エロシーンはありません。
目を開けた立城は慌てて身体を起こした。その拍子にずきん、と頭が痛む。どこか懐かしいような周囲の様子を注意深く見つめてから立城はそっと息をついた。どうやら自分は清陵高校の保健室で寝ていたらしい。薄い白のカーテン越しに窓から淡い光が注いでいる。
立城はほっと息を吐いてもう一度ベッドに横たわった。狭いベッドは腕を広げると手先がはみ出してしまう。しばらくぼんやりと天井を見上げてから立城は改めて身を起こした。
順に陵辱されたらしいことはわかる。だが何のために。立城は思案しつつベッドを降りた。立城のスーツはいつの間にか脱がされており、ブラウスに下着という格好になっている。ベッドの脇に置かれた丸椅子から畳まれたスーツを取り上げ、立城はベッドとカーテンの間で着替え始めた。きっちりスーツを着込んだところで聞き覚えのある声がする。
「あれ? 起きた?」
そう言いながら順がカーテンを開ける。立城は静かな声でおかげさまで、と答えた。それから順の開けたカーテンの間を通る。
「保健の先生は……」
立城は何気なく呟きながら保険医の使用する小さな部屋を見た。硝子に仕切られたそこにいたのは名倉玲花という、若い女性の保険医だ。立城の姿を見止めたらしい玲花が慌てたように小部屋から出てくる。だがどうして着衣が乱れているのだろう。焦ったように乱れた服を整えながら玲花がちらちらと立城の後ろを見る。立城は肩越しに見返って順の姿を確認し、なるほどと呟いた。どうやら順はこの玲花にも手を出したらしい。しかも事の直後のようだ。玲花の顔は赤く染まっている。
「き、吉良瀬さん、もう大丈夫ですか?」
戸惑ったように玲花が言う。立城は穏やかな笑みを浮かべて玲花に頭を下げた。
「すみません。お手数おかけしました」
おかげさまで良くなりました。そう続けて立城はそれでは、と歩き出した。すると後ろから順が足音もなく近付いてくる。まるで誰かのような歩き方だ。そう内心で呟きながら立城は足を止めて振り返った。
「それでは、わたしは失礼します」
「なに? もう帰っちゃうの? もちょっと居ればいいじゃあん」
猫なで声で順が言う。何をばかなことを、と呟いて立城は目を細めた。順の意図は知らないが、これ以上、接触する気はない。立城は近付いてきた順をするりと避けて保健室のドアを開けた。
そこで硬直する。保健室のドアの前には何故か優一郎が立っていた。身体を強張らせて息を飲んだ立城に優一郎がにこやかに挨拶する。
「こんにちは母上。今朝はありがとうございました」
「……こんにちは」
笑顔で言って立城はさりげなく優一郎の横をすり抜けようとした。すると後ろから追って来た順が嫌なところで手をつかむ。思わず舌打ちしそうになりながら立城はため息を吐いて振り返った。
「まだ何かあるんですか」
「あのさー。これからヒマ?」
相変わらずだらしない笑みを浮かべて順が言う。立城は時計を見つめてため息ついた。
「残念ながら暇ではありません。今朝方、打診された方との会食が入っていますので」
そう言いながら立城は順の手を解いて歩き出した。すると今度は背後で優一郎が言う。
「母上。そのアポイントメントでしたら、僕のほうで断っておきました。母上が回復されるかどうか判りませんでしたので」
立城はぴたりと足を止めて肩越しに振り向いた。優一郎と順が並んで立城を見ている。立城は二人を代わる代わるに見つめてからそう、と小声で答えた。
「僕は帰るね」
それじゃあ、と二人に会釈をして立城はまた歩き出そうとした。するとえー、と順が間延びした声を上げる。
「もうちょおっとオレとお知り合いになりたくない? アンタにも悪い話じゃないと思うんだけどさあ」
のんびりとした口調で言う順に立城は乾いた笑いで答えた。
「生憎、そんな気分じゃありません。用はそれだけですか」
そう言いながら立城は振り返った。頭の後ろで手を組んだ順が唇を尖らせている。その横に並んだ優一郎は制服の上に白衣という格好だ。
「アポイントメントをキャンセルしましたから、母上はこの後、お暇ですよね。実はご相談したいことがあるんです」
「今度は君? ……ここで聞ける話?」
ため息を吐いて立城は呟くように言った。すると順が嬉しそうに笑って自分を指差し、優一郎に話し掛ける。
「ねーねー! それってオレも混ざっていーの!?」
「僕だけでなく、水輝さんの戻りも待つ必用がありますから、地下で今夜は泊まっていっていただいたほうがいいかもしれません」
もちろん話が終わられたら帰られてもいいですけど。そう続けてから優一郎は今度は順に言葉を向ける。
……エロシーンはないのですが、誰かがひっそり事後だったりw