「でも変ですわ。うちの諜報部の報告によると、吉良絵美佳は優一郎様をオカズに自慰に耽っていたと」
携帯端末の画面を見ながら要がぶつぶつと言う。透はそれを聞いて引きつった。慌てて目を上げて要の背後に立つ優一郎を見る。だが優一郎は涼しい顔で身体の後ろに手を組んで立っているだけだ。
「やっぱり、あの不法侵入者はあんたの手の者だったのね。まさか、あんなアホな演技にひっかかるとは思わなかったけど」
頬を押さえて透はにっこりと笑って告げた。するとまあ、と要が目を丸くする。
「演技でしたの? わたくし、てっきりあなたは優一郎様に気があるものとばかり」
そこまで言ってから要が眉を寄せる。んー? と言いながら要は一歩、透に近付いた。それからじろじろと透を見てから要がめいっぱい眉を寄せて頷く。
「……よく考えたらあなた方は姉弟ですのね。その割には似ていませんわね」
一人、納得したように要が何度も頷く。どうもよく判らないが、要の頭の中ではまるで別のことが巡っているような気がする。
「あのさ、なんか誤解あったみたいだけど、あたしが興味があるのはあんたなんだけど」
「まあ。わたくし、敵と禁断の愛を育むつもりは毛頭ございませんわっ」
そう言って要が屈めていた腰を伸ばし、高笑いする。にやりと笑って要を見つめ、透は告げた。
「別に愛でもなんでもいいけどさ。敵だって言うなら、賭け、しない?」
「賭け、ですの?」
そう言って要が首を傾げる。それから要は手にしていた携帯端末をいそいそとスカートのポケットに戻し、その手でがま口の財布を取り出した。
「生憎、わたくし持ち合わせがさほどございませんわ」
そう言いながら要ががま口の財布から小銭を手の上に落とす。透はしばしじっと要の手の上に出された小銭を見つめてから首を振った。
「賭けるものは金とは限らないわ。負けた方は勝った方に、下僕として三日間使えるってのはどうかしら?」
くすりと笑って透はそう告げた。すると要が腰に手を当て、片手を口許に当てて天に向かって高い笑い声を上げる。
「笑止! そんなもの、わたくしに何のメリットもありませんわ! わたくしの望みはただ一つ! あなたを完膚なきまでに叩きのめし、積年の恨みを晴らすことのみ! 下僕は間に合ってますわっ」
相変わらずの調子で言って要が握っていた小銭をがま口の財布に戻し、それをスカートのポケットに戻す。
「なるほど。あたしに勝つ自信が無いから賭けられないと、そおゆうわけね」
透はにっこりと笑って要に言った。すると高笑いを止めた要がふふん、と嗤いながら透を見下げる。
「ばかを言っちゃいけませんわ。勝つ自信はありまくりですけれども、無駄と判っている賭けほどつまらないものはありませんわ。それに」
一旦、言葉を切って要が透をびしりと指差す。
「わたくしの敵はあなたですわ! ですが、わたくしは何もあなたを下僕に従えたいなどという願望は持ち合わせておりませんの! 男の場合、割と見目いいでしょうけども!」
何故か論点がずれている。透は眉を寄せて頭をかいた。
「あのさ、あたしあんたには体育祭で勝ってるわけで、メリットの無い勝負につきあってやってるのはあたしのほうなんだけど。それに」
そこまで言って透は深く息を吸った。要が片方の眉を跳ね上げる。
「あたしが賭け金として不足だっていうなら、この男でどう?」
そう言って透は白衣のポケットから一枚の写真を取り出した。男性の身体を纏っている時の透の写真を要に突きつける。すると要が慌てたように写真を透の手からさらう。顔を寄せてまじまじと写真を見ていた要が勢いよく顔を上げた。
「……何故、賭けをしたいんですの? あなた、わたくしを下僕にしたいなどという、不遜極まりない願望でも持っていらっしゃるの?」
眉を力いっぱい寄せて要が低い声で透に言う。透は要の手から写真を取り戻しながら口許に笑みを浮かべた。するりと要に身を寄せて耳元に囁く。
「弟がどんな玩具で遊んでるか気になるから。ただそんだけ」
「それは優一郎様が好きということではありませんの?」
透同様、潜めた声で要が言う。透は眉を寄せて頭をかきながらため息をついた。何故、要の論理だとそう繋がるのだろう。
「どっちかって言ったら、そおゆう対象としてならアンタのほうがまだ考えられるわね。ヘンタイ呼ばわりは無しね。自覚してるから無駄ってことで」
そう言って透は笑った。すると意外にも要が当り前の顔で頷く。
「わたくし、どんな性癖の方でも変態とは言いませんわよ? 何しろ、近親相姦にホモにレズ、ロリータ、ショタコン、SMまで色んな趣味の方を存じておりますもの」
平然と言いながら要がにっこりと笑う。透は内緒話をするために屈めていた腰を伸ばした。
「で、賭け受けるの? 受けないの? 受けないっていうなら、あたし帰るし」
「変ですわねえ……。わたくし、あなたから挑戦状を受け取ったんですけれども」
思案顔の要の言葉に透はぴくりと眉を上げた。しばし腕ぐみをして考えるように眉を寄せてから要がため息をつく。
「仕方ありませんわね。受けて立ちますわ。ただし」
そう言ってから要が肩を竦める。何事かと思った透に要はあっさりとした口調で告げた。
「わたくし、あなたも、先ほどの方も下僕にするつもりはございませんから、わたくしが負けた場合のみ有効の賭けで構いませんわ」
「俺のどこが気に入らね……とととと。ほほほほほほ! 受けてくれてありがと。それじゃあ正々堂々、戦いましょ」
慌てて言い直してから透は出来るだけ不自然に見えないよう、気をつけながら要に微笑んでみせた。要がそうですわね、と呟いて優一郎を振り返る。優一郎が頷き、それに頷き返してから要は透に向き直った。
「それでは、正々堂々。……積年の恨み晴らしてみせますわ!」
声高に宣言して要がこぶしを天に突き上げる。
「正々堂々、あくまで正々堂々よ!」
そう言い返しながら透は科学部員たちの詰めるテントに足を向けた。要に背を向けたところで透はめいっぱい顔をしかめた。要としては負けるつもりはないということなのだろうが、それにしても腹が立つ。
「まあいいや。賭けに勝ったらたっぷりお仕置きしてやる」
要を下僕に従えて何をさせよう、と考えを巡らせながら透はテントに向かって歩いていった。司会役の小池に紹介された来賓代表者が退屈な話をしている。スピーカーから流れてくる聞き取りにくい声を余所に、透はいつの間にか上機嫌になっていた。
「準備はどう?」
「各部異常なし。正常に起動中です」
テントに戻って声をかけた透に部員の一人が返事する。
「良し。巴!」
テントの隅にいた巴に声を投げ、透は声高に告げた。
「正々堂々、逃げ回りなさい!」
「はい!」
元気よく返事して巴がテントを駆け出す。強力七号のコックピットから吊るされた縄ばしごを巴がよじ登っていく。ちなりの黄色い声援に手を振って応えてから巴がコックピットに滑り込む。透明なアクリル製の蓋を閉じたところで今度はスピーカーから巴の声が聞こえる。
『搭乗完了しました』
「起動準備開始!」
透の号令に従って部員達がそれぞれの端末を操作し始める。透は不敵な嗤いを浮かべて遠くに立つ赤いカラーリングのロボットを睨むように見た。
賭けが成立!w