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寝返りをうった水輝が微かに呻く。優一郎は苦笑してそれを見つめてから茶に手をつけた。今日のおやつは多輝手製のアーモンドタルトだ。あれから多輝は嫌に楽しそうに由梨佳とキッチンでおやつ作りに精を出していた。白衣一枚しか着ていないこともあの様子だと忘れているに違いない。
あの後、水輝は多輝と由梨佳をキッチンに送り、水輝と優一郎はこの部屋に戻った。優一郎の部屋に戻った途端、水輝はその場に倒れたのだがそのことを多輝たちは知らないだろう。水輝はあの時、多輝に術をかけるのが精一杯の状態だったのだ。水輝は何も言わなかったが、どうも立城に力を分けていたようだ。微かに水輝に残る気配を読んでから優一郎は小さく笑った。
問題は渚さんだな。画面に映し出された渚のログを見つめて優一郎はため息をついた。渚は結局、水輝に壊されてここに運び込まれたのだが、ストレス解消のために水輝が渚を抱くまでにかかった時間がかなり長すぎる。渚は自分からは水輝に抱いてくれとは言わず、さらに水輝の誘いも嫌だと蹴っていたらしい。
「水輝さんが命令したがらない気持ちもわかる。そして、渚さんのほうも性格上、命令されなければあの状況では断るだろうし」
だがそれでは二人はずっとすれ違ったままだ。優一郎は難しい顔で考えながら振り返った。メンテナンス台には渚が眠ったように横たわっている。女性器が壊れたために機能を停止したままなのだ。対する水輝は今は優一郎のベッドに納まって熟睡中だ。二人をそれぞれに見つめてから優一郎は机に向き直った。
制御プログラム側で対処するしかないな。そう呟いてから優一郎はキーボードに手を伸ばした。要するに渚が切羽詰った状況に陥る前に、プログラム側から命令を下してやればいいのだ。本来ならダッチワイフ型ヒューマノイドに用いるものなんだけど。と内心で呟いて優一郎は目的のプログラムを端末から引き出した。ヒューマノイドの機体には直接、スティックを用いてこのプログラムを移す仕組みになっている。渚に挿入されたスティックを介してプログラムを組み込めばいいだけだ。優一郎はその作業を仕掛けてから席を立った。
ティカップとおやつの乗った皿を取り上げてベッドの近くに移動する。小さな丸テーブルにそれを乗せたところで優一郎の白衣のポケットの中の端末が鳴った。どうやら電話が入ってきたらしい。保美からの連絡を受けて優一郎は机に戻り、電話を取り上げた。
「はい。ロボット研究会です」
『あ、優一郎くん? ごめんね、立城だけど』
電話の向こうの声は妙に沈んでいる。どうやら立城は公衆電話を使っているらしい。遠くには人のざわめく音が聞こえている。
「母上、心配しましたよ。通常の交通機関を用いて帰ると聞いてましたが、地震で交通が混乱しているとか?」
『水輝が連絡してくれたんだね。……うん、そうなんだよ。実は新幹線の中に閉じ込められてしまってね。幸い、伝送線に異常はなくて電気は使えるみたいなんだけど、点検のために待たされている最中で』
少し早口で言ってから立城がため息を吐く。本当にごめんね。そう言ってから立城が黙る。
「もしよろしければ、誰か迎えに寄越しましょうか?」
『……うん……そのつもりだったんだけど』
そこまで言ってから立城が少しだけ笑う。だがその笑い声はどことなく沈んでいる。
『そっちに水輝がいるでしょう?』
どうやら電話を介して立城はこちらの気配を読み取ったらしい。確かに水輝はいま眠っているから、その気配を完全に断つことは出来ないだろう。
「ええ……力を使い果たしたらしくて、寝込んでしまって」
言いながら優一郎はちらりとベッドの水輝を振り返った。水輝は穏やかな寝息を立てている。電話に気付いた気配もない。
『そう、なんだ。ええと、やっぱり僕、地道に帰ることにするね。優一郎くんも忙しいだろうし』
一転して立城は明るくそう言った。
「母上さえ良ければ、手伝っていただきたいことがあるので、蒼あたりに迎えに行かせるんですけど……」
どうやら立城は水輝を避けようとしているらしい。そのことを理解して優一郎は困惑した面持ちで言った。
『で、でも』
「水輝さんなら、当分目覚めないと思いますよ」
試しに優一郎はそう告げた。すると立城が途端に黙り込む。それから立城はため息を吐いて言った。
『じゃあ……お願いしようかな……。実はちょっと困ってて』
歯切れ悪く立城が言う。もしかしたら立城は新幹線が止まってしまったこと以外にも何か妙な事態に巻き込まれているのだろうか。
「判りました」
そう返事してから優一郎は少し電話機を顔から遠ざけて言った。
「蒼」
「はい」
呼んだ瞬間に蒼が姿を現す。傍に跪いた蒼を見つめ、優一郎は立城を迎えに行くようにと命じた。蒼が返事してその場から姿を消す。
『ありがとう。あ、来た』
どうやら立城は人目につかない場所にいたらしい。近頃では公衆電話を使う者は殆どいないから、そのためでもあるだろう。優一郎はそれでは、と電話を切ってしばし待った。ほどなく部屋の中央の空気が揺れて蒼と立城が現れる。立城は手に大きなスーツケースを持っている。蒼が一礼して姿を消してから優一郎は立城に歩み寄った。
誰の、とは言いませんが大体コレですw