「紫翠は本当に死んだと思う? あの時、水輝が殺したのは紫翠だったのかな」
小さな声で立城は言った。すると優一郎が訝しそうに眉を寄せる。
「わからないとしか言いようがありませんね。僕が対した相手は確かな存在感を持っていた。だけど」
そこで言葉を切って優一郎が少しだけ俯く。立城は何となくあの時に水輝が歌っていた歌を歌ってみた。
Lavender's blue, diddle, diddle,
Lavender's green;
When I am king, diddle, diddle,
You shall be queen.
「ラベンダーあおい。ラベンダーはみどり。わたしが王さまならあなたは女王さま……」
歌の後に立城はぽつりと呟いた。あの時、水輝が言っていた言葉だ。
「渚さんが歌っていた歌ですね」
考え込むような顔で優一郎が言う。立城はうん、と頷いて口許に指を当てた。水輝と渚、二人の結びつきは妙に強く見える。そんな二人が意味もなく同じ歌を歌うだろうか。
「お二人は姉弟として育った時期があったそうですからね」
「うん。その時に僕は彼らに手を出した訳だから……」
幼い頃から一緒に育った二人が同じ歌を口ずさむのは何も不思議なことではない。そうも思う。が、本当にそれだけだろうか。
「どうして渚さんのことをそこまで気にされるのですか? 水輝さんにとって渚さんはあくまでも姉の延長上の存在だと、僕は思いますけど」
「そんな相手のところに快楽に狂って跳ぶかな?」
何気なく言ってから立城はごめん、と呟いた。優一郎にとってあの場に跳んだのは水輝本人ではなく、紫翠なのだろう。
「渚さんの中にはあの方によって仕掛けられた、水輝さんに向けたトラップのような物が含まれている可能性があるんです」
ため息混じりに優一郎が小声で告げる。それを聞いた立城は訝りに目を細めた。自然と息を殺して続く優一郎の言葉を待つ。
「あの時、母上をひっぱたいたのは、母上があの危険なトラップの存在をご存知で、わざと僕にそれを解決させようと企んでいたと誤解したからです」
ごめんなさい。そう言って優一郎が頭を下げる。立城は苦笑して謝る事はないよ、と告げた。
「僕が迷惑をかけたことに変わりはないし……浅慮だったことは確かだから……だから詫びられる筋のことではないよ」
肩からそっと力を抜いて立城は疲れた息と共にそう吐き出した。
「その……母上が衝動的な行動をたびたび起こすのは、子を構成するための要素が母上に弊害を与えているためじゃないかと、僕は推測しています」
言いにくそうに優一郎が告げる。立城は苦笑してごめんね、と呟いた。
「僕、役に立たないって言われてるんでしょう? 会社の人に」
呟きで告げて立城は優一郎に微笑んでみせた。すると優一郎が僅かに目を見張る。立城は肩を竦めて知っているよ、と呟いた。どんなに本人に隠れて囁いたところで、立城には物体に残る記憶が読めてしまうのだ。誰がどこで何を言っていたかは、嫌でも感じ取れてしまう。そして負に向かう感情ほど、立城には読みやすいのだ。
「母上は、あまりにも性急すぎるんだと思います。少し、休んでもいいのではないですか? 子を為すだけしか意味が無い。そう思い込まれているなら、まず、それを実行されてはどうでしょう?」
「如月老には早くに見限られていたみたいだしね」
小さく笑って立城は俯いた。深いため息を吐く。これまでと同じようにしようとどんなに進んでも、結局のところ全ては無駄に終わってしまう。だがそれでも立城はどうしても以前と同じ居場所に居たかったのだ。
だって孕んで産んだらそこで捨てられるもの。立城はぼんやりと床を見つめて呟いた。蟷螂は子を孕んだ後に雌が雄を食い殺す。それとは逆に産んだらお終いと放り出されるような気がしてならない。
「子を為して用済みになったら水輝さんに捨てられるんじゃないかと、そう思っていたんですか」
「だってそうじゃない? 水輝だけじゃないよ。君も僕が子を孕んだ後は用はないだろうし……いや、今も僕には特に用はないのか」
小さく笑って立城はうなだれた。
「用が無いなら、引っぱたいたり、心配したりしませんよ!」
少し怒ったような口調で優一郎が言う。立城は乾いた声で笑って顔を上げた。
「違うよ。君が心配しているのは僕じゃない。水輝だ」
そう言って立城は額を押さえた。疲れた息を吐いて俯く。
「そりゃあ、水輝さんも心配ですけど、今は母上のほうが心配です。あまりにも不安定すぎて」
「水輝に悪影響を及ぼしかねないからでしょ?」
困惑したような優一郎の言葉に立城は即座に切り返した。
「さまざまな側面から心配していますよ。水輝さんへの影響ももちろんですけど、吉良瀬全体のこととかも。だけど母上本人を心配してないなんてことはありません」
「嘘だね」
そう笑って立城は顔を上げた。
「僕じゃない。君が心配しているのは別のことだと思うよ。だから僕を心配している素振りなんてしなくていい」
滑らかな口調で告げて立城は深々とため息を吐いた。すると同じようにため息を吐いて優一郎が言う。
「どれだけ言葉を重ねても信じてもらえそうにないですね。でも、本当に母上が思うように見限っているなら、何も言わず、切り捨ての算段をしますよ」
「天秤にかけた場合、僕を切り捨てるよりも、状態を何とか安定させて維持する方が得策だと算段しているからだろう?」
優一郎の言葉に立城は平坦な声で言い返した。
「母上……」
消沈した面持ちで優一郎が呟く。立城は肩を竦めてため息を吐いた。
立城の精神状態が不安定すぎるのですが、これは弊害というか……。
仕方なかったりします。