「斎姫。一度、準備を中止するように言っておいて悪いんだけど、明日の記者会見やはり僕たちが出ることになるかもしれない」
「えっ」
優一郎が通信機に語りかけた言葉に立城は目を見張った。何で、と呟いた立城を優一郎がちらりと横目に見る。
そうか。そこまで信用されていないのか。立城は胸中で呟いて静かに立ち上がった。
「心配しなくても婚約はするし、結婚もする。その後、僕がどうしようが自由だろう? いいかげん、構わないでくれないかな」
立城はそう言ってからソファを離れた。通信機を押さえて優一郎がため息をつく。だがそれを無視して立城は離れたベッドに腰掛けた。
「斎姫、だから準備を進めておいて。紫さんはやっぱり自分のことしか見えて無い」
そっぽを向いていた立城はそれを聞いて優一郎を見た。優一郎はまだ通信を続けている。立城は深々とため息をついて立ち上がった。再びソファに寄ってから立城は腕組みをして優一郎を睨んだ。
「僕がどう答えれば満足かな? 婚約して結婚して一般的な結婚生活を送って、桜をヒューマノイド化すると言えば満足?」
斎姫と会話を続けながら優一郎が目を上げる。
「いや、わかってる。彼女を責めるつもりは無い。きみの言うとおりだと思う。うん、恩返しする機会だというきみの主張は最もだと僕も思う」
立城は微かに目を細めて薄い笑みを浮かべた。
「だからそれが余計な世話だと言っているんだ。誰が君たちにそんなことを頼んだ? 僕は」
恩を売ったつもりはない。立城は低い声で言ってから続けた。
「君が必要だと言うなら名も知らない相手と添い遂げよう。どうせ先は長い。多少、人間の人生に付き合う程度のことは出来る」
そう告げてから立城は俯いた。何でこんなことになったんだろう。考えてみても答えは出ない。だが少なくとも逃げられないところにいることだけははっきりしている。
「わかった。提案してみる。それじゃあ斎姫頼んだよ」
優一郎が静かに言って通信を切る。立城は顔を上げて微笑みかけた。
「斎姫さんを呼んだら? 通信機で話すだけじゃつまらないでしょ?」
「斎姫には斎姫の仕事があります。母上、提案させていただいていいですか?」
片手を上げて優一郎が言う。どうぞ、と立城は促した。
「母上が隠遁先として考えられてる別邸というのは、以前、斎姫が夏を過ごしたところですか?」
「僕は寒暖の差の激しいところは苦手でね。それとは別の場所に行くつもりだけれど?」
肩を竦めて立城は答えた。ソファの肘掛に腰を据えて横目に優一郎を見やる。
「ああ、場所は問題では無いんです。明日のことは任せてください。母上は桜さんを連れて、すぐに別邸へ移動してください」
「……何故?」
訝りに眉を寄せて立城は言った。
「正直に言いましょう。母上が思う通りに話が進むとは僕には思えないんです。母上の希望をかなえるためにはバックアップとして考えていたプランを実行に移したほうが楽だと判断しました」
「……それはつまり、僕の代わりに君たちが婚約発表をするということなのかな?」
低い声で立城は訊ねた。腕組みをして横目にじっと優一郎を見る。
「はい。そのほうが確実で、僕達の負担も少ないです」
きっぱりと言って優一郎が頷く。立城はしばし黙してからため息をついた。
「そう。……判った」
感情の失せた声で言って立城は立ち上がった。桜を呼んでスーツケースを用意する。立城は無言のまま荷造りを始めた。桜がかいがいしく手伝いをする。立城はふと思い出して桜の分のスーツケースも準備した。大小、それぞれのサイズのケースに一つずつ荷を詰めていく。
「長々と悪かったね。優一郎くん」
荷を詰めながら立城は静かに言った。桜がスーツケースの上に飛び乗る。きっちり蓋を閉じて立城はケースにロックをかけた。
「敢えて場所は聞きません。知らない事はばらしようがありませんからね」
「そうだね」
短く答えて立城は腰を上げた。
「水輝にも宜しく言っておいてくれる?」
桜とそっと手を繋いでから立城は優一郎に言った。優一郎が静かに頷く。
「はい。伝えます」
「それじゃあ……元気でね」
立城は桜を手を繋いで部屋を出た。そこでああ、と気付いて苦笑する。ちょっと待ってて、と桜に言い置いてから立城は額に指を当てた。
「あっ、待ってください! 宝物庫の件が残っていました!」
ドア越しに優一郎の声が聞こえる。立城はドアを背で押さえたまま、力を放った。途端に激しい重圧が身体全体にかかる。歯を食いしばって立城は一気に力を燃やした。紫の強い光が生まれ、辺りを明るく照らす。やがて光が収まってから立城は軽く指を鳴らした。これなら何とかなりそうだ。現れた幼い立城の身体にぴったりのサイズの服が纏わりつく。立城は背後で何事かを言う優一郎の声を余所に歩き出した。大きなスーツケースを引いて桜と手を繋いで廊下を進む。
「母上。宝物庫の宝珠の件だけは済ませてください。お願いします」
後ろから追って来た優一郎が言う。立城は肩越しに振り返って小さく笑った。
「僕にどうしろというの? 心配しなくても宝物庫そのものが爆発しようがどうしようが、宝珠は壊れない。何なら爆破した後に回収したら?」
すらすらと言ってから立城はああそうだ、と笑った。
「吉良瀬は君にあげる。もう、僕は必要ないみたいだから」
そう言ってから立城は正面を向いた。地上に続くエレベーターのボタンを押す。
「わかりました」
酷くがっかりした顔で優一郎が言う。立城はドアの開いたエレベーターに乗り込んで優一郎にばいばい、と手を振った。
「さようなら。母上」
真顔で優一郎が言う。閉まるドアの隙間に覗いたその表情を見止めた立城は、ほんの一瞬だけ目を見張った。次いで、ドアがぴったりと閉じ、エレベーターが動き出す。機械音の響くエレベーターの中で立城はふと、桜に話し掛けた。
「どこに行く?」
「立城さまの行かれるところならどこへでも」
お供致します。桜がそう言って頭を下げる。そうだね、と呟いた立城の頬には涙が伝っていた。
通信を受けた斎姫がフィーバーしてそうな気がしますw