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「なにいぃ!?」
電話機を握りしめていた水輝は素っ頓狂な声で叫んだ。傍で掃除をしていた奈月がびくん、と身体を震わせる。
「立城が逃げただと!?」
ぐらぐらする頭を押さえて水輝はその場にへたり込んだ。うあー、と力なく言って電話機を持っていた手を床に落とす。電話の向こうではまだ優一郎が何事かを言っている。だが水輝は頭を抱えてうなだれていた。奈月が慌てたように電話機を取り上げて代わりに応答し始める。
ようやく出来上がった指輪が届いて、今から清陵高校に向かおうとしていた矢先だった。水輝は頭をかきむしって勢いよく立ち上がった。戸惑った顔をする奈月から電話機を受け取り、水輝は再度耳にあてがった。
『はい。あのままだと、母上は意思に関係無く、僕との誓約を果たすために承知するしかない状況でしたから』
「いやもー、それは単にあいつが拗ねてるだけだろ? しかし……うあー」
力なく言いながら水輝は執務机に腰掛けた。確かに相手が悪かった。立城は歯牙にもかけない相手に何事を言われても動じることはないが、相手は優一郎なのだ。さぞかし言われた内容にふて腐れただろう。
『水輝さん、そんなに母上が好きならご自分で捜されてはどうですか?』
そう言って優一郎が小さく笑う。水輝はため息をついて髪を手で撫でつけた。今から出かけるというところだったために、水輝はきっちりとタキシードを身につけている。ポケットにはしっかり指輪も入っているし、後は立城を捕まえて話をするだけだったのだ。
「仕方ないなあ。……とにかく記者会見の時間までには捕まえて戻る。って、お前らまじで婚約発表とやらをするつもりなのか?」
そう言ってから水輝は手袋の先を歯で挟んで引っ張った。右手の手袋だけを外してタキシードのポケットに納める。水輝は煙草を咥えて火を点けてから手の中のライターをじっと見下ろした。
『あくまで、バックアッププランです。本当は内々にすませたいので、水輝さんの努力を期待してます』
どこか嬉しそうに優一郎が言う。水輝はおいおい、と呟いて苦笑した。
「それ、立城に言ってやればいいだろ? 何で逆なでするような真似すんだよ」
しかもわざわざ。水輝はそう言いながら奈月に目配せした。慌てたように奈月が頷き、別の電話機を取り上げる。慌ただしく番号を押した奈月はすぐに電話で会話を始めた。呼び出したのは学だ。
『僕達を矢面に立たせないために、どんな相手でも婚約して結婚すると明言させてしまいましたから……』
「……おいおい。それって相手は誰でもいいってことかよ」
呆れ気分で言いながら水輝は奈月に差し出された電話機を取った。ちょっと待ってろ、と優一郎に言い置いてから今度は右手の電話機を耳にあてがう。
「おれだ。五分で来い」
『ちょっと! 無茶言わないでよ!』
まだお化粧してるんだから! 学がそう悲鳴を上げる。水輝は舌打ちをしてから続けた。
「危急の際だ。奈月に迎えに行かせる。立城が逃げた」
早口で告げた途端、電話機の向こうで学がけたたましい声を上げる。
『何してんのよぉ! ちゃんと捕まえておけって忠告したでしょ!?』
「あー! うっせえな! おれは別件でくそ忙しかったんだ! いいか、絶対立城を捕まえるぞ。手伝え」
それだけ言って水輝は学との電話を切った。その後、すぐに奈月に頷く。奈月が水輝に頷き返してその場から消えた。
「悪い、待たせた」
『青陵高校の地下研究室の地下三階に完成したホール、誓約の間、で待っています。母上と共に来る事を祈っていますよ』
穏やかな声で優一郎が告げる。何だそりゃ、と水輝は思わず顔をしかめた。
「とにかく通信は開けとけ。お前にも手伝ってもらうぞ。どうせただでは口は割らないだろうが」
部屋の中に唐突に奈月と学が現れる。学は現れた直後に水輝にヘッドセット型の通信機を放った。水輝は手早くそれを装着してから優一郎に通信機から電話をかけ直した。煙草を灰皿に押し付け、手袋を嵌める。
『それでは鈴をそちらに送ります。如月の者ですからお役に立つと思います。通信は鈴を介して行ってください。それでは』
そう優一郎が言った直後、天井から一人の少女が降って来る。水輝は素早く少女を両腕に受け止めた。不思議ないでたちの少女が慌てたように頭を下げる。
「おっ、おはようございます! 時宗鈴と申します!」
「おう、おはよう。おれは池田水輝だ。よろしくな」
ほぼ条件反射的に鈴ににっこりと笑みかけてから水輝ははっと我に返った。慌てて通信機を外して鈴に差し出す。次いで、水輝は学から別の通信機を受け取った。水輝の腕から降りた鈴が通信機を見て泣きそうな顔をする。
「つっ、つけ方は」
「……奈月、頼む」
どうもこの鈴という少女は今ひとつ間が抜けているらしい。困惑顔をする鈴に奈月が丁寧に通信機の使用法を教える。その間に水輝は学に告げた。
「諜報部使わせろ」
「んまー!! 何てこと言うのかしら、このコは! あれはウチの」
「お前が元凶だろうが!」
どすの利いた声で言いながら水輝は慌ただしく執務室を出た。学がぶつぶつと文句を言いながらそれに続く。水輝はさっさと屋敷を出てからロールスロイスの後部席に乗り込んだ。続いて奈月と鈴が乗り込む。外からドアを閉じた学が運転席に着く。
「コードネームは残ってるわ。……もおっ、あんた、やっぱりウチに戻りなさいよっ」
苛立たしそうに声を上げて学が車を発進させる。水輝はやだね、とすげなく答えてから通信機のスイッチを入れた。
けっこう長かったので切ってます。