※この作品はR-18です。

魂の座 四部 苺の季節   作:伊駒辰葉

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身も蓋もないエピタイですw
エロシーンはありません。


明音と翠で喫茶店

 いやもう、ホント。みんな春だねえ。

 

 しみじみと呟きながら明音は背の高いパフェグラスに柄の長いスプーンを突っ込んだ。底の方に残っていた生クリームをスプーンですくって口に運ぶ。

 

 地方都市の端に位置する町で明音はのんびりと日々を過ごしていた。小さな喫茶店にはまばらにしか客がおらず、店主も仕事の手を止めて椅子に腰掛け、新聞を広げている。まあ、朝のこの時間だしね。そう呟いて明音は傾けていたグラスをテーブルに置いた。古ぼけたテーブルは若干背が低い。幼い容姿の明音にはちょうどいい高さなのだが、正面に座す男にはそれが気に入らないらしい。時折、不愉快そうに眉を寄せている。明音はちらりと目の前に座る男を見て小さく笑った。

 

「何が可笑しい」

 

 顔をしかめた翠が言う。明音はくすくすと笑いながら足をぶらつかせた。

 

「色々とねー。可笑しいことはあるけども」

 

 低いテーブルに肘杖をついて明音は笑った。傍目には親子か年の離れた兄妹に見えるらしく、明音は翠といて特に誰にも関心を持たれたことはない。たまに翠の容姿に惹かれた女性がちらちらと見る程度だ。それでもここまで大きな街から離れてしまえば、そんな視線もぐんと減る。

 

「最たるものはアンタかな。何でまた、オレにくっついてんのさ」

 

 そう言いながら明音は翠に顎をしゃくった。明音が呼び出したあの時から翠はずっと一緒にいる。わざわざ帰れと言うのも面倒で明音はこれまで翠に何も言わなかった。どちらにしろ、話を少し聞きたかったというのもある。だが翠は生憎と明音が知りたい話を教えてはくれなかった。

 

 味が気に入らないのか、紅茶を啜った翠が少し眉を寄せる。この数日で随分と翠の表情を読むのは上手くなった気がする。翠の表情は殆ど動かない。が、その意味で言えば火藍も同じだった。結局、慣れてしまえば相手が感じていることは何となくは判るものだ。

 

「その身体はどうした」

 

 カップをテーブルに戻して翠が抑揚のない声で言う。おやまあ、と明音は目を見張った。

 

「なに? アンタでも判んないことがあんの?」

「冥界はわたしの管轄外だ」

 

 明音の疑問に翠が即答する。そこで明音は苦笑して肩を竦めた。確かに冥界は名目上は黒妖牙が管理する世界だ。が、実際には翠は時空の王なのだ。その気になれば翠に見えない空間はない。

 

「なるほど。アンタはオレがこの身体をどこで手に入れたとか、そういうことを聞きたい訳じゃないんだ?」

 

 独り言のように呟いてから明音はカウンター内の店主を呼んでホットミルクを注文した。間延びした返事をした店主が重そうに腰を上げる。それを横目に確かめてから明音は翠に微笑んでみせた。

 

「厳密に言うと、皮を被ってるってゆうことなのかなぁ。内蔵とかはないし、肉も殆ど残ってないしね」

 

 言いながら明音はそっと胸に手をあてがってみせた。ぴくりと翠が眉を上げる。明音は出来るだけ絞った声で笑い、首を傾げた。

 

「中身は餓鬼共にくれてやったよん。あいつら常時飢えてるから、まー、よく食うこと食うこと」

 

 この世には人の目には映らない、若しくは映りにくい者が数多く存在する。餓鬼と明音が言い表したのもそんな存在だ。普段は冥界にいる彼らは時折、食い物の匂いに惹かれてこの世に顔を覗かせる。大抵は誰かのおこぼれに預かる、所謂残飯処理係だ。だがそんな彼らの大元が人であることを知る者は少ない。

 

 くすくすとあどけない顔で笑う明音を翠が静かに見つめる。

 

「力で内側から処理しているのか」

「ああ、腐敗防止処理? うん、まあそうなるのかな」

 

 目や耳、鼻と言った五感に関わる器官は力で構成している。つまり、明音が例えばこの器を放棄すれば、目鼻の部分に穴が開いた人間の皮が残るということだ。明音は他の客に聞こえないよう、小さな声で言った。

 

 やがて小太りの店主がホットミルクを運んでくる。明音は子供らしいあどけない顔でそれを受け取った。店主は特に子供に思い入れはないのだろう。愛想の欠片もなくその場を去る。

 

「魂は」

「ヤだなあ。オレが捨てるなんてもったいないことするわけないじゃん」

 

 ミルクに砂糖をスプーンにいっぱいほど落として明音は小さく笑った。翠が僅かに目を細める。明音は白いマグカップを取り上げ、両手に包んだ。

 

「食ったよ」

「……消化不良を起こすぞ」

 

 他に言うべきことを思いつかなかったのか、翠が憮然として言う。明音はその声に小さな笑いで応えて熱いミルクを啜った。

 

 窓の外はすっかり雪景色になっている。風にまかれた雪が地面から舞い上がる。数日前から降り続いているこの雪は止む気配がない。それだけ明音たちが絵美佳に近くなっているのだ。

 

 あ、絵美佳ちゃんじゃないんだっけ。今は。雪を見ながらぼんやりと思い出していた明音は内心でそう呟いた。するとその思惟に応えるように翠が言う。

 

「透というらしいな」

「おいおい、おっさん。マジ名の方、明かしていいの? オレに」

 

 どうなっても知らないよ、と付け足しながら明音は笑った。すると翠が肩を竦めて腕を組み合わせる。翠が注文した紅茶は殆ど残ったまま放置されている。どうやらそれ以上は飲む気がないようだ。

 

「所詮、氷は業火には勝てぬ。名を明かそうが隠そうが同じことだ」

「いやあ、勝負する気は全然なくてね、オレ。感謝はしてるけど」

 

 今現在、明音が放棄している木村の企業を実質動かしているのは透だ。透にはその気はないだろう。きっと透は留守で幸いとばかりに好きな研究を続けるために動いているに過ぎない。が、主不在で混迷していた彼らの良き導き手になっているのも事実だ。

 

 翠が唇を引き結んで会話が途切れたところで明音は再び外を見た。隅が薄汚れた硝子窓の向こうの景色はとても寒そうだ。道ゆく人々も寒さに肩を竦めて歩いている。喫茶店の窓の外を足早に過ぎたサラリーマン風の男を目で追いかけてから明音は小さく笑った。

 

 まったく、死にたがりが多くて困るね。かつて自分がそうであったことを棚に上げて明音はそう呟いた。天の一角に真紅の光が現れている。やれやれと肩を竦め、明音はまだ熱いミルクに息を吹きかけた。冷ましながら少しずつ啜る。

 

「何故、矛を使わない?」

「んあ? ああ、オレ?」

 

 明音はカップから唇を離して苦笑しつつ問い返した。すると翠が他に誰がいるとでも言いたそうに眉を寄せる。

 

「要するに断罪の光が消えればいいわけっしょ? んだったら、どんな武器使おうが一緒じゃん? こっちで裁きを受けるか、向こうで償うかの違いだけだしさぁ」

 

 のんびりと言いながら明音はちらりとフロアの隅にあるテレビに目をやった。今日も朝からテレビの中の人間たちは人の噂話で盛り上がっている。近頃、その的とされているのは吉良瀬当主だ。

 

 まあ、騒ぎたくなるのも判るかなあ。そう呟いてから明音は翠に目を戻した。だが翠は反応らしいものを見せない。最近、翠の会話の間にも大分、慣れて来た。翠は質問を投げかけたりすると、応えるまでに少し時間がかかるらしいのだ。それを知らなかったから、以前はまるで会話にならない気がしたのだろう。

 

「それで龍宝珠を」

 

 取り込んでいるのか。翠は恐らくそう続ける気だったのだろう。が、途中で言葉を切ってしまう。明音は目を細めて少しだけ笑った。

 

 今、龍神の禁忌は白紙にされている。主龍神天輝が潰えたあの瞬間、かつて龍神たちを縛っていたルールは消えた。そして時が流れて新しい主龍神が決定された。が、まだ禁忌は制定されていない。

 

 だが禁忌はない訳ではない。この先、主龍神が禁忌を定めた場合は、着任した時間まで遡って龍神はルールに従い裁かれる。

 

「この格好じゃなかったら煙草でも吸いたいところだねぇ」

 

 のんびりと言って明音は笑った。翠はじっと黙っている。今は目立たないように薄茶の色を帯びた瞳が静かに明音を見つめる。明音はくすくすと笑って横を向いた。

 

 もし、新しい主龍神が制定した禁忌を犯していた場合は。明音は目を細めて笑いながらカップに残っていたミルクを飲み干した。ご馳走様、と明るく言ってテーブルに空のカップを乗せる。

 

「オレはもう行くけど、アンタはどーする?」

「わたしも行こう」

 

 それまで黙っていた翠が即答する。おやおや珍しいと笑って明音は伝票を取り上げ、翠に差し出した。すると翠が伝票と明音の顔とを見比べる。明音は眉を強く寄せて翠を軽く睨んだ。

 

「アンタには先に金渡したっしょ? オレがこのなりで支払うより、アンタが払うほうが自然だって説明もしたっしょ?」

 

 呆れて言いながら明音は椅子から飛び降りた。翠がそうだったな、と呟いて伝票を取る。歩き出した翠の後ろを行きながら明音はもう一度、テレビに目をやった。

 

 コメンテイターと司会者のタレントが明るい声で話し合っている。その内容はここ最近ではもう聞き飽きている。だがそれを聞いて明音は微かに笑った。吉良瀬当主というのは言うまでもなく立城のことだ。そして婚約した相手と言われているのは水輝だろう。だが不思議とこの手の話題に水輝の名は一切出ない。恐らく人々の興味は立城に絞られている。

 

 あんたらにはそっちの明るい世界のが似合ってるよ。明音はそう呟いて翠の傍に駆け寄った。支払いをしていた翠の足に飛びついて笑う。翠が怪訝そうに明音を見下ろす。だが明音はその視線に気付かない振りをしてくすくすと笑った。




のんびり茶です。
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