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「イブニングドレスは無茶かしら」
「お前、奈月の容姿見てから言えよ」
呆れた気分で渚に言い返しながら水輝はクローゼットにかけられたコートのポケットを探った。携帯電話を取り出して目的の電話番号を表示させる。コールしながらクローゼットを離れ、ベッドの枕元に放り出されていた煙草を取り上げる。コール三回ほどで相手が出た。
「あ、おれ。悪いんだけどさあ。頼みあんだけど」
『……今度は何!?』
電話の向こうで学が怒鳴る。水輝は笑いながらちらりと渚と奈月を見た。渚は奈月の愛らしい容姿に合わせたのだろう。優しい色使いのブラウスをチョイスしている。それを見届けてから水輝は電話に向かって言った。
「今から三十分後に来てくれよな」
それだけ言って水輝は一方的に電話を切った。切る寸前、向こうで学が叫んでいたような気がしたが、それはとりあえず無視する。スラックスのポケットに電話を滑らせて、水輝はクローゼットの前に戻った。
淡いピンクのブラウスにはフリルがたくさんついている。咥え煙草でそれを横目に眺め、水輝は小さく笑った。
「さすがにそういうのを着ると、似合いそうだな」
「いつもより二、三歳は若く見えるかも知れないわね」
それが難点かしら。そう言って渚が首を傾げる。ブラウスを着せてもらっている奈月は慌てたように水輝と渚を見つめ、次いで首を傾げた。
「あの、これからどこかに出かけるんですか?」
困惑気味に奈月が言う。そう、と笑って水輝はネクタイを一本、選び出した。首に巻きつけたところで渚を呼びつける。すると渚は嫌そうな顔をして振り返った。
「ネクタイくらい、自分で結びなさいっ」
「いいじゃん。減るもんじゃなし」
文句を言いつつも渚が慣れた手つきで水輝のネクタイを結わえる。水輝は渚の後ろに立っている奈月が目を潤ませているのを見てぎょっとした。
「ど、どうしたんだ? 奈月」
もしかしておれはまた何かしでかしたのか? そう自問自答する水輝を見つめ、奈月が胸の前で手を組み合わせる。
「いえ、違います。夢の続きを見ているみたいで嬉しくて。わたし、ほんとうにとっても幸せです」
「おいおい……」
本気で感動しているのだろう。奈月はうっとりとした面持ちで水輝と渚を見ている。水輝はそれを止めることも出来ず、困り果てて頭をかいた。そんな水輝のネクタイを渚がめいっぱいに締める。水輝は苦しさに顔をしかめて渚の額を指で弾いた。
「阿呆。首を締めてどうする」
「ちょっとお灸を据えられた方がいいんじゃないの?」
機嫌悪く水輝に返してから渚が奈月に向き直る。そこで渚はまるで別人のように優しい声音で言った。
「金色の姫君はとってもチャーミングですので、この服などいかがでしょう」
そう言いながら渚がクローゼットの中から一枚のドレスを取り上げる。水輝はけっ、と喉の奥で渚に言ってからスーツのジャケットを取り上げた。それを着込みながら灰皿のある机まで移動する。ふんわりとした丸みを帯びたフリルを作り出すためにスカートの生地は随分とたっぷりと取られている。そのくせ、そのドレスは上質の生地で作られているために身につけても軽い。渚の手にした愛らしいドレスと水輝とを見比べてから奈月が言う。
「はい、ありがとうございます。それから、あのっ!」
「はい、何でしょう?」
にこやかに渚が奈月に告げる。水輝はそれを余所に灰皿に煙草を乗せてジャケットのボタンを留めた。銀のネクタイピンを机の引出しの中から取り上げる。
「わたしのことは、奈月と呼び捨てにしていただけませんか? わたし、渚さんのこと、お姉さんのようにしか思えなくて」
我侭だったらごめんなさい。消え入りそうな声で言って奈月が上目遣いに渚を見る。渚は困惑した声を奈月に返してからちらりと水輝を見た。水輝はその視線を受けて肩を竦めた。
「別にいいんじゃないか? 奈月が言ってるんだし」
「でも……」
相手は金色の姫君なのに。渚はそう呟いて奈月に目を戻した。
「あの、ですね。ええと」
奈月の真剣な顔を見止めたのか、渚が困ったように視線を泳がせる。それを見て水輝はにやにやと人の悪い笑みを浮かべた。灰皿から取り上げた煙草を咥えて机の端に腰掛ける。
「珍しいな。渚がそんな風に戸惑うのって」
いつもは全部当り前みたいな顔してるくせに。そう言ってからかうと途端に渚は機嫌悪い顔で水輝を睨んだ。
「もしかして、ご迷惑ですか?」
泣きそうな顔で奈月が呟くように言う。その途端、渚は見た目にもはっきりと慌て始めた。
「いえ! あの、迷惑という訳では!」
焦ったように言ってから渚がでも、と呟く。
「その……龍神のお方を呼び捨てにするのは……私はあくまでも使い魔ですので」
どうにか言い訳になりそうと判断したのだろう。渚が苦しそうに顔を歪めて言う。水輝はにやにやと笑いながら二人の様子を見物した。
「我儘言って、すみませんでした……」
はっきりと消沈した面持ちで奈月が呟く。それを見た渚は更に焦ったらしい。困惑した面持ちで辺りに視線を彷徨わせる。水輝は短くなった煙草を灰皿に押し付けながら小さく笑った。
「いいじゃないか。本人がそうして欲しいって言ってるんだから」
「あ、あなたは使い魔になったことがないから判らないのよ! 明確な座の差異というものがあるの!」
「でもお前、おれは呼び捨てにしてるじゃん」
水輝はすかさず渚にそう切り返した。すると渚がうっ、と言葉に詰まる。水輝の言葉に思うところがあったのだろう。奈月がそう言えば、と呟いて顔を上げ、渚をまじまじと見る。二人に挟まれる格好になった渚がやがて諦めたように肩を竦めた。
渚は困りつつもアレな感じです。