「まあ、水輝君の持ち込むものは全部間違いなく本物だし、曰くありげでも実際にはヤバくないからいいんだけどねぇ。でもねえ」
ぼやきながら学が色んな角度から宝石を見つめる。だが言葉にはさっきまでの勢いはない。学は品定めをする目になっている。
「大体、この間も買ってあげたばっかりじゃないのぉ。そんなにたくさんの金、どうする気なのよ」
言いながら学が眉を寄せる。だがその目はしっかりとサファイアに注がれたままだ。水輝は煙草に火を点けながら答えた。
「ロールスロイス」
「……は?」
水輝はグラスに入ったシャンパンを飲み干して言った。
「だーから、ロールスロイスを買うんだって」
「な、な」
水輝は横を向いて煙を吐き、耳に指を突っ込んだ。
「何でそんなものが要るのよ!」
水輝が思った通り、学が大音声で喚く。あー、煩い。そう呟いて水輝は顔をしかめた。
「あの車が一体、幾らすると思ってるの! そこいらのボウヤが手に入れられるものじゃないのよ!?」
真剣な顔になって学が言う。宝石を握って懸命に言う学をちらりと横目に見やってから水輝はため息をついた。
「うっさいなー。だからこうして金作ってるだろが」
「ムリ! 絶対、ムリだからやめときなさい! 特に水輝君にはムリ!」
言いながら学が立ち上がる。水輝はぼんやりと隣に立つ学を見上げ、頭をかいた。困ったな、と呟きながらグラスにシャンパンを注ごうとする。が、水輝が傾ける前に学が横から瓶をさらう。大人しくグラスにシャンパンを注いで貰いながら水輝は唇を尖らせた。
「何だよ、冷たいな。そんなにむきになって無理無理言わなくてもいいだろ」
低い声で言いながら水輝はグラスを唇に近づけた。だがそう言う水輝の口調は少し怪しい。水輝は自分が酒に弱いことも忘れ、注がれたシャンパンに口をつけた。あー、と隣で学が情けない声を上げる。
「……そういえば水輝君ってお酒に弱かったのよね……。忘れてたわ」
学が呻きながら額を押さえる。えー、と笑いながら水輝は隣に立つ学を見上げた。そんなことないぞ、と答えた水輝の口調もやはり怪しい。
「大体、そんなものどうして必要なのよ」
ようやく落ち着いたのか学がため息混じりに言いながら腰を下ろす。水輝は肘杖をついてにやにやと笑った。煙草を吸いながらグラスを傾け、内緒と答える。すると覿面に学が嫌な顔になった。
「ほらほら、かんぱーい」
すっかり出来上がった水輝は陽気に言って学のグラスに強引に自分のグラスを合わせた。学が顔をしかめて呻きつつも水輝のグラスを受ける。グラスが触れ合って澄んだ音を立てる。
それから水輝はしばらく学と他愛ない話をした。学はすっかりとまではいかないが、話しているうちに機嫌も直したようだ。口調からは険が消え、いつもの調子に戻る。が、逆に水輝の口調はどんどん怪しさを増した。
「あー……何だっけ」
ぼんやりと中空を見ながら水輝は言った。すると学が困ったように笑って水輝の背中をさする。水輝はあー、と言いながらテーブルに突っ伏した。水輝の腕に当たって倒れそうになったグラスを学が素早くさらう。
「ちょっとぉ。こんなトコで沈まないでよ。アタシは介抱しないわよぉ?」
「うあー。酔ったー」
テーブルに頬を乗せて水輝はくすくすと笑った。もう、困ったボウヤだこと。そう言って学が肩を竦める。
「でも珍しいわね。水輝君が自分からお酒を飲むなんて。いつも勧められても断ってたのにぃ」
つられたように学が小さく笑う。水輝はいいのいいの、と片手を振ってみせた。
「今日はめでたい日だから、いいんだよ」
満面に笑みを浮かべて水輝は言った。頬は酔いにすっかり染まっている。いつもと比べて随分と柔らかい表情をしていることに水輝自身は気付かなかった。
「おめでたいって何が?」
不思議そうに言う学に水輝はまたくすくすと笑った。腕を伸ばして机に上体を乗せる。
「奈月がやっと目を覚ましたから」
「うわっ。判り易ぅ」
呆れたように言って学が眉を寄せる。悪かったな、と言いながら水輝は倒していた身体を起こした。ぐらつく頭を押さえながらふらりと立ち上がる。それから水輝はふと思い出して学を見た。学はなんだかなあ、とぼやきながらグラスを傾けている。
「あのさー。学ってさー」
「……なによ」
眉間に皺を寄せて学が水輝を見る。水輝は酔いに身体をふらつかせながら学を指差した。
「若いとかー、美貌とかー、そゆの、好きか?」
間延びした声で水輝は訊ねた。学が訝りの声を上げて顔をしかめる。
「な、なに? 何のこと?」
水輝がじっと学を指差しているからだろう。戸惑いの声を上げてから学がため息をつく。諦めたように肩を竦めて学は言った。
「そりゃあね。オンナですもの。興味はあるわよ」
「わかったー。んじゃなー」
水輝は片手をあげて挨拶すると、唐突にその場から消えた。転移間際に学が待ちなさい、と喚いていた気がする。だが気付いた時にはもう、水輝は立城の屋敷の部屋の中に現れていた。目に留まったベッドにふらふらと歩み寄り、身体を倒す。水輝はその姿勢のまま、しばし目を閉じていた。
ドアが開く。現れた奈月に水輝は片手を上げてみせた。
「水輝さん!」
奈月がぱっと顔を輝かせて駆け出す。小走りに駆けてベッドに近づいた奈月はつまづいて水輝の上に倒れてきた。水輝は両手を広げて奈月を抱きとめ、髪を撫ぜた。つまづいた拍子に奈月は抱えていた洗濯物を周囲に散らかしていたが、水輝はそのことを全く気に留めず、奈月の髪に唇を落とした。
「おかえり。奈月」
「ただいま帰りました、水輝さん!」
嬉しそうに笑う奈月に水輝は頬擦りした。腕に強く奈月を抱きしめて口づけする。水輝はそのままベッドに奈月を押し倒した。
復活したので水輝はごきげんですw