ふたたび学が登場です★
「っきぃゃあああああああああああ!」
裏返った悲鳴を上げて学が胸元に毛布を引っ張り寄せる。学に跨っていた男が驚いたようにドアを振り返り、慌ただしく服を引っ掛けて脇を凄い勢いで過ぎる。それを水輝は感慨のない目で見送った。どうやら今のは学の情夫らしい。
「なに考えてるの、なに考えてるの!」
喚きながら身を起こし、学がずかずかと水輝の元へ歩いてくる。しっかりと毛布で身体を隠している辺りはさすがか。水輝が呑気にそう思っている間に学は手を振り上げて水輝の頬を打とうとした。だが水輝は飛んできた学の手を難なく受け止めた。
「秘書に聞いたらここに居るって言ってたし」
別におれが来たところで問題ないだろ。水輝はけろりとした顔で学に言った。学がわなわなと肩を震わせて水輝を睨む。
ここは学の別荘だ。カントリー風を意識したのか丸太で壁は組まれ、床も天井も全ては木で出来ている。暖炉では赤々と火が燃え、丸太を縦に割って作られたテーブルの上にはシャンパンと料理が並んでいる。どうやらここで学は情夫との楽しいひとときを過ごしていたらしい。部屋の様子をぐるりと見回してから、水輝は悪い、と学に詫びた。
「悪いで済めば警察は要らないってね!」
意地悪い声で吐き捨てて学が水輝の手を振り解く。水輝はまじまじとそんな学を見つめた。
「警察もなにも、さっきの高校生くらいだろ。どう見ても。お前、それって犯罪じゃないのか?」
淡々と告げながら水輝はテーブルの脇にある椅子に腰を下ろした。煩いわね、と喚いた学がベッドに毛布を叩きつける。
「せっかく人が苦労して落としたのにー! キー!」
大声で喚きながら学が地団駄を踏む。水輝は横目にそんな学を見やってからテーブルに伏せてあったグラスを取った。無断でシャンパンの封を切ってグラスに注ぐ。ついでにもう片方のグラスも満たしてから水輝は学に声をかけた。
「ほら、機嫌直せよ。美味いぞ、これ」
「ア、タ、シ、が用意したお酒でしょ、それ! もう、信じられない!」
一糸纏わぬ姿で水輝の手からグラスを引ったくり、学が一気に中身を干す。水輝は苦笑しながらグラスを傾けた。淡い甘味を味わいながら少しずつシャンパンを喉に流す。どうも炭酸は苦手だ。口の中や喉に刺さる感じにどうしても慣れない。だがそれを差し引いても学の用意したシャンパンは美味かった。
「あー、さむ! もう、水輝君のせいでお膳立てが全部台無しよ!」
全くもう、と言いながら学がベッドに取って返す。グラスを放り投げられた水輝は片手でそれを受け止めた。テーブルに乗せて改めてシャンパンを注ぐ。学は口の中で何事かを言いながら手早く服を着始めた。それを見ながら水輝はのんびりと告げた。
「学。尻の肉が垂れかかってるぞ。もう少しきたえ」
「煩い!」
学が振り返りざま、水輝に枕を投げる。水輝はそれをひょいと避けた。目標をなくした枕が放物線を描いて床に落ちる。学は枕が外れたことに舌打ちをして、再び水輝に背を向けた。
「さっきのがき、けっこう裏で悪どいことやってるみたいだぞ。無差別に引っ掛けるなよ、お前も」
この別荘に入る前から水輝は学の情夫の思惟を読んでいた。少年は容姿の若さに比べて随分と腹黒いことを考えていたらしい。早い話が学を脅して金をせしめようとしていたのだ。しかも学が初めての相手ではなかったようだ。
まあ、見目もある程度は整ってたしな。同じ年なら優一郎の方が段違いに美形だが。そんなことを思いながら水輝はちらりと学を見た。
「煩いわねっ! スリルがなきゃつまんないでしょっ」
なるほど、どうやら学は先ほどの男が裏でなにをしているかをきっちり把握した上で情夫に仕立てているらしい。へえ、と苦笑して水輝は空になった自分のグラスにシャンパンを注いだ。服を着た学が乱暴な足取りでテーブルに寄り、水輝の隣に腰を下ろす。
「大体ねぇっ。水輝君はデリカシーがなさすぎよっ! 女性の肉体にケチつけるオトコなんてサイテー」
顔をしかめて言いながら学がグラスを煽る。水輝は眉を寄せてコートのポケットに手を入れた。目的のものを握って学に差し出す。
「ん」
「なによっ」
「ガードルだって。体型維持に使うといいらし」
そこまで言った水輝の頭を学が素早く叩く。水輝はいて、と声を漏らして殴られた頭を撫でた。ちゃっかりと学は水輝の手からビニール袋を取り上げている。文句を言いつつもしっかりとビニールの封を切っているのだから、学もかなり図々しいな。そんなことを思いながら水輝は学の手元を顎でしゃくった。
「下着屋のお姉さんに教えて貰ったんだ」
「な……こっ、こんな高いの……って、は!」
学が下着を手にしたまま目を見張る。水輝はのんびりとグラスを傾けて知らん顔を決め込んだ。学がガードルを手にしたまま身体を小刻みに震わせる。
「またなのぉ!? もう、いいかげんにしてよぉ!」
悲鳴なのか嘆きなのか判らない声で学が喚く。いいじゃん、と呟いて水輝は今度はコートの左のポケットを探った。ええと、と言いながら小さな塊を取り上げる。それをテーブルに乗せてから水輝はグラスにシャンパンを注ぎ足した。
水輝がテーブルに乗せたのは直径三センチほどのサファイアだった。青く透き通ったその石を学が嫌そうな顔をしながら取り上げる。
貧乏性というか、苦労性な学をよそに水輝は相変わらずです。