「あ、あのぅ。一体、どうなったんでしょう?」
困惑気味に鈴が言う。水輝は苦笑して手を伸ばし、鈴の頭を撫でた。
「とりあえず優一郎には立城の居場所らしいところに向かってるって伝えてくれ」
「わかりました」
何度も頷いて鈴が口の中で何事かを呟く。それを見た水輝はそうか、と指を鳴らした。鈴には通信機は必要ない。優一郎の作るヒューマノイドは機体そのものに通信機が埋め込まれているのだ。
目的の上名木湖が見えてきたのはそれから二時間ほど経った時だった。学が蒼白になってハンドルを握っている。分断された高速道路を強引にジャンプさせたからかも知れない。そんなことを考えながら水輝は遠くに見える湖に視線を向けた。窓越しに見る湖はきらきらと陽光を反射している。
「……真っ先に考えるべきだったな」
じっと湖を見ながら水輝はそう呟いて苦笑した。山を分け入ってロールスロイスが走る。多少、狭いために車体には傷がついているが、別に問題はない。どうせこの車は用が済んだら捨てるつもりだったのだ。
食堂の組織の構成員で作った包囲網のところで車が一旦、停まる。警察官の扮装をした男性が近付いてきて学に手を上げる。こんちは、という気楽な挨拶に学が眉を寄せた。
「ちょっとぉ。大丈夫なんでしょうね? ほんっとに紫、逃げてない?」
開けた窓に寄りかかって学が言う。すると年若い男性が明るく笑う。
「だーいじょうぶですってば。みんな任務蹴って来てるから、そっちはちっとも大丈夫じゃないけど」
「あー? 何だ、全員使ったのか」
学と男性とのやり取りを聞いた水輝は呆れた声を上げた。すると今度は男性が後部席の窓に顔を覗かせる。
「ういっす、水輝さん」
「おー。悪いな、急に頼んで」
片手を上げて応えてから水輝は車を降りた。湖を取り囲む形で包囲網は敷かれている。この辺りには住居は殆どない。町から遠く離れているために、人が住み難いからだ。ぽつぽつと建っている家は殆どが別荘として建てられており、通常は使われていない。ボンネットに寄りかかって水輝はふん、と鼻を鳴らした。
「奈月。衣装はあるんだよな?」
窓から車の中を覗きこんで水輝は確認した。
「はい!」
笑顔で力強く頷く奈月とは対照的に、学がうろんな目で水輝を見る。
「衣装?」
「ったりまえだろ。おれだけがこんな愉快な格好する訳ないだろうが。当然、立城にも着せるんだよっ」
見てろ、と指を鳴らしながら水輝は不敵に笑った。まだ車に残っていた三人に降りるように告げる。水輝に言われた通り、三人はロールスロイスから降りた。
「ちょっとぉ。どうするつもりよ。家が建ってるトコまではまだけっこうあるわよ?」
「決まってる。おれが運転するんだ」
学の問いかけに水輝はきっぱりと言い切った。すると途端に学と男性が声を上げる。
「止めなさい! それだけは!」
「そうっすよ! 水輝さん、運転荒いの自覚してんの!?」
代わる代わるに言われて水輝はやかましい、と怒鳴りつけた。二人が怯んだ隙に水輝はさっさと運転席に乗り込んだ。次いで、奈月に手招きをして助手席に乗るように言う。奈月はにこやかに頷いて助手席に乗り込んだ。すると慌てたように学が助手席に座る奈月に窓越しに話し掛ける。
「奈月ちゃん! 危険よ! 危ないわ! やめときなさい!」
「大丈夫です」
にっこりと笑って奈月が学に頷いてみせる。するとあああ、と情けない声を上げて学が腕を伸ばして奈月の肩を揺する。
「アタシはマジメに奈月ちゃんの心配をぉぉ」
「うっせえな! 大丈夫だっつってんだろ!」
まだ情けない声を上げる学に怒鳴りつけ、水輝はエンジンをかけた。ひぃ、と悲鳴を上げて学が慌てたように窓から引っ込む。それを確認してから水輝はくくく、と低い声で嗤った。
「見てろよ、立城。逃げたことを後悔させてやる」
「……どっちが悪か判らない……」
運転席の傍に立っていた男性がぽつりと呟く。だが水輝はそれを無視して車を急発進させた。タイヤが激しい軋みを上げて一気に車が加速する。水輝は慌ただしくギアチェンジして山道に突っ込んだ。湖に続く細い道を強引にロールスロイスで走る。道にはみ出した木や枝を勢いよく折りながら水輝はひたすらに車を走らせた。
『ちょっとぉ! 後で買い取るアタシの身にもなってよぉおおおおおお!』
それまで沈黙していた通信機からいきなり学の声がする。どうやら双眼鏡か何かでこちらの動きを見ているらしい。そのことを知った水輝はふん、と鼻で嗤った。
「捨てるっつってるのを勝手に持ってくっつっただけだろが、お前は! こっちに連絡してる暇があったら、結界張っておけ! なにがあっても知らないからな!」
そう水輝が怒鳴り返すと学が悲鳴を上げる。
『ちょっと、水輝くん!? あんた、プロポーズするんでしょ!? それ、何か違わない!?』
「阿呆! 相手は立城だぞ!?」
そう怒鳴り返した途端、学が黙る。それからしみじみとした声で学はそうよね、と告げた。水輝は大きな段差を強引に飛び越して横に座る奈月の身体を腕で支えながら着地の衝撃を堪えた。再びアクセルを踏み込んで車を走らせる。どうもいつの間にか車は道を大幅に逸れているらしい。だがそれにも構わず水輝は家の並ぶ方へとひたすらに車を走らせた。
立城が出てってから、まさかの流れでこうなってます。