このエピタイです。
エロシーンはありません。
地下一階に上がったところで立城は周囲を見回した。優一郎には許可をもらってはいるが、こうして地下二階とは別の場所に移動するのは久しぶりだ。
廊下を慌ただしく複数の少女が行き来している。立城は廊下の端を歩きながら彼女たちの様子を伺った。どうやら彼女たちは全てヒューマノイドらしい。それぞれが手に荷物などを抱えて行き来している。中には立城にわざわざ会釈して過ぎる者もある。立城は微笑を浮かべてそんな相手に挨拶を返した。
とにかく外に出た方がいいのかな。そう思いながら立城は施設の奥に向かってまず歩いていった。給湯室を覗き、手近な部屋のドアをノックする。が、どうやら無人だったらしい。返答がないことに落胆しつつ、立城は別の部屋に向かおうとした。
「あら」
ふと一人の女性の声が聞こえてくる。立城はこんにちは、と会釈して笑みを浮かべた。どうやら先ほど見た少女たちとこの女性は少し違うらしい。着ているものや機体の見た目が異なっている。
「すみません。ここに公衆電話はありますか?」
「公衆電話、ですか?」
個人のレベルで何らかの通信機を持つことが当り前になって久しい。今では老若男女、みな当り前に携帯端末等を所持している。だがそれでも公共の場等にはまだ公衆電話の姿は残っている。
「あの、失礼ですがどちら様でしょうか」
そう問われ、立城はハンドバッグから優一郎に貰ったIDカードを出して女性に手渡した。エプロンのポケットから取り出した携帯端末のスロットに女性がそのカードを入れる。ほどなく女性はスロットからカードを抜き、立城に差し出した。
「失礼致しました。吉良瀬立城様、ですね。私は仁科保美と申します」
そう言いながら保美が静かに頭を下げる。立城はああ、と苦笑して保美を見つめた。保美は今、優一郎に任せている吉良瀬の企業体の中心、電波塔とも呼べる部署の開拓に当たっている人物だ。あらかじめ優一郎から聞いていたことを思い出し、立城は保美に頭を下げた。
「いつもお世話になってます。かなりハードなスケジュールになってしまっていると優一郎くんからお聞きしましたが」
立城が気遣いの言葉をかけると保美はにっこりと笑った。
「いえ。作業としては単純ですので特に問題はありません」
「そうですか」
それは良かった、と立城は一応は納得した様を作って保美に笑みかけた。保美もはい、と穏やかな笑みを浮かべる。
「それでですね。公衆電話はありませんか」
「生憎、この館内にはございませんね」
立城の質問に保美が少し眉を寄せ、困ったような顔で応える。受け取ったカードをスーツの胸ポケットに着けながら立城はそうですか、と答えた。
保美の説明によると、公衆電話は地上の学校にはあるらしい。それを聞いて立城は判りましたと頷いた。今なら冬休み中で生徒たちはさほどいない。髪と瞳の色さえどうにかすれば問題はないだろう。そう考えて立城は保美に会釈をして施設の出口に向かった。
地上に出たところで立城は静かに息を吐いた。出る直前に力を使ったために髪と瞳の色はごく無難なものに変わっている。立城は周囲を伺いながら歩き出した。とりあえず一番近いドアから校舎の外に出る。それから立城は改めて校舎に沿って歩き出した。
近頃、こうしてゆっくりと清陵高校を見ることはなかった。赤いアスファルトに触れるたび、ヒールの音が響く。立城はのんびりと歩いて十二分に学校の雰囲気を味わった。丘の上に建つこの学校の周辺には緑が多く残されている。春にはうぐいすがさえずり、夏には蝉が鳴く。四季折々の自然の移り変わる様が生徒たちにも実感できるように配慮されているのだ。
設立当初、清陵高校の周辺には緑以外の何もなかった。眼下に見える高速道路も昔はなく、丘の緑の向こうに遠く人々の家が見えているだけだった。高校に向かうバスや教師の乗る自家用車のみが行き来する道路があるだけ。当時、生徒たちが学校に上がるには二つの方法があった。一つは車の通る道の脇に設えられた狭い歩道を行くこと。これはなだらかではあるが長い坂道を昇らなければならない。もう一つの方法は坂道の途中に設えられた階段を昇るというものだ。が、こちらはこちらで三百段以上あり、生徒たちは坂道か階段の選択をして毎日高校に通っていたのだ。
今はもう、坂道の横には広々とした遊歩道がつけられている。あそこを通るならきっと坂道の苦渋も少しは楽になるだろう。遊歩道には途中に休むためのベンチも幾つか設えられている。階段は相変わらず残っているが、その両脇には美しい花々が植えられている。雑草や雑木が生えっぱなしの昔に比べると、やはり格段に変わっている。
立城は自然と足を止め、フェンス越しにぼんやりと外の様子を見つめていた。眼下には高速道路が横切っているのが見える。あの道路を通すため、生徒たちが通う坂道の途中には短いトンネルも作られた。その上を今日もたくさんの車が走っている。
もう数十年が過ぎているのだから。立城は感慨を込めて息を吐いてフェンスから離れた。あの頃はまだ清陵高校も出来たばかりだった。生徒の数も定員にはとても満たされておらず、生徒会やその他の役員たちに割り振られた仕事もいいかげんだった。だがそれらは日々改善されていった。実質、生徒会会長としてこの清陵高校を動かしていたのは立城だが、一人きりの力でどうにかなるものではなかった。
楽しかった。もしかしたらあの頃が一番、充実していたのかも知れない。思い起こしてそう感じるほど、あの頃の立城は学校の構造をきっちりと組み立てることに熱中していた。
立城はちらりとフェンスの向こうを見た。あの頃、まばらに見えていた人々の家は今はもう、ない。変わりにあるのは広大な土地を活かして作られた学園都市だ。幼稚園から大学まで各学校を擁したこの街は、別名吉良瀬の街とも言われている。この街に暮らしているのは学校に通う者、その家族、街の中心地で商売を営んでいる者など、様々だ。街の中心地には巨大なショッピングモールもあるが、その一方でオフィスビルも乱立している。学校という組織と商業、それに企業が同居しているのがこの街なのだ。
鉄道を完備し、路線バスを配した。交通の便を整えてから中心地からじりじりと開発を進め、今ではすっかりこの街にも人が増えた。そしてそれと同様にこの清陵高校も少しずつ変わっている。
またすれ違いの始まり。