エピソードが長いのでブツブツ切る形でアップします。
すみません(汗)
「奥さんやお子さんにもお会いしてきました。すごく大きな水槽があって、大きくて綺麗な魚が泳いでいて楽しかったです」
にっこりと笑って奈月が言う。優一郎は水輝と一緒に深々と安堵の息を吐いた。どうやらあの議員の目には奈月は娘に見えるのだろう。手を出すつもりなら確かに自宅に招くなどというばかなことはしない。
「テーマパークを作るとかそういう話があるみたいで、隣の市との境にある山ありますよね?」
「あー……そういえば」
奈月の言葉に水輝が間延びした声で言う。そんなのもあったな、と呟いて水輝が頷く。
「あそこに温泉が出るそうなんです。去年の年末くらいからいろんな水質のお湯がいきなりたくさん湧くようになったそうで」
「あー! あの山か」
そう言って水輝が指を鳴らす。奈月が不思議そうに水輝を見る。
「おれ配下の龍神が一人、あそこの山で生まれてな。以来、棲み付いてるらしい」
いや、正確に言うと覚醒したのか。そう言い直して水輝が口許に指をあてがう。
「紫さんは、温泉のテーマパークを作りたいから出資するという話だったんですけど、それだけだとありふれてるなあという話になって」
そう説明しながら奈月が首を傾げる。ふむ、と呟いて優一郎は腕を組み合わせた。確かに温泉テーマパークと言えば全国各地、色んなところに点在している。少し前に流行したためだ。
「その後、水槽とか見せてもらったんですけど、水質とかいろいろ違って飼うのが難しいとかそういう話になったんです。だったらその温泉の水を使って、いろんな魚をたくさん飼ったら楽しいかなあって言ったら、桧山さん、凄く乗り気になられて」
「あー、なるほど。熱帯魚を飼うのか」
そう言って水輝が微笑む。
「はい。その後、如月のおじさまに連絡とかして、結構遅くなっちゃって。遅れてしまって申し訳有りませんでした」
そう言って奈月が頭を下げる。すると水輝がよしよしと奈月の頭を撫で、天井を仰いだ。それから優一郎に声が飛んでくる。
「ちょっと一人、結界通していいか?」
「属性の情報を」
「鴉だ」
短く答えた水輝に優一郎は苦笑した。
「了解しました」
そう言って優一郎は結界の一部に綻びを入れた。その直後、水輝が声を張る。
「千佳!」
力のこもった呼び声が響いた後、水輝の背後の空間が揺らぐ。揺らぎから現れたものが奇声を上げて水輝に突進する。
「水輝様あぁぁぁぁああああ!」
だがそれを読んでいたのだろう。水輝がするりと避ける。すると駆け寄ってきた女性が見事に空振りし、ソファの後ろから前に突っ込んだ。年恰好は二十代前半、顔立ちは少々きついがかなり見目いい女性が情けない声を上げて身を起こす。
「千佳さん、お久しぶりです」
にっこりと笑って奈月が告げる。すると千佳と呼ばれた女性がうええん、と泣きながら奈月にすがりつこうとする。だがそれを水輝は無碍に足で払い落とした。
「初めまして。吉良優一郎です。よろしくお願いします」
一応、礼儀として優一郎は千佳に笑顔で告げた。すると泣きながら千佳が床にぺたんと座り、こちらこそぉ、と泣き声で言う。
「おら、とっとと汐のとこ行け。近いうちに挨拶に行くから首根っこ洗って待ってろってな」
「うええん! 水輝様のいけずー!」
容赦なく告げた水輝に千佳がすがりつこうとする。だが水輝は今度もまた千佳を避けた。ぶべ、という情けない音を発しながら千佳がソファに顔から突っ込む。いいから行け、と機嫌悪く言いながら水輝が千佳を足蹴にする。
「水輝さん、そこまで邪険にしなくても」
「いいんだよ、こいつはマゾなんだから! おら! 伝書鳩以下って言われたくなかったら、とっとと行ってこい!」
口早に言って水輝は千佳の尻を蹴飛ばした。床に突っ込んだ千佳がわんわんと子供のように泣きじゃくる。
「水輝さん! 暴力はだめです!」
奈月が声を張り上げる。その途端に水輝はぴたりと足の動きを止めた。しゃくりあげながら千佳が恐る恐る水輝を振り返る。
「千佳、マゾじゃないもん! 水輝様がサドなんだよぉお!」
「うるせえ!」
千佳の叫びに水輝が怒声を張る。部屋の空気を響かせるその声に優一郎は思わず首を竦めた。同じように千佳が小さな悲鳴を上げて身を竦める。その後、水輝が深いため息を吐いて腰を上げた。床にへたり込んでびくついている千佳の頭を撫で、素早く唇を寄せる。水輝に口づけられた千佳はそれまでの泣きっぷりが嘘のように嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……今はちょっと消費してるからやれねえんだよ。また今度してやるから、大人しく言うことをきけ」
「えへへへへへ」
嬉しそうな顔で笑って千佳が頷く。水輝がやれやれとため息を吐いた後、千佳は笑顔で手を振りながら姿を消した。頭をかきながらばつの悪そうな顔をして水輝がソファに戻る。優一郎は苦笑して首を傾げてみせた。奈月も水輝の横に座って微笑みを浮かべている。
「……んだよ」
優一郎と奈月を交互に見た水輝が低い声で言う。
「やっぱり、女たらしですよね」
にっこり笑って優一郎は告げた。すると水輝が不思議そうに首を傾げ、優一郎を真っ直ぐに見つめる。
「何だ? もしかして妬いてんのか?」
すらりと言われて優一郎は思わず言葉に詰まった。聞いてません、という意思表示なのか、奈月は真っ赤な顔をして両手で左右の耳をしっかりと押さえている。
「嫉妬なら、母上や渚さんでお腹いっぱいでしょう?」
笑いながら告げて優一郎は水輝を見つめた。すると苦笑して水輝が両手を軽く広げる。
「まあな。正直なとこ、あいつらが候補だってのがなあ……いや、お前もなんだがな」
口の中で言って水輝が横を向く。人の悪い笑みを浮かべて横目に見られ、優一郎は眉を寄せた。
「そちらについては遠慮しておきます」
「何だ。おれのこと嫌いなのか? おれはかなり好きだぞ? お前のことが」
正面に顔を戻し、水輝が微笑みを浮かべて告げる。優一郎はため息を吐いて額を覆った。
「好きかどうかとは、別問題でしょう?」
「そう思うか?」
そう切り返して水輝が笑みを納める。優一郎はまじまじと水輝を見て訝りに眉を寄せた。
「必用条件ではあっても、十分条件ではないと思います。僕の役目ではないでしょう」
「ほーん……。意外と用心深いな」
まあ、さすがに危険だしな。そう零して水輝が苦笑する。優一郎は困ったように笑って首を傾げてみせた。奈月が耳を押さえたまま、不思議そうに水輝と優一郎とを見比べる。
「モチベーションを持った方が負うべきだと僕は思います」
「まあ……いっか。どうも勘違いしてるっぽいが」
頭をかきながら水輝がため息を吐く。次いで水輝は奈月の頭を撫でた。奈月が耳から手を離してにっこりと笑う。その膝に乗せられていた透明な珠を水輝はそっと取り上げた。しばしじっと手の中の珠を見つめてから、水輝がそれに唇を寄せる。水輝が唇で触れた瞬間、透明な珠は瞬く間に消えた。
水輝、改めて女たらし認定をうける。