このエピソードで三章は終わりです。
エロシーンはありません。
欠伸をしながら瞼を擦り、水輝はのろのろと手を動かした。が、いつもの位置に目覚ましがない。怪訝に思いながら水輝は薄目を開けてぼんやりと周囲を見回した。
「えー……と。どこだっけ」
見覚えはあるのだが自分のいる場所がどこなのか思い出せない。水輝は眠気を堪えて身体を起こし、もう一度目をこすった。確か、多輝に力を分割して使わせるために術を使った後、倒れるようにして眠ったのだ。そのことを思い出した水輝はああ、と納得した。どうやら優一郎がわざわざベッドに運んでくれたらしい。
「あれ? 立城?」
よく知った気配を捉えて水輝は目を丸くした。が、部屋には立城の姿はない。どうやら気配だけが残っていたらしい。ということは、と水輝は眉を寄せて考えを巡らせた。どうやら立城が眠っている間に戻ってきたらしい。気配を読むうちに水輝の顔は次第に険しくなっていった。立城の気配に見知らぬ者の気配がこびりついている。複数のそれを読み取った水輝は苛々と頭をかいた。
「いや、別に誰とやろうがいいけど」
口の中で呟いて水輝はベッドを降りた。揃えられていた靴をはいてぼんやりと部屋を見回す。部屋から優一郎と立城の気配が消えて数時間。そのことを残された気配から読み取ってから水輝は歩き出した。
「あれ? 何だ。起きてたのか」
メンテナンス台に近付いてから水輝はそう呟いた。すると横たわっていた渚がぴくりと眉を寄せる。
「……起きていたわよ。悪い?」
仏頂面で言って渚が水輝を睨む。どうやら機嫌は最低レベルらしい。水輝はやれやれと肩を竦めて渚の頭をそっと撫でた。渚は両の腿を左右に大きく開いた格好で横たわっている。どうも身体は自由には動かせないらしい。首から上、表情などは動くようだがそれ以外の部分は微動もしない。
「誰も悪いなんて言ってないだろ。そんなに絡むなよ」
半ば呆れて言ってから水輝は習慣的にシャツのポケットに手を伸ばした。が、煙草は切れたままだ。舌打ちをして水輝はため息を吐いた。
「煙草は立城さんの部屋に残っていたと思うわよ。あなたの吸うのとは銘柄が違うようだけど」
「ふうん」
そう返事してから水輝は静かに身を屈め、渚の額に口づけした。渚が嫌そうに顔をしかめてため息をつく。
「大人しく優一郎に直してもらえよ」
「もう直ってるわ。プログラムを書き換えているようだけどね」
低い声で言ってから渚が深々と息をつく。水輝は渚の機嫌が更に悪くなったことに気付き、眉を寄せた。一体、渚は何故怒っているのだろう。自分が強引に抱いてしまったことについてだけではないような気がする。
「じゃあ、一緒に帰るか?」
「一応、私は使い魔だから命令を受けなければ戻れないわ。……それより」
そう言ってから渚が水輝を鋭く睨む。何だよ、と不服をこめて言ってから水輝はメンテナンス台に寄りかかった。
「早くプロポーズした方がいいわよ。立城さん、今回の騒ぎの発端はただの噂で、誰かの悪質な悪戯だと思っているらしいから」
渚が呟くように言う。水輝は深いため息を吐いて知ってる、と告げた。あの宿で立城は騒ぎについて初めて知ったらしい。だが水輝が説明をする前に立城は部屋を出て行ってしまった。その後、立城に唾をつけようとしていた男には釘を刺しておいたが、結局のところは本人には全く説明は出来ていない状態なのだ。
「まあ、指輪が出来たらな」
「……本当にむかつくわね。あなた、誰に贈るか言わなかったくせに」
水輝は婚約や結婚に関する一般的な常識を渚に教えてもらった。その際、水輝は渚には一切の説明をしなかったのだ。嫌な予感を覚えて指輪を買いには渚は連れていかなかった。そこで渚も水輝が誰に指輪を贈るつもりなのかに気付いたらしい。
「悪い」
「いいわよ。……別に期待してはいなかったし」
そう呟いて渚がそっぽを向く。水輝はもう一度、渚に詫びてから腰を上げた。踵を返そうとした水輝を渚が不思議なほど弱々しい声で呼び止める。
「何だよ。ちょっと急いで出ないと立城と鉢合わせしちまうだろ」
「……あの人、もしかしたら知っているのかも知れないわ」
静かな声で言われて水輝は僅かに目を細めた。渚はそれ以上は何も言わない。だが言おうとしている意味を水輝はきっちりと理解していた。
「まあ、自覚のない深層意識の部分では知ってるかもな」
「そう。判っているならいいのよ」
じゃあね、と渚が言う。水輝はおう、と答えて片手を上げて優一郎の部屋を出た。とりあえず多輝の持つあの鍵に鎖をつけなければならない。水輝は多輝の部屋のドアを軽くノックした。すると中から多輝が顔を覗かせる。少しだけ開いたドアの隙間から見えた多輝の格好を見て、水輝は少しだけ眉を寄せた。
「悪い。取り込み中だったんだな」
「いいから要件を言えっ」
真っ赤な顔をした多輝が忙しそうに言う。はいはい、と苦笑して水輝は鍵を出すように言った。すると多輝が急いで部屋の中に引っ込んでから床に積み重ねられていた服の中から小さな鍵を取り上げる。戻ってきた多輝から鍵を受け取り、水輝は力を編んで鍵に銀の鎖をつけた。それを多輝に手渡してからドアを閉じる。ほどなく甘い由梨佳の声が廊下に届く。水輝は苦笑して立城の借り受けている客室に向かった。
水輝が行く先々を書いてるので、場所が移り変わりまくりです(汗)