「よっ」
水輝が小声で言って身体を半回転させる。組み敷かれる格好になった立城に触れていた水輝の指が強く押し込まれ、乳房に食い込む。
「んくっ! やっ……みずきっ!」
痛みに顔をしかめた立城に水輝が苦笑する。悪い、と呟いて水輝は体重を乗せていた腕から力を抜いた。重心を足にかけ替え、今度は一転して優しく乳房を揉む。立城はほっと息を吐いて閉じていた目を少しだけ開けた。
「へえ。お前も相当溜まってるらしいな」
「…………も?」
水輝の言にぴくりと眉を寄せて立城は低い声で言った。それまで感じていた快楽が一瞬で消し飛んでしまう。あ、と声を漏らして水輝が慌てたように口を手で覆う。立城はうろんな眼差しで水輝を見上げ、腕を突っ張った。
「退いて」
「いや、待て。ほら、さっきのは言葉のあやって言うか」
慌てたように水輝が言う。立城はため息を吐いて水輝を睨みつけた。
「いいから退いて。重い」
ため息混じりに言って立城は強く水輝の胸を押した。顔をしかめた水輝が渋々の態で立城の身体から降りる。立城は不機嫌な顔で身体を起こし、乱れた浴衣を手早く整えた。
「何しに来たの」
素気なく言いながら立城は布団から出た。開けっ放しになった襖の間から隣の部屋に移る。水輝が畳に放り出していたコートをつかんで立城の後に続く。
「お前こそこんなとこで何してる。優一郎のところにいたんじゃなかったのか?」
立城に負けない不機嫌な声で水輝が反問する。立城は肩越しに水輝を呆れた目で見てからため息を吐いた。
「僕がどこに居ようが関係ないでしょ」
そう言いながら座椅子に腰を下ろし、立城はテレビのリモコンに触れた。喧騒を避けるために宿に入ってからテレビはつけたことがない。昨日の優一郎の言葉を確認するため、立城は朝の報道番組にチャンネルを切り替えた。
確かに騒ぎになっているらしい。立城はテレビのチャンネルを何度か切り替えてニュースの内容を大まかにチェックした。どうやら吉良瀬当主が婚約したという話から結婚話、ひいてはその血縁の謎に迫るなどといった下世話な内容にまで騒ぎは飛び火しているようだ。それを眺めながら立城は深々とため息を吐いた。
「……全く、どこの誰だろう。こんなばかばかしい話を流すなんて」
大方、この騒ぎに乗じて吉良瀬の弱みをつかもうという輩の仕業だろう。そう見当をつけて立城はテレビを切った。何気なく目を上げる。何故かテーブルの脇で水輝が座りもせずにぼんやりと突っ立っている。
「とりあえず、僕は優一郎くんに戻るように言われているから、宿代を支払ったら出るつもりだけど」
刺々しい声で立城は水輝に告げた。すると水輝がはっと我に返ったように瞬きを何度か繰り返し、おう、と返事する。だがどことなくその返答は上の空だ。立城は顔をしかめて水輝に呼びかけた。すると慌てたように水輝が立城を見る。
「あ、あのな」
「君もこんなところで遊んでいていいの? 屋敷に奈月さんと渚さんを置いてきているんでしょ?」
きっと寂しい思いをしていると思うよ。そう言ってから立城は立ち上がった。水輝が何事かを口の中でぼやいている。立城はそれを余所にスーツケースを引っ張り寄せた。蓋を開いて服を適当に選ぶ。
「報道管制を敷くには騒ぎが大きくなり過ぎているみたいだし……面倒だな」
そう呟きながら立城は浴衣の帯を取った。立城が優一郎のところから出てほんの数日しか経過してはいない。その間にこれだけ騒ぎが大きくなってしまっているのだ。誰かが意図的に情報操作をしていると見るほうが自然だ。そうなると、情報操作をした者と首謀者は別の誰かと考えた方がいい。その方がいざという時に末端を切って逃げやすいからだ。
考えを巡らせながら立城は浴衣を畳に落とした。そこで気付く。股間の周りは濡れそぼっている。このまま服を着るのは気持ちが悪い。立城はため息を吐いて再び浴衣を着込み、手早く帯を締めた。それからタオルと化粧道具を一抱えにする。
「……なに。まだいたの?」
呆れた顔で立城は水輝を見た。水輝はテーブルの傍にまだ立ったままだ。立城は苛々と頭をかきながら水輝に言った。
「君も屋敷からは一時的に出た方がいいかも知れないね。この騒ぎだと屋敷に詰め掛けてくる人もいるでしょ」
「いや、そうしたいのはやまやまなんだがな」
苦しげに顔を歪めて水輝が唸るように言う。それを聞いた立城はああ、と頷いた。手にしていた化粧道具などを一旦、畳に乗せてハンドバッグを取り上げる。財布から一枚のクレジットカードを抜き、立城はそれを水輝に放った。
「ほら。それでホテルにでも泊まるといいよ。どうせただの下らない噂なんだから、その内に騒ぎも収まるだろうし」
それまで外に出ていればいいでしょ。立城はそう言いながら腰を屈め、畳に置いていた化粧道具などを取り上げた。立城から受け取ったカードをじっと見下ろしていた水輝が深々とため息を吐く。
「あのな」
「あ、言っておくけど、あんまり無駄遣いしないでね。そのお金で女性を買うなんて論外だよ」
そう釘を刺してから立城は歩き出した。ちょっと待て、と水輝が背後で声を荒らげる。立城は眉を寄せて振り向き、水輝を指差した。
「ここの玄関から帰るなんてばかなことはしないでね。泊り客が少ないんだから」
「だから、ちょっと待て!」
「さっさと帰ってあげなよ。じゃあね」
そう言い置いて立城は部屋から出た。その直後、背後でドアに何かが強くぶつかる音がする。どうやら水輝がドアに向かって何かを投げたらしい。そのことに顔をしかめてから立城は風呂に向かった。
立城はお怒りですw