※この作品はR-18です。

魂の座 四部 苺の季節   作:伊駒辰葉

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九章
いきなり旅支度? 1


 失神した立城を客室のベッドに寝かせ、抜け殻となった機体を工作室に運び込んだ後、優一郎は部屋で水輝と向かい合って茶を飲んでいた。水輝はあれから時間が経ったからなのか少しは顔色が落ち着いている。

 

「お疲れ様です」

 

 優一郎はそう言って水輝ににっこりと笑みかけた。するとぐったりとソファに寄りかかっていた水輝がおー、と力ない声を上げて片手を上げてみせる。

 

「もう少し待ってくれ。翠に宝珠を返すには、ちょっと力が足りねえ」

 

 そう言いながら水輝が深々と息を吐き、掛け声をかけて身体を起こす。十分に冷めたと踏んだのだろう。水輝が手付かずになっていたティカップに手を伸ばす。

 

「いえ。還すのは奈月さんの役目ですから」

 

 水輝の言葉に首を振り、優一郎は告げた。あ、そうか。水輝がそう言ってから眉を寄せる。

 

「……大丈夫かな」

 

 不安そうに言って水輝が口許を手で覆う。優一郎は苦笑して首を傾げてみせた。

 

「奈月さんなら大丈夫ですよ」

 

 根拠はないが、奈月なら安心していていいような気がする。水輝は恐らく、立城の件もあって妙に慎重になりすぎているのだろう。そう理解して優一郎はにっこりと笑いかけた。

 

 奈月はいま、着替えてこちらに向かっているのだという。どうやら何かを吉良瀬の屋敷に取りにいっていたようだ。

 

「ま、奈月は翠と相性もいいしな」

 

 そう言って水輝が紅茶を恐る恐る啜る。どうやら水輝の舌に合う程度には冷めていたのだろう。ほっとしたような顔をして水輝が嬉しそうに紅茶を飲む。

 

「そうだ。忘れていました」

 

 ふと思い出して優一郎は手にしていたコーヒーカップをテーブルに戻した。白衣のポケットを探りながら優一郎は言葉を継いだ。

 

「母上から、宝珠とは別に頂いたものがあります」

 

 頑丈な宝箱には三つの龍宝珠と共に透明な一つの珠が入れられていた。宝珠より一回りサイズの小さなそれを優一郎は白衣のポケットから取り出した。テーブルに乗せると水輝が無言でそれに手を伸ばす。

 

「先の金龍神に関連したものだそうです」

 

 だがその詳細については優一郎は読むことは出来なかった。幾重にも術がかけられ、中身が封じられているのだ。透明な珠を取り上げた水輝がじっと手の中のそれを見下ろす。やがて水輝の頬がひくりと引きつった。

 

「……いや、おれは割とノーマルなんだが」

 

 珠を見下ろして水輝がぶつぶつと口の中で呟く。

 

「どうされたんですか?」

 

 疑問いっぱいの表情で優一郎はそう訊ねた。すると水輝がのろのろと顔を上げて眉を寄せて呻くようにいう。

 

「……全力で愛を告白されても、男からってのはちょっと……」

 

 そう言いながら水輝が唐突に透明な珠を放る。飛んできたそれを優一郎は慌てて両手に受け止めた。するとそれまで見えなかった珠にこめられたものが見えてくる。それを目にした優一郎も頬を引きつらせた。

 

「奈月さんに預かってもらいましょう!」

 

 力強く言って優一郎は手に握っていた珠を転送した。すると水輝があ、と間の抜けた声を上げる。その直後、優一郎の部屋の中央に奈月が姿を現した。ちょうど、先ほど送りつけた透明な珠を片手に握っている。

 

「遅くなりました! って、きゃっ!」

 

 宙に浮かんだ格好で現れた奈月が悲鳴を上げて床に座った形のまま着地する。その奈月の傍に浮かんでいた大きなスーツケースが二つ、音を立てて床に転がった。

 

「な、奈月? 何だ? その荷物……」

 

 水輝がそう言いながら床に転がったスーツケースを恐る恐る指差す。奈月は慌ただしく立ち上がり、倒れていたスーツケースをよいしょ、と起こした。

 

「旅支度です」

「旅って……奈月、旅行でもするのか?」

 

 不安そうな顔で水輝が言う。すると奈月はスーツケースを軽く叩いて胸を張ってみせた。

 

「チケットの手配も、紫さんのスケジュール確保も完璧ですから!」

「お、おおー。奈月が旅行したがってたとは知らなかったが、まあ、気をつけてな」

 

 困惑気味に言って水輝が頷く。すると奈月は珍しく声を荒らげた。

 

「旅行に行かれるのは水輝さんと紫さんです! 表向きは、新しく建設した保養所のオープンに備えた視察となっていますけど」

 

 すらすらと言ってのけて奈月はにっこりと笑った。すると水輝がまともに引きつる。もしかしたら予想すらしていなかったのだろうか。そんなことを思いながら優一郎はのんびりとコーヒーを啜った。

 

「お、おれかよ!?」

「見てください! この温泉が貸切なんですよ」

 

 水輝の悲痛な叫びを無視して奈月が嬉しそうに笑って一枚のパンフレットを開いてみせる。そこには天然温泉、露天風呂などの文字が飛び交い、美しい景色と温泉宿の写真が載っていた。水輝がそれを見てしかめ面で頭をかく。優一郎はパンフレットを見て微笑を浮かべて頷いた。

 

「今期末オープンを目指している工機の新しい保養所ですね。視察とはいい手を考えましたね」

 

 感心して言いながら優一郎はにっこりと奈月に笑みかけた。すると奈月が嬉しそうに笑う。その笑顔には邪気は全く感じられない。水輝が大事にしているのも判る気がする。だが微笑みあう二人を余所に水輝はしかめ面で煙草をふかしていた。

 

「うー……いやまあ、このまま一気に安定させちまった方がいいんだけどなー……」

 

 どことなく水輝は気乗りしないように見える。優一郎は不思議に思って首を傾げた。

 

「何かまずいことでも? 仲直りしましたし問題ないのでは?」

 

 にっこりと笑って優一郎は訊ねた。すると水輝が真っ赤になってそっぽを向く。どうやら単に照れているだけのようだ。立城もそうとうひねくれているように思うが、水輝もいい勝負なのではないだろうか。そんなことを思いながら優一郎はテーブル脇に立つ奈月に目をやった。

 

「そういえば奈月さん。バトル大会の後はどちらに行かれていたんですか?」

 

 ソファを勧めて優一郎は奈月に訊ねた。優一郎の勧めに従って水輝の横に腰を下ろした奈月がにっこりと笑う。

 

「大前さんから伝言を頼まれて、隣の市の市会議員さんでえっと……」

 

 そう言って奈月が首を傾げる。優一郎はああ、と笑って件の市議会議員の名を告げた。

 

「桧山大吾朗さん?」

 

 ぱっと奈月の顔が明るくなる。

 

「あっはい、そうです。その方のおうちにお呼ばれしてきました」

 

 満面に笑みを浮かべて奈月が言う。するとその横で水輝がなにい、と低い声で言った。

 

「まさか、何もないだろうな」

 

 水輝はそう言って奈月の肩を抱き寄せた。確かに桧山大吾朗と言えば、精力的に活動をしている議員だが、あちらの方もそうとう精力的らしい。目に付いた女性に片っ端から手を出すなどという悪評も耳にする。




このエピソードは長いのでぶつ切りにしてアップします。
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