「あの、私は家事くらいしかできません。身体もご覧のとおり人形みたいです。ですけどお願いします。私のマスターになってください!」
懸命な表情で少女が言う。すると学がまあ可愛い、と微笑んでから首を傾げた。
「あのね、お嬢さん。アタシもあなたのような可愛いオンナノコは大好きだし、傍に居てくれるのは嬉しいんだけど」
そう言って学が少女の目をじっと覗き込む。
「でもね、アタシはあなたたちと違って生身なの。これで結構な年を食っているものだから、いつまで生きられるかは判らないし、もしかしたら病気や事故で明日死んじゃうかも知れない。そんな相手をマスターにしたら、後々お嬢さんが大変でしょう?」
子供に言い聞かせるように学が少女に語りかける。要はふと違和感を覚えてちらりと視線を動かした。水輝がじっと学の背中を見つめている。その目にはどことなく寂しさが込められているような気がした。
「居るはず無いと思っていたんです。だから、これまでは大丈夫だったんです。でも知ってしまったから。もう駄目なんです……」
少女がか細い声で言って俯く。あらまあ、と呟いて学が少女の頭をよしよしと撫でる。
「んー。すっごくやりたいよなー」
唐突に知らない誰かの声がする。要は仰天して周囲を見回した。確かに聞き覚えのない男性の声だった。が、部屋の中には他の誰もいない。しばし考えた後、要は恐る恐る学を見た。学に頭を撫でられていた少女が目を見張っている。学はよしよし、としばし少女の頭を撫でてからにっこりと笑った。
「マスターの変更は可能なの? ヒューマノイドのコたちは」
優しい声音で学が言う。要はじーっと学を見た。先ほどの音声の届いた方向はこちらに間違いない。機体の数値がそう示している。どうもさっきの男性の声は学の地声らしい。なるほど、と納得して要は一人頷いた。
『基本的にメイドタイプのヒューマノイドには、マスター無しで維持可能な性向を持つ素体が選ばれています。僕は製作者としてマスターに準じる存在として登録されていますが、正式なマスターではありません』
「じゃあ、万が一、アタシが死んでも大丈夫ってことね?」
優一郎の説明に学が問い返す。
『わからない、としか言い様がありません。この子は笹原さんの存在を知って、存在を続けるためには特定のマスタ……』
そこで唐突に少女が自分の股間に手をやって乱暴にクリトリスを引っこ抜く。さすがに驚いたのだろう。学が焦った声を上げる。
「ちょ、ちょっと、お嬢さん?」
優一郎の声は途切れたままだ。少女が自分の手で通信機能を破壊してしまったのだ。修復は容易に行えるだろうが、このままでは通信は続けることは出来ない。
「私、壊れているようです。おかしなことを言って申し訳ありませんでした。聞き流してください。それでは修理を受けてきます」
そう言って少女が頭を下げて踵を返す。歩き出そうとした少女の手を学が素早く捕らえる。
「ちょっと待ちなさい。あなた、泣いているじゃないの」
学が小さな声で言って少女の前に回る。よしよし、と少女の頭を撫でてから、学はスーツのポケットからぴったりとアイロンのかかった真っ白なハンカチを取り上げた。どうぞ、と微笑んでハンカチを少女に差し出す。
「いえ、涙腺も故障してるみたいです」
「まあ、それは困ったわね。アタシと同じだわ」
にっこりと笑って学が首を傾げる。涙を流していた少女が驚いたように目を見張る。要も学の言葉に息を飲んでちらりと水輝を見た。鈴も奈月も驚いたらしい。顔を見合わせている。
「何だ。知ってたのか」
一人、冷静に水輝が言う。すると学が苦笑してまあね、と頷く。
「お前が何らかの事情でマスター登録しなければ存在出来ないってのは……まあ、何となく読めたが」
呟くように言ってから水輝が頭をかく。それから水輝は学に顎をしゃくった。
「そいつの身体はかなり壊れてる。もって二年ってとこか。それでもいいならまあ、付き合ってやれ」
淡々と言ってから水輝が立ち上がる。何かを言いかけた奈月を押さえ、水輝は足早に部屋を出て行った。要は残った鈴と顔を見合わせ、次いで学を見た。見た目には学はとても元気そうに見える。さっきなど全速力で廊下をかけて騒いでいたくらいだ。
「時間は問題ではありません。貴方の傍に居られればそれだけで、私は構いません」
「まあ嬉しい。それじゃ、行きましょうか」
にっこりと笑って学が少女の手を取る。それまで泣いていた少女はぱっと明るい顔になった。
「はい」
嬉しそうに少女が頷く。そこで学はあっ、と声を上げた。
「いっけない! こうしちゃいられないわ! アタシ、帰らなきゃ!」
一転して慌ただしく叫んでから学は部屋に残っていた要と鈴に片手を上げた。
「ごめんなさいねぇっ。急いでるから、吉良瀬当主にはヨロシクって言っておいてね!」
そう叫ぶなり、学は少女の手を引いて慌ただしく部屋を駆け出して行った。出口に向かったかと思ったら、足音がすぐに施設の奥に向かって行く。どうやら少女のメンテ用品を取りに行ったらしい。それからまたすぐに二人分の足音が慌ただしく出口に向かって小さくなっていった。
ほどなくしてやれやれと言いながら水輝が部屋に戻ってくる。蝶ネクタイをきっちりと締めなおしながら水輝は真っ直ぐに立城の横たわるベッドに向かっていった。その後ろを奈月が小走りに追う。
「水輝さん、何かお手伝いすることはありますか?」
「とりあえず服は着せたみたいだから、後はそのホールとやらに」
行くだけかな。そう呟いて水輝はベッドに横たわる立城を両腕に抱え上げた。水輝のタキシードに合わせたのか、立城は淡い藤色のドレスを身につけている。カシミアの丈の短い上着と花束を一緒に奈月が抱える。いつの間にか立城には薄い化粧も施されている。要は奈月の化粧の腕前に感心しながら頷いた。
「それではエレベーターホールまでご案内致しますわ」
そう言って要は水輝たちをエレベーターホールまで案内した。それでは御武運を。エレベーターに乗り込んだ水輝たちに要は深々と一礼した。
学がひとりお持ち帰りしましたw