このエピソードの後、三章になります。
(三章を下書きしようとしてやっと気付いたのです(泣))
エロシーンはありません。
「お姉ちゃ……渚さん!」
意を決したように話し掛けた奈月に渚が微笑みを向ける。
「なあに?」
渚は喧嘩していたことが嘘のような穏やかな声で奈月に答える。そして渚は他のカップに紅茶を満たしていった。片方のカップを奈月の前にそっと据える。もう一つのカップを手に渚は静かにソファに腰を下ろした。ちょうど、水輝の真正面の位置だ。
「あの! わたしには理解できないけれど、渚さんにとって重要な理由があるんだと思います。でも……」
そこまで言って奈月が目を潤ませる。さすがの渚も奈月に強く言い返す気にならなかったのか、黙って話を聞いている。水輝はそんな二人をちらりと見やってからカップを傾けた。水輝の使っているカップだけが冷蔵庫で冷やしてあったからか、中身は猫舌用にぬるくなっている。
「このままだとお姉ちゃんが壊れちゃう! わたし、そんなの嫌です!」
「私はあなたの姉ではないけれど……心遣いはとても嬉しいわ。どうもありがとう」
懸命に訴えた奈月に渚がにっこりと笑いかける。だが渚も薄々は判っているのだろう。どうやら時を超えた莢花の魂は転生して奈月に宿っているようだ。だが水輝も渚もそのことは決して口にはしない。
「ご、ごめんなさい。呼び間違えないよう努力してるんですけど……」
渚さん渚さん渚さん、よし。口の中でそう続けて奈月は頷く。それを横目に見て水輝は苦笑した。
「それで? 少しはおれに抱かれる気になったか?」
「嫌よ」
水輝の笑い混じりの質問に渚が平然と即答する。だろうな、と水輝は呟いて紅茶を啜った。渚も同じように紅茶を啜る。その横で一人、奈月だけがはらはらと二人を見比べていた。
「強情な女だな。そのままだと壊れるっつってるだろうが」
「だから大きなお世話だと言っているでしょう。相変わらず口の減らない人ね」
「どっちがだ」
水輝は顔をしかめて上目で渚を睨んだ。が、渚もやはり同じように水輝を睨んでいる。水輝はため息を吐いてカップを下ろし、渚に問い掛けた。
「……結局、お前は何が気に入らないんだ? 単純におれが嫌なら他の男に抱いてもらえ」
そう水輝が言った瞬間、渚が右腕を鋭く振った。カップの中身を容赦なくぶちかけられる。水輝は顔面に紅茶を浴びせられて歯軋りした。渚が続けてカップを水輝に投げつける。水輝は今度は手で飛んで来たカップを叩き落とした。
「こ、の、じゃじゃ馬!」
「デリカシーのない男は最低よ!」
勢いよく立ち上がった水輝の目の前で渚が苛立たしそうに声を上げて立ち上がる。さらに渚を怒鳴りつけようと水輝が口を開く前に今度はなぜか奈月が立ち上がった。
「さっきのは水輝さんが酷いです!」
「……え?」
意外なところから言われて水輝は目を見張った。奈月は目に涙を浮かべて水輝を睨みつけている。
「あの、わたしならかまわないんです。わたしは完全な人形で水輝さんの道具ですから、水輝さんがお望みなら他の方と、その、してもかまいません」
この前は突然で覚悟が出来てなくてご迷惑をおかけしました。そう続けて奈月が軽く頭を下げる。水輝は動揺して慌てて首を振った。
「い、いや、あれは」
奈月の覚醒をより促すためには力を外部から取り込んだ方が早かった。だが水輝はそれを説明出来ず、口を濁した。やっぱり最低。そう渚が呟く。水輝はぎらりと渚を睨んで手にしていたカップを振った。途端に水輝のカップに残っていた紅茶が渚の顔面にかかる。
「うるせえ」
これでおあいこだ。水輝はそう言い捨てて手にしていたカップを放り、その場から離れた。踵を返して歩き出した水輝を慌てたように奈月が呼び止める。水輝は肩越しに振り返ってため息を吐いた。
「他の男がいいならそいつのところに行けばいい。おれは嫌がる女を抱く趣味はない」
そう言い放って水輝はドアに向かって歩き出した。
「水輝さん待ってください!」
奈月が声を張り上げる。水輝は深々とため息を吐いて足を止めた。振り返った水輝の元に憤然とした足取りで渚が近付く。渚は素早く腕を振って水輝の頬を平手で打った。
「いいわよ! そこまで言うなら!」
「……てめえ。女だと思って容赦してりゃ、つけあがりやがって!」
水輝は目を吊り上げて咥えた煙草を吐き捨て、渚の胸倉をつかんだ。渚が濡れた顔を袖で乱暴に拭って何よ、と声を荒らげる。
「お姉ちゃんが好きなのは、お兄ちゃんだけです! お兄ちゃん以外の人に抱かれたいなんて思うわけ……あっ」
不意に奈月がよろけてその場にへたり込む。水輝は目を見張って渚から手を離し、慌てて奈月に駆け寄った。
「お、おい。大丈夫か?」
力なく座り込んだ奈月にそっと声をかける。そうしながら水輝は奈月の背をゆっくりと撫でた。奈月は呻きながら頭を押さえている。
「すいません……夢で見たことと、現実が混乱してしまって……。大丈夫、です」
「ああ。いいから動くな」
そう告げて水輝は奈月を両腕に抱え上げた。そのまま踵を返して歩き出す。所在なげに佇んでいた渚の脇を過ぎ、水輝は奈月の寝室に向かった。寝室のベッドに奈月をそっと横たえる。
「駄目です! わたしでは無く、お姉ちゃんを……。お姉ちゃんはわたしみたいな完全な人形ではなく、ヒューマノイドだから、壊れる前に安全装置が働いて……」
苦しそうに顔を歪めて奈月が言う。判った判った、と呟いてから水輝は奈月の身体にそっと布団をかけた。
「いいから少し休め。奈月も大変だっただろ?」
そう言って水輝は奈月の額に軽く口づけた。髪を優しく撫でながらベッドの縁に腰掛ける。暗い窓の外には雪が降り続いている。それをぼんやりと眺めてから水輝は奈月に目を戻した。いつの間にか奈月は寝息を立て始めている。それを確認してから水輝は奈月の寝室を出た。
ドアを閉じてため息を吐く。水輝は廊下を過ぎて執務室に戻った。渚が床にへたり込んでいる。どうやら限界を迎えて腰が立たなくなってしまったらしい。水輝はため息を吐いて渚に寄り、腕を取って引き起こした。
この2人はよく喧嘩しますw