「はい、畏まりました。少々、お待ちくださいませ」
スーツのポケットから鍵を取り出して女性店員が硝子ケースの鍵を開く。取り出されたのは水輝が先に指し示した赤い石のついた指輪だった。
「宜しかったらおつけになってみてはいかがでしょう」
きっとお似合いですわ。そう言って店員が奈月に微笑みかける。奈月は水輝をちらりと見た。水輝が小さく頷いてみせる。それを合図と見て取って奈月は店員に笑顔で頷いてみせた。
本来、水輝や奈月が使う力は人の目には映らない。が、稀に人外のものの発する力などを敏感に見取ってしまう者もある。慎重に、石にのみ集中する。そう思いながら奈月は店員から問題の指輪を受け取った。
見た目にはごく普通のルビーのついた指輪だ。が、この石にはごく僅かに影がある。その影を核にして暗い力が凝っているのだ。それ故、奈月や水輝の目にはこの赤い石は濁って見える。
「よくお似合いですわ」
店員が指輪をはめた奈月に笑顔で頷いてみせる。奈月は嬉しそうな笑みを浮かべて天井に手をかざした。石が見えるよう、手の甲を自分の方に向ける。
「そういえばこの店はウェディングリングは取り扱っていますか?」
タイミングを見計らっていたのだろう。奈月が石に意識を向けた瞬間、水輝が店員に問い掛ける。それまで奈月の様子を見つめていた店員が驚いたように目を見張り、次いでにこやかな笑みを浮かべた。
「はい、ございます」
接客用の笑みを浮かべた店員の意識が奈月から水輝へと向かう。奈月は口の中で小さく呟いて赤い石に右手の指先を乗せた。指先からごく細く放った奈月の浄化の光が赤い石に注がれる。すると小さな石に凝っていた力は綺麗に浄化された。奈月は内心でほっと息をついて周囲を目で伺った。どうやら水輝が上手く注意を逸らしてくれていたらしい。誰も奈月の方は見ていない。
「水輝さん、他もいろいろ見てみたいです」
そう言いながら指輪を外し、奈月は水輝に訴えかけた。すると水輝がああ、と苦笑して奈月の手から指輪を取り上げ、店員に差し出す。笑顔で店員が指輪を受け取ってから、水輝は奈月に向き直った。
「気に入ったものがあれば一緒に買おうか」
小さく笑いながら水輝が奈月の耳朶に嵌った青いピアスを優しく撫でる。くすぐったさに首を竦め、奈月は水輝の腕に再び手を回した。
店員が二人を別のスペースに案内する。通されたのは個別で接客するための応接スペースだった。ちょっとした喫茶店を思わせるテーブルと椅子の並んだ場所に奈月は大人しくついていった。椅子に座るように促され、水輝と並んで腰を下ろす。その後、店員は恭しく一礼して席を離れた。
「うー、苦しい。ネクタイなんざ、締めるもんじゃねえな」
ぼそりと漏らして水輝が眉間に皺を寄せる。奈月は他に誰もいないそのスペースを見回して感心した声を漏らした。商品が展示されているところと同じフロアとは思えない。硝子の大きな窓の設えられたそのスペースは緑の観葉植物が多く飾られ、ちょっとした憩いの場所といった雰囲気だ。
「いい雰囲気のお店ですね」
にっこりと笑って奈月は言った。すると水輝が苦笑して周囲を見回す。
「まあな。学の御用達らしいぞ、ここ。……あ、そうだ」
そう言って水輝がそっと奈月の手を取る。水輝の両手に優しく手を包まれて奈月は目をしばたたかせた。
「さっきはありがとな。上手に浄化してくれて」
微笑みを浮かべて水輝が言う。それを聞いた奈月は急に恥ずかしくなって頬を染めた。
「いえ。わたしの取り得なんてそれくらいですから」
「そんなことないだろ? 奈月が作る飯も美味いし、家事もそつなくこなすし」
それに、と笑って水輝が素早く奈月の唇を奪う。驚きに息を飲む奈月に水輝は人の悪い笑みを向けた。
「おれの相手も上手だし?」
にやにやと笑う水輝を見つめ、奈月は真っ赤になった。
「もう、水輝さんったら」
奈月は拗ねて唇を尖らせてみせた。すると水輝がごめんごめん、と詫びる。そんな折、姿を消していた店員が戻ってきた。
「池田様、お待たせ致しました」
大きな宝石ケースを抱えた店員が深々と頭を下げる。水輝はさっきまでの態度をころりと変えていえ、と店員に微笑んでみせた。そうしていると水輝はまるで別人に見える。
「こちらが当店で取り扱っております、ウェディングリングの見本となります」
そう言いながら店員が机に箱を乗せ、蓋を開く。中にはあらゆるデザインの指輪が並んでいた。サテンの布張りのケースに指輪は行儀よく並んでいる。その箱は開けるとひな壇のように薄い段に幾つも分かれ、格段の指輪が一目で見られるようになっていた。
「こちらが婚約指輪でございます」
「へえ。随分と色んな種類があるんですね」
感心したように言って水輝が一つ一つの指輪を取り上げ、それぞれを検分するように眺める。ええ、と微笑んで頷いてから店員は奈月に目を移した。
「お客様もご覧になられませんか? やはり、婚約指輪というものは一生ものでございますし、デザイン等もしっかりとお選びになられた方が宜しいかと」
接客用の笑みを浮かべて店員が告げる。奈月は困惑しつつ店員と水輝とを見比べた。数瞬迷った後、奈月は笑顔で頷いた。
「はい」
「あ、違う。ごめんなさい、彼女のではないんです」
熱心に指輪を見ていた水輝がふと思い出したように顔を上げてにっこりと店員に笑みかける。
「え?」
さすがに面食らったらしい店員が驚きの声を上げる。その向かいに座る奈月も驚いて水輝を見た。自然と箱に伸ばそうとしていた手が止まる。
水輝が格好をつけようとすると、大体しくじります。
なので奈月がサポートについてますw