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今現在、生徒会長を務めている要は高校一年の時に立候補してその座を射止めてから三年続投中だ。女性の生徒会長というのもこれまでのことを考えるととても珍しい。その上、要は毎年会長に立候補し、その座を維持している。これも通常では考えられない事態だ。が、これまでに決して例がなかった訳ではない。
かつて生徒会長を務めていた立城は生徒たちや教師、あらゆる関係者の記憶を処理し、当分の間はこの学校に居続けた。その間、やはり一度も生徒会長は変わらなかった。だが当時、この学校に通っていた生徒たちの記憶にはそういった事実は残ってはいない。勿論、学校の歴史をどれだけ探ってもその事実は存在しない。立城はこの学校を去る間際、自分に関する全ての記憶を人々から消し去ったのだ。
立城はゆっくりと校舎の傍を歩いてグランドの見渡せるところに出た。広々とした格技場、体育館、プール、弓道場がグランドの一部を占めている。が、それを除いてもグランドは広い。サッカーや野球が同時に出来、尚且つバレーボールのコートを二面、三面取ってもまだ余裕がある。
最初は格技場もなかったよね。立城はそう思いながらゆっくりとした足取りでグランド脇を過ぎた。遠目に見える人影はもしかしたら生徒たちなのかも知れない。きっと部活動に勤しんでいるのだろう。
この他にも校舎の奥には講堂、食堂、それにクラブハウスが建っている。合宿用の館、テニス部用のコート、そして校門から見て手前側にある校舎に沿って、浄水システムを使った小さなせせらぎと池、噴水が設えられている。生徒たちが利用するトイレなどから排される水は一旦、専用タンクに集められた後、浄水してせせらぎを通り噴水を通って池に流れる。そしてまた、その水が校舎屋上のタンクにくみ上げられて食用以外の用途に用いられる。今では古くなってしまったシステムだが、当時の学校というものを考えると画期的だった。
正面玄関に入って立城は靴を脱いだ。誰もいないがらんとした玄関を抜けて事務室の前に辿り着く。案の定、公衆電話はそこにあった。立城はハンドバッグから一枚のカードを取り出して受話器を上げた。スロットにカードを差し込んで暗証番号を入力する。すると軽い電子音が受話器から聞こえてきた。
『暗証番号を認識しました。通話料金は指定口座から即時引き落としされます。ご利用ありがとうございます』
女性の滑らかな声を聞き取った後、立城は改めて自宅の番号を押した。液晶画面には使用料金、通話時間などが示されている。自室の専用回線をコールするとほどなく相手が出た。その時点から料金などを示す数値がカウントをされ始める。
「あ、僕だよ。ちょっと久しぶりかな。元気にしている?」
電話口に出てきた水輝に立城は微笑みながら話し掛けた。すると電話の向こうで水輝が眠そうな声で答える。
『んー、まあぼちぼちってとこかな』
どうやら寝起きらしい。もう昼だよ、と苦笑しながら立城は変わりはないかと訊ねた。間延びした声で水輝が質問に答えていく。その声は立城にとって酷く懐かしく聞こえた。
たった数日、離れていただけなのに。そう思いながら立城は苦笑混じりに告げた。
「無事に取り戻せておめでとう、と言っておこうか」
とりあえずはね。そう立城が付け足すと水輝が不機嫌そうな声を上げる。
『あー? 何だ、厭味か?』
「違うよ。良かったじゃないって言っているんだよ。だって彼女が眠らなかったら君もあんな真似をしようとはしなかったでしょ?」
そう立城が答えると水輝がしばし黙り込む。立城は困った人だね、と内心で呟いてからため息混じりに告げた。
「君も人のことを言えないじゃない」
あの時、水輝は確かに命がけで立城を止めた。自ら死に向かうのは真也を侮辱しているのだという、あの時の水輝の叫びは確かに立城の耳にも届いていた。だがそれは君も同じじゃないの。そう立城が告げると水輝が嫌そうな声を上げる。
『ったく、いちいちうるせえな』
投げやりな答えを耳にした立城は無意識に顔をしかめていた。
「……それは間違っても感謝の言葉ではないよね?」
『どう聞いたらそう聞こえるんだ』
なるほど、と立城は呟いて公衆電話を見下ろした。自然と目つきが鋭くなる。だがそのことを立城は自覚していなかった。人がどんな思いであんな真似をしたと思っているの。一瞬、その言葉が口をついて出そうになる。だが立城はそれを堪えて話題を変えた。
「そういえば渚さんは元気?」
立城が訊ねるとまた水輝が黙り込む。立城はもう、と呟いてからため息をついた。
「彼女のこと、好きなんでしょ? それならよか」
『誰がんなこと言ったよ?』
立城の言葉を遮って水輝が低い声で言う。立城は片頬を引きつらせて唇を引き結んだ。公衆電話に持たせかけていた手が自然とこぶしの形になる。
『大体なあ。大きな世話なんだよ。おまけに莢花まで出てきやがって』
そう言いながら水輝が電話口の向こうで深々とため息を吐く。立城はこめかみを指先で強く押さえて出来る限り穏やかな声を出した。
「でも莢花さんがいなければ、君は戻れなかったでしょ?」
大体の事の顛末は優一郎から聞いている。水輝はあの時、自殺を図った末に断罪の光に追われていた。それを救ったのは莢花だ。例え身体は奈月のものでも、莢花があの時に的確な対処をしていなければ、今ごろは水輝も裁かれている。立城はひきつるのを堪えながらそう言ってみた。途端に水輝が電話の向こうで呻く。
『あー、もう、判ったよ。いいだろ、その話はもう』
「そうだね」
これ以上、何を言っても無駄みたいだし。立城は肩を落として告げた。すると水輝が更に不機嫌な声を返す。
『あー? 厭味か、それは』
「別に」
段々と立城の表情は険しくなっていった。恐らく水輝も電話の向こうで渋い顔をしているだろう。そのことは見なくても何となく判る。立城は仕方なく話を切り上げることにした。
「とにかく、もうじき僕も戻ると思うから」
幾らなんでも家主が不在のままというのはまずいだろう。何気なく立城はそう言った。すると途端に水輝の声がころりと明るくなる。
『あ! お前、当分帰ってくるな』
「……は?」
立城は本格的に顔をしかめて低い声で返した。すると電話の向こうで水輝が笑う。どういう意味、と立城は目いっぱいに機嫌悪く答えた。
『だーから。当分は帰ってくるなっつってるんだ。優一郎のとこにいるんだろ? 不都合ないだろうしさ』
妙に水輝の声は嬉しげだ。立城は怒りに肩を震わせながら公衆電話をぎらりと睨んだ。要するに邪魔ってことだよね。そう内心で呟きつつも立城はごく穏やかな声で告げた。
「判った。それじゃ、もう切るね」
『おう。じゃあな』
電話を切ろうとしていた立城より水輝が先に受話器を置いてしまう。空しい音を聞き取った立城はしばし呆然と公衆電話の前に佇んでいた。受話器から聞こえる音をしばし聞いてから静かに息をつく。受話器を戻した立城はスロットに差し込まれていたカードを乱暴に抜き取った。
なに、それ。そう呟きながら踵を返す。行きとは正反対に大きな歩幅で立城は玄関を抜けた。来た道を逆戻りして優一郎の研究施設に戻る。金属製の扉を開ける直前に立城はふと手を止めた。俯いてため息を吐く。
どちらかが狂った時には死んでも止める。水輝と立城がそれが出来る間柄なのは事実だ。だがそこには何の感情も働いてはいない。誓約には互いの思いは全く関係しておらず、例えお互いに心が通っていなくても誓約は成立する。
結局、そういうことなのかな。立城はそう呟いてから扉を開けた。
清陵高校は立城が作った……んですけどねw
そしてまたすれ違いました。