が、あのままでは座につくのは不可能だ」
「僕は母上が目覚めてからの衝動的で感情的な行動は、なんらかの深い思惑に基いたものだと思っていたのですが……」
そうではないと? そう訊ねながら優一郎がため息をつく。水輝は苦笑して優一郎を横目にうかがった。
「んだから買いかぶり過ぎだっつったろ。前の立城は今とは違う。……まあ、前だってろくなこと考えてやしなかったがな」
そう言えば色々としでかしてくれたよな。そう口の中で呟いて水輝は顔をしかめた。そもそも木龍神の本質は表に出るものではない。あくまでも影に徹し、暗躍するのがその使命だ。
「水輝さん。吉良瀬の当主としても、同様の事が言えると思いませんか? 母上は無邪気に、母上の一存で譲ったり、なりたければなれるものだとでも思っているようですが」
「あー……あれかあ。まあ、あれはな。人の世の慣わしだからな。……結局のところ、立城は人の世とこちらの都合を擦り合せて生きたことがないんだ。ま、捨て猫みたいなもんだな」
今の立城に拠り所はない。だから目に付いた拠り所になりうる物を手中にしようと躍起になっているのだ。水輝は出来るだけ絞った声で告げた。
「母上には秘書タイプのヒューマノイドを付けています。その中に一人が非公式にと漏らした話ですが」
水輝と同様、声を潜めて優一郎が告げる。水輝は手にしていた灰皿を机の端に乗せ、優一郎の方に身体を傾けた。
「できたら奈月さんに当主の座についてほしい。そのほうが遥かにきちんと仕事がまわる。だそうです」
「うあー」
優一郎の言葉に水輝は情けない声を漏らした。ため息をついてがっくりとうなだれる。予想はしていたが、ここまで酷いと笑う気にもならない。
「やばいなあ……。そこまで弊害でてるのか」
かと言って今さら立城を当主の座から強引に引き摺り下ろすことも出来ない。何しろ立城は紫として当主が代変わりしたのだと正式に発表したばかりなのだ。
「高所から俯瞰し、全体的な方針を立てるのが当主の役割です。紫さんは、妙に細部に拘って、専門家の意見を無視したり、感情で物事を判断する傾向があるそうです」
そう語る優一郎の顔にも疲れの色が濃く浮き出ている。うあー、と再び情けない声を漏らして水輝は額を覆った。
「いや、まあ、それで立城にはいっぱいいっぱいなのは判るんだが……ああー、やっぱ向いてねえなあ、あいつ」
うんざりした気分で水輝は力なく首を横に振った。
「ヒューマノイド達を伝達役とすることで、可能な限りのフォローはしています。ですが、吉良瀬の幹部の多くは無能という言葉からは程遠い人達です。聡い方は既に母上に対して不信感を抱いています」
「如月の爺様でも抑え切れないか……。となると、だ! くそ、何でおれがこんな目に!」
唐突に喚いて水輝はがば、と頭を起こした。頭をかきむしって水輝はしばし意味のない間延びした声を漏らした。次いで、ため息をついて肩を落とす。
「立城の影を立てるしかねえだろ。あー、畜生、なんかむかつく」
「如月老には怒られてしまいましたよ。なぜ僕が立たなかったのかと」
困惑した顔で言う優一郎を水輝は横目に見た。
「いや、おれが煽ったのは認める。あのまま放置しておいた方が平和だったかも知れない」
片手を上げて自白してから水輝は指を鳴らした。部屋から引き寄せたコートの袖に腕を通す。
「いっそのこと、奈月さんを立ててしまいましょうか? 如月老もあの娘は大物だとえらく気に入った様子でしたし」
そう言いながら優一郎が目を上げる。水輝はそれを聞いて慌てて首を振った。
「だー! それが嫌だからおれは色々と」
殆ど泣きたい気分で水輝は低い声で言った。すると優一郎が目を丸くして水輝を凝視する。
「本当に奈月さんが大事なんですね。母上にもそれくらい優しくしてあげればああまで拗ねないでしょうに」
苦笑を浮かべて言った優一郎を水輝は不思議な気分で見つめた。表情を一転させた水輝を戸惑ったように優一郎が見る。
「何でおれが立城に優しくする義理がある?」
それにおれにしてはめいっぱい優しいだろ。水輝は平然とそう言いきった。すると少しだけ眉を寄せて優一郎が潜めた声で言う。
「奈月さん、そのあたりの事を心配してらっしゃいますよ。かなり悩んでいる様子でした」
「阿呆。奈月と比べるな。奈月は特別なんだよ」
平然と返して水輝は煙草を灰皿にねじ込んだ。続けざまに三本目を咥えて指を鳴らす。現れた青い炎に煙草の先端を寄せて火を移してから水輝は深い息をついた。
「とりあえず、宝珠を還したら奈月さんの立場は変わります。正直、不確定要素もありますが、そのあたりはきちんとしてくださいね」
「あー……それもあるのか……。まあでも、奈月は奈月だからな。おれにとっての意味はかわんねえし」
淡々と告げた優一郎に答えながら水輝は苦笑を浮かべてベッドに眠る奈月を見た。静かに寝息を立てながら奈月がごろん、と寝返りを打つ。その寝顔はとても穏やかで幸せそうだ。
「それに紫がまともになったら孕めるだろ。……くそー。手間だな。二、三十人食えば大丈夫かな」
そう言いながら水輝は机から腰を上げた。首を回して関節を鳴らして、ついでに肩を回す。どうも長く眠っていたからなのか、身体が重い。
水輝が奈月を庇おうとしていただけ、という事実が判明しました。