唐突に間近に現れた気配に焦って多輝は料理の手を止めた。時間は昼前。もうじき昼食の準備が整うというところだ。
「ほーん。オムライス?」
キッチンに立つ多輝の傍に立った水輝が感心したように言って皿を覗き込む。多輝は思わず水輝から飛び離れ、フライパンを突きつけた。肩に誰かを担いだ水輝がフライパンの中身と多輝とを見比べる。
「何でここにいる!」
そう喚いて多輝は水輝を睨みつけた。水輝が肩に担いだ誰かに目をやる。どうやら髪の長さからして女性らしい。しかし、普通は成人女性を肩には担がないだろう。腕力がないわけじゃあるまいし。多輝は訝りをこめて水輝を見た。
「優一郎にこいつを修理してもらいにな。……それより、おれの分も作れよ。くそがき」
そう言って片手を上げて水輝はキッチンを出て行った。多輝はしばし怒りに肩を震わせてから勢いよく流しに向き直った。誰が作るか、ばーか。そう言おうとしてはたと気付く。サラダを作るために野菜を洗っていた由梨佳がいつの間にかじっと多輝を見ているのだ。
「別に何でもない」
問われる前に先にそう言って多輝はまたフライパンを振り始めた。先に炒めておいたチキンライスを温めた後、卵で綺麗に包む。仕方ない。後で文句を言われるのもしゃくだ。そう呟いて多輝はついでに水輝の分もオムライスを作った。慣れた手つきで多輝がオムライスを人数分作る横で、由梨佳は黙々とサラダを盛り付けていった。その皿の数もやはり一つ多くなっている。
ほどなくキッチンに水輝が優一郎と共に現れる。多輝はトマトソースをフライパンからソース皿に移してカウンターに運んだ。今日は要と白銀は留守にしている。多輝は四人分の食事を並べたところで椅子に腰掛けようとした。
「何だ、くそがき。えらく不服そうだな」
いつも多輝が座る筈の場所に水輝が腰掛けている。しかも水輝は判ってやっているのか、にやにやと嗤っている。多輝は眉を寄せて水輝を無言で睨んだ。すると水輝がはいはい、と苦笑してスツールを降りる。満足をこめて頷いてから多輝はそのスツールに腰掛けようとした。その寸前、水輝が多輝のスカートをいきなりめくり上げる。多輝は声を上げてスカートを押さえ、その場にしゃがみ込んだ。
「いちご」
にやにやと嗤いながら告げて水輝が優一郎の向こうに回る。多輝は憤りに震えながらがっくりと俯いた。何でよりによってこんな奴に。そう呟いた多輝を余所に水輝が言う。
「よし。今度からくそがきのことは苺と呼ぶことにしよう」
さすがにずっとくそがきってのもなあ。呑気に笑う水輝に優一郎がこれまたのんびりと同意する。多輝は怒りに震えながら顔を上げ、水輝を睨もうとした。が、優一郎と先に目が合ってしまう。多輝は慌てて目を逸らし、不満に唇を尖らせた。優一郎には水輝に対していちいち腹を立てるなと言われているのだ。
でも、これはさすがにちょっと酷いだろ。そう思いながら多輝はちらりと優一郎の様子を伺った。優一郎はにこやかな笑みを浮かべて多輝を見下ろしている。
「これまでの呼び名よりはマシじゃない?」
「そういう問題なのか!?」
他のコメントを期待していた多輝は焦りを込めてそう喚いた。勢いよく立ち上がって優一郎の向こうに腰掛ける水輝を睨みつける。水輝はだが多輝を見てはいなかった。嬉しそうに皿のオムライスとサラダを見つめている。
「食事、いただくよ」
笑顔で言って優一郎がカウンターに向きなおる。多輝は文句を言うのを諦めてスツールに座った。とりあえずさっさと食べてから殴ればいいんだ。そう考えながら多輝は出来るだけ早くオムライスを片付けようとした。が、半分ほど食べたところで水輝が言う。
「おい、苺。おかわり」
「誰が苺だ、誰が!」
わめき声を返して多輝はぎらりと水輝を睨んだ。いつの間にか水輝の皿は空になっている。水輝は空っぽになった皿を軽く掲げた。
「お前以外の誰がいる」
「お前にやる飯はねえ!」
ほぼ反射的に多輝は水輝に怒鳴りつけた。すると優一郎と由梨佳がじっと多輝を見る。視線を感じた多輝はうろたえて視線を水輝から逸らした。
「可愛いと思うけど、そんなに嫌なの?」
笑いながら優一郎が言う。いやあの、と多輝は言葉を濁して軽く俯いた。短いスカートとフリルエプロンをつかむ手に自然と力がこもる。
「まあ、ただってのもあれだからなあ。何ならその翼、消してやろうか?」
手にした皿を軽く上下に揺すりながら水輝が何気ない口調で言う。多輝は驚きに目を丸くして顔を上げた。思わず水輝を凝視する。未だ、多輝の背には銀色の翼が生えたままだ。翼に似合うからと言って梨恵には着せ替え人形にされている始末で、今日の多輝はとあるアニメーションの少女の格好をさせられているのだ。ピンクのワンピースにピンクの帽子、フリルの付いたエプロンに真っ白なタイツ。おまけにブーツも揃いのピンク色だ。
某アレな感じのコスプレみたいな感じの……w