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「くそ、ココアいれたのに」
そうぼやきながら水輝が順が座っていた席にココアのカップを置く。だが順はピアノを弾くことが楽しいのだろう。こちらに気づいた様子はない。曲が終わった後、紫が唐突に聞き覚えのあるアニメーションの主題歌を弾きはじめる。するとうわお、と笑って順は少し遅れてピアノを弾き始めた。
「いつもなら奈月が弾くんだけどな。……八百屋のおっさんにでも捕まったかな」
あのおっさん、話が長いからなあ。ぶつぶつと言いながら水輝が手早く紅茶をカップに注いでカウンターの端に置く。寄ってきた渚が静かにそれをトレイに乗せ、空いた器をキッチンに戻す。
店に居た数人の子供が嬉しそうにはしゃいで紫の前に寄ってくる。紫はそんな子供達を微笑んで見つめ、アニメーションの曲を弾き終えた。次は次は、とはしゃぐ子供に苦笑し、紫が今度は別のアニメーションの曲を弾き始める。するとまた、順が笑ってピアノを弾く。
「よくまあ、あんなにころころ色んな曲を弾けるもんだなあ」
思わず感心して呟いて多輝はひとしきり二人の演奏に聴き入った。
「譜は要らないからな。オレたちには」
ぼそりとした声で黒田が言う。多輝は驚きをこめて黒田を見た。そう言えば黒田がカウンターに立てかけているのは、ギターケースではないだろうか。
「黒田さんは、今日はライブでも?」
優一郎がそう訊ねると黒田が渋面になる。元々、愛想のない顔をした黒田がそんな表情をすると怖いものがある。が、黒田の容姿は驚くほどに整っている。そう言えば、と多輝はぐるりとその場を見回した。水輝に優一郎、紫、順、それに黒田と渚。よくよく考えればとんでもなく容姿が整っているような気がする。もしかしたらさっきから誰もカウンターに近付こうとしないのは、そのせいなのだろうか。
「いや。今日は練習があるからとヤツに引っ張り出された」
ぼそぼそとした声で黒田が答える。その直後、店内は歓声と大きな拍手に包まれた。バイオリンを抱えた紫が立ち上がって礼をする。その後ろで順も同じように客に一礼する。その後、紫はバイオリンを持ってまたキッチン横のドアの向こうに引っ込み、順はピアノを片付けて席に戻ってきた。
「調子に乗りやがって。冷めちまったろうが」
席についた順に水輝が不機嫌に言う。するとあはは、と笑って順はココアの入ったカップを水輝に突き出した。
「あっためなおして」
「レンジでいいな!? レンジで!」
そう喚き返して水輝が順のカップをひったくる。だが言葉とは裏腹に、水輝はカップの中身をミルクパンに移し変えた。
「また、ライブする時は教えてくださいね」
にっこりと笑って優一郎が言う。すると順がそうだ、と指を鳴らして口許に手をあてがった。
「そうそう。ちょっと面白いコト考えたんだけどさあ。キミたちのガッコの卒業式って十日だったよね」
潜めた順の声を聞くために多輝は身体を傾けた。優一郎が身軽にスツールを降りて順に寄る。順の向こうに座る黒田が何事かとこちらに顔を寄せ、カウンターの中にいた水輝も身を乗り出す。
フロアに戻ってきた紫がなに? と笑って話に加わる。そこにちょうど、帰ってきた奈月が笑顔で寄ってくる。
「水輝さん、ただいま戻りました」
「おう。奈月も来い。面白いぞ」
そう言って水輝が奈月に手招きする。奈月は食材の入った袋をキッチンに預け、小走りに駆け寄ってきた。
「キーボードは優一郎でいいだろ? 我流っつっても苺よりはマシだろうし」
「何だと!?」
いつの間にか話には渚も加わっている。すっかり放り出されたフロアにはキッチンに居たらしい別の女性が駆け回っている。
「はいはい! オレ歌係ね!」
「オレはベース以外は弾かないぞ。他は覚えるのが面倒だ」
順と黒田がそう告げる。いつの間にかカウンターの中には別の誰かが立っている。水輝がエプロンをつけたまま、仕事を放り出してしまったからだ。
「ギターとドラムは誰ですか?」
話し合いを続ける多輝たちはいつの間にか店の一角を陣取っていた。テーブルに広げた白い紙にオーソドックスに鉛筆で書いているのは優一郎だ。
「誰でもいいんだけど……じゃあ、おれがドラム叩くかな。さすがに女は体力いるだろ」
管楽器でもいいんだけどな。水輝が紙を覗き込みながらそう言う。すると横に立っていた紫がじゃあ、トランペットとサックスも入れようか、と言う。
「わたし、ギターひきますっ!」
挙手した奈月が元気よく言う。それに従って優一郎が紙に奈月の名を書き込んでいく。
「じゃあ、私は……マリンバとかないの?」
渚がそう言って優一郎の手元を覗きこむ。
「渚さんはサックスあたり、管楽器はどうですか?」
曲によってはシロフォンとか。優一郎が顔を上げながら言う。すると渚は口許に手を当ててため息混じりに告げた。
「私、弾いたり吹いたりより、叩く方が得意なのよね」
渚の真正面の位置にいた水輝がなぜか引きつる。渚はにこやかな笑みを浮かべて水輝に言った。
「代わってくれる?」
「お、おう。判った」
なぜか嫌に物分りよく水輝が言う。だがその声は妙に上ずっている。もしかしたら水輝は渚に何か弱みでも握られているのだろうか。
「じゃ、じゃあおれはサックス吹こうかな」
「それじゃ、わたしはトランペットで」
水輝に続けて紫が言う。すると唐突に聞き慣れない声が聞こえてきた。
「はいはーい! あたし、アルトサックスね! あんた、テナーサックスでしょ?」
割り込んできた声にテーブルを囲んでいた皆が一斉に顔を上げた。水輝の背後に一人の少女が立っている。はいはい、ごめんね、と言いながら少女は水輝と紫の間に割って入った。
色んなのが出てきます……ホントに……w