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大きな窓の向こうをゆっくりと景色が流れていく。奈月は歓声を上げて窓の外を指差した。誰が作ったのか、大きな氷の彫刻がとある店先に置かれていたのだ。
「そういえば、今年の冬は寒いですね」
雪もたくさんふるし。喜びに笑みを浮かべながら奈月は後ろに流れていく氷の彫刻を目で追った。窓硝子に張り付いていた奈月の肩を水輝が片腕で引き寄せる。ゆったりとしたシートに倒れ、水輝の膝に頭を乗せた格好で奈月は驚きに目を見張った。のんびりと座っていた水輝が煙草を吸いながら口許に人の悪い笑みを浮かべる。
「あー。今年はあいつは大活躍しているらしいからな。雪や雹は降りまくるだろ」
そう言いながら水輝が手を伸ばしてスタンド型の灰皿に灰を落とす。本来は運転席と後部席を分け隔てている硝子窓は今はない。会話が聞こえないと空しい、と学が窓を閉めるのを嫌がったからだ。
「あらぁ。それは困るわね。腰が冷えちゃ、使い物にならなくなっちゃうぅ」
身をくねらせてほほほ、と笑いながら学が言う。そんな学の後姿を見ながら奈月は首を傾げた。昔からこんな風に時々、学の言っていることが判らない時がある。だが意味を問うと必ずと言っていいほど、周囲にいる誰かが奈月を止めるのだ。そんなこと、奈月ちゃんは知らなくていいから。結局、奈月は謎を謎のままにし続けるしかなかった。
「あの、水輝さん。わたしたち、どちらに向かっているのでしょうか?」
学の発言をとりあえず保留にして奈月は訊ねた。質問を口にしてから慌てて起き上がろうとする。水輝の膝を枕にしていたことに遅ればせながら気付いたのだ。だがそんな奈月の肩をやんわりと押さえ、水輝が笑う。
「もうすぐ着く。さすがに一人で入るのは気が引けるからな。奈月にちょっと付き合って貰いたいんだ」
そう言って水輝が奈月の唇に軽く唇を落とす。軽い口づけの後、水輝は髪型を乱さないよう、指先だけで奈月の頭を撫でた。
「わかりました」
そう答えて奈月はにっこりと微笑んだ。確かに高級レストランの類であれば、一人で入るのは気が引けるだろう。そう思いつつ奈月は足を倒してシートの上に乗せた。これまでこんな風に横たわって車に乗ったことはない。きっとこの車は特別なのだろう。ロールスロイスという車がどういった車であるかを全く知らない奈月は呑気にそう考えていた。
「何かむかつくわ。ヘアピンでも攻めてやろうかしら」
ぶつぶつと学が呟く。そんな学に水輝が喉の奥で嗤う。
「やれるもんならやってみやがれ。車幅と長さ考えろ。曲がりきれる訳がないだろ」
水輝が返した途端、学が不服そうに声を上げる。
車はしばらくして静かに道の端に停められた。先に運転席を降りた学が後部席のドアを外から開ける。水輝の後に続いて車を降りた奈月は目の前の光景に目を見張った。大きな硝子張りのディスプレイが張り出された店舗の入り口の脇には店員が数名立っている。
「さーて、行ってみるか」
ごく小声で言ってから水輝が奈月の手を取る。自然と水輝と腕を組む形に手を導かれ、奈月は頬を赤く染めた。
「せいぜいぼろが出ないように頑張りなさい。……奈月ちゃん、出来るだけ水輝君をフォローしてあげてねっ」
恭しく礼をしながらこちらも小声で学が言う。奈月は訳が判らないままに学に向かって何度か頷いた。
店の入り口の上に大きな文字で店名が記されている。奈月の記憶にはまるでなかったが、それは高級宝石ブランド店の名だった。店の入り口で恭しく礼をした店員が水輝と奈月のために扉を開ける。ありがとう、と言って微笑む水輝と同様に、奈月もにっこりと笑って店員に会釈をして入り口を通った。
中に入るとフロアは柔らかな照明に満たされていた。天井から吊り下げられた幾つものシャンデリアは磨き抜かれ、淡い光を照り返している。フロアに敷き詰められているのは毛足の長いペルシャ絨毯だ。
「コートをお預かりします」
ドアを開いたのとはまた別の店員が二人に寄って来る。水輝と奈月からコートを預かった店員が一礼をして下がっていく。水輝はそんな店員を見送ってからぼそりと告げた。
「やっぱり慣れない格好は苦しいな」
出来るだけ絞った声で漏らして水輝が歩き出す。奈月はそんな水輝の腕につかまって歩きながら周囲を不自然にならない程度に見回した。広々としたフロアの床には幾つもの硝子ケースが設えられている。店員とは違う格好をした人々が数名ほどフロアを歩いている。きっと彼らも客なのだろう。そう思いながら奈月は手近のケースを覗いてみた。
美しい宝石のついた指輪が並べられている。
「綺麗ですね」
でも水輝さんに作っていただいたもののほうがいいかも。そんな奈月の口にしない考えを読んだのか、水輝がごく小さく笑う。立ち止まって奈月が見ているのと同じケースを覗きながら、水輝は小声で言った。
「近頃は質のいい宝石ってのはべらぼうに高いらしくてな。なかなか出物がないらしい。……まあ、元々は地面で圧縮された石だからな。掘り続ければ涸れるよな」
そう言いながら水輝が指で一つの指輪を指し示す。奈月はつられてその指輪をじっと見た。美しいカットの施された赤い石がついている。指輪のデザインもなかなか凝っていて、他とは群を抜いて見栄えがする。が、示された指輪は奈月の好みとは少し外れていた。
「力を含んでいるものもあるんですね」
「ああ。時々、こういうのも出回るらしい。まあ、大した力じゃないから放置しておいても問題はないが」
小声で水輝が言ったところで静かに女性の店員が二人に寄って来る。
「お気に召しましたでしょうか?」
年若い女性の店員が人好きのする微笑を浮かべて問う。水輝はああ、と小さく笑って女性店員に言った。
「すみませんが、そこのルビーのリングを見せていただけますか?」
そう言ってから水輝が奈月を手で示す。彼女が少し気に入ったようで。そう水輝に言われて奈月はにっこりと女性店員に笑んでみせた。
宝石店とか入らないからざっくり書きましたw