※この作品はR-18です。

魂の座 四部 苺の季節   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


使えないのに使い魔なんだよね 2

 部屋に入ると投げ出されたスーツケースが真っ先に目に付いた。やれやれ、と肩を竦めて水輝は天井を仰いだ。

 

「桜。いることは判ってるんだ。出てきてここを片付けろ」

「……主の命以外で動く必要性はないと思うのですが」

 

 不服そうに言いつつも桜が姿を現す。その姿を見た水輝は思わず吹き出した。遠慮なく笑い飛ばす水輝を無視して桜がスーツケースの中身を片付け始める。

 

「お前まで子供の姿か。立城と並んだら七五三だな」

「しちごさん?」

 

 クローゼットに服を納めていた桜が手を止めて振り返る。それを聞いた水輝は訝りに眉を寄せた。桜は本気で疑問に思っているのか、首を傾げている。

 

「何だ。お前、七五三を知らないのか。人間の風習だ」

「すみません。人間についてはまだよく知らないので」

 

 平然とした顔で桜が言う。おいおい、と水輝は額を押さえた。本気かよ、と呟いてから水輝は桜を見た。桜はまたさっきまでのようにクローゼットにスーツケースの中身を移している。何度目かにスーツケースの傍に寄った桜が紙で包まれたものを取り上げる。それをためらいなくごみ箱に放ろうとしていた桜を水輝は慌てて止めた。

 

「待て待て! それは捨てるな!」

「何故です?」

 

 桜が不思議そうな顔をして手を止める。水輝は桜の手にした包みを指差して言った。

 

「それは土産物だ! 包み紙に店の名前が印刷してあるだろ!?」

「……みやげ……もの?」

 

 また桜がそう言ってから首を傾げる。水輝はやりきれなさにがっくりと肩を落としてため息を吐いた。そんなところまで説明が必要なのか。そう言いながら桜に歩み寄る。水輝はスーツケースの傍に屈みこんでから衣類の間に見え隠れしている包みを指差した。

 

「これも、これも、これも。全部、そうだ。立城が誰かのために旅先で買った代物なんだよ」

「つまり、みやげものとは旅行の折に誰かに購入した商品のことをさすのですか?」

 

 真顔で桜が問う。うああ、と情けない声を上げて水輝は弱々しく頷いた。何でこんなところにまで来て使い魔を教育しなければならないのだ。かと言って、ストレートに水輝の記憶を桜に映す訳にもいかない。何しろ桜を使っているのは水輝ではなく立城なのだ。水輝に都合のいい使い魔を作るのであればそれでもいいが、桜の場合はそれは少し乱暴すぎる。

 

「あー……。とにかくおれの言ったのは置いとけ。あと、一応名乗っておくがおれは」

「存じ上げております。青龍王、水輝さま」

 

 すらすらと言ってから桜が頭を下げる。それを聞いた水輝はぴくりと眉を上げた。どうやら立城はそれは先に桜に教えておいたらしい。ふうん、と呟いてから水輝は腰を上げて手近な椅子に座った。

 

「ちなみにその王って呼称、嫌いなんで止めてくれ。水輝だけでいい」

「ですが」

 

 片付けの手を止めて桜が困ったような顔で水輝を見る。いいんだってば、と念を押してから水輝は疲れた息をついた。桜ははあ、と判ったような判らないような返事をして、片付けを再開した。

 

 どうやら桜の記憶は全てがなくなっている訳でもないらしい。だがあちこちが欠損しているようだ。特に人間の風習や生活習慣についての事柄に抜けが多い。桜と会話をして水輝は何となくそのことを理解した。

 

「ちょっと……さすがに使いにくいだろうな」

 

 桜が茶を入れにキッチンに行っている間に水輝は呻くように呟いた。ありがたく立城の煙草を失敬して火を点ける。細身のメンソールの煙草を一口吸い込んでから水輝は顔をしかめた。どうも吸っている気がしない。うう、と呻いてから水輝は指に挟んだ煙草をじっと見下ろした。

 

 かつて桜は立城の右腕として存在していた。吉良瀬の企業は実質、桜が動かしていたと言ってもいい。勿論、立城から命令を受けた方向に動かすのだが、それにまつわる様々な事柄は全て桜が引き受けていたはずだ。そうでなければ立城があれほど自由に動けたはずがない。

 

 だが今の桜にそれは無理だ。立城の生命を守るという点にかけては以前の桜と変わりはないだろうが、それ以外の点が明らかに劣っている。かと言って立城の記憶を映すには、立城の側に力が足りないだろう。完全に回復すれば話は別だが。そう呟いてから水輝は目を上げた。桜がトレイに乗せた茶を運んでくる。

 

「一応、茶はいれられるんだな」

「はい」

 

 頷いて桜がテーブルに紅茶を乗せる。水輝はそれを見て瞼を半分ほど閉じた。

 

「でも出来れば紅茶はティカップのがいいと思うぞ。これは思いきり日本茶用の湯のみだ」

「そうなのですか?」

 

 真顔で桜が問い返す。水輝はやれやれと肩を竦めて桜を連れて簡易キッチンに向かった。小さな食器棚に入っている数種のカップを指差す。

 

「これがコーヒー。これが紅茶。こっちが日本茶。いれる道具の方は」

 

 言いながら水輝は何気なく背後の流しを振り返った。システムキッチンの上には急須が置かれている。どうやら桜はそれで紅茶をいれたらしい。水輝は顔をしかめてそれを指差した。

 

「あれは日本茶用の道具だ。緑茶や番茶、ほうじ茶なんかをあれでいれる」

「なるほど」

 

 桜が納得顔で頷く。まじかよ、と呟いてから水輝は落胆の息を吐いた。この調子だと湯飲みに注がれた紅茶の味は想像を絶する凄いものかも知れない。一通り茶道具の使い方を教えてから水輝は部屋に戻った。

 

 そこで絶句する。いつの間にか部屋の中には立城が立っていた。




次は四章になります。
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