『事後通告で申し訳ないのですが、昨日、前吉良瀬当主であった、吉良瀬立城が引退表明し、その立場を僕が引き継ぐ事になりました』
「は!?」
その場にいた者の声が重なる。だが一人、学だけはのんびりとあらまあ、と言った。
「待て! 立城がか!?」
水輝がそう叫ぶのとは対照的に学が小さく笑う。
「まあ、よくもった方じゃないかしら。正直、アタシはもうちょっと早く根を上げると思ったけど」
淡々とした声で学が告げる。要は驚きに目を見張って学を凝視した。
『ただし、ねねこ食堂につきましては名目上の責任者はこれまでどおり神崎紫が勤めることとなります。これは……』
そこまで言って優一郎が口ごもる。するとああ、と言って学が肩を竦める。
「琴美ちゃんの件ね? いいわよ、別にそれでもアタシは」
あっけらかんと言ってから学がくすくすと笑い出す。
『実質上の責任者としてはこれまでどおり、笹原さんが務めることになると思うのですが、いきなり当主が交代しましたと言って納得して動いてもらえるような組織でないことはわかっています』
「ウチはけっこーお気楽よぉ? 何てったって辞めたはずの水輝くんの為に動いちゃったりするよぉなトコだしねぇ」
そう言いながら学がぱたぱたと手を振る。そんな学の背後で水輝がやれやれ、と呟いて奈月に耳打ちする。頷いた奈月が花束を椅子に置いて立ち上がる。衣装ケースをベッドの縁に乗せ、奈月は横たわった立城に服を着せ始めた。
『端的にお話しましょう。ここでは何体か既に諜報用のヒューマノイドを開発したのですが、運用する経験が圧倒的に不足しています。数名ほどそちらの組織で預かって頂く事はできないでしょうか?』
すらすらと流れた優一郎の言葉に学がうーん、と唸って首を捻る。
「ウチ、けっこう忙しいのよねー……。預かるのは構わないんだけど、その維持がねー……」
そう言いながら学が目の前に立つ少女をちらりと見上げる。真っ赤になった少女ににっこりと笑みかけてから学がまた真顔になる。
「このコたち、可愛くて大好きなんだけどぉ。ウチのボウヤたちが腑抜けになるのはちょっと困るのよ」
『そうですか……』
酷く残念そうに優一郎が言う。うーん、と難しい顔で唸ってから学がぽん、と手を叩いた。
「そうねぇ。出資金を上乗せしてくれれば考えるわっ」
にっこりと笑って学がぴっと指を一本立てて振り返る。どうやら最初から位置を把握していたのだろう。学は真っ直ぐに監視カメラの方を向いていた。
『予算面でのバックアップはもちろん行います。受け入れ人員についても、エージェント三名、バックアップ要員一名の合計四名に絞るということでどうでしょう?』
「んまあ! 太っ腹! 紫とは大違いねっ!」
そう言い放って学が高い声で笑う。しばし笑ってから学はまた少女に向き直った。そんな学に水輝がぼそりとせこい、と呟く。すると学は勢いよく立ち上がって水輝に歩み寄った。水輝が頭につけていたヘッドホンのようなものを学が乱暴に取り上げる。
「あんたの使ってるこれも! ロールスのガス代も! 人件費も! ついでにこの花束もね! 一体、どっから金が出てると思ってんのよぉ!」
凄まじい勢いで学が怒鳴る。さすがに圧倒されたのか、水輝が引き気味に学を制する。
「わ、判った。判ったから落ち着け」
「ふん! 判ればいいのよっ」
声を荒らげて言ってから学が少女の前に再び跪く。
『エージェントは半月後を目処に受け入れを考えていただきたいと考えています。そのための新拠点の建設費用、エージェントの維持費用と教育費用などは即金で明後日までにお支払いします』
「新拠点……?」
学が言って首を捻る。どういうこと? と学が呟く。
『ヒューマノイドのメンテナンス設備などを含めた施設を建設する必要があるからです。もちろん通常のエージェントの方々に活用していただいて全く問題ありません。表向きの商売は何がいいかなあ』
そう言って優一郎がしばし黙る。その間に学は振り返って水輝と顔を見合わせ、肩を竦めた。
「まあ、そっちは任せるわ。それじゃ、アタシ、そろそろ帰らせてもらおうかしら」
にっこりと笑って学が立ち上がる。すると学の背中に向かって水輝が声をかける。
「そういえばさ。学ってずっと綺麗な身体って欲しいっつってなかったか?」
足を組んで水輝が学に顎をしゃくる。学が肩越しに水輝を見返ってああ、と苦笑する。
「アタシはこれでもこの身体に誇りがあんの」
言いながら学が胸を軽く叩く。
『あと、ひとつ、お願いがあるのですけど、バックアップ要員一名については本日即日テイクアウトで受け入れていただくわけにはいかないでしょうか?』
「それは構わないけれど……」
優一郎の声に戸惑ったように学が声を返す。
「でもアタシはヒューマノイドについては素人よ? 壊れても修理は出来ないし、維持することはムリだわ」
『本日受け入れていただきたいのは、あくまでバックアップ要員です、エージェント用に開発した複雑なタイプではなく、構造も簡単なメイドタイプです』
困惑気味の学の言葉に優一郎がすらりと返す。すると学が眉を寄せて天井を仰いだ。
「あー……要するにぶっちゃけた話、性交はムリよ? アタシ。だって男性器、切っちゃってるもの」
そう言ってから学がひょいと肩を竦める。すると途端に部屋の隅にいた鈴がぎょっとしたように目を見張って学を見る。もしかして鈴は今まで学が実は男性であるということに気付いてなかったのだろうか。幾ら容姿で惑わされても、名前で気付くのではないか。要は訝りをこめた目でじっと鈴を見つめた。
「あの、私、抱いていただく必用はありません。少しでもお傍に置いていただいて、貴方を想って一人えっちさせていただくことを許していただければそれだけで大丈夫です」
唐突に別の声が聞こえる。要は驚きに目を見張って声のした方を見た。学が面食らったように瞬きを繰り返す。喋ったのは学の目の前に立った少女だった。少女は真剣な表情で胸の前で手を組み合わせている。
「あら。あなたなの?」
瞬き一つで驚きの表情を消し去り、学がにっこりと少女に笑みかける。
学はどこにいても……w
ちなみにこのメイドタイプの子は今後がっつり絡んでくることになります。